猪のハイネセン日記   作:カーネルさん

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前編

その人事を聞かされた時、新銀河帝国軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥は、常に維持している鉄面皮をわすかに揺らし、つまり動揺をあらわにして資料を二度見し、上司である皇帝(カイザー)に聞いた。

 

「よろしいのですか?」

「ああ…気が変わったのだ」

 

オーベルシュタインの義眼が、彼の内心を映すかのようにちかっと光った。

 

「しかし彼に務まりますかどうか」

「それについてだが、卿が少々指導してやるというのはどうか?」

 

義眼がひときわ強く輝いたようだった。

 

***

 

新帝国暦一年六月二八日、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将、ハイネセン駐在帝国高等弁務官を拝命。

 

その布告を聞いた帝国軍最高幹部達は口々に驚きの声を上げた。

 

「ビッテンフェルトが高等弁務官とは…」

「レンネンカンプに内定していたと聞いていたが」

「陛下の鶴の一言らしい」

 

軍務省でも、統帥本部でも、宇宙艦隊でも、士官クラブ海鷲(ゼーアドラー)でも、その噂で持ちきりだった。

 

衆目の関心はひとつ-果たして勇猛果敢、猪突猛進のビッテンフェルト提督に、高等弁務官などという職が務まるのか?

 

当の本人は皇帝(カイザー)から任命を受けて高揚した気分が直後に急降下していた。軍務尚書の執務室に向かうよう命じられたのだ。

 

「ビッテンフェルト提督、陛下のご命令により、卿がハイネセンに出立するまで小官が高等弁務官に期待される任務、そのために必要な知識について卿に指導を行うことになった」

 

オーベルシュタインはいつもの(不機嫌そうに見えるが、それが普通である)顔を、やや歪めていた。

 

「はなはだ不本意ではあるが、陛下のご下命とあれば否はない」

「奇遇だな、卿と俺の意見が一致するとは」

 

ビッテンフェルトもラインハルトから話を聞いていたためここで暴れ出すようなことはなく、執務室のソファにどっかりと座り込む。

 

「互いに多忙な身だ…早速始めるとしよう」

「いいだろう」

 

***

 

「オーベルシュタイン、そもそも高等弁務官とは、何をやる職なのだ?」

「ビッテンフェルト提督、よい質問だ。まずはそこからだな」

 

まずは基本からである。

 

かつて帝国にはフェザーン駐在高等弁務官という官職があり、近年では伯爵ヨッフェン・フォン・レムシャイドという人物がその任にあった。彼はフェザーンの策に踊らされ、幼帝を誘拐して同盟に帝国正統政府なる国家を立ち上げたものの、何らの実態を伴うことはなく、帝国軍の同盟領侵攻とハイネセン占領により絶望して自死したが、それは余談。

 

「フェザーン駐在高等弁務官の役割は明快だった」

 

遠い昔のこと。人類が銀河連邦、銀河帝国という単一国家になる以前は、国と国との交流、政府間交渉を担う外交官という職種があり、その中に特命全権大使という官職があった。大使は他国に駐在して自国の代表を務めた。

 

フェザーン駐在高等弁務官もそれとほぼ同等の任務を帯びていた。フェザーンにおける帝国の利益代表を務め、当地における帝国の権益を保護し、帝国臣民が犯罪や事故に巻き込まれることがあれば救助すること。また帝国からでは難しい他国の、つまり同盟とフェザーンそのものの情報収集を行うこと。

 

「さて、ハイネセン駐在高等弁務官も概略は同じなのだが、これに加えて重要な任務がある」

 

それはラグナロック戦役の戦勝者たる帝国の代表として敗者同盟に駐在するがゆえの役割。皇帝の代理人としてバーラトの和約の履行状況を監視し、不履行があれば是正を要求することである。

 

バーラトの和約にはこうある。

 

