猪のハイネセン日記   作:カーネルさん

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このお話はあまりにご都合主義が過ぎると思われるかもしれません。その場合はビッテンフェルト高等弁務官がうたた寝している時に見た夢とでもお考えください。



外伝 かくて黄金獅子はその身を休める 前編

とある宇宙の片隅でいくつもの光芒がきらめいていた。戦艦からビーム砲が放たれ、電磁シールドで弾かれる。

 

「グハハハハ、獲物はより取りみどりよ!」

「大将、正面に敵の旗艦らしき艦影!」

「撃て撃て!」

 

それは海賊達の宴だった。

 

***

 

ダスティ・アッテンボロー同盟航路保安局保安監は、シヴァ星域を航路警戒中に海賊との不期遭遇戦に突入していた。相手は60隻程度の小集団だったが、保安局側も30隻しか戦力がない。海賊は同盟軍の大型艦を装備しており火力がある。それに妙に統制が取れていた。

 

「右翼、押されているぞ! 敵の先頭に斉射三連!」

「保安監、敵の旗艦らしき艦影を識別、こっこれは!? ユリシーズ!?」

「何だって!?」

 

その時、アッテンボローの旗艦レダIIに敵のビーム砲が直撃、大破した。アッテンボローはかろうじて脱出した。

 

アッテンボローは不本意ながら海賊に救助された。海賊艦隊旗艦に連行されたアッテンボローは驚いた。それはかつてヤン艦隊で幸運艦と呼ばれた戦艦ユリシーズであり、艦橋にいたのはヤンが動くシャーウッドの森を託した幹部たち、メルカッツ、ポプランにシュナイダーだったからである。メルカッツは片目に眼帯を着けていた。

 

「アッテンボローの旦那あ、こんなところで何やってるんですかい?」

「それはこっちのセリフだ!!」

 

アッテンボローは陽気に出迎えてきたポプランに怒鳴った。

 

***

 

しばしの間お互いに事情を説明し合った。聞けばヤンが帝国に行く際に動くシャーウッドの森には解散命令が出ており、少なからぬ数は経歴を誤魔化すなどして社会復帰したものの、今さら戻れない連中が海賊化し、メルカッツらも行きがかり上放り出すわけにもいかず、やがて海賊をやって食い繋いでいたという。なおメルカッツの眼帯は戦傷によるものではなく病気で、医薬品の不足で治療できないでいるとのことだった。

 

「まあ、そろそろ限界であろうな」

 

メルカッツは海賊団の現状について淡々と語った。物資も足りず騙し騙し行動していたところにアッテンボローの保安艦隊と交戦してエネルギーの予備も尽きかけている。さらにアッテンボロー保安監が戦闘中行方不明になったとあれば、同盟政府も、ハイネセンに駐留する帝国艦隊も本気で捜索を開始するだろう。そうなればひとたまりもない。

 

「こいつは参ったな、どう始末をつければいいんだ?」

 

アッテンボローは頭を抱えた。真っ当に言えば彼らには当局に投降してもらいたい。だがそうなると彼らは犯罪者である。イゼルローン要塞で同じ釜の飯を食い、帝国軍と命をかけて戦ってきた彼らを囚人の身分に落とすのは忍びない。

 

アッテンボローは考えを巡らせた。複数の先輩の薫陶を受け、悪知恵を働かすことについては極めて長けている。航路保安局高官として現在の政治状況についても最新の知識がある。それがヤン艦隊の元幹部らしい非常識な解決策を捻り出した。

 

「メルカッツ提督、帝国領に逃亡して投降しましょう」

「なんと言われる!?」

 

同盟に投降したら彼らは海賊として犯罪者である。しかし帝国領では海賊活動を行っていないため罪には問われない。同盟で犯罪行為を働いたことについて帝国は感知しない。

 

今のところ帝国と同盟の間には犯罪者引渡し条約は存在しない。そこまで手が回っていないということもあるが、帝国側で望んでいないという理由の方が大きい。帝国からしてみれば、同盟政府に犯罪者の引渡しを求めることは、条約があろうがなかろうが、政治的関係からして容易である。逆に条約が存在したら同盟政府からの要求には応えなくてはならない。それはやりたくない、というのが司法省の立場であった。

