料理の腕前がそんなに万能なわけがない   作:harii0012

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12話 旅の終わり

数日後、クレルモン=フェラン・オーベルニュ空港にて。

 

SHINO'S(シノズ)の面々は創真の帰国を見送るために勢揃いしていた。

四宮は食戟の結果に納得がいっておらず、当初は店に籠ろうとしていたようだがアルベールたちから説得され、嫌々ながらも見送りに来ていた。

 

「数ヶ月の間、ほんとうにお世話になりました」

 

「幸平がいなくなると思うと寂しく……いや、楽になるのか?」

 

「えぇ?」

 

アベルの発言に苦笑する一同。

創真が来てからというものの料理に対しての不安は数日で払拭されたが、それ以上にコミュニケーション能力に難があったため、提供できるサービスの質は上がったもののアベルの大変さというところではそう大差なかった。

 

だが、それも今後は問題なくなるはずであろうとアベルは才気に満ち溢れた料理人の未来に期待を抱く。

 

「もちろん、冗談さ。君らがいなくなると間違いなく厨房は大変な騒ぎになるよ」

 

「まぁそれもそうですね。アルベールさんまで抜けちゃいますし」

 

「あはは、確かに下拵えとか大変になりそうですね」

 

「その分アルベールには成長して帰って来てもらわないとな!」

 

「ええ?! が、頑張ります!」

 

「こんな機会中々ないんだから、私の分も学んできてよね」

 

フランスに来た際にアルベールから希望があった遠月学園への留学だが、創真が一色に確認したところ許可が下りたようだ。一色も頼ってくれていいとは言ったが、創真が渡航してからというものの十傑評議会、特にえりなからの執拗な疑義……平たくいうとほとんど嫌がらせみたいなものに多大なストレスを抱えてしまっていた。

 

そんな中での留学の話は彼にとっては正に救いの糸だった。

 

見習いとはいえ創真から聞くに下拵えの速さと正確さは目を見張るものがあり、足りないものといえば発想力程度。であれば遠月学園はアルベールが成長するにはうってつけの場所であり、逆に遠月学園からしても卒業生に恩を売れるとなればわき目も振らずに食いつくのだから。

 

実際、卒業生にはスタジエールや宿泊研修などの学校行事で負担を強いることが多い。名目上青田買いを許しているが、その程度で縛り付けるにはいくら給与が発生したところで彼らへのメリットが薄すぎる。

 

問題の解決方法をまともに考える余裕もない中での、今回の留学の話だ。

 

一色からすればこれは、創真の渡航での成長と今後の卒業生へのメリットある留学として一石二鳥どころか、遠月学園としてもメリットがあるため一石三鳥クラスでのウルトラCなのだ。

 

とはいえ今はそんなことは露とも知らない創真はというと、こちらも四宮と変わらず食戟の結果に納得がいっていなかった。

 

「まさかあんな結果になるなんてね……」

 

「チッ……俺はまだ納得いってねえからなアベル」

 

「は、はは。それは申し訳ないとは思ってるんですが……」

 

2人から詰められて、たじたじになっているアベルだが、ではそんな彼がどのような結果をもたらしたのかというと……。

 

 

―――――――――――――――

 

 

時間は巻き戻り、アベルの投票時点。

 

「私が票を投じるのは……ここです」

 

コインが置かれたのは四宮の皿でも、創真の皿でもなくお互いの中間に位置する机の上だった。

 

「おい……アベル?」

 

四宮は最初は困惑したが、徐々に理解するにつれ沸々と怒りが湧いてきた。

つまり自身の右腕であるこの男は投票を放棄して、この勝負を引き分けなどという中途半端な結果に貶めようというのかと。

 

四宮の目が血走る一方で、創真はというとどこか空虚さに身を包まれていた。

勝負において引き分けというのはこれまであまり想定して挑んだことがなく、今回の食戟においても当然白黒つくものだと思っていたが故に拍子抜けしたようだ。

 

「えっと……」

 

「当然、二人が納得いかない事は分かってます。でも……それでも自分は引き分けだと思います」

 

アベルの真剣な眼差しに四宮は適当な理由で引き分けに持ち込んだわけではないと判断し、一度矛を収めた。

 

「納得のいく説明が出来るんだろうな」

 

言葉に表したのは四宮だが、創真も同じような気持ちである。ここまできて決着が付かないまま帰国なんて出来ないのだから。

 

「そうですね……単純な料理の完成度という点においては先ほどの2人と同じように四宮シェフに軍配が上がります。ですが、発想力という点ではダントツ幸平が上回っている」

 

