◯月×日 ハイネセン着。レベロ最高評議会議長と会談。
「レベロ議長、お初にお目にかかる。皇帝陛下より帝国高等弁務官の任を預かったフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将である。以後よろしく願いたい」
「自由惑星同盟最高評議会議長、ジョアン・レベロです。こちらこそよろしくお願いしたい」
ビッテンフェルトから見たレベロは初老の政治家で、背筋は伸びているもののどこか疲れている印象があった。
「レベロ議長、小官はなにぶん帝国生まれの帝国育ちで他国というものを知らない。これからいろいろ学ばせてもらうことになる。迷惑をかけることもあるかと思うが、ひとつよろしく頼みたい」
「とんでもない、高等弁務官閣下。こちらこそ閣下と理解を深め、ひいては同盟と帝国の友好の一助とできれば私としてはこれに勝る喜びはありません」
ビッテンフェルトとレベロはひとしきり歓談した。
「議長、少しお疲れのように見えるが」
「これは、ご心配ありがとうございます。なにぶん先の戦役からこちら、同盟の政治は混乱しておりまして…トリューニヒト前議長はあのような形で政権を降りて帝国に行ってしまい、残された私達でなんとかしなければと思って奔走しているのですが、なかなか難しいことも多く…」
レベロはつい、本音を漏らしてしまった。初対面の、帝国から来た皇帝の代理人に話すことではなかったが、それだけ心労がかさんでいたのだろう。
ビッテンフェルトは少し同情した。もともと腹に一物ある男ではない。呼吸する破壊衝動などと呼ばれることもあるが、別に誰彼構わず理由なしに殴って歩くような人間でもない。根は善人である。
「レベロ議長、小官は帝国の利益代表としてここに赴任してきたが、帝国の害にならない範囲であれば同盟に協力できることもあるのではないかと思っている」
意外なビッテンフェルトの発言に、レベロは驚いた。そこからは隠された邪気などを全く感じられなかったからだ。
「まずは同盟のことをよく知りたい。それから何ができるか考えたい。また近いうちにお会いしよう」
「喜んで」
***
◯月×日 ヤン元帥を表敬訪問。
ピンポーン
「おや、誰か来たようだね」
「あなた、私が出ますわ」
結婚式からまだ3ヶ月ほど、ラブラブな新婚生活を送るヤン夫妻宅に訪問者があったのは、その日の午後だった。ヤンは念願の年金生活をだらだらと満喫していた。
「あ、あなた! 大変です」
「何を慌てているんだいフレデリカ、この世の中に」
「帝国の高等弁務官、ビッテンフェルト上級大将がお越しになってます!」
ヤンが自分自身の哲学を裏切ったのは人生で二度目のことになる。
「やあやあヤン・ウェンリー元帥、突然の来訪になったことをお詫びする。一日も早く卿と話してみたくてな」
ヤン夫妻宅にビッテンフェルトがやってきた。ヤンにとっては帝国高等弁務官というより、アムリッツァで対峙した黒い艦隊の司令官という認識の方が強い。そんな人物がなぜ自分の家に来たのか。
「ビッテンフェルト提督、なんと言いますか、いきなりのご訪問で何もおもてなしの用意がなく…いやそんなことより、なんのご用なんです?」
困惑しきった表情で自分を迎えたヤンに、ビッテンフェルトはおやと思った。彼はバーミリオン会戦終結後にラインハルトと会談するためブリュンヒルトを訪問したヤンを一度だけ見ている。その際もとても同盟軍最高の知将にしては冴えない男だとは思ったが、今日は寛いでいたのだろう、ルームウェアで困った顔をしているヤンからは覇気や闘志といったものはなおさら感じなかった。
「これは失礼を重ねてお詫びする。なに、用というほどのものではない。俺自身が卿と直に会って話をしてみたかっただけのことなのだ。バーミリオンの後では機会がなかったからな」
がははははと笑うビッテンフェルトにさらに困惑するヤンとフレデリカだったが、ペースに流されて応接室で話をすることになってしまった。
「ヤン元帥、和約締結後の暮らしはいかがかな?」
「元帥はやめてください、私は退役した身ですよ」
「おおそうだった、どうも慣れなくてな。それではヘル・ヤンと呼ばせてもらおう」
これが、その後何回も続いたビッテンフェルトのヤン夫妻宅訪問の初回になった。
