モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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THE END OF THE BEGINNING

 かくして旅禍すらも巻き込んだ瀞霊廷の陰謀と事件は終わりを告げ、尸魂界は懐かしくも思える平穏を取り戻した。

 結局はルキアの処刑そのものが藍染の陰謀であったことから旅禍たちの罪は不問となり、むしろ藍染の陰謀にいち早く気づき、尸魂界を救った恩人として手厚くもてなされることとなった。

 

「天満」

「……日番谷隊長。お体は」

「俺はもう平気だ」

「そうですか」

 

 旅禍に加担した天満もまた罪を帳消しにされ、特に救護隊の世話になることもなく廷内を歩いていると、十番隊隊長日番谷冬獅郎に声を掛けられ、振り返りながら頭を下げる。一週間前ならば有り得ない光景だが、天満はほぼこのために廷内を走り回ったと言っても過言ではなかった。結果として予想よりもたくさんの隊長格に存在を認知されていたが、そこはプラスの要素として受け取っておいた。

 

「何処へ行く予定だったんだ?」

「ああ、これから鍛錬をと、まだまだ未熟なのは実感しましたので」

「そうだな、隊長(おれたち)と渡り合うなら、お前はまだ未熟なんだろうな」

「はい」

「……あの時、お前、どうして牢の外にいた」

 

 それが本題なのだろうと天満は僅かに背筋を伸ばす。それによって日番谷が少し不機嫌そうに眉を上げたことで元に戻したが、質問の答えはまだ待っているという状態だ。

 天満が答えを迷っているのは探りたいことがあるからだった。日番谷は彼自身の推理を持っているだろう。そこに対して何処まで外さずに答えを言えるか、が問題でもある。

 

「日番谷隊長は、何処まで何を気づいているのですか?」

「てめぇが自分で牢を破ったんじゃねぇ、ってことくらいはな」

「……なら俺も嘘は吐きません、市丸隊長です」

「……そうか」

 

 日番谷が調査した結果、十三番隊の詰所に預けられていた斬魄刀が盗まれた時間と、天満が牢を破った時間は天満が三席二人に言い訳したものと逆だと判明した。そこで、日番谷は誰か協力者が斬魄刀を盗み、そこで彼に牢を破れと交渉を持ちかけたと推理し、見事それは的中していた。

 

「目的は」

「松本副隊長を護れ、と」

「確かに、お前が割り込まなかったら松本は負傷していただろうな」

「あのクソ糸目、かなり勝手な性格してる癖に結構過激派なので」

「……お前」

「失礼しました。口が滑ってしまいました」

 

 おどけるような天満のその言葉に日番谷は口角を上げた。彼からしてみれば市丸も藍染同様に雛森に血を流させた張本人であるし、次に刃を交えることがあれば必ず殺すとも考えている。それほどまでに大切な存在に刃を入れられるというのは許しがたい蛮行なのだから。だが、それは市丸も同じで、天満の言葉から日番谷は市丸は何かしらの理由があって藍染の部下のフリをしているのではという考えを抱いた。目的は理解できる──去り際の市丸の言葉はきっと今、眠っている雛森の状態を予見していた本音であり、それは松本乱菊を傷つけないこと、傷つけた奴を必ず殺すこと。この二つを胸に抱いているのだと。

 

「市丸の過去について、天満は何か知ってるのか」

「死神になる前、藍染によって松本副隊長が暴行されたこと、くらいは」

「……合点がいった」

 

 やはり日番谷は理解者なのだと天満は手を振って去っていく小さな背中を見つめた。同じように自分の命に代えても護りたいものがあって、それを傷つけるものは護廷という名すら捨ててでも殺す。ただ違うのは、日番谷には敬愛していた男から受け継いだ十番隊の羽織を最後の最後に脱ぐことはできずに市丸は最初から三番隊という羽織すら蓑でしかなかったことだ。

 

「あ、日番谷隊長」

「なんだ」

「差し出がましいお願いなんですけど……暇な時、俺と鍛錬していただけないでしょうか」

「ああ、また声を掛ける」

「ありがとうございます!」

 

 頭をさげ、今度こそ彼を見送っていく。日番谷冬獅郎は天才だ。そして今はまだ雲の上のような存在でもある。

 九月になってすぐ、現世はまた騒がしくなる。試作型破面(アランカル)の襲来、一護には『仮面の軍勢(ヴァイザード)』から接触、そして十刃(エスパーダ)の襲来と護廷隊席官の現世派遣。怒涛の流れの中で天満は少しでも強くなりたかった。

 

「あ、天満さん!」

「一護くんと、キミは井上さんだね?」

「あ、あの……朽木さん見てませんか?」

「今日は会ってないなぁ……捜してるの?」

「何処にもいねぇみたいなんだ」

「そっか」

 

