モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
京楽春水は隊首室で資料を目に通して唸っていた。他の仕事はあらかた終わらせており、その一枚だけを残しているのにも関わらず京楽はずっと何やらじっと考え事をしていた。
それを帰ってきた副隊長の伊勢七緒が見かけ、声を掛けようか逡巡した末に開かれたままの扉を三回叩いた。
「ん? あぁ七緒ちゃん、おかえり」
「……どうかされましたか?」
「いやね、浮竹のところの彼が、どうしても気になってね」
「彼……とは?」
「天満くんだよ、稲火狩天満」
「確か、護廷十三番隊の十席でしたか」
稲火狩天満、護廷十三隊十三番隊第十席。西郛外区の三区出身で約四十年前、父母に今より良い暮らしをさせるために真央霊術院の門を叩いた。特進クラスに選ばれ成績も上々、特に斬鬼の分野に於いてはその年に貴族の推薦でやってきた同期の阿久津業平を大きく上回っていた。入隊試験は二度目で合格、前述の業平と同じ十三番隊に配属されることとなった。そして約二十年前、斬魄刀を解放したこととその勤勉さを前任の十席に買われ、引退した際の後継として指名された。
──ざっと資料を読んだ結果、七緒は眉を顰めて言葉を紡いだ。
「……特に経歴におかしな点や改竄された点はありませんね」
「そう、彼は至って普通だ。普通に優秀で、順調に行けばいつかは十席くらいなら成れるだろうね。けど彼の持つ斬魄刀が、彼は平凡であってはいけないってことを表してる」
「二刀一対の……?」
「そう、これはボクが持ってるから言えることなんだけど
斬魄刀を持たない七緒にはあまりピンと来ていない様子だったものの京楽の中には半ば確信めいた予感がしていた。
彼は平凡などではない。それは同期で古馴染みである浮竹や自分自身しか持たないはずの二刀一対の斬魄刀を所持していることからも明白だ。これは京楽の予測でしかないことだが、二刀一対の斬魄刀は
「斬魄刀……ですか」
「しかも彼の斬魄刀は実は更に特殊なところがあってね」
「隊長や浮竹隊長のようなものとは違いが?」
「うん、彼の持ってる斬魄刀、
左右非対称で二刀一対の斬魄刀、それが天満の持つ『炎輝天麟』の特異性と言っても過言ではなかった。とはいえ他に二例しかないためそういうこともあると言えばそれまでかも知れないがと、そう感じて頁をめくる。
──性格は細やかではあるが少し心配性、繊細といえばそれまでだが斬鬼に優れているとはいえあまり戦闘に向いているとは言い難い。これは霊術院側の最終評価であった。そしてこれこそ、京楽が感じている違和感の正体でもあった。
「これが、何か?」
「彼、ちょっと話したけどそうは思えなかった。大胆でありつつ狡猾な一面も持ってる。一つ転がれば護廷の敵にも味方にもなる存在だよ、檻理隊預かりにならなかったのは安心したけど」
「霊術院では爪を隠していた、ということですか?」
「勿論、それも有り得るだろうねぇ」
事実として藍染の反乱の寸前に彼は現世の任務で虚に襲われたものの単騎で巨大虚一体、虚四体を瞬時に撃破している。
随伴した業平の報告書には詳細が描かれていた。この報告書と自己申告、そして解放した時の様子からして斬魄刀の能力に矛盾はない。左手にある雷雲の紋を持つ小太刀は彼が指定したものを引き寄せる力、引力を発生させることができ、逆に右手にある焔煙の紋を持つ長刀からは吹き飛ばす力、斥力を発生することができる。これらは「回転」を用いることで超引力と超斥力の球体を創り出し、放出することも可能だ。
「能力は一貫していますね」
「うん、そうだね。引き寄せると引き離す。これは二つセットだ」
だがやはり特異ではあるものの特異である理由とは逆に能力に於いては不審な点は見当たらない。その他はと言ったところで頁をめくると九番隊が発行している「瀞霊廷通信」で毎年行われている新入隊員の簡易的なプロフィールを纏めたものである。恒例であるためざっと目を通すもののわざわざ注目することもないため見逃していたが、ここにかつての天満のプロフィールも記載されていた。