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初めは単に面白がる者もいたのだが、次第に帝国政府の閣僚達はそこに書かれたレベロ以下同盟の政治家達の肉声を真剣に読み始め、帝国軍の最高幹部達はヤンを始めとする同盟軍の高級将校達から明かされた知られざる真実に言葉を失った。
「これはなかなか興味深いではないか。オーベルシュタイン、卿が日記をつけるように言ったのか?」
「…小官は日誌と申したのです、陛下」
***
◯月×日 同盟議会を初傍聴。予算委員会の審議。
ビッテンフェルトが初めて傍聴する議会というものは、あまりお行儀のいいものだとは言えなかった。
「政府は敗戦の責任をどうするつもりか!」
「前議長の退任で済む話ではない! 一日も早い解散と総選挙を行うべきだ!」
「再三ご説明してきた通り、今政治の空白期間を作ることはできないのだ!」
喧々轟々。議会の討論と予算審議の勉強のためと思って傍聴に来てみたが、一向に話が進む様子がない。イライラしてきたビッテンフェルトは、つい漏らしてしまった。
「一体いつから実際の審議に入るのだ?」
それは彼の声がいつもそうであるように、一般の基準に照らすと大声だった。
「はい?」
それを、傍聴席の近くにいた代議員が聞きとがめた。
「高等弁務官閣下、これが討議です。議会のない帝国から来た弁務官には馴染みがやないかもしれませんが…」
ビッテンフェルトは不思議そうに聞いた。
「ほう、そうなのか? だが聞いているとひたすら揚げ足取りと嫌味の応酬、同じ話の繰り返しではないか。いつになったら予算の審議を始めるのだ?」
ざわめいていた議場が静まり始めた。
「小官の理解では、同盟政府の会計年度は一月一日開始であろう。今はもう八月も半ばだが、このような調子で議論していて間に合うものなのか?」
素朴な質問であったが、それを聞いていた代議員達は改めて状況を理解した。そうだ、これまでとは違うのだ。同盟は帝国に敗北し、その代償として安全保障税の支払いを約束させられ、帝国軍の上級大将が高等弁務官として議会にまで乗り込んできてその予算化が確実に行われるよう監視している…まさに初傍聴の日から、一日でも早く予算案が成立するよう早速圧力をかけてきたのだ。ハイネセンの軌道上には彼が率いる帝国艦隊がいるのを忘れたのか…!
代議員達はそれまでよりは真剣に議論を始めた。
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ビッテンフェルトの日記は次第に閣僚、帝国軍最高幹部達に読み物として人気になっていった。
「ほう、民主主義国家の議会とやらは、ずいぶん騒々しいようだな」
「これが民主主義国家の議会の討論か…!」
ロイエンタールは冷笑的であったが、開明派の民政尚書ブラッケなどは食い入るように何度も読んでいた。
***
◯月×日 同盟最高評議会を傍聴。
「小官のことは気になされずともよい。普段通り議論を交わされよ」
そう言って最高評議会に乗り込んだビッテンフェルトに、閣僚達は困惑気味である。何度かビッテンフェルトと公式・非公式に話してだんだんわかってきたレベロは、裏表のない人間だから気にしても仕方がないと思い始めていた。
「はあ…では閣議を始める」
議題の中心はやはり安全保障税を含む予算案の見通しだが、全般的な景気の悪化、歳入の減少も深刻な問題として挙げられた。
「とにかく金が足りない」
バーラトの和約で同盟軍は最小限の規模に縮小することと定められており、それでなくとも当面の戦争など考えられない同盟政府としては、不足している熟練労働者の社会復帰のためにも軍の削減は急務である。将来的には財政の健全化と社会システムの再建を期待できるが、目先では退役一時金や復員手当の負担が大きい。
「退役軍人を端金だけ持たせて放り出すわけにはいかんですからな、犯罪の増加が起きることは目に見えている」
しかし現実には税収が減っており、退役一時金を賄うにも困っている。一時的な支出なら、これまでは国債を発行して充当してきたのだが。
「国債を発行したくても、引受先がない。同盟という国家の先行きに国民は不安を持っているからな」
「これまではフェザーンに借款や国債を引き受けてもらっていた。今後はそれができないのも厳しいな…」
(ふむ?)