一、自由惑星同盟の名称と主権の存続については、銀河帝国の同意によってこれを保障する。  

二、同盟はガンダルヴァ星系および両回廊の出口周辺に位置するふたつの星系を帝国に割譲する。

三、同盟は帝国の軍艦および民間船が同盟領内を自由に航行することを認める。  四、同盟は帝国にたいし年間一兆五〇〇〇億帝国マルクの安全保障税を支払うものとする。  

五、同盟は主権の象徴としての軍備を保有するが、戦艦および宇宙母艦については、保有の権利を放棄する。また、同盟が軍事施設を建設・改修するにあたっては、事前に帝国政府と協議するものとする。

六、同盟は国内法を制定し、帝国との友好および協調を阻害することを目的とした活動を禁止するものとする。  

七、帝国は同盟首都ハイネセンに高等弁務官府を設置し、これを警備する軍隊を駐留せしめる権利を有する。高等弁務官は帝国主権者(皇帝)の代理として同盟政府と折衝・協議し、さらに同盟政府の諸会議を傍聴する資格をあたえられる……。

 

「ではひとつひとつ見ていくとしよう」

 

***

 

第一条は言うまでもない簡単な話だとビッテンフェルトは思ったが、オーベルシュタインがそれを否定した。

 

「ビッテンフェルト提督、そう気楽に捉えてもらっては困るな」

「?」

 

これまで帝国は自由惑星同盟の存在を公式には認めてこなかった。公文書においては「叛徒ども」と記載され、「不逞なる」とか「自由惑星同盟を僭称する」といった枕詞がつくことがしばしばあった。全ての帝国人はみな生まれてからそのように書かれた教科書で学び、日々新聞を読んで生きてきている。その常識を変えるのは容易ではない。が、高等弁務官府が発行する公文書にしても、ビッテンフェルトの発言ひとつにしても、決して従前の意識で叛徒などと述べることは許されない。それは帝国による和約違反となり、同盟に非難と攻撃の材料を与えかねない。

 

「うむむ、確かに…」

 

勢いで乱暴な発言を吐くことのあるビッテンフェルトにはハードルが高いが、これは重要なことだと思った。

 

「帝国は戦勝国であるが、現時点では少なくとも同盟を対等な他国として扱わねばならぬ。たとえ形式上であっても、な」

「わかった、肝に銘じよう」

 

***

 

続いて第二条である。ガンダルヴァ星系には帝国軍の駐留基地を建設する計画になっている。

 

「建設そのものは本土からフェザーン経由で資材と人員を送る。現地建設責任者としてシュタインメッツ提督、オーディン側ではロイエンタール元帥が統帥本部総長の職権により監督にあたる。卿が直接関与することはないが、要求があれば便宜は図ってやってほしい。卿の方でも必要があれば依頼をかけても構わぬ。また、進捗については都度報告が上がるようにする」

「承知した」

 

***

 

「続いて第三条についてだが」

「何かあるのか? 至極明快に思えるが」

「小官は懸念を持っている」

 

先のラグナロック作戦時、同盟軍は帝国軍に対して戦力比で大きく劣り、特に正規艦隊が全く不足していた。それを少しでも補うために各地から星間警備隊や警察組織の有する小型艦までかき集めて迎撃にあたったと判明している。

 

「つまり、現在の同盟領では治安維持にあたる実行部隊が枯渇しているということか?」

「その通りだ、ビッテンフェルト提督。艦隊はよい、だが民間船の安全な航行には懸念が払拭できない」

 

加えて敗戦による命令系統の混乱、記録の不備、などにより所在不明になった同盟軍兵が多数いるらしきこともわかっている。帝国でもリップシュタット戦役後に敗残兵が海賊化した例はある。現在の同盟でも同じことが起こっている可能性は高いと言える。

 

「海賊か…」

 

ビッテンフェルトは第七条を指差した。

 

