オカルト伝奇系恋愛鬱ゲーに放り込まれました。   作:氷桜

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*前話に不足している部分があったので追記。
『店員の姿が見えない』旨を理解していればOKです。


005/襲撃

 

「宿場町にしては施設がしっかりしてたの。」

「…………だ、ね。」

 

警戒を緩める(リラックスする)くらいにはゆっくりしてきたのか。

四人は互いに顔を見合わせながら、宿内の入り口に入り始めたところだった。

 

汗を流す、という意味に相応しく。

掛け湯とかの湯を浴びる、浸かるようなタイプではなく。

箱を用意して蒸し、そして後で冷水で汗を流しながら垢を削り落とすような形の風呂。

余り好きではない……というのは今はどうでもいい。

 

「皆!」

「ん? 朔君?」

「どうかしましたか?」

 

風呂上がりだから、というのもあるんだろう。

普段と同じ衣装なのに顔が赤く、映る若干の肌が艶めかしい。

 

――――これが理由か!

チッ、と舌打ちが出てしまうのが止められない。

 

周囲に目を配る。

誰もいないという大前提を確認して、つかつかと入口側へ。

焦った表情を浮かべながら。

緊急事態だ、と当人にも理解させながらに行動を続ける。

 

「急いで部屋に戻って荷物確認しろ。」

「へ?」

「どうした急に。」

 

その場で立ち止まって意味が分からない、と首を捻るだけ。

……それもそうだよな、意味分からないよな。

ただ、それを説明する時間が残っているのかが曖昧な以上。

動いてから説明するしかない――――この能力に関しても。

 

出来れば、こんな能力を取得できる相手を見つけてから口にしたかった。

そうすれば俺の理解に間違いがないか、知識を持つ相手なら分かっただろうから。

 

「頼む、後で説明する。 急いで。」

 

強引に腕を掴み、引き寄せる。

抱き寄せるわけではないから、その力は全て彼女達へ向いてしまう。

痛っ、と言葉が漏れて聞こえてくる……申し訳ないが、謝る時間も惜しい。

 

白以外の三人を手前へと引き込む。

背中に刺さる、理解できないとでも言いたげな視線が三つ。

 

「……準備、しよ。」

「そうですね。」

「朔君だもんにぇ~。」

 

そして、背中越しに聞こえる溜息三つと言葉。

それを残して直ぐに部屋へと消えていき。

残りの一人……白の腕ではなく肩を掴んで周囲を見ながら囁く。

外から見れば、苛立って見えるように顔色を顰めながら。

 

「狙われてる。 逃げるぞ。」

「は? 誰からじゃ。」

「この街の住人……山賊と繋がってる奴等と()()()()()。」

 

は、と呟く言葉がもう一つ。

 

先程寝ていた時に見たのは、珍しく全て同じ夢。

直近に迫っている悪意を教える、とでも言いたげに圧縮された夢。

あの短時間で恐らく百は見ただろう風景で、それのほぼどれでも見せられたもの。

 

白が、リーフが、伽月が、紫雨が。

その誰もが悪意に肢体を穢される夢。

体を壊され、精神的に摩耗し。

それを見せつけた上で、売り捌かれる末路。

 

ゲームの頃では普通にやっている限り発生する条件が満たされないような行為の数々。

CGを埋める、という前提でもなければしたくもなく。

俺の好みでも当然に無かったから、細かい条件までは覚えていないのが悔やまれる。

 

ただ単純に、唐突にそれを見せられただけだったら恐らくは脳が煮えていただろう。

それを見た上で落ち着きを取り戻せたのは、一枚挟んだ別の視点があったからで。

同時にこうして焦り、動けているのは一枚挟んだ内側の俺自身が存在しているから。

冷静なままでは駄目、焦りすぎても駄目。

気付かれていない、と相手に錯覚させたままで逃げる必要がある。

 

「……吾には何も聞こえぬが。」

 

耳を欹てる……能力の応用で周囲の音を拾う白。

白の優秀さを疑う訳では無いが、今こうして動いているのは万が一が怖すぎるから。

疑い続ければ何もできなくなる――――それが分かっていても、疑うしかない。

 

「多分、声や音を消す能力なり場所で相談してるんだと思う。」

 

その辺りまで警戒心が不足していた、というのは俺の落ち度。

初対面、一期一会の店にも関わらず。

誰も店員が存在しないような状況を作るはずがない、という盲点。

 

この世界と元の世界での基準が違う、というのは数年生きてきて分かっていたはずなのに。

旅慣れていた紫雨だっているのに、当然のように見逃していた()()

 

「幸いといえば幸いだが、宿泊料の半分は払ってる。

 受付に残り半分、ついでにもう少し増しておけば店側は何も言えなくなる。」

 

見た夢の始まりは、どれも食事を取り終えて戻ってきてから。

この店の主に勧められた店で食事を取った上で、部屋に鍵を掛けていたのに発生していた。

 

手先が動かなくなるような動き方をした上で、急に眠ったように動かなくなっていた。

声が聞こえない、という欠点はあるが……幾度も同じ内容を見れば、切っ掛けくらいは掴める。

つまり、食事に薬が混ぜられている――――そんな風に考えるのが一番妥当な筈だ。

 

「白。 お前は先に部屋に戻って俺の荷物も纏めておいてくれ。」

「ご主人は?」

「戻ってこないか見ておく。

 可能な限りでいいが、お前から説明して荷物だけでも用意しておいてくれ。」

 

恐らくこの店を調べても証拠は出ない。

店主が戻って来るまでがタイムリミット。

逃げ出す道は……成人であれば通れない程度に小さな窓が俺達の部屋にあった。

開くことは確認済み、最悪は其処から抜ける。

どうしようもなければ手持ちの荷物は幾らか置いていくしか無い。

 

「分かった。」

「悪い、細かい部分は任せる。」

 

そう言葉を交わし合い、距離を離す。

受付に向かい、じゃらじゃらと残りの業を積み上げて。

何喰わぬ顔で、店の外へ。

不自然にならない程度に周囲を見回しながら、俺達の部屋の窓沿いへ。

 

一週、二週。

宿の周りを歩き回って、逃げ出す方向性を確定。

見られている、という感覚はどうにも薄い。

……気付かれていない、と甘く見積もってくれていることを願う。

 

……何してるんだろうな、俺達は。

そんな自嘲が、脳裏に過りつつも。

 

ほんの少しの時間の後。

夢で見た、店主が戻るまでのギリギリの時間帯。

それ以上誰かに説明していたら、戻ってきて感づかれていたと思われる時間帯。

 

街から抜け出すことに、成功していた。


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