オカルト伝奇系恋愛鬱ゲーに放り込まれました。   作:氷桜

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013/狩り

 

白の表情が一瞬で塗り替わり、一度姿を消し。

全員が交互に覗き込んでは表情を一変させる中。

ずっと鵺の様子を眺めつつ息を殺す。

 

『――――。』

 

くあぁ、と口を大きく開くその姿。

野生動物が身を伏せて寝込むような姿から動かない。

 

……普通なら、とっくに見つかっていてもおかしくはないが。

恐らくは今まで「敵として認識できる外敵」と出会ったことがないのだろう。

龍脈の力の奔流による感覚の低下と、自身の経験不足。

その二点を合わせてしまい、身動きを取っていない状態と考える。

 

(……そういう意味では、幽世の中じゃなくて良かったわ。)

 

先ず間違いなく幽世の中なら見つかっていた。

外だからこそ助かった事案。

そして、此方だけが気付けたのは……常に警戒していたことと。

俺の視界拡張、そして()()()()()()に依るものなんだろうな、多分。

 

「……さて。」

 

口をほんの少しだけ開いた、見ように寄ってはだらしなくも見える状態。

ただ、この状態こそが口元を余り変化させずに話せる状態として慣れてしまった。

 

目線を左右に向ければ、本当にやるのかと問うような目線が返る。

前衛二人は柄に手をやり動ける状態へ。

……居合のような、若干特殊な対奇襲能力もその内修めたいところだ。

 

「伽月、少し見ていてくれ。」

 

こくり、と頷くのを見ながらゆっくりと後ろへ下がる。

金属音がすれば先ず気付かれる。

そういった意味では、皮鎧系の装備で揃えているのは間違ってなかったはずだ。

 

五歩、十歩程を下がるまでにゆっくりと数分。

しゃがみ歩きでゆっくりと移動する、というのが地味に足に負担をかける。

 

背中に手が触れ、軽く押される。

それでリーフと紫雨が待っている場所まで近付いたのを理解。

くるりと向きを入れ替えて、顔を突き合わせて話し始める。

 

「どうするの?」

 

最も重要になる立ち位置の紫雨が、少しばかり震えている。

緊張故……というよりは、自分が最も強いという状態に慣れていないからか。

とは言っても、彼女にしてもらうことは決まっている。

 

「周囲の確認は済んでるか?」

「……一応。 ボクが射つとしたら直ぐ其処の茂みの奥……のつもり。」

 

だろうな、と頷き返す。

正直、樹の上等の頭上を取れるならばその方がいい。

見下ろす形になり、その分対応が可能という利点は明らかにある。

 

ただ、今回の場合は別。

周囲が森で、火炎の吐息を持つという事。

燃やされれば逃げる他なく、そしてその隙を見逃すとは思えない。

そして何より、鵺の攻撃を受けて無事でいられる保証が何処にもない。

同じことはリーフにも言えた。

 

「分かった。 分かってるとは思うが……リーフには今回、防御寄りに回って欲しい。」

 

こくり、と頷きを返す。

 

今回の場合、リーフの使える呪法はどれも相性が悪すぎた。

もし目の前にいる鵺以外にも個体がいる場合を考えれば、下手に広範囲の呪法は使えず。

そして周囲が木々に覆われているからこそ、普段遣いの火炎系列も使えない。

では何をするのか、と言えば……普段は自分を守るために使わせている『霊力防壁』。

 

これは文字通り、受けるダメージや損害を使用者か当人の霊力で軽減する能力。

専らリーフ当人のものを利用し、その効果は下手な近接攻撃ならば弾き返す程。

少なくとも尾の毒撃に関しては被害を抑えられるし、火炎もかなりの部分を軽減できるはずだ。

問題は肉体から振るわれる爪だったが……其処は俺達が後ろに通さなければ良い。

 

「俺も今回は少し受け気味に能力を使ってく。

 回復系もあるから、重症でなければある程度治癒は出来ると思うが……無理だけはするなよ。」

 

まだ覚えたてであり、同時に【霊】の値もお世辞にも高いとは言い張れない。

そして回復系の呪法の基本として、完全治癒系列でもなければ範囲化している以上効力は下がる。

まあ使用条件付きだから多少はマシとは言え、これを頼りには決して出来ない。

 

「最初に白と伽月が突っ込む、それに合わせて射撃を頼んだ。」

 

そのことを再度共有し、二人が動き始めるのを見送って元いた場所へと足を進める。

 

どうだ、と伽月の肩を叩けば指を向け。

その先で、野生動物としての本能が強く目立っているように横になっている。

但し、ばちりばちりと周囲の空気が帯電しているようにも見えた。

 

(……あのままほっとくと不味いな。)

 

帯電、落雷。

周囲の天気が崩れる所に鵺が現れた、という伝承の通りに現世が動いているのだろう。

このまま放っておけば周囲の天気が急に崩れてもおかしくない。

二人の肩を叩き、耳元に呟く。

 

「10数えたら行くぞ。 肩を叩いたら撹乱するように動いてくれ。」

 

そう呟いて、『劣火の法』……相手の『攻撃』という根本の才能を澱ませる詠唱を口にする。

 

通らないということはない。

但し、効果時間がどの程度続くかは不明。

その間に呪法陣を展開し、治癒も使用できるように構える必要性がある。

 

(俺の判断一つで生死が決まる――――絶対、死なせねえ。)

 

子供の頃から動けた、というのが良かったのかもしれない。

俺自身が持っていたはずの戦闘を忌避する感情も、既にどこかに溶けて消えている。

残ったのは、この世界で生き残る覚悟だけ。

 

すう、と一度大きく息を吸い。

()()、と二人を後ろから押し出すように肩を叩いた。

同時に口ずさんでいた詠唱を完成させ、相手を睨みつける。

 

『腐り落ちろ、貴様の根幹!』

 

形となった呪いの言葉。

立ち向かう二人の剣士。

狙撃手と、その護衛。

本来では、未だ届かない先だとしても。

 

さぁ――――怪物退治を始めよう。


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