ビッテンフェルトは思った。要は同盟は金がない、当座をしのぐにも借金の借り先がないため同盟の財布は急激に困窮しているということか。
ならば帝国が貸してやるというのはどうだろうか?
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「帝国が同盟に金を貸すだと!?」
その日の閣議ではラグナロック戦役を終えた帝国軍の再編計画も話し合われる予定であったため、帝国軍三長官も列席していた。軍幹部が実質的に
ビッテンフェルトの日記を読んでいたミッターマイヤーは驚いた。そんな発想はなかったからだ。
「…いや、これは妙案かもしれません」
財務尚書リヒターが発言した。彼もまた開明派を自称する貴族で、自らフォンの称号を外している。いずれ帝国に立憲主義を導入せんとの野望を持ち、同盟、というか民主共和政に対して憧憬のようなものを抱いている。
「我々帝国がフェザーンに代わって同盟に借款や国債の購入という形で資金を提供すれば、帝国は安全保障税に加えてさらなる財政上の首輪を掛けることになります」
「だが、彼らに返済能力は期待できるのか?」
工部尚書シルヴァーベルヒの疑問にリヒターは答えた。
「現金での返済能力が怪しくても構わない。現物で担保を取ればよいのだ。星系の長期租借権、重要な鉱山の採掘権や国営企業の経営権、いろいろ考えられる。いっそ、最初からそれらを現金での返済に代えて受け取るスキームにしてもよい。そうやって同盟に経済的に進出していくのも面白いではないか」
リヒターはやり手の若手実業家のように精力的な笑みを浮かべた。経済を通じて両国の交流が深まれば、帝国にも新しい風が吹くかもしれない。
ラインハルトは少し考え、ビッテンフェルトの提案を認めようと決めた。
「よかろう、ビッテンフェルトに進めて構わんと伝えてやろう」
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ビッテンフェルト高等弁務官は同盟最高評議会に対し帝国政府からの借款供与、あるいは帝国中央銀行や企業による国債購入の可能性を示唆し、その報道により同盟の株式市場は急上昇した。
***
◯月×日 ヤン夫妻宅を訪問。
「ヘル・ヤン、フラウ・ヤン、お邪魔する」
「いらっしゃい提督」
「いらっしゃいませ」(また来たわ…)
またもやってきたビッテンフェルトにヤンとフレデリカが困惑しつつ歓談していると。
ピンポーン
そこにまた訪問者がやってきた。
「やあ提督、いいワインが手に入り…うん?」
「先輩、キャゼルヌ先輩ともそこで一緒になったんですよ…え?」
「ヤン、邪魔するぞ…は?」
シェーンコップとアッテンボロー、同盟軍退役中将二人とキャゼルヌ、現役中将一人がやってきた。たいして広くもないヤン宅はすし詰めになった。
「ほう、結婚前のヘル・ヤンはそんな感じだったのか」
一瞬緊張が走ったもののそれぞれが落ち着き、ビッテンフェルトはヤン艦隊の元幹部三人からヤンの駄目なところを散々聞かされていた。いわく首から下は不要な男、生活無能力者、養子のユリアンを迎えるまではごみと埃を友として生活していた、手ぶらのヤン、等々である。
「ん? 手ぶらのヤンとはどういう意味なのだ?」
「ああ、それはですね」
酒の肴としていいように扱われてすっかり苦り切っていたヤンが、いい話題転換のタイミングとばかりに口をはさんだ。
「私はもともと貿易商人だった父と一緒に、輸送船で星から星に飛んでまわる子供時代を送ったんです」
それからヤンは話した。父から歴史の話を聞かされて歴史の道を志望したこと。ハイネセン記念大学の歴史学科受験を決めたところで父の事故死。遺産を整理したら、父の自慢だった骨董品がどれもガラクタで二束三文にもならず、あると思っていた資産はことごとく借金の抵当に入っており、それで一文無しになったヤンは学費のかからない同盟軍士官学校の戦史研究科を受験、運よく合格し、学生寮に着の身着のままでもぐりこんだこと。