 ルキアを捜索する一護と織姫とすれ違ったことで、明日かと天満は呟いた。

 明日には一護たちは現世へと帰還することになる。ルキアは尸魂界に残り、朽木家でゆっくり養生することで死神としての力を取り戻すことになる。その時を少し楽しみにしている自分がいることに天満は気づいた。

 とするならばタイミングは今かもしれない。天満はゆっくりと流魂街へと足を運んで行った。

 

「あ、てめぇは!」

「やぁ、岩鷲くん」

「なんだお前の知り合いか?」

「初めまして志波空鶴さん、俺は十三番隊十席の稲火狩天満と言います」

「ああ、弟や一護と一緒にいたって聞いてるぜ、どうした?」

「岩鷲くんに謝り損ねてしまったので」

「……俺に?」

「海燕副隊長のこと、キミのお兄さんのことを知ってたのに黙っていた、すまなかった」

「……事情はさっき、姉ちゃんから聞いたよ、本人も謝りに来てくれた」

 

 ──西流魂街、空鶴邸前で岩鷲に向かって天満は言いそびれた謝罪をしていた。

 首を横に振られるのは想定済みだった。けれどこれは天満にとって切り離せないけじめでもあった。岩鷲がルキアの顔を見た時にああやって怒ることは判っていたはずなのに、それでも黙って、そして何も言わずにルキアのことを庇ったこと、そしてそのまま何かを言うことなく今日まで放置していたこと、それらを含めて天満は岩鷲に頭を下げた。

 

「もういいって、そ、それによ……あんたは何も信じられなくなった俺も庇ってくれた。勝てる筈ねぇのに朽木白哉に挑んだ」

「……それは、キミにだって出来た筈だ。キミは俺が居なくても花太郎さんのためにあの橋で立ちふさがった。そういう度胸と勇気のある男だ」

「褒めすぎだろ、後半役立たずだったって話だぜ」

「俺は臆病者だ。浮竹隊長が来るのを知っててあそこで時間稼ぎをしていただけ。岩鷲くんには遠く及ばないよ」

「けど俺は、あんたの後ろ姿に素直にすげぇって思えた。自分が情けなくなった。だからもう一回今度は俺の意思で朽木ルキアを助けようって思えた。だからこれでチャラだ」

「……ああ、わかった。ありがとう」

 

 これでわだかまりは解けたと天満は空鶴と岩鷲にもう一度頭を下げてその場を後にする。

 岩鷲はそんな彼の後ろ姿を目を細めて見送っていた。二刀一対の斬魄刀を手に朽木白哉の千本桜を後ろで震えるしかなかった自分たちを護るために刀を振るって助けてくれた時と重ねて、光輝くような彼の心に胸を焦がれた。

 そんな岩鷲に羨望めいた視線を送られたことに気づかない天満は、翌日、黒崎一護たちが現世へと帰った後に雨乾堂へと呼び出されていた。

 

「すまないな、規律違反の件もあって、俺の力じゃ昇進させてやれなかった」

「いえ、十席でもそれなりに出来ることはありますので」

「最低でも五席だったんだが……」

「それほど隊長に買っていただけるのはありがたいのですが、私はまだまだその器ではないかと」

「おいおい、謙遜するなよ天満」

 

 降格も有り得ると考えていただけに現状維持でも寛大な処置だと天満は頭を下げる。これには彼が知り得ない情報ではあるが、彼の脱獄や地下水道における戦時下以外での斬魄刀解放、命令無視等が隊首会において問題視されることとなった。他隊隊長に刃を向けただけならば藍染の反乱で有耶無耶ということにはなっているがそれ以外にあまりに問題行動が過ぎるため少なくとも降格は免れないだろうと砕蜂は訴えた。

 そこに彼の行動は藍染の反乱に対して有効であった、と異を唱えたのが卯ノ花、京楽、日番谷、浮竹の四人であった。そこで総隊長による多数決を取ったところ、降格すべしとしたのが一番隊、二番隊、七番隊の三名に留まり、前述の四名に六番隊が反対、残りが決議に参加せずという状態だった。

 

「……貴様ら!」

「悪いが、彼の斬魄刀はあらかた調べつくして、もう興味が無いんでネ」

「涅と同意なのはムカつくが、俺も興味がねぇな」

「では、反対多数により稲火狩天満の背律行為は不問とする!」

 

 杖を突いた総隊長により場は収まり、別の議題が始まる。だが降格を免れたものの功績でチャラにしてしまったため、彼を昇進させようと画策していた浮竹は肩を落とすことになった。

 尤も、もし浮竹が強引に推し進めようとしたならば隊の内外から反発が来ることは容易に想像がつく。

 

「もうお前は既に、本来なら二十年前、始解が出来る時点で上位席官に上げるべきだった」

「……力だけが、席官の資質ではありませんよ。それに俺は郛外区出身ですから」

「それが今更通じるような男に見えるか、俺が?」

「失礼致しました……浮竹隊長?」

「すまん、なんだか……このやり取りが懐かしくてな」

 