「とはいえ総合的に見れば四宮シェフの料理が良いと思われるんですが……幸平、あれはただの味噌玉じゃないね?」

 

「そこに気づくとは……流石は副料理長ですね」

 

「どういうことですか?」

 

アベルの指摘に対してアルベールが首をひねる。確かに味噌玉の中にはいろいろな野菜が入っていたが、そこに何か秘密でもあったのだろうかと思案する。

 

「よくよく考えてほしいんだ。幸平が行ったことは日本料理のフレンチナイズドだが、それを行うには大きな壁が存在する」

 

「壁ですか……」

 

確かに凄い事をしているという認識こそあれ、そこにどのような問題が生じるのかはあまり理解していなかったアルベールである。そして、言われるがままに思考を進めると一つの疑問を抱いた。

 

「あれ、調味料って……」

 

「そう、そこなんだよ。普通に考えてフレンチナイズドするためには日本料理専用の味付けのままでは駄目なんだ。なのにこの料理はそれが不自然なほどに調和している」

 

アベルは椀の中を指し示しながら言葉を続ける。

 

「特に……この味噌玉なんだが、市販の味噌じゃないよな?」

 

「……まさかそこまで見抜かれるとは、思ってもみなかったですね」

 

アベルの指摘通り創真が用意した味噌玉は市販のものではない。いくらフランスで日本食が楽しめるとはいえ創真が望むレベルの味噌は到底売っているはずもないのだから。

 

では、今回の味噌はどのように用意したのか。

 

端的に言えば極星寮の面々の力を借りた。珍しく創真が自分から人を頼ったのだ。

 

最終的に味噌を完成に導いたのは発酵に詳しい榊 涼子だが、その他にも丸井らがレシピに合わせた塩分濃度を算出したり、田所によって試作が行われ何度もブラッシュアップされたのが、今回創真が使用した極星印の味噌である。

 

「正直かなり時間との勝負でしたよね。榊が味噌を常日頃から仕込んでいるって聞かなかったら、用意できませんでしたよ」

 

何の気なしに飄々と告げられた台詞だけ聞くと、苦労の色がまったく見えないが用意させられた極星寮の面々はかなりの負担を強いられていた。それは創真のせいというより暴走しかけた田所を止めるための労力がかなり占めるのだが。

 

「えっと……つまりソーマが味噌から作ったってこと?」

 

「僕がっていうか、寮のメンバーがですけどね」

 

椀料理をフレンチナイズドするにあたって創真がぶつかった一番の問題がアベルの言う通り調味料だった。

フレンチの食材ですまし汁までなら何とか用意できた創真ではあるが、勝利を目指して味噌玉というアイデアを思い付いたのがおおよそ2か月前。味噌を仕込む猶予はなく、どうしようかと思い悩んでいるところにテレビ電話がかかってきた。

 

それは吉野 悠姫にそそのかされて顔をゆでだこのように真っ赤にした田所からだった。

 

その際にどんな話があったのかは割愛するが、流れとしては創真の話を聞いた田所が味噌については榊が詳しいと言ったことにより、極星寮はブラック企業も真っ青の地獄と化した。

 

遠月のレベルの高い授業に加えて、放課後以降で今ある味噌の中から創真のレシピにぴたりと当てはまるものを作る作業。それはあるかどうかも分からない暗中模索といっても過言ではなく、なんなら砂漠であるかどうかも分からないオアシスを探す気分だったと極星寮の面々は言う。

実際この二か月の極星寮は不夜城の如く煌々と光が漏れ出ており、そんな様子に最初は寮母のふみ緒から苦言を呈されていたのだが田所の必死な様子と吉野たちの必死の説得により食戟が始まるまでの期間限定で行われたのである。

 

そんな多大な労力を払ってたった2か月で完成したのが極星印の味噌なのだが、将来的にはSHINO'S(シノズ)やそれ以外の一流フレンチシェフが好んで利用することになるのは、まだ誰も知らない。

 

そして、その味噌が初めて使用された食戟の結果が今まさに確定しようとしていた。

 

「……お前、バカか?」

 

四宮の口から正直な感想としての罵倒がこぼれる。

まともな感性をしていれば当然の発言なのだが、この創真は料理バカであり料理のためなら犠牲を厭わない。城一郎に対しては勝てるビジョンが見えないが、まだ比較的隙のある四宮ならばワンチャンスあるのではないかと、全力を費やしたに過ぎないのだから。