──好きな食べ物は干し芋、嫌いな食べ物は林檎、特技は相手の考えていることが仕草や目線で判る読心、尊敬する人物は藍染惣右介となっていた。
「……これは、変だねぇ」
「何処がでしょうか? 私にはおかしな点は──」
「──天満くんは彼の動きを読んでいたのに、これはおかしい」
「もしかしてわざと……?」
「そうかも知れない……けど、やっぱりそうじゃないのかも知れない」
藍染の仲間ではない。それは間違いない。そうでなければあれほどの動きをしてまで瀞霊廷を駆けることも必要ないし、彼の行動目的は一貫して朽木ルキアの救出だった。それについては疑う余地もない。
だが、あの夜に天満の言葉を聞いた京楽は彼にはもっと大きな目的がある、そんな予感がしていた。
「これは山じいには内緒ね」
「……はぁ?」
「天満くんは、護廷の為に行動してない。彼は別の正義のためにずっと動いてる」
「──っ! それは、ですが……」
「うん、七緒ちゃんが言いたいことはよく判る。でも彼はもし、万が一に誰かが、例えば霊王なんかが瀞霊廷のために死神が全員死ぬべきだって言ったら、彼は霊王すらも斬るよ」
「……そんな」
「生命の為に、今、こうやって尸魂界で生きてる命を、魂魄を救うために彼は戦おうとしている」
それは非常に道徳的でありながら、こと護廷十三隊としては異物でしかない。護廷に仇なす悪を滅するためには己の命を捨てよ。仲間の命を斬り捨てよ──護廷隊に根付いているのはその矜持だ。命なんてものは瀞霊廷を護るための礎でしかない。他者の命も、己の命も。だが、天満はそれを許すことはない。その覚悟が彼の持つ斬魄刀なのかも知れないと京楽は呟いた。
「……もしかしたら、この先、近い未来に瀞霊廷を護るためにたくさんの命を使う時が来ちゃうのかもね」
「戦争が、起きると?」
「うん、それが惣右介くんの仕業なのか、はたまた別の組織なのかはわからないけどね」
斬魄刀解放を可能にしてからの天満の目的の大凡を掴んだ京楽は、何か斬魄刀に秘密があるとも仮定していた。護廷隊に入隊して約十年の間に、その間で彼に何があったのか、それを京楽は調べるために浮竹に許可をもらいとある平隊士の元を訊ねていた。
短髪に整った顔、やや線は細い印象があるが風流さを感じる男、阿久津業平だった。
「きょ、京楽隊長が……俺、いえ私に何か?」
「そう畏まらないで、ボクたち
「は、はぁ……それで訊きたいこととは、いえ……天満の、稲火狩十席のことですね」
「おんや、キミも結構鋭いねぇ」
元々、業平は霊術院入学前にやや奔放で女好きとの評判だった。そもそも京楽と親戚というのは彼の姪にあたる七緒の、伊勢家の遠縁だからであった。その理由も当時の阿久津家当主、彼の曾祖父にあたる人物が伊勢家の女の元に通い詰め口説き続け、遂に落としたという関係のためだ。無論としてその伊勢家の女性は勘当されている。
──業平自身にもその血が流れているせいか、女性の性質を見抜く才を現在はこうして戦術眼として活かしているのだろうと京楽は結論をつけた。
「で、何か彼について教えてくれることはないかい?」
「はい、
「……手が早いねぇキミの友達も」
「これは朽木さんが発見される数日前の言葉ですので」
「そんな前から……参ったねぇ、それで?」
「突如というか霊術院時代とはちょっと性格が違う、違う時がある……でしょうか」
「違う?」
「そうですね、入隊して十年くらい経った時、夜の見回りで一緒になった時に彼、酒も飲んでないのに突如として足取りが覚束なくなって」
そして後頭部を強打した、にも関わらず気を失ったのはほんの数秒で、そのまま起き上がった天満はそのまま何事もなく職務を執行した。その後浮竹はそれを心配して大事を取って休暇にしたそうだ。
確かに不思議ではあるが不自然ではない。だが京楽が傾聴したのは次の言葉だった。
「それ以来、あいつは鍛錬に打ち込むようになりました。前までは確かに平和が崩れたらどうしようと修練に励む奴でしたが、刀を人に向けるのも向けられるのも怖がる奴でもあって、指南役にも判断が遅いと度々怒られてまして……」
「……それが、変わったっていうのかい?」
