「お前さん、将来はどうするつもりだぃ?」
帰る時に持っていきな、と話が纏まり。
部屋を去ろうとした時に。
背中越しに問い掛けられたのはそんな質問だった。
「と、言いますと?」
くるりと振り返り、視線を向ければ。
いつの間にか用意されていた椅子が二つ。
何処から出したのかさえも分からない、木で作られた作り込まれた椅子。
座って話さないか、という意思表示だと察して。
話に付き合うのも悪くないかぁ、と席に座る。
「そのままの意味さ。 自分で気付いてるかは知らんけどねぇ。
向こう……西洋か。
ただ、向こうでも見た?
「……すいません、もう少し詳しく。」
「
……壁。
それは能力者としての通称の意味での『
経験値だけが溜まっていき、それ以上に変化が起こらなくなる。
その壁を超えるには、自身の壁……「想い」と「瘴気の蓄積」、そして「器」が必要となる。
強くなりたい、という壁を超えるだけの感情。
瘴気の蓄積、というその為の足掛かり。
器、という最も普遍的で最も手に入らない『人のまま変わらない』性質。
それらはゲームでは特定のボスを撃破だったり、撃破数・攻略幽世数で管理されていたモノ。
日数だけでは決して超えられない壁。
世界の能力者……NPCが時折漏らす情報を繋ぎ合わせることで導かれる設定。
それがそのまま、この世界の法則として適応されているのだろうか。
「俺が、ですか?」
「あぁ、気を悪くしないでほしいんだけどねぇ。」
彼奴の息子って話だし、リーフと仲良くしてくれてるようだし。
そんな言葉を口遊みながら。
「年寄りの助言と思って聞いてほしいが、聞くかぃ?」
「是非。」
返した言葉は当然に是。
余り聞ける機会の無い助言だ。
無視するような選択肢は存在しない。
「まぁ……一言で言っちまうなら、『異常を異常のまま受け入れる』才能……になるのかねぇ。」
「…………?」
異常を、異常のまま?
「あぁ、よく分かっていない表情だ。」
「あー……いえ、なんとなく言葉自体が持つ意味はわかります。」
一瞬理解まで遅れたが、なんとなく理解できる。
否定したりしない才能。
遠巻きにでも、拒否でも、
ただ、あるがままに受け入れる性格。
……俺が?
「ただ、そんなつもりは全く無いんですけど。」
「そらそうさ。 自分のことが分かるのはこぉんな婆になっても難しいもんさね。」
かんらからから、笑う声。
……この人の事が少しだけ分かってきた。
よく笑う、よく話す、そして色々なことを知っている。
文字通りの意味で、田舎に住まう古き良き薬師……『魔女』か。
「だからこそ、生きるってのは面白いもんだよぉ。」
「そうですかね……?」
「そうさ。 ……まぁ、その意味も知らずにあのバカ達は先に逝っちまったがねぇ。」
あのバカ達。
先に。
浮かんだのは、この店で二人以外に見掛けない人物達。
本来なら存在しなければいけない――――リーフにとっての両親。
「まぁ、うちの孫娘もその意味を知らずに生きるのかと思ってたけどねぇ。」
じろり、と向けられる目線が『俺』を捉えた。
今までは何処か、肉の器としての俺を見ていて。
今は、精神としての『俺』を見られているような。
目線も雰囲気も変わらないのに、見られるものだけが変わったような感覚。
「だから、お前さんには言っておきたいのさ。
この婆に言い放つくらいに勇気のある若造なんだしねぇ。」
「……何を?」
多分、ルイスさんが伝えておきたかったことは。
そんな直感。
「
だから――――何かがあったら、あの子を世界に連れて行ってやっとくれ。」
「…………は!?」
けれど、口から出たのは全く以て想定外の事。
自分の死を予感している、という事実と。
その先を任せる、という頼み事。
叫んだのは、どっちの意味に対しても。
長くない、ということにでもあり。
任せる、ということにでもある。
いや、最悪前者は分からないでもない。
ただ後者はまだ出会って2日の男に任せることか!?
父上にでも頼んでくれ!
「そう叫ぶんじゃぁ無いよ。 あの子に聞かれちまう。」
「いや、叫びますよ!?」
聞かれちゃ不味いって……知っておくのとじゃ全然違うだろ!?
心構えとか、これからのこととか。
考える時間は絶対に……。
「逆だよ、逆ぅ。」
「逆……?」
「
じっ、と見る目線が強くなった。
「だからまだ言えないのさぁ。 あの子が、あたし以外に頼れる誰かを見つけて。
他の人生を見つける勇気を持てるまではねぇ。」
「いや、だからって……。」
「
それは、確信を持った上で放たれた言葉。
小さく頷き、だろうと思ったと呆れた口調。
「多分、色々言葉も足りてないだろうし……。
婆の懺悔もある。 聞いてってくれると助かるがねぇ。」
断る選択肢は――――今に至っては、無くなっていた。