料理の腕前がそんなに万能なわけがない   作:harii0012

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3話 これまでの創真

創真へ転生した彼が地上げ屋を警察に通報して連行させた後、店の片付けをしているとどこにいっていたのか夜明け近くになってやっと店主である父、城一郎が帰ってきた。

 

「……なんかあったみたいだな」

 

「地上げ屋の連中がちょっとな」

 

店がめちゃくちゃにされ創真は沸々と湧き上がる怒りを腹に秘めていたが、徹夜で片付けをしているうちに深夜テンションとストレスでブレーキはバカになりかけていた。

ギリギリのところではあるが「ゆきひら」を守れたのと、これぐらいでへこたれていてはいけないという思いでどうにか作業を進めていたが、なにか一つあれば爆発するような限界ギリギリの状況なのだ。

そんな事は露も知らず、城一郎は口火を切る。

 

「創真……2~3年この店閉めるわ」

 

「はぁ?!」

 

「まーアレだなぁ。常連のみんなに謝んねーとな……」

 

「まず俺に謝れ!!」

 

「昔の仲間から一緒に仕事しないかって誘われててな。当分そっちで厄介になるから店には帰らねー」

 

「そんな勝手に……」

 

「荷物をまとめたらすぐ発つ」「おい」

 

「お前の生活費はテキトーに振り込むから」「待てって!!」

 

自身がこの定食屋で十全に機能していることは理解している。それにそこらの料理人と比べてもおそらく自分の方が腕があるのは自負している。

そんな自分でもほとんど勝てない料理人が目の前の男なのだ。

500近くの黒星に対して得た白星はたったの一つ。それは城一郎という男を識る者からすれば、大金星もいいところだが息子として産まれた創真には知る由もなく。

 

「勝ち逃げするつもりかよっ」

 

「旅立つ(とき)だ、創真。手前の器を量ってこい……」

 

「何カッコつけてんだよこの野郎!」

 

「親父に向かってこの野郎とはなんだこの野郎!」

 

「お前もいってんじゃねーか!」

 

「俺はお前の親だからいいんだよ!」

 

「知らねぇよ! 俺は店閉めるの納得してねーからな!」

 

「うるせぇ! もう決めたんだから手前は遠月で研鑽してこい!」

 

「なんだよそこ。別にこれから料理教室なんかにいく必要ねぇだろ」

 

「それじゃあ、そこで首席で卒業できればなんでもいうこと聞いてやんよ」

 

「……卒業まで3年かかるから、結局お前の都合じゃねーか!」

 

「チッ、気づいたか」

 

「この野郎!」

 

疲れに疲れた状態で城一郎の気まぐれを創真が受け流せるはずもなく、苛立ちとストレスが右ストレートとなって城一郎に放たれるも空を切る。

 

「そんな大振りじゃ当たんねーぞ。それじゃ、いい感じで店に空気通しといてくれよ~」

 

「おい、待て! こ、このクソ親父!!!」

 

「あばよ、創真!」

 

 

 

……そして時は流れ数週間後。遠月での編入試験にて。

 

「え? ここが学校じゃないんですか?」

 

「その通りですよ。ここはあくまで職員用の棟なので試験会場はまた別です」

 

「はぁ……試験もあるんですね」

 

「当たり前でしょう。それで会場ですが、ここから3キロほど先の建物になります」

 

事務員が地図の中で示した場所は縮尺からして想像よりもかなり大きな建物に思える。

 

「……料理学校なんですよね?」

 

「その通りですが……?」

 

創真に転生してからというものの現代日本であり、特に説明があったわけでもなかったのであくまで前世と変わらない世界だろうと思っていただけにそこまで大きな料理の専門学校なんてあっただろうかと首を捻る。

 

「試験まであまり時間の余裕がないと思いますが大丈夫ですか?」

 

「ほんとですか。分かりました、急いで行きます。ありがとうございました!」

 