 ──俺は副隊長なんてやりませんからね。もう百年も前のことだが浮竹には彼の声音も表情も、飲んでいた緑茶の味も鮮明に思い出せた。結局そのしつこさに折れてくれたのか、十三番隊に配属されてたった六年という異例のスピードで副隊長になった男、志波海燕のことを浮竹は懐かしんだ。病気のこともあり、妻という支えもいて公私共に安定していた彼を後任の隊長に推薦し、引退しようと考えたこともあった。だがそれは悲しい運命の徒なのか、副隊長三席を同時に喪う事件によって立ち消えてしまったが。

 

「どうだい、落ち着いたら副隊長でも」

「……俺より先に副隊長になるべき人はいくらでもいますよ」

「……義理立てか」

 

 そこで天満は自分が無意識的に海燕と同じ言葉を紡いでいたことに気づいた。本人としては破面との戦いの騒動の後、朽木ルキアが座るべき椅子としてしか捉えていなかったために自然と口を衝いただけだった。だが、天満はこれこそが自分の本心でもあるから口に出来たのだとも感じていた。

 

「五席か……少し惜しかったかな」

 

 器ではないと格好を付けてみたはいいものの五席くらいにはなっておきたいと天満は考えていた。十席という立ち位置はそれほどまでに軽んじられるのだ。五席は五席でも綾瀬川弓親のように最低でも副隊長クラスの実力が無ければなんの意味もないのだが。

 だが彼もあれだけ自由に隊の規則も上官からの命令も全てを無視してやりたい放題して昇進させてくれました、ではあまり喜べないという気持ちもある。それでも郛外区出身だから、というのはあまり言うべきではなかったなと反省はしたが。

 

「おっす天満、罰はあったか?」

「いいや、なかった。浮竹隊長が優しくてよかったよ」

「本当だな!」

「……はは」

「どうした天満?」

「いやいや、お前が友でよかったよ」

「そうか?」

 

 業平は彼が護りたいと願う、いずれは蹂躙される運命にある無辜の命である。そんな存在が傍にいるからこそ、彼もまた陽光たる覚悟が沈むことなく彼の心の中天に有り続ける。

 そして同時に共に瀞霊廷に仇なす敵と戦えること、背中を預けられることを尊いと感じていた。

 

「それより聞いてくれ天満! 昨晩、遂に俺も斬魄刀の名を聞き出すことができたぞ!」

「……え、なんだって?」

「俺も、始解できるようになったんだ!」

「……凄いな、業平は」

「何を言う、お前はいつだって俺の先を行く、一緒だったのは配属先くらいなものだ!」

 

 その言葉に業平だけでなくぷっと天満も噴き出す。天満は入隊試験を一度落ちて二度目で合格している。それと全く同じ経歴を持つ全くの同期が阿久津業平であった。二人で揃って十三番隊となった時の喜びと偶然か奇跡か、それとも必然なのか、奇妙な気分だったことを天満は思い出した。

 

「それなら今度一緒に斬術の修練でもしようか、ルキアさんが療養中で普段の修練相手がいないからね」

「普段の?」

「実は日番谷隊長に声を掛けてもらえるようになった」

「それは本当か……成る程、天満お前、こういう狙いもあったな?」

「流石は業平だ。俺の考えを読み切れるのは唯一お前だけだよ」

 

 あっという間に今回の旅禍騒動で動き回った本当の目的を看破されたことで驚きを見せる。こと自身のことに於いてならきっとこの友は藍染や京楽よりも聡くなれるだろう。天満は既に三十年を越す、立場を越えた友人のことをそう評した。

 そして彼はまた、修練に励んでいく。

 

「先遣隊の決定までに修練積んどかないとな……今回は使わずに済んだけど、破面(アランカル)、特に十刃(エスパーダ)相手になったとしたらそんな甘いこと言ってらんないしな」

 

 意図的に隠しているつもりは無いが、自分の中ではまだ未完成もいいところであったため積極的に喧伝することもない。だが隊長のうち直接相対し()()()使()()()()()()()()()()姿()を目撃している砕蜂と卯ノ花と日番谷、そして斬魄刀を把握している涅は既に彼がそれに至っていることを知っていた。

 鍛錬の相手に日番谷を選んだのもまたそれを天満も把握しているからこそであった。下位席官がそれに至るなど前代未聞のことではあったが、彼はこの二十年ばかりで身につけていた。

 

「ではいきます、日番谷隊長」

「ああ、いつでも来い、卍解──大紅蓮氷輪丸!」

「卍解──!」

 

 雛森の為に今の卍解をもっともっと強くしなくてはいけないとひたむきに強くなろうとする日番谷と、世界を識り、よりよきものへと照らす太陽であろうとする天満の霊圧が激突する。

 九月二日、一護たちに再びの戦いの始まりを告げる事件が起きる日のことだった。

 


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