オカルト伝奇系恋愛鬱ゲーに放り込まれました。   作:氷桜

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053/善神

 

う、とうめき声がした気がするのは幻聴か。

或いは俺自身が気付かずに吐き出していたのか。

突き詰めるだけ無駄な内容に、意識が自然と向いてしまうのは。

少しでも目の前の光景から目を逸らしたいから、と考えるのが一番妥当。

 

『――――!』

 

声にならない声と身動ぎ。

びくん、と動いては反動で元の位置へ。

その行動に縛られているのは……天井から伸ばされた、呪符が編み込まれたような縄の影響。

 

(……あの縄が、縛り付けてる大元なのか?)

 

一歩近付き、また動き。

周囲に転がる腐り落ちた木の桶や立板が嫌な音を立てては足場を変える。

ほんの数歩を進むだけで、どれだけの神経をすり減らす必要があるというのか。

 

吐く息が直ぐ側で返ってくるというのも大きいのかもしれない。

圧迫されている、という心理的な感情。

普段は感じる事も少ないそれが今牙を向いている、とするのなら。

慣れるか耐えるか、何方かを実行するくらいしか選択肢は見当たらない。

 

ただ。

今実行するべきなのは、そんな受け身の行動ではない。

 

(縄から切り離せば、行けるか?)

 

一歩、更に滑るように足を進めて。

 

『――――人の子か』

 

突如、脳裏に見知らぬ声が響き渡った。

 

(……は!?)

 

きょろきょろと左右を向いてしまった。

 

普段の、声を出さない会話よりも更に上。

脳裏に直接語りかけられる、見知らぬ男とも女とも分からない声色。

そんな行動ができるのなら俺はとっくに実行しようと動いているだろうし。

設定も、そして能力としても欠片も知らない超常的な何か。

 

伽月を見ても理解できていないようで、首を傾げて疑問を表している。

 

『そのように慌てなくても良い』

(いや、慌てるに決まってんだろ!?)

 

これで会話が成り立つのか――――という実験を兼ねての脳内での応答。

もし成立するのなら、俺からも何かを発信していると判断するのだが。

 

『頭は回るか』

(いや、問題なく話進めるのかよ)

 

じろり、と向けた具体的にどう言い表すか悩んだ被害者(ナニカ)への視線。

その内側にいる神は、今こうしていても理知的な様相が見え隠れしている。

少なくとも悪神ではなく善神寄りの存在だろう、という想定がまず一つ。

 

……まあ、元々。

冥界に携わる神々というのは理知的で温厚な、善神よりの存在が明らかに多いんだが。

”そうあって欲しい”と思われた結果広まった伝承。

元の世界での切っ掛けがそれなら、作り出されたこの世界も似た結果に落ち着くのはまあ分かる。

悪意しか無い製作者が、こっそり悪神を潜ませてた記憶があるような気もするが。

 

『ならば、ワタシが望む事も分かるだろう?』

(正確に言えよ。 お前さんとその器と、二人分の願いだろ)

 

傍から見れば何も話していない、奇妙な状況。

けれど何かを察したのか。

伽月も、少しずつ近付く俺と目の前のナニカへ視線を行ったり来たりさせて見つめている。

 

相手に媚び諂うわけでもなく。

上から、相手を見下すわけでもなく。

互いが互いに対等に取引しようとする場面。

 

相手の声を聞いた時からか。

或いは俺の感情を相手が読んだからなのか。

細かい理由は知らないが、理知的にやり取りが出来る相手ならばそれに越したことはない。

 

(……俺達の目的の為にも、開放することは吝かじゃないしやろうとも思う。 ただ)

『分かっている。 その手段が不明で、そして目的までに足りない鍵を探しているのだな』

 

何方も自身の願いを叶えようとするなら、必然的に相手の願いを叶える必要が生まれている。

ただ単純に開放しても、器の魂が救われるとは思えないという状況。

そもそもそれを行う為の資格に道具。

結局は此処が解放されなければ何も終わらない、というのは互いの考えの一致を見る。

 

『ただ……少なくとも、ワタシを()から解き放つ資格ならば。

 汝ならば所有しているようだがな』

(は?)

 

それは、どういう……。

――――いや、思い当たるのが一つあるか。

 

『本来は見えないモノを見る目。 別世界を渡る視点を、その起点を見通す目。

 それを用い、儀式を施した刃で穿けばそれで済む』

(その儀式の刃とやらは?)

『上で行っただろう。 懐刀辺りを浄化の儀に晒せば、ワタシが介入しよう』

 

そう言われて、改めてナニカを見る。

縄、綱、或いは封印。

その辺りを傍観視するようにふわっと眺めれば、気持ち悪い流れが一点に集まっている。

 

……呪符の内の一枚に偽装している、のか?

 

(これか)

『見えたか』

 

ああ、と内心で一言。

奇妙な会話ではあるが、あの夢の事を思い出せば似たようなもんだった。

少しだけ混乱もしていたが、そもそもこうしている俺自身が変だもんな。

 

(なら、明日まで待て。 明日の早朝に開放する、でいいか)

『感謝する。 礼は……汝に宿ることで構わぬか?』

 

構うわ。

何で俺なんだよ。

そんな意味を込めて睨みつければ、少しばかりの苦笑のような感情も漂ってくる。

 

『恐らく、汝等の中で最もワタシと相性が噛み合うのが汝だからだ』

(知らねえよ!? またなんか増えるのかよ!?)

 

え、神を宿す原理ってこういうことなの!?

本当に相性だけで分け御霊を決めてる感じなの!?

 

『知恵者にして、複数の視点を持つモノ。 ワタシの司るモノに近いしな』

 

否定しようと思えば多分出来る。

ただ、いい機会だとも感じてしまう。

色々と勘違いしている事象を整理するには、確かに相談できる相手が増えるのは助かるが。

灯花用の神のつもりなんですけど?

 

(…………そんな事を仰る、貴方様はどなたで?)

 

若干卑屈になりつつ、投げやりになりながら名前を問うて。

当たり前のように、簡単に聞こえたその名前。

 

『ワタシか? ……人の子からは、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)と呼ばれていたが』

 

それが聞こえ、派手に内側で吹き出した。


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