「なるほど、それで手ぶらのヤンか」
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「面白い、ヤン元帥の人となりが知れるな」
「魔術師も私生活ではてんでだらしないようだな」
「同盟軍一の名将にもかかわらず、ずいぶんと部下には自由にさせているようだな、これは驚いた」
「帝国軍と同盟軍では気風が違うということだろうな」
そんな提督達の会話をよそに、ラインハルトはつまらなそうに日記を眺めていた。
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◯月×日 同盟最高評議会を傍聴。
「ここ数ヶ月の物価と平均給与の動向がこちらになります」
「酷いものだな、物価は和約締結後に比べて10%近く上がっているではないか。しかし給与は上がっていない」
「主には敗戦による先行き不安からの生産の絞り込みによる供給不足が大きいですが、物流の混乱もそれを後押ししています」
「主要航路での輸送が滞りがちです、以前にもお話ししましたが、海賊が各地に出没していて物流企業が輸送船を出し渋っています」
「保険料も大幅に値上がりしており、こらが価格転嫁されていることも原因です」
「安全が確保できないため船員組合や経済団体も情報交通委員会に対応を強く求めてきています。具体的には輸送船団の護衛と海賊の掃討を」
「しかし、星間警備隊と警察には輸送船を守るだけの人員と装備がないのだ!」
話を聞いていたビッテンフェルトが口を挟んだ。
「俺の艦隊で海賊退治をやるのはどうだ?」
閣僚達が一斉にビッテンフェルトを見た。
「高等弁務官閣下、今なんとおっしゃいましたか?」
「ハイネセン軍用宇宙港に駐留させている帝国艦隊を航路治安維持に派遣してもよい、と言っている」
ビッテンフェルトはよそ行きの表現に言い直した。
「こちらに駐留して以来、艦隊は活動しておらず暇を持て余している。航路哨戒と海賊退治、よい運動になるだろうと思ってな」
「しかし、帝国軍が同盟国内の警察活動を行うというのは…! まずもって法的根拠がありません!」
法秩序委員長がたまらず叫ぶが、情報交通委員長は乗り気になった。
「言いたいことはわかるが、現実問題として背に腹は変えられないのではないか?」
経済開発委員長も躊躇いがちに賛同した。
「物流が安定すれば物価は落ち着く。そうすれば景気は上向く。帝国軍にやってもらえるならありがたい話ではないか」
「しかし法的根拠が…」
そこでビッテンフェルトとレベロが同時に閃いた。
「「演習という名目ではどうかな?」」
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「ビッテンフェルトめ、寝技が使えるようになってきたようだな」
「軍務尚書閣下のご指導の賜物ではないか?」
「同盟の議長ともうまくやっているようだ」
ビッテンフェルトの日記を読んだロイエンタールが揶揄うように言ったが、オーベルシュタインは何も言わなかった。
ラインハルトは軽く笑っただけだった。
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黒色槍騎兵艦隊は同盟各地の主要航路に分散して展開し、哨戒活動を開始した。突如現れた帝国軍正規艦隊に海賊集団は恐れをなして鳴りをひそめ、抵抗するものは容赦なく撃破され、同盟領内の物流は安定化に向かった。
***
◯月×日 キャゼルヌ中将宅を訪問。