懇切丁寧に説明をしてくれた事務員へと頭を下げ、試験会場へと急ぐ創真。

しかしながら会場に辿り着くまでの道のりでは、進級試験に落第した者や退学処分を受けた生徒の親などが恥も外聞も捨ててどうにかして取り下げを頼み込んでいたり、絶望して項垂れていたりするのだ。

これはいくらなんでもおかしいと気付いた創真は、逃げるように去っていった親父に電話を掛けた。

 

『おう、どうした創真』

 

「どうしたもこうしたもねぇよ。なんなのこの学校」

 

『あれ、言ってなかったけ?』

 

城一郎に連絡をしながらも足を止めずに進み続けた創真ではあるが、近づくにつれてその異様さがより一層際立だってくる。どう見てもただの学校とは思えないほどの広さと建物が敷地の外からでも理解できるほどだ。

 

『そこは日本屈指の料理学校……卒業到達率10%以下の超絶エリート校だぜ』

 

想像とは違うどころか、前世では存在もしなかった馬鹿でかい学校を目の当たりにして創真は戸惑う。

すると脳裏に自然と【掲示板にアクセス】という表示が浮かび上がる。まるで頭の中にPCでもあるかのような状況に困惑するも、城一郎との電話中であることを思い出す。

 

『まぁ頑張れよ創真。その学校で――』

 

「え、なんだって? 騒がしくてよく聞こえないんだけど、今どこにいるんだよ」

 

『NYシティ マンハッタンロイヤルホテル。VIP専用レセプションホール。今そこでメシ作ってんだ』

 

「は? 何いっちゃってんの??」

 

『最初はインド。イタリア、スペインと仕事して昨日アメリカに入ったんだ』

 

「……いつもの冗談じゃなさそうだな」

 

『流石にそんなくだらねぇ冗談いわねぇよ。しばらくは東海岸の都市で料理を出す予定になってる』

 

「なんで定食屋の店主がそんなとこで料理できんの?」

 

『まー……ちょいとな。昔の(つて)をたどっただけさ』

 

これまで背中を追い続けるしかなかった大きな壁。その過去について気にしたことがなかったと言えば嘘になるが訊ねる事はなかった。定食屋の店主程度で収まる器ではない事は薄々勘付いてはいたものの、どこやらしらないがVIP専用ホールで料理を提供できるほどとは思いもよらず、創真には青天の霹靂だった。

 

『創真よ。その学園で生き残れないようじゃあ、俺を超えるなんて笑い話だな』

 

「……はっ。上等だ、やってやんよ。約束忘れてないだろうな?」

 

『約束?』

 

「俺がここをトップで卒業したらなんでもいうこと聞くってやつだよ!」

 

『あー、そういやそんな事もあったかな』

 

「適当ぬかしやがって……まぁいい。3年後まで首を洗って待ってろよ!」

 

『おう、待っておいてやるよ。よし、じゃあ特別に――』

 

「親父?……切れてる。電波でも悪かったのか?」

 

城一郎が何か言いそびれたようだが、これから創真は編入試験。特に折り返すこともせず、必要なら城一郎から折り返しがあるだろうと携帯をポケットにしまう。

受験会場ではいかにも裕福そうな受験生が、付き人が運転して来たハイヤーなどで続々とやってきていた。

しかしながら、おそらく学園の生徒であろう女学生が試験内容を告げると、それら全てが蜘蛛の子を散らすように去ろうとする。

 

流石にどういう事かわからなかったので、逃げようとする受験生を捕まえて話を聞くに、試験官は神の舌と呼ばれる程の味覚を持っており、料理界の重鎮たちも味見役を依頼するほどだという。

そして、万が一でも「才能無し」と烙印を押されでもすれば業界全体に知れ渡り、料理人としての道が閉ざされる……らしい。

 

そんな事情を知った創真ではあるが、この学園に受からなければ城一郎に再度勝つことは愚か、勝負の土俵にすら上がれない。それにその程度の事でびびって踵を返すのなら、定食屋で料理の提供など出来やしない。そんな考えを持つ創真だからこそ、受験生がいなくなった調理室で試験官である「薙切えりな」に啖呵を切るのだった。