「頭を打ってから、迷いがなくなったように感じます。それに一番の違いは、前のあいつは一つひとつ物事を立ち止まって考える男でした。慎重というか、事柄に対して結論を付けるまでに時間が掛かるタイプだったんです」
「今の彼はそうは見えないねぇ」
「対応がその場その場になってしまうので、今の方がいい、というのはわかりますが」
人というのはそう簡単に変わるものではない。剣の才能はあったものの性格的にどちらかといえば文官向きだった天満がなぜ突如として上位席官すらも相手取れるような男になったのか、下戸だったはずなのに酒好きになったことや今までは匂いが好かないと言っていた紅茶を嗜むようになったとか、細かいところを上げればキリがないのだった。
「成る程ねぇ……偶然で片付けるにしては不自然すぎる変化だ」
「でもあいつ自身は、自分の変化に無頓着で……現にこうして俺に
「なら大きな問題はないのかもね」
業平は京楽の言葉に対して静かに頷いた。その変化を、京楽の仮説が真説だとした場合、稲火狩天満はその日別の人格に成ったと呼称したとして、彼の思想や心根、そして力は瀞霊廷に、そして尸魂界、そして世界に悪影響を及ぼすものではないのだろうとも考えていた。もし、本当に彼が世界に悪い影響を及ぼすのならば、間違いなく王属特務が動いている。かつての痣城剣八を止めるために降りてきたように。
「先遣隊、ですか……」
「左様、本日現世の空座町に二体の成体
「それで……私
それから数日後、天満とルキア、そして恋次は一番隊へと召集されていた。今後、成体破面が襲来した際の被害を考慮し、現世における黒崎一護との連携を密に取るべく現世に幾人かを派遣するということになった。
天満はそこに自分が呼ばれたことに困惑する。後にピクニックのような呑気さで人員が増え「日番谷先遣隊」と名前を変えることになるその実働部隊に何故か自分が混ざっていることに対する困惑と疑問だった。
本人としては日番谷隊長もルキアさんもまたしばらくいなくなるのか、修練どうしようかなくらいに身構えていた。
「まず現世駐在の間に地理に明るいお主を、そして同名と関わりの深い阿散井六番隊副隊長、そして稲火狩十三番隊第十席を現世へと派遣することと決まった」
「はい!」
「はっ!」
「……はい」
「して、阿散井副隊長より隊長格を除き信頼できる戦闘員を一名選出せよ」
「承知致しました!」
総隊長直々の命令に天満も身が引き締まる思いで返事をする。この後の展開は天満も知っての通りとなった。一角に交渉した際に弓親が駄々をこねはじめ、乱菊が聞きつけ駄々をこね、恋次が困り顔で報告をしたところ、日番谷を引率として派遣することになる。それを総隊長に命じられた日番谷は一番隊舎から出てまっさきに呟くのだった。
「……ピクニックじゃねぇんだぞ」
かくして、日番谷先遣隊は現世へと出立する。天満にとってみれば器子で出来た世界、現代日本に降り立つのは実に二十年振りであった。空座町と自分がかつて住んでいたアパートとは地理的に遠く離れているため確認のしようがないが、それでも楽しみなのは事実であった。見たいもの、買いたいもの、あれやこれやとピックアップし、伝令神機のメモ帳機能に書き込む天満を覗き込んだ日番谷は再びツッコミを入れた。
「天満、遠足じゃねぇぞ……つかお前までそっち側に行くな、頼むから」
「すいません、つい……」
「後、お前に頼みがある」
「なんでしょう」
「限定霊印の解除申請、お前が出せるようにしておく」
「俺が……ですか?」
本来ならそれは乱菊の役割である。隊長格は現世の霊なるものに不要な影響を及ぼさぬように霊力を二割と極端に制限される。
そのままで戦うことが難しいとなった際の特別措置として限定解除というシステムが存在する。その申請を自分に託したという日番谷の意図を天満は理解した。
「ヤバくなる前に申請出しときます」
「頼んだぞ」
天満は日番谷の言葉に頷いた。遠足気分だった気持ちが少し引き締まり、ここから始まる戦いの辛さを思い浮かべた。同時多発的に全員が怪我を負う状況だ。全員生き残りはするが、選ばれたからには
天満ついでに業平くんのキャラ設定もちょっと公開
こうして天満くんは日番谷先遣隊の仲間入り。よかったね天満