オカルト伝奇系恋愛鬱ゲーに放り込まれました。   作:氷桜

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016/幽世

 

ちりちり、と奇妙な鳴き声が聞こえる。

かなかな、と聞こえるのは季節外れにも程がある蝉だろうか。

そして感じるのは、常に背筋を突き刺す濃い瘴気。

それらを吸収し、霊力に置き換えているからこそ大気に慣れることが出来ている。

 

「……酷いな。」

 

ポツリと漏らしてしまう言葉。

左手で支えとして持つ長柄……杖を地面に突き立てながら。

瘴気で満ちた空を見上げる。

 

……月齢は寝待月。

満月よりはマシだがなんとも言えない。

強さへの補正としては普通からやや強めくらいに落ち着くか。

 

幽世名(ダンジョンめい)『巡る参道、参る神道』。

 

()()()()()()()()()()()()()

そう、強く感じてしまう。

 

「そういう場所じゃからな。」

 

周囲を警戒しながら、彼女が持つ能力を働かせている。

罠の有無、敵の有無。

『玄室』……閉じられた部屋とは違い、妖との遭遇率は然程高くないだろうが。

それでも奇襲は普通にありえる。

 

「それでご主人。 目標は街へ最短で良いんじゃな?」

「ああ。 変に滞在しすぎて良いこともないだろ。」

 

――――結局、翌日にはこうして幽世へ潜ることを決意していた。

父上が言ったこと、あの目、そして堕ち人。

……ひょっとすれば、幽世の中で遭遇する『人族』分類の敵はそんな存在として定義されたのか。

今から確認しようにも、する方法も手段も必要性さえない。

先ずは、此処で死なないように用意を整えるだけだ。

 

「分かった。 ……父上殿から聞いた出入り口は確か南じゃったな。」

()()は当てにするなよ。」

 

幽世の中の世界設定……そしてその中の罠はその場所に応じて変わる。

 

迷わせるための立ち位置の変動。

別の階層へと落とす落とし穴。

周囲の空気を腐らせ、生命力を削ってくる沼地。

強制で何処かへ押し流す奔流。

 

そのどれもこの幽世……最初のお試し的な要素を持つ幽世では見掛けないそうだが。

代わりに、最も基礎的なことを叩き込んでくると助言を受けた。

 

「分かっておる。 ()()を常に確認しろ、というやつじゃろ。」

地図作製(マッピング)は此方でやる。 白は何かがあれば逐一教えてくれ。」

 

自分の体感での方向性を一切信じられない、という幽世の基本。

北を向いているはずが西、或いは西を突き抜けると空間が繰り返されているのか東へ。

ゲーム的な目線を理解しているからこそ、一つのマップ端でループして作られていると分かるが。

特にこの世界では、狩人等の『野外に慣れている人種』程迷い。

そして喰われるとのこと。

 

その対策として用いられるのが、磁石と呼ばれる探索道具。

通常の方位磁石とはまた別の仕様……周囲の瘴気を元に方角を導き出す特殊な()()()()

その発動条件上の問題で幽世でしか使えないが、間違った方向を差す事は決して無い命綱。

一人一個……では壊れる危険もあるので一人二個くらいは持ち込む場合さえあるという。

 

(これも普通に買えるけど、地味に金が掛かるんだよなぁ……。)

 

掌大の円形をした道具。

北方面を黒い矢印が、その逆を赤い矢印が示す通常のものとは逆の示し方。

傍から見て壊れて見えるように敢えてそうしているというのだから。

隠蔽に全力を掛けているという印象しかない。

 

父上から受け取ったそれを懐に仕舞い。

抜けるには西方面の出入り口へと進め、という助言を頼りにそちらへ向かう。

 

――――ちりちりちりちり。

不可思議な音色がまた一つ。

こんな鳴き声の存在を寡聞にして知らない俺だから。

恐怖と、警戒と。

それらを合わせて歩んでいく。

 

「ご主人。」

「……ん。」

 

三歩ほど先を進む白に手で動きを止められて。

足を止め、どうしたのかを囁き声で問い返す。

 

「前方左方向の曲がり角……何らかの声がする。 恐らくは妖じゃ。」

「数は?」

「分からん。 ただ、そう多くは無さそうだな。」

 

……全然聞こえない。

この辺りは斥候型特有の能力の補正もあるというところか。

 

「どうする?」

「逆に聞いておきたいが、やれるか?」

「消耗を考えねば造作もない……と言っておこう。」

 

逆に言うなら抑えるならどうなるか、ってところか。

……通路、数が不明、声がする。

つまりは最下級の鬼系だとは思うが。

 

「……少しだけ待とう。 もしそれが子鬼やら餓鬼なら分かれて行動するかも知れん。」

「分かった。 ならば壁際に近寄るぞ。」

 

二人で並び、壁に沿う。

背中を向け、息を整えながらに気配を伺う。

……現実とゲームとでは全然違う。

俺も気配を確認できる何かが必要だな……。

 

数秒、数十秒。

その場で佇み、もう一度白がそちらを伺った。

呼吸が自然と焦りを帯びる。

此程緊張するとも、考えていなかった。

 

「……一匹だけが此方に来そうじゃな。」

 

……なら、確実に倒して直ぐに次の玄室を目指したほうが良さそうか。

左手を二本、剣指を立てる。

 

「分かった……脆弱の呪法を使う。」

「ならば吾が其処に追撃だな。」

「いつも通りだな。」

「いつも通りじゃな。」

 

幾度も練習してきたこと。

実際に使えるかは分からないが、妖に使わなければ分からない。

白の両手に現れたのは、普段から見慣れた刀と短刀。

 

「五秒前で数えてくれ。」

「分かった。」

 

タイミングを早めることは出来なくても、集中することで遅らせるくらいは出来るようになった。

それを利用して――――確実に潰す。

集中、集中、集中。

…………。

 

「5。」

 

白の言葉が足音の近付きを知らせ。

その頃になって漸く、俺の耳にも敵の存在が聞こえ始めた。


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