すこし席を外します、と穴の中に姿を消して。
その場に残されたのは俺と白だけ。
そうなれば、引き攣らせていた顔を元に戻しても良くなる。
何方も目線を伏せて、深く考え込みつつも。
浮かべている感情は恐らく正反対だと思う。
白は深く沈痛な、どうしようもなさそうな暗闇で。
俺は少しだけ光が見えた、少しだけ明るい表情で。
そんな差があるからこそ、気付けば互いの顔を覗き込み。
自身と明らかに違う状態に違和感を覚えるもの。
「……ご主人?」
「なんだ?」
その時……と言うよりは今回は白が覗き込む側。
何らかの助けでも求めての無意識の発露からだろうか。
しおらしさが前面に出ているその表情は、普段の彼女よりも魅力的に見える。
とは言え、こういう顔をさせたくて黙っていたわけでもない。
「……何かしら、方策が有るんじゃな?」
それなりに長い付き合いだ。
俺の考えの端っこくらいは好きに読めるようになったらしい。
隣り合う空白を零にして、そっと身体を傾けながら見上げてくる。
「何で、そう思う?」
「そういう時の顔をしておるよ。 自信を体内に満ちさせた時特有のな」
「今回ばかりは自信なんて欠片もねえよ」
まあ確かにこんな表情になった理由はある。
それに灯花に教えなかった理由も当然に有る。
……俺の知る範疇で、種族:神に対抗する手段は限られ。
そして、その少ない手数の一つが「神職」か「修道士/修道女」の力を借りるというもの。
他にも特殊な道具を用いたり、それ専用の呪法を唱えるなんて方法もあるけれど。
どれにも共通するのは
妖の中でも若干特殊な、それこそ都市伝説の要素でも取り込んだのか聞きたくなる「霊体」。
物理手段を完全に無効化する奴等の中でも更に特殊、通常の呪法が刻まれた武具でも届かない輩。
今伽月がサブとして持つ「霊刀」では格が足りずに無理。
通すにはもっと上位の、伝説に謳われる名刀か何かが必要になるのだが――――。
それらの必要な武具を無視して、相手の「霊体」特徴を一旦消し去るという手段を用いる。
「ただ、やらなきゃいけないなら手を伸ばすしか無いだろ……。
下手にこんなところで足踏み出来ないし」
彼女の肩を抱きつつも、他には余り漏らせない弱音を口にする。
そもそも、此処にやってきたのは俺の我儘。
それが切っ掛けで他の全員を危機に巻き込むのは流石に気が引ける。
口にすれば多分四方八方から叩かれそうだが。
「そんな大変なのかや?」
「俺自身が関われる範囲が狭いんだよな……」
そんな手法を知っていて、灯花に教えなかった理由は一つ。
この方法は原作ではイベント進行上で発動する能力だったから。
つまり、普通に写し鏡で会得するようなものとはまた別。
恐らく必要になってくるのは当人の意志と、その能力の存在……と言った所か。
血の濃さなんて部分に関しては言うに及ばず、彼女が無理なら他の誰にも無理だしな。
だから、俺は上手く誘導するなりして彼女の意志をそちらに向ける必要がある。
……言葉にすると最低だなおい。
「そうじゃ、一つ聞いても良いか?」
「何をだ?」
はぁ、ともう一度溜息。
外を見ようにも戸は閉まったまま。
開くか手を伸ばして引いてみてもびくともしない。
恐らく、外周自体を呪法陣として成立させるために固定化しているのだと思われる。
だからこそ、この中は安全なんだろうな……まだギリギリのところで。
「このような機会だから、というのも有るのだがな。
吾のような式が行える行動の中で……上位種族を引きずり下ろす手段は他に有るのかや?」
猫がするように頭を押し付けてくる……というよりは顔を見せないように押し付けてくる。
他に誰もいないからと、それを手で抱えつつ少し思い出すように視線を持ち上げた。
……あー、式が対抗する手段……。
「無くはない」
引きずり降ろす、という行為とはまた別物になるが。
対抗する手段が無いわけではない。
「あるのか」
「今すぐに手を付けられるわけじゃないけどな」
【月】としての分類の能力。
式関係の能力の中に、主と式とが共に取ることで効果を発揮する能力が存在する。
取得した相手との数値的な好感度に応じて変異する能力。
数値が最大値に近い付近でそれを発動すれば、
喩えるならば妖狐の尾が増えるような感覚。
白の場合は……どうなるんだろう。
純粋に成長するのか、或いは羽根でも増えるんだろうか。
実際に見てみないと分からん。
こうだ、と思い込んでると後でしっぺ返し食らうし。
「多分二つ目の壁を超えて……それでも取りたいなら応相談、ってことじゃねえかなぁ」
「大分先が長いのう」
「そりゃ普段は使わない必殺技みたいなもんだし」
いや、パワーアップ技か?
まあ変わらんからいいか。
「話を戻すが……今回の最低目標だけは共有しておくぞ」
「聞きたくはないがな、何じゃ?」
「あの三人だけはなんとしてでも生きて帰す」
リーフ、伽月、紫雨。
まあ……うん、俺も死ぬ気は更々ないが。
それでも、ということになったら俺は多分躊躇わない。
俺自身が決めたことから始まっているのだから、そう責任を背負ってしまう。
「……ご主人、一応忠告しておいてやろう」
そう呟けば、何度も見ているような呆れ顔。
さっきまでの暗い表情は何処に消えたのやら。
「何をだよ」
「そんな事口にしたら恐らく酷い目に遭うぞ。 女子を余り甘く見んほうがいい」
「分かってるつもりなんだがなぁ」
「まっっっったく分かってないから言っとるんじゃが」
喧々囂々。
そんな雑談をしていれば――――ほんの少し、気が紛れた。
悩んでいても仕方ない、と割り切れたとも言う。
結局、俺に出来るのは前に進むことだけだ、と割り切れた。
白も引き摺って、他の足を止めた連中も引き摺って。
無理矢理にでも、動き始める時間か。