 

つまり、帝国に逃げ込んでしまえば同盟政府は手を出せない。

 

「フェザーン回廊まで逃げ込んで帝国軍に投降しましょう。オーディンに連行されることになるかもしれんが、ハイネセンで牢屋にぶち込まれるよりはマシだ」

 

アッテンボローの説明に一同は唸った。確かに理屈は通っている。いまさら帝国の庇護を受けるのか、という感情はなくもないが、背に腹はかえられぬという現実もある。

 

「それに、オーディンにはヤン先輩がいる」

 

この言葉にポプランやシュナイダーは頷いた。自分たち動くシャーウッドの森を放り出したヤンにも汗をかいてもらおう、という気分である。文句のひとつも言いたいところであるし。この辺り、やはり元ヤン艦隊の幹部というものである。

 

こうして話は決まり、帝国行きを承知しない者たちには艦艇を与え、航路保安局が網を張っていない星域で開拓でもさせつつやはり経歴を偽装していずれ娑婆に出ることができるように手配した。アッテンボローも同行する。戦闘の結果海賊の旗艦に乗り込み、説得して彼らを降伏させたが、機器故障により帝国領まで漂流したことにするというカバーストーリーでいくことになった。これならアッテンボローにも傷はつかない。第三者からするとムチャクチャにも思えるが、伊達と酔狂を旨とするヤン艦隊出身者にはなんということもない。

 

***

 

こうして数日の「漂流」の末、メルカッツ海賊団残党はフェザーン回廊に侵入し、首尾よく帝国軍の哨戒部隊に接触して投降した。この時当番でフェザーン回廊を警備していたのはミュラー艦隊であり、麾下の分艦隊から驚くべき連絡を受けたミュラーは早速海賊団首脳部とアッテンボローを収容して帝都オーディンまで護送し、自ら皇帝ラインハルトにことの経緯を報告した。

 

彼らがオーディンに到着して数日後、ラインハルトはメルカッツを大本営に召し出した。

 

謁見の間でメルカッツの拝謁を許したラインハルトはその美しい眉を上げた。かつてアスターテ戦で部下として戦った時の面影はない。歳は取っているが、食うものにも苦労した生活で締まった身体からは衰えや弛みといったものは少しも見えず、黒い眼帯を着けまさに海賊大将という趣で凄み漂うメルカッツにラインハルトは強い興味を抱かざるを得ない。居並ぶ帝国軍最高幹部達も同様である。

 

「久しいな、メルカッツ」

「お久しゅうございます。皇帝陛下にはご壮健とお見受けし、お喜び申し上げます」

 

メルカッツは堂々とした態度でラインハルトに応えた。ラインハルトはメルカッツにこれまでの経緯を尋ね、それに答えてメルカッツが語るリップシュタット戦役以降のまさに波乱に満ちた物語に、ラインハルトや帝国軍の将帥達は唸った。メルカッツを尊敬するファーレンハイトなどは落涙している。

 

「メルカッツ、これからどうするつもりだ?」

「さて、どうしたらいいのやら。帝国軍上級大将が賊軍の司令官となり、同盟に亡命して客将となり、果ては海賊の頭目にまで成り果てました。我ながら転変としすぎましたかなあ」

 

苦笑するメルカッツに、ラインハルトは言葉をかけた。

 

「メルカッツ、帝国軍に復帰し、改めて余に仕える気はないか?」

 

それはラインハルトの気まぐれであった。猪と呼ばれた部下がハイネセンに赴いて久しく、こういう剛直な武人をそばに置きたかったのかもしれない。

 

ラインハルトには、自分に刃向かった人間をあえて手元に集める癖がある。シュトライト、フェルナーもそうだし、ファーレンハイトも然り。ヤンについてもその一環である。ゲテモノ好きというか、人材コレクターと言うべきか。

 

