ぎぎぃ、と響く音は北側よりも響く。
同じ過ちは繰り返さないように鼻と口は覆いながらの行動だったが、必要なく。
精々埃臭さと黴臭さが異様に漂っている程度に思える。
「此方は……」
「ご主人、蝋燭じゃ」
上下左右に目を配っていれば。
いつの間にか部屋の中に入り込んでいた白が指差す先に残った蝋燭。
壁沿いを眺めれば、点々と壁掛け用の明かりと蝋燭が混在している。
「取り敢えず付けていくか。 白は其処で見ていてくれ」
「私は?」
「気になるものがないか確認を頼む。 俺も灯し終えたらそっちに回る」
火を少し上へと持ち上げれば、部屋全体の様子が薄ぼんやりと見えてくる。
幾つも立ち並ぶ本棚……に空いた幾つものスペース。
卓袱台のような机に埃塗れの平たい座布団が幾つか、そして布団が二組程。
壁に掛かっているのは……皮かなにかで出来た被り物だろうか。
(……ん? 被り物?)
何故それが気になったのかは分からない。
ただ、手前から順に火を灯していく中で気を引かれたのは間違いなく。
周囲を明るくした後で其処に真っ直ぐ向かったのは、それが原因なんだと思う。
(んー……?)
何製の皮なのだろうか。
何枚かの素材を縫い合わせたように厚く、ごわごわしている。
少なくともすっぽりと被るような形で、目の当たりには透明の保護が装着され。
口元は汚れているが、何らかの呪法が刻み込まれた部品が付け替え可能で嵌められて。
物品の鑑定をしようにも
指先でその跡を探りつつ、何のためのものか――――と。
悩みそうにもなったが、此処に置かれている以上は考えるまでもなかった。
「これか」
ぼそり、と呟いた言葉に反応し。
棚を見ていた白と隅の荷物をひっくり返していた伽月が近寄ってくる。
「何か見つけたのかや?」
「……えーっと、被り物、ですか?」
俺の手の内、皮製のそれを上から下から確認していく。
壁に掛かっているのは合計二つ。
恐らくはそれ以上必要なかったから、二つしかないのだろうが。
今の俺達からすると厄介なことこの上ない。
「情報が何も見えん。 多分対策してるんだろうな」
そうなると、この材料も引っ掛かる。
座敷牢などの存在を考えれば、普通に素材として見ていた可能性だってある。
此処に来てからというもの、前世で言うところの霊感に障りそうな事ばかりでくらくらしてくる。
余り考えすぎないようにしよう、と思う毎に引っ張られるのも祟りなんだろうか。
「対策……見られても良いように、か?」
「実際、鑑定系の能力は汎用的……軽く齧る程度でも覚える数は少なくないからな」
外に持ち出した時対策、と考えるのがまぁ自然か。
まあ細かくは後で良い。
「取り敢えず、これと同じか同じような効果があるのが後一個必要だ。
それが見つからないなら一旦引き上げることにする」
「あー……二人で行くのが不味いからかや?」
不味い、の意味合いが幾つかあるのが面倒だな。
ただ、さっきのを浴びているならこう言えば通じるだろ。
「後は被ってないやつが一人だけ、さっきのをもっかい浴びる事になるからだな」
「探しましょう、はい」
「そうじゃな、探さねば」
二人共顔が一変した。
先程までを怠けていた、というつもりは更々無いが……なんというか。
二度とごめんだ、という気持ちがありありと伝わってくる。
(まぁ俺も絶対嫌だしな、あんなの……。)
特に白は恐怖を一番感じたと思う。
あの瞬間だけでなく、数十秒近くは五感のどれもまともに働かなかった。
特に目を扱う俺でさえ、俺の有利な点が潰されたという無意識の恐怖を感じたのだ。
探索役として能力を伸ばしている彼女からすればどれ程のことか。
(最悪、作り方の資料だけでも良いわ。)
実物の一つは最終的には持ち出したい。
恐らく防具ではなく、分類上は装飾品に当たると思うあの被り物。
俺達の中で一番作れる可能性があるとすれば白で、入手できるとすれば紫雨。
普通に”非売品”として存在している可能性のほうが高い以上、実物は握っておきたかったりする。
近くの棚の資料を流し見し、関係なければまた次へ。
慌てさせる気配と残り香に苛まれながら、上で調べていた時よりも速度を上げて確認する。
ちょっとでも気になる文面があれば”必要”なものとして、上で改めて見直せば良い。
「……白。 そっちはどうだ?」
一列、二列。
少しずつ崩す中でこれは、と思われる文面と。
倉庫にあったものより更に細かい研究結果を見つけては抱え込む中。
一冊に目を通し始めてから動きが止まった白へ声を掛ける。
「あぁ……いや。 ご主人、これを」
一瞬どうするか迷ったようにも見えた彼女。
それでも、と此方に改めて声を掛けたのでそちらに向かう。
伽月は木箱の中から勾玉やら符のようなものとかを見つけ、纏めているように見えた。
「どうした」
「これは……本当に、人がやったのかや?」
若干声が震え、手も震えながらの紙束を後ろから読んでいく。
目を通していたのは
何を見ていたのか、それ自体は共通認識なのか省かれているが。
面白おかしく弄んだような内容が、見ている頁に事細かに記載されている。
「……人、っていうか。 狂人とでも言って欲しいところだけどな」
ただ、残虐行為を毎日実行しているにも関わらず。
決して死に至る事は無かった、と常に〆られている。
つまり、あの奥の腐臭は先ず間違いなく死ねないこの被験者と考えて良い。
……常世の神、本来ならば慈悲深き神。
そんな相手をこうして閉じ込める欲望とは一体何なのか、と。
当然の疑問の答えは、最初の頁にこそ刻まれている。
『不死の探究記録』と。
気分が悪くなったなら変わるぞ、と声を掛けるが。
これは吾が、と譲らずに再度読み始める。
その光景は、何かに取り憑かれたというよりは寧ろ――――。
妖本来の、人に敵対するような殺意を秘めているようにも感じて。
「……後四半刻で一度戻るぞ」
それだけを伝えるだけに留め。
地上の三人に有用な何かを見つけようと、狂った知識に再度飛び込んだ。