モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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空座町での戦いは終わりですので卍解のちょっとした深堀です。


PRELUDE(4) −FINALE−

 十刃No.6(セスタ・エスパーダ)のルピ・アンテノールとの戦いで遂にベールを脱ぐことになった稲火狩天満の卍解「炎輝天麟星皇創世ノ嘶」について。ヤミーの要領を得ない曖昧な報告を受けた藍染は部下である市丸ギンを呼びつけていた。

 玉座ではなく私室に呼び出された市丸は藍染の報告を聞いて、ゆっくりと息を吐くように反復した。

 

「そうですか、天満クンが」

「ああ」

「ショックですわ、ルピくんとは話が合ってボク、好きやったんやけど」

「……ギンはこの卍解、どう取る?」

 

 どう、という具体性に欠けた問いへの答えに市丸は数秒要した。

 自分としては天満の卍解を知らず、予想していたとはいえ使えることすらも知ったのは今しがただ。

 だがヤミーの報告から察することだけが一つある。それは自分が()()()()()()()()()()であった。

 

「卍解の外からボクの卍解で殺すんは無理、なんは確実です」

「そうか」

 

 市丸の卍解は音をも超える速度で街を両断できるほどに伸び縮みする。だがそれを以てしても()()()()()()()と断言した。

 同時にそれは内部に入ればなんとかなるかもしれないという意味でもあった。音を置き去りにするほどの速度ならば自分の霊圧ならば重力を突破して彼の心臓を突くだろうと。

 

「ならば稲火狩天満が侵入するならば──」

 

 藍染の言葉に市丸はほんの少しだけ驚きの表情をした。藍染は予想もしておらず、だが市丸は予想している状態としては天満は()()()()()()()()()()()()()ということだった。特に十刃は帰刃もその能力も、彼の前では隠されてることが何一つない状態だろうと。だがそれでも一つだけ天満がどうにもならないことがある。市丸はその時初めて、天満のことを一瞬だが案じた自分がいることに気づいたのだった。

 そんな彼の卍解を巡る物語、時は二ヶ月程前、日番谷先遣隊派遣前に話は遡る。霊力の戻ったルキアのリハビリがてら鬼道の鍛錬をしていた休憩中、ふと彼女が天満に訊ねたことがあった。

 ──それは最近彼が十番隊隊長の日番谷冬獅郎と行っているとある鍛錬についてであった。藍染の反乱以降、なんとなく十席と呼ぶのではなく、彼の言うように話しやすいフラットな話し方で、ルキアは切り込んでいく。

 

「天満」

「どうしましたルキアさん」

「日番谷隊長と卍解を研いでいると噂を聞いてな……いつの間に卍解を習得した、少なくとも私が空座町に向かう前は具象化が中途半端だったではないか」

「ああ……そういえばそうでしたね」

 

 始解習得後も続けて具象化をするための対話を続けて二十年、ルキアと知り合いという間柄になる頃には具象化は出来てはいる、多分というあやふやなことを言っていたことも記憶にある。それが瀞霊廷側に捕縛され、処刑される頃には彼は解号を叫ぶことなく斬魄刀を解放できるようになっていた。

 これからの戦いに至るために、自分も力がほしい。そう思っているが故にルキアはそれを訊ねていた。

 

「なんというか……俺の炎輝天麟は、っていうと俺の心がそうなのかも知れないですけど、見つけてほしかったみたいで」

「……すまぬ、言葉の意味がよく」

「──ずっと、具象化した時からずっとかくれんぼしてやがったんです。こいつ」

 

 腰に差した斬魄刀の柄を握ってそんなことを言う。

 天満にとっての斬魄刀の屈服とは炎輝天麟の実像を掴むこと、そして同時に炎輝天麟が()()()()()()に気づくこと。この二つが条件だった、と天満は後で気付かされた。ただの煙、雲のような掴みどころのない、実体かどうかも具象化してるのかどうかも怪しいその存在を理解すること。即ち自分を知ること。

 

「……難解なのだな、お前の斬魄刀は」

「斬魄刀なんてほぼ自分みたいなものですから」

「己を知れ……なにやら哲学か禅問答か、だが天満らしいかと言われるとそうでもないのだが」

 

 その言葉に天満は苦笑いをする。天満には誰も知らない、言えない秘密を隠し持っている。それが斬魄刀に深く関わっているため具象化と屈服の流れを全て明かすわけにはいかなかった。己を知るということは稲火狩天満という男を知るということと、その身体に何故か入り込んでいる神の視座を持っていた男のことも知らねばならなかった。