だがこの時周囲からは反対の声は上がらなかった。なんと言ってもメルカッツはかつての帝国軍の宿将、この場にいる提督達はかねてよりその力量と高潔な人柄に畏敬の念を抱いていた。リップシュタット戦役時、あるいは要塞対要塞戦、そしてラグナロック戦役時にも敵味方に分かれて戦ったが、それは一時の運命のいたずら。時の流れに翻弄され、苦労を重ねた自分達の大先輩が帝国軍に復帰することに反対する者はいなかった。みな深く頷き、それがいい、ぜひ帰参されよと声を上げた。ファーレンハイトなどはもはや声を殺して泣いていた。

 

メルカッツははじめ恐れ多いと難色を示したが、結局は海賊となっていた動くシャーウッドの森関係者の赦免についてもラインハルトがメルカッツの帰参を条件に行おうと言ったことで受け入れた。

 

***

 

「それで、卿の海賊団の首魁達について、身の振り方に考えはあるのか?」

 

話がまとまった後、いくぶん場の雰囲気も和らいで、一同は場所を応接室に移してラインハルトはメルカッツにも席を与えた。コーヒーカップを手にしたラインハルトが尋ねたのはポプラン、シュナイダーといった主だった頭目達の処遇についてである。

 

「そうですな、同盟に帰国すると海賊として処罰を受ける可能性が高うございます。ひとまずは帝国でそれぞれに合った職を探して、しばらくほとぼりを冷ましてと考えておりますが…」

 

謹厳実直で知られたメルカッツが「ほとぼりを冷ます」などと発言するのを聞いて、ラインハルトや他の将官達もそれに至った艱難辛苦を想像し、またも感慨に耽ってしまう。付き合いの長かったファーレンハイトなどは再び涙ぐむほどである。それをよそにメルカッツはしばし考える風だったが、やがて居住まいを正してラインハルトに願い出た。

 

「実は、ひとり陛下に格別のご配慮を賜りたい者がおります」

 

メルカッツが語ったのは、ある年若い女性兵士についてだった。メルカッツと同じく帝国からの亡命貴族の子女で、身分は確かである。バーラトの和約直前にヤン艦隊に補充兵として配属になり、そのまま動くシャーウッドの森の一員となった。彼女は戦闘艇スパルタニアンのパイロットで、ヤンからの解散通達後もメルカッツ海賊団に従い、帝国軍の哨戒部隊と実戦も経験している。パイロットとしてはずば抜けたセンスを持っているという。

 

「しかし何ぶん若い。まだ十七なのです。この老骨に付き合わせて未来ある身を海賊稼業などに窶させてしまい、忸怩たる思いを抱いておりました。是非、陛下のお力でその者に可能性を与えていただければ、と」

「それはなかなか心を動かされる話、余としても力になってやりたいが、何をすればよいのか?」

「この新無憂宮にて行儀見習い兼侍女として仕え、帝国貴族の子女に相応しい行儀作法を身につけさせていただけないかと」

「なんと!?」

 

側で話を聞いていたミッターマイヤーが思わずガシャンとカップを置いてしまった。

 

「その者の母親は、貴族とは名ばかりの家の出でありましてな、着の身着のままで幼い頃に同盟に亡命し、長じても娘には貴族らしい教育は何もさせてやれなかったようです。娘は軍人としては光るものを持っておりますが、もはや戦乱の時代は終わりました。その者には、軍人ではない道を開いてやりたく、陛下のお慈悲を願わしゅう存じます」

「なるほど、新無憂宮で働いて行儀作法を身につけたとなれば、いずこに嫁入りという話も出てくるかもしれませんな」

 

立ち直ったミッターマイヤーが言い、そういうものかとラインハルトも思った。それがその女性が望む道なのかどうかはわからないが…。

 

「その者の名はなんというのだ?」

「カーテローゼ・フォン・クロイツェルと申します」

 

***

 

メルカッツの処遇については、ミッターマイヤーが手を挙げて宇宙艦隊に引き取った。

 

「ここ数年実戦もなく、同盟との関係も良好であるため当面も望めません。小官は宇宙艦隊司令長官として艦隊の練度低下を危惧しておりました。メルカッツ提督は帝国軍・同盟軍双方で艦隊を指揮した経歴がおありで、全宇宙で唯一無二の知見をお持ちです。ぜひ、教官として帝国軍を鍛えていただきたい」