「やあやあキャゼルヌ中将、お邪魔させてもらう」
「私はヤンと違って平日は仕事、今日は貴重な休日なんですがねえ。誰かさんのおかげで台無しだ」
キャゼルヌの毒舌は帝国の高等弁務官に対しても容赦がないが、ビッテンフェルトは気にも留めず、ヤンのことを聞きたがった。
「ヤンは控えめに言っても怠け者ですよ。現役の頃から、いや士官候補生の頃からそうだった」
「ヘル・ヤンとの付き合いは長いのか?」
「やつが三年生の時からだから、そろそろ十年になりますかね」
キャゼルヌは、ヤン候補生が当時秀才と言われた候補生を艦隊シミュレーション戦で破り、それから注目を集めるようになったこと、当時のシトレ士官学校校長がかわいがっていたこと、などを話した。
「ヤンは年上に好かれる傾向にありましてね。シトレ元帥からは特に目をかけられていた。それとビュコック元帥もですかねえ」
シドニー・シトレ元帥、かつての同盟軍宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長。アレクサンドル・ビュコック元帥、ランテマリオ星域会戦時の同盟軍宇宙艦隊司令長官。ビッテンフェルトは心のうちで、この二人にも会いに行こうと書き留めた。
その後キャゼルヌは、ヤン候補生が不良学生であったこと、同級のラップや後輩のアッテンボローとつるんで悪さばかりしていたことも話して聞かせた。
「わはははは、ヤン元帥にそんな一面があったとは!」
「きゃっ」
大声で笑うビッテンフェルトに、部屋の入り口からそっとのぞいていた女の子がびっくりして声を上げた。
「おお、これは可愛らしいお嬢さんだな。キャゼルヌ中将、卿の御息女か?」
「ええ、上の娘です。だめじゃないか、こっちに来ては」
「いやいや構わん、フロイライン・キャゼルヌ、驚かせて済まなかった。俺はフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトという」
「はじめまして、ビッ、ビッテン…」
「帝国の名前は発音が難しいかな。そうだ、俺は同僚には猪と呼ばれている。よかったらそう呼んでくれて構わんぞ」
「ありがとう、いのししのおじちゃま。シャルロット=フィリス、です」
***
◯月×日 同盟最高評議会を傍聴。
ビッテンフェルトはオーディンからもたらされた最高機密情報に驚き、これを最高評議会に開示することにした。それはワーレン艦隊による地球制圧、それにより確保されたデータの分析で判明した事実である。
「地球教徒が過去何百年の恨み辛みを抱えるテロ組織だったとは…」
「フェザーンは地球教徒が作った、表の顔だったなんて」
「同盟の政財界にも浸透されていたとは、これが本当なら大事だぞ!」
「思い出したくもないが、トリューニヒト前議長は地球教徒と親しかったな…」
「まさか、憂国騎士団もか?」
最高評議会は震撼した。歴代閣僚や代議員の少なからぬ数が地球教から陰に陽に支援を受けていたなど、これが明るみに出たら大スキャンダルである。ある意味敗戦の責任どころではない。政府は持たない。幸い、たまたまだが現政権には地球教の紐付きはいなかった。それが不幸中の幸いであった。
「議長、我々でも裏取りをします。その上で…」
目の座った法秩序委員長の言葉に、国防委員長が頷いた。レベロも頷いた。この件は、地球教徒ごと闇に葬り去らねばならない。その認識で全員が一致した。
ビッテンフェルトは何も言わなかった。
---
数日後、警察と同盟軍陸戦隊の合同チームが同盟全土における地球教徒の拠点を一斉摘発した。