 なんとなくでしか振っていなかった「炎輝天麟」という斬魄刀は、二人分の魂から出来ているということ、二人分の記憶から作られているということに気づく必要があった。

 

「まぁとにかく、屈服出来たのはルキアさんの刑が最初に決まった時です」

「……そんな最近のことだったのか」

「二ヶ月経ってないですから」

 

 だがこれでもしかしたら活躍できるかも、と僅かに期待していた付け焼き刃の卍解は強力ではあったもののどう考えても他者を巻き込むため瀞霊廷では終ぞ使わずに終わってしまったのだった。

 強力な卍解はそれ相応のデメリットが存在する。それは判ってはいたがまさか自分が京楽や平子、七代目剣八である刳屋敷のような無差別攻撃型だとは思いもよらなかったのだった。

 

「……むしろ操作性のある卍解が使える朽木隊長ってもしかして強いのでは」

「たわけ、兄様であっても卍解を習得した後も血の滲むような鍛錬を繰り返しておるのだぞ!」

「う、うす」

 

 ルキアの言葉に天満は反省するしかなかった。始解ならば回転による星を生み出しさえしなければ引力と斥力の操作が可能なのだから、星を創り動かせるという能力を持つ天満はまだ、四十六室に瀞霊廷での卍解の禁止とか言われずに済みそうだと、鍛錬を続けていたのだった。

 

「それにしてもまさか卍解を習得していても十席のままとはな」

「ルキアさんも席官もらえてないですけど」

「それは……兄様の優しさ故だ!」

「俺は命令違反のしすぎが故です」

「……何をした?」

「隊の無断離脱、旅禍の幇助、無許可での斬魄刀解放、脱獄、取り上げられた斬魄刀の無断持ち出し……」

「もうよい、むしろよく席官でいられておるな」

「謹慎は受けましたよ、一週間ほど」

 

 天満の呑気な言葉にルキアの深い溜め息が重なる。事実として降格、もしくは投獄すべしとする議論まで出ていたことに対しては天満は言及しなかったが、下手をすれば檻理隊の管轄──つまりは蛆虫の巣送りになってもおかしくはなかった。むしろ四十六室が全滅していなかったら間違いなく査問が開始されていただろうことは火を見るより明らかだった。

 

「まぁでも一応俺だって出世意欲はありますからね、今度は大人しくしてもしなくても関係なく藍染と戦うことになるでしょうし」

「だろうな、虚たちを従えて戦争を仕掛けてくるのだろう、そうすればまずは副隊長ではないか?」

「いやいや」

 

 副官はルキアが相応しい。浮竹亡き後に十三番隊の隊長羽織に袖を通すのは彼女だと天満は考えていた。

 それから時は過ぎ、日番谷先遣隊として短い修行期間を現世で過ごしている頃のこと、阿散井恋次と浦原喜助は天満を観察していた。夜になると恋次は家事雑用の諸々をさせられることとなっており、その代わりの茶渡泰虎の修行を天満が卍解をして手伝っていた。

 

「行くよ、茶渡くん」

「……ああ、いつでも大丈夫だ」

「──卍解! 炎輝天麟星皇創世ノ嘶」

 

 浦原商店の地下、勉強部屋と呼ばれる地下空間に宇宙が生成される。そして星を創り打ち出し、茶渡がそれを黒く変質した右腕で受け止め、霊圧を放出した一撃をカウンターで返していく。天満はそれを重力で逸らすのではなく比較的大きな、月のような星を生み出して盾とし、そのエネルギーが溢れた影響で茶渡は吹き飛ばされた。

 

「天満サンの卍解、阿散井サンはどう見ます?」

「茶渡相手にしてるからああいう物理頼りになってるだけで、能力を隠してるってことくらいは」

「そうッスね。天満サン自身もあれは星を創って操る卍解だと言っていました」

 

 同時に天満はあの世界のあらゆるものの力の方向を操れるものだと浦原は考察していた。引力と斥力からの発展系としては自然な流れであり、星を超高速で打ち出す技も創った星に特定の方向への重力を生み出していると考えれば自然なことだ。

 ──で、あればと浦原は恋次へ質問するという形で卍解のギミックへの理解を更に深めていく。

 

「阿散井サンは星ってどうやって生まれるか知ってます?」

「……いや、つか尸魂界じゃ天体に関しての知識はあんまり発展してねーからな」

「宇宙にはガスやチリが漂ってまして、その中で重い元素が他のガスを吸ってだんだんと大きくなっていくんス」

 