「高等弁務官として俺が連れて行く黒色槍騎兵をもって航路の哨戒、海賊退治にあたればいいのではないか?」

「それはひとつの解決策ではあるが、和約はそこまで認めているとは解釈できぬ。同盟政府としては国家主権のひとつである警察権を帝国軍に委ねることを無条件によしとはすまい。ハイネセンに赴任後、卿自身が同盟政府と交渉するべきであろうな」

「なるほどな」

 

長短両所あるが、とオーベルシュタインは続けて語った。同盟自身に限定的な恒星間警察力の再建を促し、彼らの人員と予算で航路の治安維持をやらせるという案も考えられる。彼らの財政負担を増すという点では都合が良いが、再軍備の隠れ蓑となるリスクもある。だが帝国軍から兵や将校を顧問として派遣し、命令結節を監視するなどして抑えることもできよう…。

 

「なるほどな」

 

ビッテンフェルトは再度唸った。

 

***

 

第四条、安全保障税の規定である。

 

「要するに、講和の対価として同盟にカネを払わせるということだな?」

「その通りだ。1兆5,000億帝国マルクというのは同盟政府の年間予算の約二割、彼らの国防予算に対するなら四割弱程度にあたる」

 

これを見てほしい、とオーベルシュタインは資料を出してきた。それは同盟政府の前年度予算だった。

 

「おい、俺には国家の予算などわからんぞ!」

「難しく考える必要はない、概略を理解すればよいのだ。卿も艦隊の経理には目を通してきたであろう、基本は同じだ」

 

オーベルシュタインは情報参謀上がりでデータを扱うことには非常に長けており、それには数字も含まれる。国家規模であっても最終的にはB/S、P/Lに落とせば理解できぬことはない。細かい項目の中身は専門家に聞けばよいのだ。

 

ビッテンフェルトも艦隊司令官を勤める立場であり、艦隊の経理もその責任に含まれるため、大枠はわかるのだが…。

 

「ビッテンフェルト提督、今日はここまでにしよう。次回までに会計についておさらいしてきてもらいたい」

「わかった…」

 

***

 

ビッテンフェルトは数日の数字との格闘の末、ようやく第四条について話ができる状態になった。

 

「では続けよう。ビッテンフェルト提督、同盟政府は帝国に安全保障税を毎年払う義務を負う。それは、同盟の議会で審議され、予算案として可決される必要がある」

 

ここでまた出てくるのが第七条である。

 

「高等弁務官は同盟政府の諸会議を傍聴する権利を持っている。つまり卿は」

「待てオーベルシュタイン、諸会議とは具体的に何のことだ?」

 

ビッテンフェルトは典型的な帝国人である。同盟の政体や組織について大した知識を持っていない。何年かごとにセンキョとかいうものがあって、その年になると叛徒どもはイゼルローン要塞に攻めてくるとか、その程度だ。

 

「そこからだな…」

 

オーベルシュタインは同盟の政体と選挙制度について説明した。

 

「彼らが選挙のたびにイゼルローン要塞攻略を企図して出兵していたのは、政権にあるものたちが実績を作り選挙で勝利を収めようとしたためだ」

「選挙とは人気取りなのか?」

「そうした面があることは否定できない事実のようだな」

 

本来は政策の違い、資源の投入先を議論して、市民一人ひとりが自分の希望を実現してくれるであろう者を代理人として政府の運用を委託するのが代議制民主主義だが、末期の同盟では、アムリッツァ戦のように支持率向上のため選挙が近くなると時の政権が出兵を行っていた。

 

ともかく、同盟政府は毎年予算案を議会で可決しないと安全保障税が払えない。ビッテンフェルトは高等弁務官として同盟議会を傍聴して議論を注視する必要があるだろう。

 

「それは同盟の政体と同盟人を理解する助けにもなろう」

 

さらにオーベルシュタインは付け加えた。

 

「議会が安全保障税の予算化に強く抵抗するようであれば、たとえば黒色槍騎兵に演習でもさせて圧力をかけるという手段もあろう。硬軟使い分けることだな」

 