 

「卵料理なら、なんでもいいんですか?」

 

えりなは創真が残っていることに気が付いておらず不意を突かれる。それでも学園から任された責任があるため一応の忠告をする。

 

「卵さえ使用していれば自由よ。でも本当にやる気? 辞退するなら今の内に――」

 

「客に料理も出さずに帰る料理人がいるかよ」

 

「なっ……この方をどなたと心得るっ! 首席生徒にして遠月十傑評議会のメンバー薙切えりな様だ!!」

 

創真のあまりにも生意気な発言に対して、えりなの付き人である新戸 緋沙子(あらと ひさこ)は声を荒げた。

 

「はぁ……じゃあ薙切サンに旨いっていわせりゃ試験にも受かるし、首席にも認められたって事になる訳か」

 

「……もう一度聞いてあげるわ。本当に私の試験を受ける気なの?」

 

「そりゃもちろん。俺にも事情があるんでね」

 

「どのような状況だろうが、こちらが試験を甘く見るなんて淡い期待はしない事ね」

 

「はっ、調理する前からそんな弱腰のやつは落ちて当然だろうよ」

 

「このっ!」

 

「緋沙子、控えなさい」

 

「で、ですがえりな様」

 

「私がいいと言っているのです。それにそこまで言うなら味わってさしあげましょう。料理業界底辺の味をね……!」

 

「なるほど……神の舌ってのはそりゃ凄いもんなんだろうな」

 

「あら、料理するまえから胡麻すりかしら?」

 

「いや、俺の料理を食う前から味の想像がつくんだろ?何を作るかも言ってないっていうのにそりゃ凄いもんだと思ってよぉ」

 

「口だけは一丁前ね」

 

城一郎の気まぐれに意味の分からない脳裏の文言、それに加えて高飛車で傲慢な女学生を相手にした創真は平たく言うとぶち切れていた。手前の腕を見る前に貶されたのだから、それはもはや怒髪天の極み神の舌だかなんだか知らないがこいつはぎゃふんと言わせるという強い意志を持って調理に入り始めた。

 

そして、そのタイミングでいい加減に脳裏の【掲示板にアクセス】が邪魔になり、消すこともできないのでアクセスすると衝撃的な事実が分かるのだった……。

 

(この世界が漫画原作で、俺はその主人公に転生したのか……受け止めきれてないっちゃないが、今はわがままな客が待ってる。さっさと化けるふりかけを仕上げよう)

 

「……幸平くん、作る品はいったい何?」

 

「おや、俺の料理は作る前に味まで分かってるんじゃなかったのか?」

 

「い、今すぐ不合格にするわよ!? いいこと!? 不出来なものを相手にしてる暇はないの!」

 

「そっすか」

 

「……この私の舌に見合う料理を作るつもりがあるのかって聞いてるのよ!」

 

「そこまでいうなら教えよう。俺の作る料理は、食事処ゆきひら裏メニューその8!」

 

裏メニューと聞いてえりなはどれほど手の込んだものを作るつもりなのかと身構える。

それを裏切るようにして創真はあっけらかんと告げた。

 

「ふりかけごはん!!」

 

場を静寂が支配した……。

 

「ふざけないで!!」

 

もしかしたら自身が認めるに値する料理が出てくるのかもと淡い期待を抱いていたえりなではあるが、ふりかけごはんなどというふざけた答えに今度はえりなの怒りが爆発した。

 

「やはり底辺の料理人ね……とんだ時間の無駄遣いだったわ……」

 

「待てよ、もちろんただのふりかけじゃねーよ。俺が作るのは【化けるふりかけごはん】だ!」

 

「【化ける】……ですって?」

 

「さぁそろそろ、完成だ」

 

調理を終え、創真が提供したものは小鉢に入った卵そぼろにしか見えないものだった。

付き人である緋沙子もあれほど大口を叩いた受験生がこの程度の品でえりなに認められようとしているのかと正気を疑うほどだ。

 

「……話にならないわ。試験はこれで終了です」

 

