浅く、深く。
確かに呼吸をしているのは確認できるが、彼女は動く気配がない。
それに合わせ、周囲の空気の重さも消えて。
俺の目にも、元の――というのが正しいのかは分からないが――景色が映り出す。
「…………リーフ?」
軽く揺さぶっても気配はない。
恐らく、神降ろしかそれに近い状態だったと思われる彼女。
その代償に意識を失っているのだろう、と何となく考える。
……普段は占った後に部屋に戻り、倒れるように意識を手放していたのだろうとも。
(……駄目だな、こりゃ。)
そのまま変に動くわけにも行かず、その場に腰を下ろす。
倒れ込むようにした彼女の顔は何処か安らかで。
部屋に戻すにも筋力が足りるか分からず、目が覚めるまで待つしか無い。
(疲れたが……収穫はあった。)
俺の言葉が何処まで有効だったのかは分からない。
ただ、確実に俺自身にも何かしらの影響はあった。
内側に罅が入り、砕ける感覚。
確かに一歩、越えなければいけない何かを乗り越えた感覚。
もしかすると、アレは
(そうなると……父上が言っていた堕ち人ってのは。
もしかするなら、取り替えっ子に近い性質もあったのかもな。)
そう考えると、幾つか納得がいくこともあるのだ。
俺自身に起こったこと。
俺の家系に起こること。
『月』の、妖に近い性質と掛け合わせれば。
きっとその本質は。
妖に負ければ血に酔い溺れる。
妖に打ち勝てば、その力を存分に発揮する。
妖と同化すれば――――多分、その結果が俺だ。
人の形を為し、人の記憶を引き継ぎ、
それが何故ゲームの記憶を持っていたのか。
何故この世界に来てしまったのか。
そんなことまでは、今の現状では分からないけれど。
「多分、リーフに言ってやれるのが似たような存在の俺だった……ってことかね。」
そんな風に、ぽつりと呟けば。
「
階段側から聞き慣れた、呆れた声。
そちらに目線を向ければ、柱に腕を組みながら押し付けて。
その場で妙な表情を浮かべた白。
そうして腕を組んでいても、悲しいかな。
一部分は全く浮かび上がらないが。
「小娘が姿を消しておるし、ご主人も部屋にいない。
何か聞こえると思えば上で密会か?」
……妙な、というよりは怒っている様子。
多分俺がまた声を掛けなかったからだろうけど。
「そういう風に見えるか?」
「見えぬ。 が、それくらい言わせろ。」
柱を蹴ろうとして、途中で止める。
全く、と呟きながら此方に近付いてくる。
そういう細かいところで自分を制御できるから、全面的に信用出来るんだけどなぁ。
「途中から見ておったからある程度は分かっている。」
……あの位置から?
確かに気を張り続けていたから視線には反応鈍くなっていたが。
リーフからは白見えていたはずだよな、その場合。
「なら声掛けてくれても良かっただろ。」
「阿呆。 この娘が落ち着いたのは
愚痴を呟けば軽い蹴りを肩に浴びる。
これで勘弁しておいてやる、とはどの立場から言っているんだこの蝙蝠娘。
「俺だから?」
「ああ。 人だから、ではないぞ?
…………は?
いや待て、落ち着こう。
そうだ、落ち着いて聞かなければ。
「何でそれが分かる?」
「そりゃお主。 小娘……
……ふぅ。
落ち着け。
今足元で眠っているんだから起こさないように言わなくては。
「何でそれ黙ってるんだよ!?」
「ある程度確信したのが食事が終わった後じゃったしな。
それに、話そうとしてもご主人が捕まらんし?
小娘に一日付き合ってやれって言われてたし?」
声色は普通。
ただ、その内容と顔色がじっとりとしている。
そして半目で俺を見ている。
……うん。
「……ごめんなさい。」
「うむ。 吾は心が広いから許そう。」
頭を下げれば、若干ドヤッとした顔で見返してくる。
広いってなんだっけ。
多分そう言えばまた怒り出すから黙っておく。
「……それで?」
「単純な話よ。
あの娘は自分に対しての自信が欠片もない。 それは話して思った事じゃろ?」
「まあ……そうだな。」
自分を責めて欲しかった、と。
内心でずっと抱えていたリーフ。
全てを許されて、自分のせいではなく。
代わりに家族だけが犠牲になっていく。
言い換えればそれは、彼女が生まれた時から負った能力と向き合う機会を奪っていた。
だから、その能力に自身の意思と存在意義を依存しきっていた。
その部分を俺は言葉で突いただけだ。
「それに対し、ご主人は徹頭徹尾自分しか考えておらん。
……いや、正確に言えば周囲も考えてはおるな。
だが、最後は全て自分と自分の縁に殉じるじゃろ。」
……うん、まあ多分そうだが。
「なんか見透かされてると気持ち悪いな。」
「うっさい、黙って聞け。」
ぽ、と少しだけ頬を染める。
「そして、あの娘は占い故か、同類故かは知らぬが。
ご主人自身の抱えたモノを捉えていた節があった。」
「……ひょっとして。」
あのタイミングで自分の能力を見せたのも、それが原因か?
そう問い掛ければ。
「関係ないとは言えんじゃろうな。
ひょっとすれば反応が見たかっただけやも知れぬが。」
小さく頷きつつ。
「同類と認めた存在からの言葉だからこそ落ち着いた。
今後は……まあ、悪い方向へは進まぬとは思うが。」
吾にだけ答えよ、と声を更に小さく。
耳元、息と息が届く程度の距離まで近付かれる。
「今がおそらく最後の機会じゃぞ。
……まあ、そうだなぁ。
「約束もしちまったし。 ……なんだかんだ、お前も見捨てられないんだろ?」
「うっさいわ。」
多分、答えが分かっている質問。
だからこそ、そう切り返せば。
照れ隠しか、図星を突かれたのか。
背の羽根が、俺の肩を一度叩いた。
――――将来の仲間候補として内定だなぁ。