***

 

第五条、軍備の制限。

 

「これはわかるぞ、同盟軍の戦艦と宇宙母艦の廃棄計画を提出させて、実行を監視するわけだな」

「その通りだ、ビッテンフェルト提督。彼らが不自然に遅延した廃棄計画を提出してきたなら修正を要求すべきであるし、廃棄と称して容易に修理して再利用できるような計画になっていないかの確認、実行の査察、残骸の再利用計画と実際の処理の追跡といったところだな」

「おい、結構やることがあるではないか」

「当然だ、ビッテンフェルト提督。施設修理にしても同様だ。ラグナロック戦役の折、ヤン艦隊が各地の補給基地を転々とすることで我らの目を眩まし、翻弄したことを忘れてはおるまい。再侵攻の際に同じことが起きてはならぬ」

 

再侵攻? ビッテンフェルトは訝しんだ。ラグナロック戦役に勝利して講和したのはつい先月のことなのだが…。

 

***

 

「第六条だが、第四条で説明した通り、同盟では法案を議会で可決することで、初めて強制力のある法が施行できる」

 

帝国では、極端に言えば皇帝の一言が法となり強制力を持つ。前王朝時代には門閥貴族が傍若無人に振舞っていた。ラインハルトの母親は上級貴族の地上車に轢かれて死亡したが、その貴族は特に咎めを受けることはなかった。ミューゼル家が平民にも劣る貧しい帝国騎士だったからである。帝国では実力さえ伴えば法を伴わずとも他者に自意志を強制でき、あるいは法の処罰を免れることができる。その本質は新王朝においても変わらない。

 

(それで平民が苦しむこともあるのだがな)

 

ビッテンフェルトは平民出身である。もちろんその思いは、体制への批判に、ひいては不敬罪にあたるかもしれないので口にはしなかった。ビッテンフェルトも帝国の高官として分別はある。

 

「ビッテンフェルト提督、高等弁務官として卿が留意すべきは、反帝国運動を助長する恐れのある活動を禁止する法律を制定させることだ」

「当然だな」

 

「しかし、同盟には憲章という帝国における勅令のような最高法規が存在する。これには言論の自由、集会の自由、行動の自由といった市民の権利、いわゆる人権の保護が規定されている。これが第六条に基づく帝国の要求と相反することが考えられる」

「まて、同盟では不敬罪に相当するような発言でも許されるのか?」

「許される。同盟市民が最高評議会議長の退陣を公に主張しても罪にはならぬ。それは市民の権利として認められているのだ」

「帝国とは大違いだな…」

 

ビッテンフェルトはぼやいた。国情が違いすぎてイメージが掴めない。この件をどうするかはハイネセンに赴いてからの宿題となるだろう。まあラインハルトの権力奪取後、帝国でも平民の言論の自由は拡大されているので全く理解ができないほどではないが…。

 

***

 

オーベルシュタインとビッテンフェルトの勉強会もやっと第七条にたどり着いた。ビッテンフェルトの出立の日も近づいてきている。

 

「ビッテンフェルト提督、黒色槍騎兵を連れていくつもりか?」

「当然だ、俺のあるところにすなわち黒色槍騎兵ありだ」

 

それが首都星ハイネセンの衛星軌道上の軍用宇宙港に駐留することで、同盟市民にどのような感情を呼び起こすだろうか。まあ一個艦隊ぐらいなら…?