 

「そうですかね? 勝つために頑張っただけなんですけど」

 

当たり前のように応える創真に、SHINO'S(シノズ)の面々は絶句していた。

 

Fou(狂ってる)……」

 

リュシに至っては母国語が漏れ出るほどの衝撃を受けたようだ。

創真自身に自覚はないが、一般的な考えとして勝つための努力とはいえ妥協が含まれる。それは、人間らしい生活を送る上でとても大切なもので、実際睡眠時間を無理に削った状態が常態化して若き身空で天に召される若者が少なくない。

彼自身も死なない程度にセーブしてはいるが、活動できる時間においては際限なく勝利の為に文字通り尽力している。

一日の間で料理の事を考えない時間などなく、勝つために貪欲知識と経験を追い求め、そのために必要なものがあれば他人を犠牲……頼りもするその根性は見上げるべきかもしれないが、誰もが出来る事ではない。

 

「……という訳で、そこを加味すると完成度についてもそこまで大差がある訳ではないかと思います」

 

「えーと、じゃあ引き分けってことですか?」

 

アルベールが無邪気にアベルに問いかけるので、出来るだけ四宮と創真から顔をそらしながらそうだと応じる。

これにて四宮小次郎VS幸平創真の食戟は引き分けと相成ったのだ。

 

 

―――――――――――――――

 

 

時は流れ、現在。空港にて。

 

「正直、幸平がここまで無茶苦茶するとは思ってなかったところはあります。ですが、勝利に対する貪欲な姿勢は自分も見習おうと思いました」

 

今回の創真の行いについての管理不行き届きがあるとすればアベルだろうが、それを責める者など誰一人としていないのは言うまでもない。

 

そして、アベルが四宮に告げる。

 

「……な、なので四宮シェフ。今度自分とも食戟をお願いできますか?」

 

創真の格上相手にも勝利を諦めない姿勢に当てられたアベルではあるが、副料理長とはいえ四宮相手に遠慮しすぎだったのではないかと感じ、挑戦状を投げかける。

 

「はっ! お前相手だと手加減出来ねぇな」

 

それを受け止め、ニヒルな笑みを浮かべる四宮。

 

「えっ、お二人が食戟するのは正直観たいんですけど……」

 

「お前はさっさと日本に帰れ」

 

「そんな意地悪言わないでくださいよ~」

 

創真と四宮のいつものやり取りに笑いが起こる。

 

「フンッ……まぁ次やるときは俺が勝つがな」

 

「いやいや、次こそ僕が勝つんで」

 

バチバチと二人の間に火花が散る。

そんな二人の様子を羨ましそうに眺めるのはアベルだけでなく、アルベールもだった。

彼に年が近い創真の存在は刺激的で、同時に焦りも抱いていた。スラム生まれの自分が一流フレンチの下働きを出来ているということに満足してはいなかったかという声が聞こえた気がして、衝動的に創真に遠月学園への留学を申し出たのだ。

 

アルベールは未だ料理人ではなく、あくまで見習いである。

圧倒的な基礎力を身につけながらもある種積極性にかけ、独創性がなく、オリジナリティがない。

これは料理人としては致命的であるが、それでも四宮はアルベールを見捨てることはなかった。

時間が解決する問題でもないのだが、今回の留学によって何か一つでも成長できるのであればそれが先に繋がると信じているのだろう。

 

そうこうしている内にアナウンスから、二人が乗る飛行機の搭乗時間が迫っていると放送があった。

 

「ほら、そろそろ時間だ」

 

「アルベール! お土産よろしくね」

 

アベルとリュシから搭乗口に向かうように背を押される二人。

なんだか急かされているようで少し不思議に思いながらも向かうと、最後の最後でなにやら揉めている様な声が聞こえる。

 

「……なんで俺が」

 

「そういうのいいから、早く渡してきてくださいよ!」

 

「リュシてめぇ……」

 

「あはは、全然こわくなーい」

 

どうやら四宮がごねているのをリュシが説得している様子だ。とはいえ何をしているのだろうかと創真が後ろを振り返ると、揉めていた二人がメドゥーサにでも会ったかのように固まった。

 

「ほら!」

 

リュシが四宮の背を押し、たたらを踏みながら創真の前に押し出される。

 

「……これ、もってけ」

 

照れと気遣いが混ざり合った複雑な表情ではあるものの、四宮が差し出したのはシンプルな見た目のネックレスだった。

 

「はぁ……ありがとうございます」

 

「それって……メダイネックレス?!」

 

