準備が整うまでは然程時間を要さなかった。
互い互いに目線を重ね合わせ、それだけで準備が整ったことを理解して武具を地面へと突き立てる。
腐葉土のような、生暖かい沈むような感覚を表面を越えた辺りで感じた。
ぱちん、と手を叩く音を一つ。
重ねて一つ。
本来――――嘗ての世界では常識と呼んで良い部類に属するはずの行為。
二礼二拍手一礼、その半ばだけ。
礼儀を尽くさず、けれど
唯の祈りであり、唯の音立てであり、唯の簡易化に過ぎない。
嘗てのゲームでは存在さえもしなかった、けれど良く分からないこの世界で身に付けていた行為。
俺自身が進んで学んだのではなく、肉体が覚えていた行為を実行する。
(……実際のとこ、
伽月――の皮を被った末弟――が此方へ目を向ける。
見ているのは何処か胡乱な、一つのものを集中して見ていないはずなのに観られているような感覚。
直視せずに俯瞰する、とかいう俺が出来るとは到底思えない人斬りとしての技巧を、身を以て経験している状態。
だからこそ、少女達二人に頼んだ行動が大きく効果を発揮する。
一。
本来はこの場に存在しないはずの熱、太陽熱が視線の奥に現れる。
二。
こんな場所に降り立って良いはずのない、こんな場所だからこそ隠し切れない神気を持った少女が視界の中に在る。
この二つの出来事に、伝承に語られる神々だからこそ嫌でも反応せざるを得ない。
伝承に従うからこそ十二分に暴れることを許される八百万の神は、だからこそその在り方に縛られる。
『契約』の行き着く先、神々と合一化が進みすぎればその先に待つのは何があっても消し去ることが出来ない欠点。
汎用性、絶対的な弱点を残さない代わりに尖りすぎる性能を発揮できない人間。
特化性、他の部分を切り捨てることで強みだけを押し付けて抹殺する神々。
(人って側面を残すからこそ、弱点を全部埋められる――――今こうして考える範囲じゃ、助かったって思うべきなんだろーな)
本来、普通にやっているだけでは行き着くはずの無い最終発展先。
その片鱗を観てしまいながら、一歩二歩と近付いて。
そして、三。
男ではない、一番分かりやすい性別の違い。
体温という、内側ではなく外側からの干渉。
普通にしていれば絶対に取るはずのない行為。
背後の方から幾つかの声が聞こえたが意識して無視する。
内側から聞こえる抑え切れないような笑いも努めて無視する。
これ以外の手段がないことを分かっていた上で笑っている、どっかの
「伽月」
名前を呼んだ。
言霊として。
その当人としての意識を呼び起こすために。
無意識に行う行為ではなく、意識することで効果を増しながら。
ある種の同種である権限持ちとの契約を交わした俺だからこそ、何処か漂うだけの意識を拾い上げる。
「…………え、あれ?」
反応は劇的に、けれど小さく。
視線の色は少しずつ戻ってくる。
俺を観ていた……或いは睨んでいたかもしれない神の気配は薄れて。
代わりに仲間達からの視線が背中に突き刺さってくる。
「変なもんに引っ張られてるんじゃねーよ」
頭の後ろに伸ばした片手を拳にして、軽く一度頭部を殴打。
それ以上は、言うつもりはなかった。
『名前を呼べば、また来るだろうからね』
(余計なことは言わんで良い)
視線の奥。
少しだけ明るくなっていくような感覚。
倒してきた数多の歹の骨が、何処かに導くような感覚。
ただ、それが指し示すのは……少しだけ、暖かい陽気を感じるような場所への誘導に感じて。
「白」
突き刺さっている目線のうち、特に情念を感じる気がしないでもない相棒へと声を掛けた。
――――もう少しだったのに。