 

「さて、これまで述べてきた高等弁務官の任務は、その表の面に過ぎぬ」

「まだあるのか!?」

「高等弁務官府としては非公然の活動になるが、同盟政府と軍の要人達、それと反帝国勢力の監視だ。実務にあたっては軍務省情報部から要員を派遣する」

 

大使館が諜報活動の根拠地となるのは常の事である。情報部員達は様々な表向きの身分(カバー)を与えられ、情報収集にあたることになるだろう。

 

「具体的に監視対象は誰だ?」

 

まずは同盟の最高評議会議長を初めとする評議会の委員長達、主だった有力代議員、同盟軍の現役、退役将官、あるいは佐官級の強硬派、それに過去に帝国との徹底抗戦を叫んで活動していたという憂国騎士団なる過激派や、それに類する連中といったところだろう。

 

「退役将官ということは、ヤン・ウェンリーも含まれるということか?」

「無論だ。小官はヤン・ウェンリー元帥は潜在的な反帝国勢力の首魁となる危険性があると考えている」

「やつは和約が結ばれてすぐに退役したと聞いたぞ?」

「本当に表舞台から去るつもりかはわからぬ。また本人の思惑はどうあれ、周囲が反帝国勢力の旗頭に担ぐということもありえよう」

「なるほどな。よし、俺自身がやつに確認するとしようか」

 

ビッテンフェルトは常に直裁に行動する人である。

 

「同盟内で反帝国の機運が高まれば、バーラトの和約の重大な不履行も起こり得よう。となれば帝国はその責任を問い、再侵攻の軍を発すことも考えられるな」

 

ビッテンフェルトはそれには答えず、黙って何かを考えていた。

 

「ここまでだな。ビッテンフェルト提督、高等弁務官の任務を理解できたかな」

「軍務尚書、確認したいことがある。俺は高等弁務官として和約の確実な履行が行われることを目的とし、帝国と同盟の関係を良好に保つために行くのか、それとも彼らとの関係をあえて悪化させ、再侵攻の口実を得るために行くのか?」

 

この質問にオーベルシュタインは珍しく、すぐには答えなかった。

 

「ビッテンフェルト提督、大変よい質問であり、極めて重要な問いである」

 

オーベルシュタインはゆっくりと、考えながら話し始めた。

 

「これから述べることは小官の個人的な考えであると、あらかじめ断っておく。小官は、自由惑星同盟はいずれ帝国に吸収合併され、皇帝(カイザー)ラインハルト陛下のもとで新帝国による人類再統一が成されるべきだと考えている。だが、そのために再度の武力侵攻が必ずしも必要とは考えていない」

 

皇帝(カイザー)は戦いを嗜まれる。再度大軍をもって同盟を征服することをお望みであろう。卿ら艦隊司令官達も同様であろうな。だが小官としてはそれにこだわるものではない。別の方法はいくらでもありえよう」

 

「卿の高等弁務官としての任務には、同盟の暴発と開戦を促すことは明確には含まれていないと小官は認識している。だが卿の働きで、どのようなかたちを取るにせよ、結果的に宇宙の統一が果たされれば、それは大きな功績となろう」

 

オーベルシュタインは一度口を閉じ、最後にこう言った。

 

「ビッテンフェルト提督、最初に言った通りこれは小官の個人的な見解である。高等弁務官は皇帝陛下に直接報告する立場にあり、活動方針は皇帝(カイザー)の一存による。不明点があれば出立までに陛下にお尋ねするとよい」

 

ビッテンフェルトは出立の挨拶の際にラインハルトにこの点を確認した。ラインハルトの答えは「卿の思うようにやればよい」であった。

 

***

 

出立の日が訪れた。ビッテンフェルトは皇帝(カイザー)ラインハルトと閣僚、帝国軍幹部達の見送りを受けてハイネセンに旅立った。その際オーベルシュタインに声をかけた。

 

「オーベルシュタイン、世話になったな。俺は卿をいつも陰険な企みを思いついては人を陥れることばかり考えている嫌な奴だと考えていたが、実は卿なりに陛下と帝国のために頭を絞っていたのだな。いや俺は卿を見直したぞ」

「ビッテンフェルト提督、それは褒めているつもりなのか?」

 

その会話が耳に入った提督達は驚いた。この2人、なんだか距離が近くなってないか?