えりなが普段から食しているものは一流料理店のシェフが贅と趣向をこらした高級品のみ。通常であれば予約してから1年以上待つようなものばかりだ。

そんな彼女からしてみればふりかけなどという料理と呼べるかすら微妙なものを出すなどあり得ない事だった。

 

「所詮二流料理人の仕事ね……全く食指が動かなかったわ」

 

「はぁ……この品の本当の姿はこれからなのに」

 

「……どういう意味かしら」

 

創真が小鉢をひっくり返して白米の上に完成したふりかけを盛ると、卵の陰に隠れていた薄い金色で半透明の物体が白米の熱で溶けて卵が次々とコーティングされていく。

これにはえりなも食指を誘われたようだ。

 

「……一口だけ、味見してさしあげます。し、審査してほしければさっさと器を寄こしなさい!」

 

「どうぞ召し上がれ」

 

差し出された器からコーティングされた卵そぼろを一つつまみ口に運ぶも、えりなは審査を忘れて味わってしまった。そうして二口目を食べようとすると……。

 

「あら、一口だけって話じゃなかったんですね」

 

「何か文句ありますか!?」

 

「冗談だって。ゆっくり食べてくれ」

 

創真にからかわれながらも味を確認すると、コーティングされたものの正体が分かった。

 

「煮凝り……ね?」

 

「大正解! この四角いのは手羽先の煮凝りだ!」

 

煮凝りとはゼラチン質の多い肉や魚の煮汁が冷えてゼリー状に凝固したものであり、今回創真は手羽先を鰹だし・酒・薄口醤油で煮込んで手羽のゼラチン質と旨味を抽出し、その煮汁を冷やして固め細かく切ったものを使用している。

 

えりなもこの料理における煮凝りの重要性に気が付いていた。これは鶏肉のうまみが溶け込んだ濃厚なスープであり、とろりとした煮汁のコクと塩っ気がふわふわの卵そぼろの優しい甘さを引き立てる。溶けた煮凝りが卵の美味しさを格段に跳ね上げていると。

そして、これは今までえりなが食してきたどの料理にも似ていない初めて出会う味の世界。

 

「案外食べてみたら美味いもんだろ?」

 

「ま、まだ審査中です!」

 

味の確認のために再度えりなは化けるふりかけご飯を口に運ぶ。すると神の舌という常人より鋭敏な感覚をもつ彼女にとって、料理はイメージでその美味しさを身体全体に伝えてくるのだ。

故に初めて感じる新しい美味しさに対して、まるで天使の羽根で身体中を愛撫されているかのような感覚に襲われ身悶えしてしまうのだった……。

 

「確かにウチはちっさい定食屋だし、あんたが食の上流階級なのも本当だろうよ。それでも、見下してるだけじゃあ作れない料理もきっとあるぜ……!」

 

えりなにとって初めての経験であり、これまでエスカレーター方式で育ってきた彼女にとってここまで無遠慮に突っかかってきた生徒はおらず、冷静な判断力が彼女から失われつつあった。

 

「もう味見も十分だろう。ゆきひら流ふりかけごはん、美味いか不味いか、言ってみな!」

 

そう、本心としてはえりな自身も創真の料理を美味しいと認めざるを得ないのだが彼の傍若無人な態度と偉そうな物言いが彼女の反発心をこれでもかと刺激してしまった。

 

「ま、不味いわよっ!」

 

「えぇ?!」

 

渾身の出来栄えだと思っていた料理を不味いと貶された創真もショックを受け、初めての味に翻弄されるえりなも冷静さを失っており、それに対して緋沙子も同様に慌ててしまっている。

つまりこの場に冷静な判断力があるものは誰一人残っていないのである!

