モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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INTRUDER OF FATE(4)

 雛森桃は可哀想な子だ。天満の記憶は、漫画を読んだ時の感情は率直に纏めればその一言だった。

 鬼道の才能に恵まれ、吉良イヅルや阿散井恋次、朽木ルキアと同期として作中の描写としても豊作の年といえるだろう。そこに藍染は目を付けた。虚に襲われ助けるというストーリーを作り、藍染への憧れを刷り込み、副官として傍に置いてからは公私で自分への想いを募らせる。そしてそれが全て罠だった。

 依存、雛森の身体を巡らせる麻薬のような毒は憧憬、思慕の情から生まれる藍染惣右介が居なければ自分は何も出来ないという依存から為るものだった。

 そうして駒として手懐け、隠れ蓑とし、そして必要なくなれば最後の慈悲として殺す。彼女はそれより先、平子真子が五番隊隊長として復帰するまで代行業務すらままならないほどに衰弱してしまう。

 そんな彼女が藍染の直筆の手紙が書いてあれば、どれだけ内容がおかしいと思っても、どれだけ整合性が、合理性が、何もかもが矛盾で出来ていたとしても、混乱する頭で書いてあることを実行するしかない。

 

「雛森に血ィ流させたら、てめぇを殺す!」

「あぁ、あかんなぁ……こないな処で斬魄刀抜かれたら、ボクが止めるしかないやないの」

 

 市丸が黒幕だと信じて疑わない日番谷は、藍染を殺した下手人も、雛森を殺させようとしたのも市丸だと激昂する。

 天満はそんなやり取りを遠くで見ながら、胸糞悪いなと息を吐いた。特に藍染のやり方は雛森にとって理想の、憧れの上官である必要はあったかも知れないけれど、彼女を藍染か死かというレベルまで追い込む必要はあったのかという疑問でもあった。

 彼女の心を真の意味で救うには、依存から脱却させるしかない。自分が声を掛けて慰めて、それでうまくいったとしても次は依存先が別の誰かになるだけ。天満は平子のようには成れないし、日番谷ほど入れ込んでもいない。故に、ため息を吐くしかなかった。

 

「霜天に坐せ──氷輪丸!」

 

 解号と共に月を黒い雲が覆い隠す。急激に気温が下がり始める程の霊圧、天相従臨──天候すらも支配する氷雪系最強の斬魄刀、氷輪丸、その暴力的とも言える霊圧と、やはり特筆すべきはその速度だろう。能力によって生み出された氷の龍が相手に襲いかかる速度は尋常ではない。

 天満はその本人にも御しきれない程の水と氷の暴威をなんとか躱し、漫画と場面を照らし合わせて機を図る。

 全く市丸としては意図していないことだが、出しゃばる合図は彼が解号を唱えた瞬間だ。射線上に雛森と日番谷の二人がいるタイミングで市丸は自分の羽織で刀身を隠すことで不意打ちとして斬魄刀を解放する。

 

「射殺せ──神槍」

「──くっ!」

「ええの、避けて……死ぬであの子」

「雛──っ!?」

 

 松本乱菊が寸前のところで雛森と神槍の切っ先に割って入る──前に、神槍の方が僅かに乱菊の右前に逸れた。隊舎への道を舗装していた床板に突き刺さっていた雷雲のような紋をした小太刀に、吸い寄せられるようにして神槍が突き刺さっていた。

 市丸以外の全員が驚きに目を見開く中、その注目される刀の元へ、一人の男が瞬歩でやってくる。

 

「てめぇは……誰だ!?」

「もう、引き時じゃないですか? 市丸隊長」

「……あんた、何番隊!?」

「ボクと遊んでくれるん、天満クン?」

 

 おや、と天満はその好戦的な霊圧に一瞬の疑問と共に怯んでしまう。しかしよくよく考えれば当然のことで、市丸は刀を引いたのは相手が松本乱菊だからだとするなら、別に殺してもいい天満に対しては刀を引く理由にならないのではないかと。

 だが既に天満は戦える状態ではない。なにせ神槍は彼の小太刀を貫通している。これなら乱菊の眼の前に炎輝の方を突き刺せばよかったなと後悔を抱き長刀を構える。

 

「……なんてな」

 

 だが市丸の伸びた斬魄刀は脇差しの長さに収まり、左腕を砕こうとしていた氷を割る。

 流石に日番谷、松本に囲まれた状態では分が悪いと判断したのか、それともまた別の理由か、市丸は大人しく吉良を連れて退いていく。天満は二度目の規律違反の上の脱獄だ。本来なら重い罰が下るところだが、それは日番谷の口添えによって免れた。