行動開始と同時に始まったレベロ議長と法秩序委員長、国防委員長の会見で、地球教が武力クーデターをたくらむテロ組織であると判明したため摘発に踏み切ったと発表された。会見中、地球教徒が重火器を持ち出して激しく抵抗し、陸戦隊と市街戦になっている映像が同盟全土に流れた。宗教弾圧ではないか、信教の自由は、というある記者の質問は他の記者の怒号でかき消された。さらに法秩序委員長から、多数の地球教徒からサイオキシン麻薬の反応が出たことが発表されるに至り、会見を視聴していた同盟市民のほとんどは政府の強硬姿勢を支持した。
最後にレベロ委員長から、証拠固めにあたり帝国からの情報提供と協力があったことが述べられ、謝意が示された。
同盟各地に存在した地球教の拠点は壊滅し、抵抗した狂信的な信者の多くが死んだ。ハイネセン支部に対して同盟軍陸戦隊は必要以上に火力を行使し、信者の遺体も、あるいは存在したかもしれない生存者も、全てが文字通り灰になった。同時に憂国騎士団についても地球教徒との密接な連携が確認されたために摘発され、ほぼ全員がやはり抵抗して死んだ。
興奮が冷めやらぬうちから、摘発に参加した警察官や陸戦隊員のインタビューが報じられ、彼らは戦闘の凄惨さ、地球教徒が狂ったように
野党支持・反帝国勢力の主力であった憂国騎士団や正体を偽装した地球教徒が物理的にいなくなり、同盟の世論は次第に現政権支持、親帝国にシフトしていった。
***
◯月×日 アッテンボロー退役中将、シェーンコップ退役中将と会食。
先日ヤン宅でばったり出くわし、一時は険悪になったものの、酒を飲んで意気投合? した三人はハイネセンのレストラン、「
アッテンボローはいつもの口調でヤンを誉めているのか貶しているのかわからない言い方をした。
「ヤン先輩は能力から言ったら宇宙艦隊司令長官でも統合作戦本部長でも、なんなら兼任しても務まるでしょうが、なんせ意欲が問題です。二人分の年金をよこせとごねるのがオチだ」
シェーンコップはアッテンボローより踏み込んだ表現で上官について語った。
「そう、問題は意欲だ。やる気を出させるために尻を蹴飛ばすのもいいと思っているんだがね。ヤン提督のような、つねに命令をうけ法にしばられてきた人間が、そういった桎梏をのがれたとき、どう考え、どう行動するか。私には大いに興味があるね」
「貴官はいつもヤン提督をけしかけていたな」
「その度に袖にされたがね。私はヤン提督は
「おお、このソースは絶妙だな」
シェーンコップとアッテンボローの会話が聞こえていたのかいないのか、料理を誉めるビッテンフェルトに、自分が帝国軍の現役将官を前にして少しばかり踏み込みすぎた発言をしたことを後悔しながらシェーンコップは口を閉じた。
(なるほど、ヤン・ウェンリーを担ぎたい輩、というやつか)
ビッテンフェルトは話題を変えることにした。
「そうだ、今度ハイネセン以外の同盟領も見ておきたくてな、二週間ほどだがハイネセンを離れていくつか星系を見て回ることにしたのだ」
「ほう、それはいい心がけですな」
「オーディンの郊外に似た光景でも見られるといいのだが。そろそろ故郷が懐かしくなってきてな」
そこでビッテンフェルトは思い出したようにシェーンコップに言った。
「そういえばシェーンコップ中将は帝国の生まれであったな」
「…六歳の時に亡命してきましてね、それ以来です」
「帰りたいと思ったことはないのか?」
シェーンコップは表情を曇らせた。
「祖父が借金を抱えて、逃げるようにフェザーンに追い出されたものでね。あまりいい思い出じゃありません」
「シェーンコップ中将、一度帝国を訪れてみてはどうだ?」
ビッテンフェルトの提案にシェーンコップは眉を上げた。
「帝国と同盟は正式にお互いを国家として承認したからな、今や入国は難しくない。高等弁務官府が用意している申請書に記載して提出すれば手続きはそれで済む。シェーンコップ中将、今の帝国は卿が離れた時とは大きく変わっていると思うぞ。俺自身、ここ数年の変化が信じられぬほどだ」