 

メルカッツは独立教導艦隊を与えられ、艦隊シミュレーション、時には実戦形式の実動演習で帝国軍の仮想敵を務めることになった。当面やることもないアッテンボローも、どういう巡り合わせだとぼやきつつ客将としてしばらく幕僚を勤めるこになった。より仮想敵らしくするため、彼の艦隊には帝国軍が保管していた旧同盟軍の鹵獲艦やジャンク扱いで購入した退役艦も加えられ、メルカッツ海賊団が持ち込んだユリシーズが旗艦に据えられた。彼の艦隊は、やがてメルカッツ不正規隊(イレギュラーズ)と呼ばれることになる。

 

***

 

オーディンの学芸省で文献を読み漁る幸せな日々を送っていたヤン・ウェンリー氏は、オーベルシュタイン軍務尚書の呼び出しを受けた。軍務尚書の執務室で冷徹なる義眼を向けられたヤンは動くシャーウッドの森について尋ねられ、頭を掻いて誤魔化そうとして失敗した。

 

しかしことはバーラトの和約成立前であり、作戦上の必要がありイゼルローン駐留艦隊司令官の権限に基づきビュコック宇宙艦隊司令長官(当時)の了承を得て一部戦力を分派して潜伏させたまで、とヤンは抗弁した。

 

作戦上の理由とは何か? とはオーベルシュタインも聞かない。それは同盟軍の機密事項であり、帝国軍が尋ねて答えが返ってくるものではないと、理屈を重んじるオーベルシュタインは理解している。だいたいの理由は当然察しているが。

 

「しかし、和約の成立時点で彼らも原隊に復帰させ、武装解除させるべきであったのではないか?」

「彼らには特殊な暗号で伝えられた命令にしか従わないよう厳命していました。和約成立に伴う統合作戦本部からの連絡も、帝国軍の謀略として無視していたと思われます。小官は和約成立後すぐ退役しましたし、ついうっかり原隊復帰命令を…」

「忘れたと」

 

多少、いやかなり無理がある弁明だったが、オーベルシュタインはそれを受け入れた。まず、和約成立前の時点で同盟の資産を同盟の軍人がどうしようと帝国が口出しできる話ではないとオーベルシュタインも理解はしていた。和約成立後、彼らが同盟軍の正規の命令系統の下で行動していたとするならこれは重大な和約違反だが、和約成立前から秘匿命令である意味孤立して潜伏を続けていたとなれば一応の理屈は立たなくもない。既に退役した身のヤンが解散命令を出したことについては、古代の地球でそういう例があったと聞く。

 

いろいろとツッコミ処はあるが、オーベルシュタインはここで事を荒立てないことに決めた。ビッテンフェルト高等弁務官の働きで両国間の関係が非常に良くなっている現状、武力による同盟征服に拘りのないオーベルシュタインは既に平和的な併合の可能性を考え始めており、再侵攻のタネをわざわざ作ろうとは思わなかったからである。それに、潜在的な騒乱の原因と考えていたヤンはオーディンで帝国の監視下にあり、危険視していたシェーンコップ退役中将もやはり帝国の体制下に取り込んだ。アッテンボロー退役中将(現・航路保安局保安監)も当面はオーディンで動きが取れない今、オーベルシュタインとしてはこの火種を鎮火させてしまってもよいと判断し、ヤンへの矛を収めた。

 

ちなみに帰宅したヤンは、待ち構えていたアッテンボローとポプランにしこたま文句を言われ、閉口して逃げ出した。

 

後編に続く




前編あとがき

このお話は「猪のイゼルローン日記」の外伝になります。もう一つの外伝とセットで執筆し、どうにも細部が納得できなかったので公開が遅くなりました。またしてもちょっと長くなったので前後編に分けました。

情報部員上がりで博識なオーベルシュタインは、ルパング島に残置諜者として20年も潜伏していた小野田少尉のエピソードを知っていたかもしれません。
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