「……思いっきり殴りやがって」
歩き始めて四半刻。
未だにヒリヒリと痛み続け、指先で触れれば僅かに盛り上がっている殴られた場所を撫でつつ呟き。
「敢えて、そうさせた部分もあったんですよね?」
愚痴として零した言葉に反応する、気配を感じられるような感じられないような
そんな彼女の言葉も、幾つかの感情が混ざっているような複雑な色合いをしている。
不安。
呆れ。
警戒。
自身も当然のように犠牲になりかけた場所へと向かうことへの恐れと警戒。
そんな場所に向かうのに、何処か気が抜けたように見える俺への感情。
「全く無かったとは言わないけどさぁ」
「だったら自業自得じゃないですか?」
「それにしてもやり過ぎだろ、思いっ切り腫れてるし」
不思議と感じ取れる、そんな想いを右から左へと受け流し。
戦闘で負う負傷よりも明らかに軽い、
木々の隙間から漸く見え始めた街模様を捉え、進む速度を半歩分だけ緩めた。
「まあ……そんな事言ってる場合じゃない、って言われたら同意するしか無いんだけども」
『酷く甘いなぁ、契約者よ』
そうですよ、という言葉と同時に耳元に届いた契約神の声。
意図して無視し、そしてそうするだろうことを読んでいたのかにやりと笑う口元が視界の端に映る。
(何が面白いんだか……)
そう思う自分と、全てが面白いんだろう、と断定する自分。
複数の自分自身を、霊的な視点……とでも言えば良いのか。
違う目線を内側に確かに感じながらも、外へと漏らすことなく歩み続ける。
「あっ、ちょっとお待ちを……!」
呼吸を整え、自身の気配を影に潜め。
それでいて少しだけ遅れていた足取りを早め、彼女は俺の隣へと並び立つ。
口元が見えた反対側、拳ひとつ分ほどを離した距離で並んで歩くことを望んだ動き。
前後に並ぶ形でも然程変わらない、というお題目は多分無視されるか言い負かされる予感もある。
だからこそ、それそのものに対してではなく。
彼女の方へと目を向けて、
「で、伽月はあの場所どう思う?」
「そうですね……」
森から抜ける時はその姿を隠し、踏み固められた路上へと抜け出。
土気色に染まった、曲がりくねった道筋を二人で歩く旅人のフリをしながらも遠目に見る。
「なんて言うか。 活発的?になってません?」
人の出入りは以前に見たときよりも
それに伴い、活気溢れる声や農民達の荷物の影も多い。
俺達と同じような……同業者のような格好をした姿も有る中で。
最も疑問に思ったのは、女性の出入りがどうにも多い気がすること。
(アレって……もっと近くでちゃんと見ないと確定しねーけど、もしかすると)
そして、
「活発的っていうか……」
少なくとも――――今見る限りでは。
一度立ち寄った時とは明確に違う。
思わず口に上る変化点。
「多分これ、悪運の揺り返しが来てる……のか?」
「揺り返し、ですか?」
周囲で耳でも立てられていたら厄介なので、小声で。
歩く速度は変えず、極々普通のフリをしながらの進み。
「運否天賦、とか禍福は糾える縄の如しとか言うだろ?」
「……いや、すみません。 後ろの方は聞いたこと無いです」
心の何処かで考えていた、幸運側の現象。
無論、警戒は続けながら出向くつもりだが。
「まぁ、俺の考えが全部正しいとは到底思っては無いが」
再びに罠に掛けられる事は先ず無いだろうという判定を下した理由。
脳裏に浮かんだのは、この世界に降り立つ前の電子遊戯としての基本的構造。
そもそもが擬似的な乱数を用いて判定を行っている、という点。
この辺りの考えを共有できるのは……多分白か背後霊くらいだと思う。
(まあそういう世界だ、とは到底思えないんだが。
考え方の一つとしては間違ってないよなぁ)
不運の後には幸運が起こる。
或いは不運が続いたとしても生涯に於いては均され、ある程度のところで均一化する。
それを受けた当人の認識次第で大きく変動はするだろうけれど。
基準点を零とするなら、俺達に巻き起こっていたのは特大の不運。
――――
で、あるならば。
それを受けた俺達にとっての不運を引き起こされ続けていた、というのなら。
それを実行に移そうとしていた側にとっては、幸運と呼ぶべきなのではないか。
「もしかすると、俺達にとっては多少幸運なことが起こってるかもしれん」
そもそも、追われ続けでもされていたら不味かったのは間違いない。
幸いなことに初めて立ち寄る宿場町で、”予感”という不確定要素に突き動かされたのが俺達。
美少女達というリターンと、何かしらのリスクを天秤に乗せた結果なのかもしれないが。
「こんな事になって、ですか?」
「こんなことになっても、だよ」
もし、宿場町に入っていった相手が推定通りなら。
俺達にとっては現状先ず敵対することのない、善良な相手を見つけられたことになる。
「まあ、そう上手くいくとは限らないけどね」
少なくとも。
この世界が決して優しくない場所であることは、散々に身に沁みているから。
行こう、と少しだけ動いて手を握り。
ひあ、なんておかしな言葉を耳にしながら。
仲が良い二人組みだと見せかけつつも、近付き始めた入口へと目線を向けた。