 

「天満……って言ったか、恩に着る」

「いえ……怪我がなくてよかったです」

「あ……」

 

 それが自分のことだと気づいた松本は日番谷と同じように頭をさげた。あのまま市丸の刀を受けていたら、もしかしたら貫かれていたのは自分だったのかもしれない。それを案じてくれていたのだと松本は彼の言葉の真意に気づいた──と彼女は思っている。真意はもちろんそのままの意味だ。怪我をしていたなんてことが発覚したらそれこそ、市丸に殺されかねないのだから。

 

「じゃ、俺は浮竹隊長の元に戻ります」

「……ああ」

 

 そのタイミングで地獄蝶が舞い、隊長と副隊長へルキアの処刑の期日が短くなったことを知らせた。

 最終決定の処刑時間は29時間後、明日の正午、すぐそこまで迫っていた。

 日番谷の驚く表情を天満は冷静に観察しながら大詰めだなとその場を去ろうとする。彼らはこれから中央四十六室への強行突破を図り、そして──藍染と遭遇する。だが、天満はここで藍染と相対するわけにはいかない。

 

「天満、俺達は処刑を止める──お前はどうする」

「……俺は浮竹隊長と共に……恐らく最後は、双殛を破壊する方法を模索するか、若しくは既に発見していると思われますので」

「そうか……気をつけろよ」

「はい、日番谷隊長もお気をつけて」

 

 思っていた以上にバタバタと走り回ることになってしまったなと日番谷とは反対方向へと走りながら斬魄刀に触れる。既に市丸によって貫通され、砕かれた斬魄刀は未だ修復されてはいないがもう一度だけ解放することになるかもしれないことを心の中で謝罪した。

 期日は明日の正午、それまでに休んでおかなければ。そうして久方振りの詰所へ戻っていく。

 

「て、天満!? え、お前、ろ、牢にいたんじゃ……!」

「業平か、予定外のことがあって脱獄せざるを得なかった」

「それより……処刑、早まったんだってな」

「ああ、明日の正午だ」

「やっぱり……止めに行くのか?」

「そうだな、と言いたいが……もうクタクタだからな、休ませてもらうよ」

 

 天満はそうして仮眠室で昼過ぎまでぐっすり眠っていたが、小椿仙太郎と虎徹清音の両三席によって叩き起こされる。

 本来ならまだ牢にいるはずだった男が眠っており、しかも枕元にはちゃっかり斬魄刀まであるとなれば詰問されるのも致し方なし、ということもあり、天満は嘘と真実をまぜこぜで話す。

 

「実は、市丸隊長の怪しい動きを察知していて、それで鬼道使って脱獄しました。斬魄刀は普通に侵入して、それで三番隊舎で日番谷隊長と雛森副隊長が争い始めたのを見守っていたらそれが市丸隊長と日番谷隊長の戦いに発展して、割って入ることもできなかったんですけど、市丸隊長が雛森副隊長に切っ先を向けたので咄嗟に助けました」

「昨日の今日で独断行動って……さては全っ然反省してないわよね!?」

「……してますよ」

「目を見て言いなさいよ!」

 

 仙太郎よりも清音の方が怒っているのには理由があり、彼が独断行動をした時、十三番隊を指揮していたのが三席である虎徹清音だった。仙太郎は伏してはいたものの容態が安定したため浮竹の警護兼、何かあれば清音に連絡するという役割があったため隊から抜けていた。

 

「……で、隊長はどうしてるんです? 四十六室に進言は?」

「そこまで判ってるんなら、通るか通ってねぇか、んで隊長がどういう行動を取るのかくれぇわかるだろ」

「やっぱり、双殛を破壊するんですね」

「うん、なんか……四楓院家に伝わる道具の封を解放するために籠もってるわ」

「なら俺は、隊長の命があるなら動きます。それで他の隊長格に刃を向けることになっても」

 

 今回の戦禍によって隊長格の実力は大体把握できた。隊長は流石に無理だが、副隊長くらいなら相手が卍解さえ習得してなければ止めることは可能だ。天満は自分と他の隊長格の実力差をそう捉えていた。平和な時代にも関わらず二十年以上、自分を絶えず追い込んできた彼は、今やそれほどまでに成長を遂げていた。

 

