料理の腕前がそんなに万能なわけがない   作:harii0012

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8話 頑張れる理由

「たしか……スゥエ*1っていうのはこのぐらいで」

 

深夜、営業時間が過ぎた『SHINO'S(シノズ)』の厨房で創真は基本的なフランス料理の技法を練習していた。

フランス料理は当然ながらこれまで創真が学んできた城一郎の料理とは異なる。確かにポワレなどの一部の技法は定食屋で働くうちに必要となり自然と体得していたが、今回はさらに難題だ。

 

四宮小次郎の右腕とも呼ばれるアベルに認めてもらう。

それは一線級のフランス料理人に一から学んだ知識で立ち向かうということ。更にいえば秋の選抜が始まるまでという時間制限付き。

 

ここまでの条件で及び腰になっても仕方のない状況だが、城一郎という高い壁に挑み続けている創真にとっては慣れたものだ。なんなら小学生の際に新メニューをこれより短期間で作ることになったあの時を思えばまだマシかもしれない。

 

「ポワレ*2はマジで名前だけ知らなかったな。親父はどこで習ったんだろ」

 

城一郎の経歴については創真はまだ知らない。

単純に城一郎が創真に伝えていなかったというのもあるが、創真自身もこれといって聞き出すつもりもなかった。

 

しかしながら、アメリカのVIP相手に料理を提供出来るレベルの料理人ともなるとそれは格が違う。店舗経営で定食屋を営むだけならある程度の腕と書類作業などをこなせば出来るかもしれないが、それに関しては料理人の中の極々一部かつ人脈がなければならない。つまりは料理の腕を見てもらう以前にVIPたちに提供するための繋がりがなければああはなれないのだ。

 

「ま、今度帰国したときにでも聞いてみるか」

 

とはいえ今はそれよりもフランス料理という新たな技法を身につけることが何よりも優先される。

それはアベルに認めてもらい四宮と再戦するという目標に必要な事ではあるが、それ以前に彼自身も全く異なる価値観によって作り出されるそれを体得するのが楽しいようだ。

 

「ラグー*3もそろそろいい感じか。んじゃブレゼ*4でも試してみますかね」

 

素人目には既に彼がフランス料理を学び始めて間もないとは分からないレベルに達しており、そのことに誰も気が付いていない。アルベールは創真との練習ではお互いの日常生活についてのお喋りや基礎的なフランス料理の質問に答えるぐらいで創真も彼がまだ学びの途上にある事を理解している為、自分自身の事で必要以上の負担をかけてしまうことは遠慮していた。

 

故にある程度形になってからアベルに声をかけようとしているのだが、創真の思う基準は城一郎によって『お客に提供するレベル』まで引き上げられておりそれを異常だと思える常識も既にない。

 

「うーん、フォン*5とジュ*6がまだ詰め切れてないか……。アルベールさんは四宮先輩からこの二つが基礎だから徹底的に叩き込まれたって言ってたもんな。より丁寧にやり直すか」

 

彼自身は努力している自覚はなく、聞いたところでただ必要であり楽しいからやっているに過ぎないとしか返ってこないだろう。その異常さに気が付いているのはこの世界では未だ城一郎しかおらず、別世界のスレ民ばかりが知っているのは何の因果か。

 

――――――――――――

 

日本、遠月学園の極星寮では秋の選抜に向けた特訓がなされていた。

これまでは一人一人がそれぞれの料理研究にいそしんでおり、作る前に集まって意見を出し合うということは少なかったが創真と田所に加えて丸井(まるい) 善二(ぜんじ)伊武崎(いぶさき) (しゅん)が既に選抜入りし、吉野(よしの) 悠姫(ゆうき)(さかき) 涼子(りょうこ)らがこれから決まる20枠の候補として名前が挙がったことにより、調理について語り合うことがこれまで以上に増えたのだ。

それはフランスに飛んだ創真の影響……を受けた田所恵が動き出したことに起因する。

 

「悠姫ちゃん、鴨肉なんだけど」

 

「ちょ、ちょっとまって恵。一旦休もうよ。もう夜だし、晩御飯にしない?」

 

「え、もうこんな時間?! ご、ごめんね悠姫ちゃん」

 

「いやー、全然いーんだけどさ」

 

吉野はジビエ料理を主体としており、これまでも遠月という弱肉強食の環境で生き残るため田所の面倒は見てきたつもりだ。

これまでの田所恵という少女は頑張り屋ではあるが極度のあがり症のせいで本来の力が発揮できず、不本意な結末に終わることが多かった。それも編入生である幸平創真が来てからは、改善の傾向にあり合宿前には独力でA判定を貰うほどになっていた。

 

