オカルト伝奇系恋愛鬱ゲーに放り込まれました。   作:氷桜

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なんとなく書きたくなったので書きました。
趣味を全力で練り込んでる小説です。


Chapter1/知らない場所と、良く知る世界
とある世界の片隅/或いはオープニング


 

夜に、一人の女性が駆けていた。

 

その目的も、理由も知れず。

ただその手に小さく泣く赤子を抱き。

未だに整えられない、灯りさえも無い。

田の合間の畦道を駆けていた。

 

はぁ、はぁ。

 

足元は既に泥に塗れている。

時折転びそうになる程に全力を以て。

一度脚を折れば、その場で崩れてしまう事が容易に分かる程に疲弊して見えた。

 

……り。

 

見るものが見れば、その動きは何かから距離を取るようにも見えただろう。

唯の女性が往くには異常な時間帯。

傍目からしても荒すぎる程に息を吐き。

時折後ろを向いては顔を引き攣らせ。

それでも、手に抱く赤子を離すことは決して無く。

彼女の全身全霊を込めての逃走中と判断できただろう。

 

ばさり、と。

 

少しずつ聞こえ始めた不快な音が近付きつつあり。

互いの距離が確実に縮まっているのにも気付くことは出来ただろう。

ただ、この場には女性しかおらず。

彼女は唯の女性に過ぎず。

特異な何かを併せ持つことも、当然無く。

 

故に。

それが、彼女の不幸だった。

 

ばさり、ばさり。

 

その音が極短い間に、複数聞こえる程に近付かれ。

小さく笑う、追うナニカの吐く腐敗臭が鼻でも理解できる程になり。

弄ばれていると分かっていても、その脚を止めることは決して出来なかった。

 

そしてその距離が零となった時。

か細い悲鳴が夜の闇を裂いた。

 

ただ、それを聞く者はやはり一人を除いて誰もおらず。

悲鳴が途切れ、そしてもう一人(あかご)の泣き声も唐突に掻き消えた後。

ばさり、と飛ぶ音は夜の闇へと消えていく。

地に赤い液体を垂らしながら。

きひひ、と小さく笑い声を響かせながら。

 

その後に残されたのは、下腹部を裂かれた女性の姿。

抱いていた赤子の姿は何処にも見えず。

その顔は恐ろしいものでも見たように恐怖に歪んだままで。

生きたままに腹を割かれたような、奇妙な姿で転がっていた。

 

……彼女の遺骸が発見されたのはその翌日。

田に出てきた農民がその姿を見、警邏に届け出したという。

けれど、その赤子は永久に発見されることはなく。

恐らくは妖に襲われたのだろう、と人々は噂した。

 

或いは狼。

或いは鳥。

その正体が何も分からないからこそ、畏れを抱き噂した。

 

――――地方の瓦版に小さく乗った、そんな記事。

山を二つ程越えた先の未亡人が、不可思議な姿で死していた。

ただ掘り下げてしまえばそれだけの話。

詳細不詳の話が幾らでも転がる日ノ本の片隅で。

言ってしまえば、その程度で済んでしまう程に。

今では、有り触れてしまっていたのだ。


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