 

ビッテンフェルトとオーベルシュタインは以前よりはお互いを理解し、少しだけ仲良くなった。それが本来の目的ではなかったが。

 

ビッテンフェルトは高等弁務官の任務と同盟という国家について、付け焼き刃とはいえ一定の知識を持ってハイネセンに赴いた。

 

***

 

ところでビッテンフェルトが出立する前、オーベルシュタインからひとつアドバイスがあった。

 

「ビッテンフェルト提督、日誌を付けることをおすすめする。定期的に陛下に提出するとよい」

 

「なるほど日記か、それはよい考えだ!」

 

ビッテンフェルトは日記をつけたことはこれまでないが、新しい習慣としていいかもしれない。

 

「だがFTL通信という手もあるではないか?」

「オーディンとハイネセンは遠い。さすがに宇宙の端と端では毎日のように使用するというわけにもいかぬ。安定した経路とて未だ確立されてはおらぬ。言い忘れていたが、その整備も卿の任務のひとつなのだ」

 

こうしてビッテンフェルトはハイネセンで日記をつけることになった。

 

 

中編に続く

 




前編あとがき

本作品は、筆者が何年も前に某掲示板に投稿したネタが原案になっています。細部を考えるうちに話が膨らんできたため前中後編に分けました。次からが本番です。

オーベルシュタイン先生が非常に熱心かつ丁寧な講師になりましたが、筆者自身の整理のためとご理解ください。

ロイエンタールがガンダルヴァ基地建設の監督をしたというのはオリジナル設定です。原作で影の城と三元帥の城の建設責任者はミッターマイヤーが勤めましたが、なんでもかんでも宇宙艦隊がやるのはどうかなというのと、出番を増やすためにこうしました。

原作ではレンネンカンプはラグナロック戦役で同盟領侵攻に参加した後、おそらくそのままハイネセンに留まって高等弁務官に就任したと思われますが、今作ではビッテンフェルトはオーディンに一度戻り、ラインハルトの戴冠式に参列した後で高等弁務官を拝命し、ハイネセンに向かったことになります。

帝国マルクと同盟ディナールの為替レートは不明ですが、帝国元帥の終身年金250万帝国マルクとか軍曹の月給が2,850帝国マルクといった数字から、1帝国マルク=100円ぐらいかと言われています。いっぽうアスターテ戦での戦死者が150万人で遺族年金が100億ディナールと計上されており、1人あたま6,666ディナールとなりますが、年金というからには毎年給付されるもので一時金ではないと考えられます。1ディナール=100円だと66万円、200円で132万円、財政が悪化していたことを考慮するとまあこの程度でしょうか。そうすると2帝国マルク=1ディナール程度となりそうです。となると1兆5,000億帝国マルクは7,500億ディナール相当になります。同盟軍の帝国領侵攻の当初予算が2,000億ディナール、国家予算の5.4%、軍事費の一割以上といった数字から当時の同盟の国家予算は3兆7,000億ディナール規模、国防費は2兆ディナールと推測されます。国家予算に対して国防費が明らかに過大であると思いますが…。ともかく、安全保障税の同盟予算に対する規模感はこんなところと算出しました。過大すぎす過小すぎずという印象です。ちなみに兵長待遇軍属時代のユリアンの月給は1,440ディナールで、先に挙げた為替レートが正しいとするならば、帝国軍軍曹とほぼ同価値となります。

FTL通信は距離とデータ量に応じて使用電力が増大し、動画ありのリアルタイム通信となると戦場内であれば戦艦に搭載した動力炉で賄えるが、オーディン=ハイネセン間ともなれば大型の動力炉を十数日稼働させて発電した電力を超電導バッテリに蓄積した上でようやく数十分使用できる、といったイメージでいます。テキストデータだとデータ量が小さいので、業務連絡は日次レベルで行えたでしょう。それに混ぜて日記を送信することも可能です。
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