 

「ちょ、ちょっと俺も味を確認する!」

 

「あ、あなたっそれっ」

 

「なななっ!」

 

料理の出来栄えが気になった創真はえりなの食べさしを先ほどまでえりなが口に運んでいた箸で食す。それを見てえりなは間接キスのような、食べさしを勝手に食べるなんてそれ以上ではと驚き、緋沙子は不敬だと創真から器と箸を取り上げる。

 

「……あれ? いつも通り美味い? おい薙切、どこが悪かったんだ!?」

 

「か、間接……」

 

「え、えりな様?! おおおお落ち着いてください」

 

創真は料理の出来栄えが普段と変わらなかったのにも関わらず満足されなかったことから上流階級というのはこれ以上の美味さに溢れているのかと驚愕する。その横でえりなは顔を真っ赤にしながらうわ言のように間接とばかり繰り返し、緋沙子は慌てふためきながらもえりなをフォローする。

 

そんな阿鼻叫喚の調理場に更に一人の男がやってきた。

その男は白髪をオールバックにし豊かな髭を蓄えており、服装は洋服ではなく浴衣を身にまとっている。

この男の名は薙切 仙左衛門(なきり せんざえもん)。この学園の総帥にしてえりなの祖父である。

 

「声が外まで聞こえておったが、何かあったかの?」

 

「おじい様!」

 

「おお、えりなよ。確か編入試験の最中だったか」

 

仙左衛門が創真の作ったふりかけご飯を一目見やり、手でつまんで一口食べるとニヤリと笑った。

 

「ふむ、幸平くんというのかね? また追って合否通知を送らせてもらおう。今日のところは帰るといい」

 

「……はぁ、分かりました」

 

今の創真は仙左衛門が学園総帥であることは当然ながら知らないものの、年齢を感じさせない肉体に総帥としての仕事で培われてきたのであろう器の大きさを無意識に感じ取り、仙左衛門の言う通りに引き下がることにした。掲示板の連中も騒がしいし、そろそろどちらか一方だけに集中したいというのもあったが。

 

「ちなみになんですけど、美味しかったですか?」

 

「ああ、無論だ」

 

そして仙左衛門はえりなたちに聞こえないように創真に耳打ちする。

 

「合格基準は満たしているゆえ、編入されるのは間違いないだろう」

 

「……どうして小声なんですか?」

 

「今のえりなに伝えると直ぐには帰れなくなるが、それでもよいか?」

 

「それは困りますね……」

 

「そうであろうな。はっはっは」

 

「お気遣いありがとうございます。これからよろしくお願いします」

 

「うむ。では、さらばだ」

 

そうして創真は編入試験にて学園総帥から直々に合格を言い渡されたのだった。

 

 

また時は流れ、遠月学園の高等部の始業式。

 

『続いて、学年賞の授与にうつります。新一年生総代、薙切えりな』

 

「はい」

 

彼女が総代に選ばれたのは順当といえばそれまでだが、薙切一族の中で神の舌を発現した彼女に圧しかかる重圧は、退学がかかっている遠月の生徒よりも大きい。それを背負いながらも成績は全科目でトップを取り、今も凛とした立ち振る舞いで壇上に上がっている。

そんな彼女に天は二物以上のものを与えたようで、さらに容姿も整っており学生からの人気は高い。

 

『続いて、式辞を頂戴いたします』

 

「諸君、高等部進学おめでとう。総帥の薙切仙左衛門である」

 

それでも彼女に言い寄る男子が少ないのは、この学園の総帥である薙切仙左衛門の孫であるからだろう。総帥の学生からの認識は食のマフィアや料理業界を牛耳る美食の権化、はたまた魔王などという肩書まであるほどだ。

いくらえりなが美しかろうと高嶺の花すぎて、声を掛けるにも憚られるに違いない。

もっとも彼女に声をかけようとしたところで、周りからの牽制やなにより緋沙子のガードが固く諦めざるを得ないだろうが。

 

「――――これから試されるのは技巧や知識ではない。料理人として生きる気概そのもの」

 

仙左衛門がそう語ると学生たちを指差し、まともな学校であれば眉をひそめるどころかPTAで問題になる発言をする。

 