ビッテンフェルトはしみじみと語った。
「一度、自分の目で確かめてみるのもいいのではないか。俺自身、同盟に赴任してきて、卿ら同盟人と直に言葉を交わし、こうやって酒を飲み交わして初めて理解できたこともある」
シェーンコップはそれには答えず、考えていた。
「…ふん」
***
◯月×日 惑星カッシナを視察。シトレ退役元帥と面談。
面談場所に指定された養蜂場で、雄牛のような印象を与える大柄な初老の黒人男性がビッテンフェルトを待っていた。
「シトレ元帥、お目にかかれて光栄であります。帝国高等弁務官、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将であります!」
ビッテンフェルトはシトレに敬礼した。ビッテンフェルトは生粋の武人、敵手であっても偉大な敵には敬意を払う。
「ビッテンフェルト提督、いまの私は一市民に過ぎない。敬礼は要らんよ。貴官のためになる話をできるとも思えないが、せっかく来ていただいたのだ。有益な時間になるよう努力しよう」
自己紹介としばしの近況の話の後、話題は自然とイゼルローン要塞を巡る戦いになった。かつてシトレは宇宙艦隊司令長官として数度のイゼルローン要塞攻略作戦を指揮し、ビッテンフェルトは戦艦の艦長としてその防衛側にあったこともある。
「イゼルローン要塞攻略は、私の最大の誤りだった」
やがてシトレは核心を語り始めた。
「私は当時同盟軍統合作戦本部長の職にあった。同盟軍の序列でいえば第一位になる。第二位である宇宙艦隊司令長官とは関係がいいとは言えず…有り体に言えば対立状態にあった。彼は私を追い落として統合作戦本部長になることを望み、そのために彼主導で出兵し、戦果を上げようと企んでいた」
それはアスターテ会戦の勝利でラインハルトが帝国元帥となり、ビッテンフェルトが新進気鋭の中将として元帥府に加わった頃の話である。
「私は彼の企みを挫くため、宇宙艦隊に関与させずに私の息のかかった部隊を動かし、彼より先に華々しい戦果を先に上げようと考えた。つまりそれが、当時少将になったばかりのヤン提督によるイゼルローン要塞攻略作戦だ。イゼルローン要塞を奪取すれば私の功績になり、また宇宙艦隊が出兵する機会もなくなり、私の地位は安泰となる。そう考えたのだよ」
「イゼルローン要塞陥落に、そのような裏があったとはな…」
ビッテンフェルトは不快感を覚え、顔を顰めた。権力者が軍を私的な目的で動かし、兵が死ぬ。これでは帝国も同盟も同じではないか。
「ヤン提督にしてもそうだ。彼はイゼルローン要塞の占領によって帝国との間に講和が結べないかと考えて私の話に乗った」
ビッテンフェルトはその話に驚いた。
「ヘル・ヤンは帝国との講和を考えていたのか!?」
「そうだ。イゼルローン要塞の失陥により帝国は同盟への唯一の侵攻路を失う。それで戦争が膠着状態に持ち込まれ、講和の機運が高まると考えていたのだ。実際、彼はイゼルローン要塞を奪取して帰国してすぐ、私に辞表を提出したのだよ、ビッテンフェルト提督。自分の役割は終わった、歴史研究の道に戻りたい、と言って」
シトレは苦く笑った。
「もちろんそんなことにはならなかった。私はヤン提督の退役を認めなかった。勝利に沸く同盟では講和どころか逆に主戦論が世論の大勢を占め、同盟軍は帝国に無謀な侵攻を行って大敗した。そして貴官達はフェザーン回廊を通過して同盟に侵攻した。イゼルローン回廊の重要性など、その程度のものだったのだ。ヤン提督も、私もそれに気づかなかった。完全に視野狭窄に陥っていたのだ。ローエングラム公に率いられた貴官達がフェザーン回廊を突破して、この国になだれ込んでくるまでな。全く間の抜けた話だ。自分の無能さに忸怩たる思いを禁じ得ない」