そんな彼女だが秋の選抜入りが決まってから、厳密にいえば合宿が終わってからというものの力の入り様が異なる。おどおどとしたどこか自信なさげな様子であった彼女が、吉野に対してジビエについて詳しく教えて欲しいと頼み込んできたため軽い気持ちで了承したところ、連日連夜彼女が納得できるまで料理研究を行うのだ。

 

それは吉野だけではなく極星寮の面々全員を巻き込んで行われており、昨日は伊武崎でその前は榊と日ごとに異なる分野への知識を貪欲に得ようとしている。その姿をみて寮母であるふみ緒は一度焦る必要はないと伝えるも彼女が止まる事はなかった。

 

「それにしても急にどうしたのさ。極星寮の全員から色々料理について聞きまくってるみたいだけど」

 

「その……頑張りたくて」

 

「恵はこれまでも頑張ってたよ? 私が聞きたいのはきっかけなんだけど……やっぱり幸平の影響なの?」

 

その問いかけに対して田所は硬直し、顔が僅かに赤みがかる。手と首をぶんぶんと音が聞こえそうなほど横に振るも、はたと止まった。

 

「だ、だいじょぶ?」

 

「ぜぜぜぜぜんぜんへへへっへいきだよ??」

 

目は宙を泳ぎ、顔をそらすその姿に吉野は多少も納得は出来なかったがその反応からして自分の考えが正しいのだと把握する。

つまりは女子高生が大好きな恋バナだ。自分から夕食にしようといったもののそれよりもと野次馬根性が顔を出す。

 

「それで、幸平と何があったの?」

 

「…………何がっていうか、創真くんに助けられたって話したでしょ?」

 

「えーと、合宿でだっけ?」

 

「うん。四宮先生の試験で不合格になってどうしようもなくなったけど創真くんが食戟でなんとかしちゃったの」

 

当日にも田所の帰りが遅い事を心配していた吉野であるが、まさか卒業生相手に食戟をやっているとは露とも知らず自分のあずかり知らぬところで友人がそんな苦境に立たされていた事を解決後に知らされ榊に泣きつくしかなかった事を思い出す。

 

吉野にはあの時の田所の様子は食戟で勝って退学を免れたことも喜んではいたが他にも何か気になることがあるような素振りをしていたように思えていた。

 

「それでそれで?」

 

「その調理を始める時に、突然私がレシピを考えるように言われて混乱しちゃって……」

 

「それは仕方ない。私でもそうなると思うもん」

 

「なのに創真くんは怒ったりしなくて、そんな私の目を見て自分が創れる最高の料理を作るようにって言ってくれたの。それで落ち着けて……」

 

吉野はここまでの話を聞いて身体がムズムズして居ても立っても居られない状態になっていた。当日に田所から話を聞いた際は心配が勝っていたのとそんな恋愛模様など一切知らなかったのとがあるが、再度話を聞けば語っている途中から顔の赤さがどんどんと上がり今ではゆでだこのようになっている彼女をみると、混り気のない好意を感じてしまい聞いている側まで恥ずかしさが伝わっていた。

 

「なのにあいつはフランスに行っちゃったと」

 

「びっくりはしたけど創真くんのことだからもっと凄くなって秋の選抜までに帰ってくるよね」

 

「……もしかしてそんな幸平に置いて行かれないように頑張ってるの?」

 

「えっ……」

 

「甘酸っぱいわっ!!」

 

遂に耐え切れず叫んでしまう吉野。

 

「はぁ……幸平が帰ってきたら告白するんでしょ?」

 

「ここここここここ告白?!」

 

「え、そういう話じゃなかった?!」

 

「あんたたち! さっさと晩飯食べな!」

 

吉野が核心に迫ろうとしたところで食卓に来るのがあまりに遅いとふみ緒がしびれを切らしてやってきた。

今日のところは一人の少女が自分の淡い恋心を自覚するところで終わるのだった……。

*1
鍋で野菜を弱火でじっくりと加熱すること。「汗をかくように」という訳の通り野菜から水分が出るぐらいまで

*2
油脂をひき、表面をカリッと中身をふんわりした感触に具材を焼き上げる手法

*3
シチューなどの長時間煮込んだ料理のこと。トロトロになった食材はそのまま食べるだけではなく、ソースとしても使用することも

*4
密閉できる容器に素材と、素材が半分浸かる程度の水分(水・だし汁・ワインなど)をいれ、オーブンに入れて加熱して「蒸しながら煮る」調理法

*5
ソースのベースに使われる出汁。鶏・仔牛・魚・野菜などのベースで名称が異なり、そのままに出せば白色だが事前にオーブンなどで焼き色をつけると茶色になり別な名称がつく

*6
食材から煮だしてソースにすること。肉・魚・野菜以外にマッシュルーム・トリュフ・貝類からも作られる。フォンと同じく食材によって名称が異なる。

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