「諸君の99%は1%の玉を磨くための捨て石である。昨年の新一年生812名のうち二年生に進級できたのは76名。無能と凡夫は容赦なく切り捨てられ、千人の一年生が進級するころには百人になり卒業まで辿り着く者を数えるには片手を使えばたりるだろう。その一握りの料理人に君が……君が成るのだ!!」

 

遠月というブランドはこの徹底した競争による少数精鋭教育によるものだ。一人の原石の為に百人を切り捨てる姿勢は現代日本にはそぐわないかもしれないが、この学園の門戸を叩いた以上それは承知の上。当然皆、自身が勝ち残る方だと信じて疑わない。

 

しかし、今年に限っていえばそんな事情もしらずに編入して来ることになった変わり者がいる。

 

『最後に、高等部から編入する生徒を一名紹介します』

 

アナウンスを聞いたえりなの脳裏にはいけ好かない男の顔が思い浮かんだが、あの男は自身の権限において()()()()()()はずで、もう二度と会うこともないと苛立ちを抑えようとする。

 

「えー、編入生の幸平創真です。正直さっきの総帥の発言にはびっくりしましたが、親父を料理で超えるためにとりあえずこの学園で一番になろうと思います。思いがけず入学することになったんですが、三年間仲良くしてくれたら嬉しいです」

 

創真の発言に対しての反応は一拍遅れで訪れた。

 

「な、舐めてんのかてめぇ!」「ぶっ殺すぞ編入生ェ!!」

 

遠月における一番とは十傑評議会における第一席を指す。

一年生の中で将来的にその座に及ぶものは現状、薙切えりなにほかならない。もしもえりなが一番を目指すと述べたとしてもブーイングは起こらないだろうが、創真がその座を得る理由があまりにも個人的な事情なため、外から見ればふざけた発言にしか見えずこのような有様と成り果てた。

創真が壇上から袖にはけると、先ほど総代を授与されたえりなが呆然とした表情で立っていた。

 

「おお、反応やばいな。」

 

「幸平くん! なぜ君がここに……」

 

「なぜってそりゃあ……合格通知が届いたからな」

 

総帥から直々に合格と認定されたもののえりなからは不合格の烙印を捺されており、創真は仙左衛門がえりなに説明せずに当日を迎えた事に気が付き、総帥の顔を潰してしまうのも酷な話だろうと、えりなには明かさないように気を遣ったのだった。

 

「言っておきますけど、私は認めてはいないわ。君も、君の料理もね!」

 

「それって流行りのツンデレってやつ? 申し訳ないけど趣味じゃないんで……」

 

「違うわよ! 変なこと言わないでくれる?! それに一番になるだなんて……笑わせないで! 中等部からの内部進学者たちはみんな最先端ガストロノミーの英才教育を受けてきたの! 外様の編入生なんて上を見上げるまでもない。彼らにも勝てやしないわっ!」

 

「中等部、三年間か……」

 

「……何よ」

 

「俺が初めて包丁を握ったのは三つの時だった。12年間調理場で生きてきたんだぜ? それに神の舌と名高いあんたに不味いって言われたまま引き下がれるほど人間出来ちゃいねーんだ。絶対あんたにはっきりと美味いって言わせてやんよ」

 

「ふんっ……そんな未来絶対に訪れないわ!」

 

「おお? いったな? んじゃ、負けた方は何でも相手のいう事を聞くってのでどうだ」

 

「あなたにして欲しい事なんてありません」

 

「なんだよ、口だけかよ……」

 

「あなたねぇ……」

 

創真の遠月での波乱に満ちた生活と、えりなの受難はまだ始まったばかり……。




軽い気持ちで書いたものが評価されると人は現実味が薄れるんですね……。
日刊ランキングに入ってたり、感想を頂いていたり、誤字報告してくれたりと本当にありがたい限りです。
都合上毎日投稿に関してはどこまで続けられるか分かりませんが、書き進めていこうとは思いますので、これからもよろしくお願いします。

PS
読み返して食戟のソーマが週刊連載されてた事実に震える。
あのレベルでストーリーと絵を当然のように毎週上げてるのヤバくない??
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