実際にはヤンは幼帝誘拐の時点でその可能性には気づいており、同盟軍上層部に警告を発していたが、その時点で既に退役していたシトレは知らない。
シトレは養蜂園を眺めた。
「ビッテンフェルト提督、貴官ら帝国軍の司令官達はヤン提督に何度も戦場で敗北している。そのため実態以上に彼を少し過大評価しているかもしれんよ。無論、彼の優秀さには疑いの余地はない。私などよりよほど優れた軍事指揮官だ。だが、ヤン提督とてひとりの人間に過ぎない。彼もまた過ちを犯した。イゼルローン回廊という局地的な戦場の重要性、イゼルローン要塞の奪取という軍事的勝利がもたらす政治的効果を過大に見積もり、同盟市民と政府の思惑を見誤り、結果として同盟の戦争指導を間違った方向に導いてしまった。そして同盟は戦争に敗北した。どう望んだかに関わらず、事実としてはそうなったのだ」
溜息をついてシトレは話を締めくくった。
「勝ってはならないときに勝ったがため、究極的な敗北に追い込まれた国家は歴史上、無数にあった。自由惑星同盟もそのリストに連なることになった。その原因を作った人間としては自責の念に堪えんよ」
---
シトレの告白は帝国軍幹部達に大きな驚きを与えた。
「ヤン元帥が講和の材料としてイゼルローン要塞を奪取していたとはな…」
「しかもその後すぐに退役しようとしていたと。驚くべきと言うほかない」
提督たちが口々に言い合う中、ラインハルトはつぶやいた。
「ヤン・ウェンリーとてひとりの人間に過ぎない、か」
後編に続く
中編あとがき
原作における高等弁務官レンネンカンプは、本人の猜疑心、ヤンへの個人的な恨み、オーベルシュタインの示唆等々から同盟政府とヤンに対して非友好的な態度を取り、結果100日も経たずに本人は死に、第二次ラグナロック作戦発動のトリガーとなりました。それはメタ的にいえば高等弁務官という職が帝国軍再侵攻とヤンの同盟からの解放、地方独立政権の樹立と回廊の戦いといった一連のイベントを発生させるために用意された生贄であったからですが、個人的にはもうちょっとマシな仕事をしろよとは思っていました。
新帝国成立後、しばらくの間ラインハルトが賢者モードというか活力低下状態にあり、そこから目覚めるきっかけになったのがビッテンフェルトの発言であったというのは原作に明記されています。今作では喝を入れたはずのビッテンフェルトが側にいないので、原作より長い期間ぼんやりしています。
話の本筋に関係がないので書いていませんが、キュンメル事件は原作の通りに発生しています。原作が書かれた頃とは時代が違うので、地球教徒もサーバを物理的に分散してデータ保持しており、ユリアンは全てを消去できなかったことにしておいてください。
シェーンコップは原作で散々ヤンに権力奪取を使嗾し、ヤンが逮捕された際には自らもアッテンボローと共に逮捕されそうになりましたが、先手を打って薔薇の騎士連隊を展開させており、捕縛部隊を返り討ちにしてそのまま武力反乱に移行しています。筆者は同盟政府上層部の彼に対する疑いは正しかったと考えており、シェーンコップはもともとヤンを担いで騒乱を起こすつもりだった、「三月兎亭」でシェーンコップがアッテンボローに語ってみせた政府の陰謀ストーリーは実際に彼が考えていた計画の一部であり、すでに実行段階にあったと考えています。
シトレはヤンに対して第十三艦隊司令官職の内示と同時にイゼルローン要塞攻略を指示しましたが、正規艦隊司令官に命令権を持つのは宇宙艦隊司令長官であるロボス元帥であり、シトレの命令は越権行為だったと考えます。シトレは行動をみても発言をみても極めて政治的な軍人であり、その点で同盟末期の高級軍人らしいといえばらしいのですが、シトレ閥の一員といっていいヤンがその影響を受けず政治から距離を置こうと努めたのは不思議ではあります。