「三席」

「おう!」

「どうしたの?」

「双殛の丘にやってくる隊長格はおそらく一番、二番、四番、八番隊が両名、六番隊が隊長のみ。うち八番の京楽隊長とは浮竹隊長が協力を既に要請しているかと」

「そうね……京楽隊長も協力してくれると、思う」

「それがどうしたんだよ」

「つまり敵は一番隊と二番隊、そして朽木白哉ということになります」

「……そ、総隊長と隠密機動か……!」

「私たち三人だけでどうにかなるものじゃないわね」

「はい、なので逃げましょう。全力で、双殛の矛の破壊と同時に離脱、これが一番賢いやり方かと」

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 その言葉に清音が堪らず声を上げる。彼が語った予測では不確定で、不確実な部分が多くあると清音は感じていた。

 まず名前を上げなかった隊長格のうち、清音にも来ないと判るのは三番、五番、十番、十一番、十二番だけ。この戦時下で常に行動を共にしている七番隊と九番隊は戦闘の負傷もしていないはずで、まず間違いなくやってくる筈なのだ。だが天満はそれを即座に否定する。

 

「いいえ、狛村隊長と射場副隊長、東仙隊長と檜佐木副隊長は、更木隊長を止めに向かいます」

「……なっ!」

「理由は彼が捕縛されていない二人の旅禍の死神でない方、石田雨竜と共に行動していた女性を保護しているからです」

「じゃ、じゃあ更木隊長も裏切ってて、それを殺すために七番隊と九番隊はかかりきりになるってことかよ!」

 

()()更木剣八にはそれだけの価値と強さがある。黒崎一護によって敗北したことで彼より強くなるために枷を一つ砕いた剣八は既に、隊長と一騎打ちでは足りない程に強いのだから。

 そしてこれは三席両名にとっては知り得ないことではあったが恩義と正義のために刃を振るう二名にとって戦いと愉悦のために刃を振るう剣八とは根本的に相容れないのだ。

 

「そして、旅禍のもう一人、一護くんが朽木隊長を担ってくれるでしょうから」

「あのオレンジ髪の死神か……!」

「でも、朽木隊長って」

「……彼は現在、四楓院夜一の宣言通り強くなるため、卍解を習得している最中でしょう」

「──っ!?」

 

 今度こそ、仙太郎も清音も驚き固まる。無理もない、卍解とは斬魄刀戦術における究極形であり、一握りの天才でも十年単位で習得できるかどうかというレベルのものだ。当然三席二人も未だ習得には至っていない。それを、たった三日でという不可能な宣言を夜一がしていたこと、そして天満も当然習得できると信じていることに口が塞がらなかった。

 

「朽木さんの奪還は彼に任せましょう。俺たちは浮竹隊長の護衛に力を注ぐべきです」

 

 二人は反論できずに固まる。それを最後に彼は固まった身体を伸ばし、それから斬魄刀を腰に差す。

 もうこの動乱も終幕が近い、後一日、明日で全てが終わる。そう識っているからこそ彼がやることはいつもと変わらなかった。

 何処へ、と問われる前に天満は修練場を目指す。いついかなる時でも刃を磨く。そうでないと始まってしまった戦いにはとてもついていけないのだから。

 

「……すまない、ちょっとばかり封印の解放に手間取っちまってな」

 

 そして処刑当日、朝から至るところで巨大な霊圧同士が衝突しては消えていく中で、瀞霊廷中に響き渡るような霊圧が放たれていた。

 既に処刑は始まっている。仙太郎と清音の二人がハラハラした様子で外を見守る中で、漸く浮竹が大きな盾のような霊具を持って現れたのだった。

 

「……彼は」

「天満ですか? あいつは……」

「──浮竹隊長、お呼びですか」

 

 天満は片膝を突き頭を垂れ、浮竹の呼びかけに現れる。本来なら度重なる問題行動をした上、しかも十席である自分が三席と共に浮竹隊長に随伴するなど許されないと辞退しようとしていた天満だったが、清音と仙太郎の二人に同時に全く同じように、首を突っ込んだなら最後まで覚悟を見せろと叱咤され浮竹の前に現れた。

 

「判ってると思うが……四十六室への進言が通らなかった以上、方法はこれしかない……双殛を破壊する」

「はい!」

 

 この時、浮竹はこのような状況にも関わらずこれから先の、未来の十三番隊の姿を想像していた。

 隊長は、今から処刑を助けようとする朽木ルキア、彼女はきっともっと強くなり、ゆくゆくは隊を率いていくのに相応しい人格を持っていると。そして、その時同時に副官章を腕に巻く天満の姿を想像し、彼は微笑んだ。優れた慧眼を持つ天満ならばルキアを良く正しい方向へと導き、支えてくれると浮竹は二人に海燕の意思を見ていた。

 

 

 

 


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