 恋次は突如意味のわからない講座が始まったと話を半分スルーする。長い時間を掛けてチリやガスが核を成し一つの星を生み出す。そうした原始星と呼ばれる星の内部ではどんどんと圧力が高まり、やがて核融合反応を起こすことで光輝く恒星となる。その恒星を生成する中で余ったガスやチリが恒星の重力に振り回される形で衝突し、また星となる。

 

「……それが、なんだってんだよ」

「要するに天満サンの卍解はその過程を完全に無視しちゃってますよねって話ッス」

「確かに、いきなり星が出来てるな」

 

 丁度、天満が上空に巨大な惑星を生み出し、茶渡を圧し潰したところだった。そこで一旦休憩となり、天満も卍解を解除する。宇宙空間が天満の肩にくっついていた元の刀の部分、仏像にある光背のような輪の中に吸い込まれ、天満の前に戻ってきたその輪に触れることで一つの斬魄刀に戻っていった。

 それを観察した後、恋次は浦原に問いかけた。

 

「で、それが気になるのはなんでなんだよ」

「いえ、普通は人間どころか死神すらも気の遠くなる程の時間を掛けて生まれてくる星の誕生を天満サンが一瞬で再現できるならば……終わりも再現できるのか、と思いまして」

「星の、終わり……?」

「ええ、星にも寿命は来ます。そうなった場合、質量が重いか軽いかで大体、パターンがあるんスよ」

 

 恋次はそうなのか、と感嘆の声で相槌を打った。だがその場合に問題なのはどのパターンであってもとんでもないエネルギーが生じることだった。そしてそれは天満が現在修練によってなんとかコントロールしようとしている現象でもあった。

 天満は自分の霊圧で創り出した宇宙の内部にある星の行き先と一生を操ることが出来る。だから寿命の終わりまで一気に時間を進めて大爆発を起こし、或いは重力的特異点(ブラックホール)を生み出すことすらも出来るのだが、天満はなんとか手の中に強大な斥力を産み、その中に質量の高い星を納めることでそれを意図的に創り出すことで精一杯であった。

 

「結論としては、今の俺の力量では超新星爆発を再現すると俺も敵も、卍解も全てが吹き飛びます」

「……そうッスよね」

「後はガンマ線バーストとか、そういう現象も再現したいんですけど、これまた難しいというか自分も巻き込みかねないんで」

「難儀な卍解ッスねぇ」

 

 汗を拭きつつ浦原に星の終わりという状態に関して説明をされた天満は隠すことなく伝え、全くですと苦笑いを浮かべた。

 元々モブだったはずの天満という器だが、もう一つの魂魄の影響なのか、未来(さき)を識って、見据えているからなのか自然と鍛錬で実感出来るほどに霊威は上がっていた。それもまるでこの卍解を扱えるように霊威が追いついたようで、天満は少し考えさせられてしまうが。

 

「俺の成長も……定められた運命の内なのかな」

 

 強くなる度に、自分の成長を実感する度に藍染の手助けと運命(カミ)に愛された男である黒崎一護を天満は思い浮かべてしまう。だが同時に天満の脳裏に十三番隊の隊士たちや流魂街で共に生きたものたち、家族、そして出会ってきた多くの死神たちの顔が浮かぶ。彼らにとっていずれ来る悲しみを識る自分が出来ることは、たった一つだけだ。

 

「本当は、どっちでもない立場になるべきなんだろうけど……俺は死神だからな」

 

 滅却師も、破面も、同情はする。刀を向けることが本当に正しいことなのかと問われれば答えることはできない。

 ──だが天満は死神だ。主人公のように全ての力を持ってるとか、そういう特異な背景もない純粋な死神であるが故に彼は尸魂界で暮らすものたちのための太陽であろうと決めていた。神の視座は持っていても神にはなれない。平等や公平ではないことはその後、既に斬り捨てたルピ・アンテノールが証明してくれていた。

 

「浦原さん」

「天満サン、もう行くんスね」

「……後は頼みました」

「ええ、勿論ッスよ」

「では、行ってきます」

「……はい、行ってらっしゃい」

 

 それから更に一ヶ月後、卍解を見せた翌日、朝になり天満は義骸を脱ぎ捨てて、去っていく。今日が現世で先遣隊として暮らす最後の日であることを彼は知っていた。

 電柱の上に立ち、鼻から思いっきり空気を吸い込み、吐き出す。まるで帰郷とも言うべきだった現世での一ヶ月は天満にとって死神として生きる覚悟を思い出させてくれるものだった。

 

 


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