アルベールが驚くのも無理はない。正直これまでの四宮といえばかなり大人げなく、ピリピリした雰囲気で絡みづらい面倒な人でしかなかったのにも関わらず、メダイという身につける者に奇跡をもたらすと囁かれるアイテムを渡しているのだ。

とはいえこの料理バカはメダイについてなど当然知らず、帰国に合わせてのプレゼントか何かだろうと素直に受け取る。

 

「なんかブランド物なんですか?」

 

「いやソーマ、メダイっていうの、モガッ?!」

 

いつのまにやらアルベールの背後に回ったリュシによって羽交い締めにされ、説明するに至らなかったようだ。

技をかけているリュシはというと、四宮にアイコンタクトで合図を送る。

 

「あー、なんだ。まぁ……御守りみたいなもんだから、身につけとけよ」

 

「なるほど、だからネックレスなんですね」

 

「それなら調理中も邪魔にならないだろ」

 

アルベールを解放した彼女はそのやり取りにやればできるじゃないかと言わんばかりの生暖かい目を向けていた。

それに気づいた四宮は一瞬殺意の波動に目覚めそうになるも、堪えて無理矢理二の句を継ぐ。

 

「次に俺とやるまで、負けるなよ」

 

「……そりゃ言われなくても負けるつもりなんてさらさらないですよ。当然、四宮先輩にもね」

 

「はっ。ほざくじゃねーか」

 

「だって前回は負けましたけど、今回は引き分けですし? このままいけば勝てるでしょ」

 

「自信過剰もいいところだな。お前程度の腕前じゃどんだけ頑張っても引き分けが精々だろうよ」

 

「ま、次にやるときは負けた時用の辞世の句でも用意しててくださいよ」

 

「……料理人が皿の上以外で語る努力して意味があんのかよ」

 

「ハハッ……違いないですね」

 

年の離れた二人だが、お互いにその身に余るほどの才覚を持ち共に料理という果て無き荒野をさまよう料理人という共通点がある。

 

ならば野暮を承知で二人の関係性を表すとすればなんだろう? 先輩と後輩、プロとアマ、フレンチシェフと定食屋の倅……どれも間違いではないが、戦友(ライバル)という名が一番相応しいだろう。

 

四宮からすれば創真は生意気だが実力はいずれ自分にも届きうる油断のできない存在であり、創真からすれば四宮は初めて出会うある種自身の延長線上に位置する実力者である。

いずれも自身の才覚を無意識に理解しつつも、御しきるに至るにはかなりの労力を要するレベルのそれ。そしてコミュニケーション能力に難があるのもお互い様か。

 

故に互いにシンパシーを感じながらも、負けたくないと思う心は不思議ではないだろう。

 

だが時間は無情にも過ぎ去り、もう搭乗しなければ間に合わなくなってしまう。

それに気が付いた二人は先ほどまでわちゃわちゃと騒いでいたとは思えない程に、静かになり手を握りながら挙げる。

 

「じゃあな」

 

「ええ、また今度」

 

そして握り拳をぶつけ合い、そのまま背を向ける二人。

 

一部始終を見ていたリュシはその行動に悶えており、アルベールはそんな彼女にドン引きし、アベルは苦笑を浮かべるのだった。

 

 

これにて突発的なフランスでの修業は終わり、日本へ帰国した創真に待っているのは山積みだ。

学生の本分である五教科の補習に今回の旅のレポート、それから極星寮のメンバーへのお詫びもある。

とはいえ成長した彼が一番に向かいたいのは城一郎の元だろう。未だ影すら踏めない存在ではあるが、今の自分がどれだけ食い下がれるのかの確認と、あの父親がフレンチナイズドした椀料理をどう評価するのかが気になって仕方がないようだ。

 

そんな気分の創真ではあるが実際のところ待ち構えているそれらに加えて、原作のラスボスや田所が予定とは異なる動きを見せており、彼が望む平穏な日常が訪れる可能性はほとんどないだろう。良くも悪くも料理の腕前がプラスに働く世界ではあるが、だからといって確実に幸せになれるとは限らない。

 

彼にとってはつくづく『料理の腕前がそんなに万能なわけがない』と思い知らされる日々であったに違いないのだから。それでもきっと彼自身の手で紆余曲折ありつつも、楽しい未来を創ってゆくことに異論はないだろう。

 

上空3万3000フィート、メートルに換算で約1万メートルの飛行機の中でスヤスヤと眠る彼自身の幸福を願って。

 

 

 

 

 


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