モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
天満の出番はもう多くはない。そしてここまで流れ通りにいったことを少し安堵した。自分が最後にやること、それは原作で言うところの松本乱菊の代わりと、市丸ギンを救うこと。そのために天満は市丸との戦いに勝ち、流れを伝えることができたのだから。
そして元の流れでも準備をしてはいたものの、杭が使えることになることも浦原には現世での一ヶ月間で予め伝えてあった。
「藍染に放つ封印は、藍染が負けを認めなければ意味がないです」
「負けを?」
「一護くんが自分よりも遥かな高みに立っているってことを認める必要があるんですよ」
「……そんなことが可能なのか」
「最後の月牙天衝を習得すれば」
「……おめぇ、そんなことまで」
一心が驚くのも無理はない。それは月牙天衝を扱える一心の「剡月」と一護の「斬月」のみが知るはずの技で、その極意も精神世界で己の斬魄刀を身に受けるという方法を取らねばいけない。
だが、天満が識ってることはさておいて、浦原はそこまでギリギリになるのかと崩玉との融合という現象に興味を惹かれていた。
「稲火狩天満だったな、何が目的だ」
「目的は……これからへの布石です」
「布石だと……一護を使って?」
「あ、一護くんは関係ないです」
あっさりとそう言い放ち、シリアス顔だった一心も固まる。浦原が扇子を口許に当てたまま吹き出して、一心に睨まれることとなる。
黒崎一護は何がなんでも関わってくる。これはもう天満が一護を殺そうとでもしない限りは修正は不可能だと判断し、そして自分ではユーハバッハに最後の一太刀を浴びせることは無理だと確信していたため、変えるつもりもなかった。
「アタシは運命論とか、そういう目で見えないものを信じないタチなんですが……天満サンが言う未来に誘導されていると感じることが多すぎる」
「そうでしょうね」
だが天満は一つでも多くの不都合な未来を捻じ曲げるために尽力してきた。そうして小さな、ほんの小さな抵抗が今、一番大きな変化を生み出す瞬間に立ち合おうとしていたのだ。天満はそのために藍染の圧し潰されそうな程の、探知するまでもない霊圧を辿っていく。そこには既に一護の友人たちが逃げようとしており、ドン・観音寺が立ち向かおうと杖を構えていた。その間に割って入り、天満は観音寺の名前を呼ぶ。
「……早く逃げろ。子どもを護るんだろ?」
「あ、ああ! だが、どうしても危なかったら、ヒーローを呼ぶのだぞ!」
「勿論だ」
「……ほう? どういう心変わりだ、稲火狩天満?」
「すいませんね、俺の目的はいつだって、命を護ること……あんたはここを歩くだけで命を無駄にしすぎる」
「仕方ないことさ、私の存在に魂魄が耐えきれないのだから」
「識ってるよ、言われなくても」
「……そうか、キミは私が今どんな存在なのかを理解していると?」
「悪いけど、期待には応えられない。あんたが今どんな存在なのかは理解してるけど、その右手を振るだけで俺は死ぬよ」
「では、試してみようか……?」
そう刀を構えた瞬間、天満と藍染の間に手が置かれる。
それは、市丸ギン。この瞬間だと、刀を構えたこの一瞬が隙だ、と市丸は──天満には見えていたが、ずっと卍解状態だった「神殺鎗」を藍染の心臓に向けていた。
「──鏡花水月の能力から逃れる唯一の方法は、完全催眠の発動前から刀に触れておくこと。その一言を聞き出すのに、何十年かかった事やら」
「……ギン」
「護廷十三隊で識っとったの天満クンだけやのに、みんな藍染隊長を殺せる気ィでおるもんやから、見とってはらはらしましたわ」
「……なんだと?」
「俺? 俺は藍染さんのことなら識ってますよ。みんなに教えなかったのは教えても無駄だと思ったからですし」
「ぐっ……だが、君たちが私を殺そうとしているのは知っていたさ……だが残念だ、この程度で」
少し展開が早いけど大丈夫なのか、と内心で考えながらも天満はその様子を見守りつつ、チラリと上を見た。法衣を脱いで光背も装備していないが天満もまた
だが、そこで藍染は死の恐怖を感じ取ることになる。神殺鎗の真の能力である細胞を溶かし尽くす猛毒をその身に受け。
「
「ギン……貴様等」
「胸に孔が空いて死ぬんや、本望ですやろ」
身体に孔が空き、崩玉が身体から剥離する。それを天満が上空に置いてあった「星王創世ノ嘶」の本体、光背に付随していた黒星を使って吸い寄せ、白星の斥力によってどこかへ吹き飛ばす。
そして最期のあがきとして放たれた手すら、天満の卍解で防がれ、星を破壊する程度しかできないまま市丸と天満は瞬歩でビルの屋上からその時を見守った。
「これで……藍染隊長は」
「ええ、完全なる不死となって……未来と世界を護る最後の礎となります」
「怖いわぁ、ボクやったら怖くて先に殺した方がええとか考えるわ」
「それも迷いましたけどね」
わざわざ藍染を一度殺した理由がそれだった。彼には不死として「無間」へと投獄されてくれなければいけない。彼は後に「霊王護神大戦」と呼ばれる戦いの勝利に必要な部品なのだ。あの中途半端な姿で投獄されるのも、死ぬのも、天満の描く未来に於いては不都合でしかない。確かに藍染の存在は後で余計な混乱を生む存在なのかもしれない。なんせ不死だ。神殺鎗で殺せるうちに殺しておいたほうがよかったと後悔するかもしれないが。
「……どうやら俺の黒星を全て破壊して崩玉を回収したみたいです」
「ほな、次はどっちに来るかな」
「きっと一護くんの友達の方でしょうね」
「なら、時間稼ぎしよか」
「はい」
そう言って天満と市丸は逃げ惑う無辜の民と、途中で合流した車谷善之助の元へと移動した。
二人が並んでいることに驚いた面々だったが、それを問う間もなく藍染がまるで何もないところから歩いてきたかのように目の前に立っていた。その姿はまさに羽化した蝶と呼ぶべきものだった。
「どうやら、崩玉を投げ捨てたということは、キミは予感していたのかな……この力すらも」
「……だったら、どうします?」
「私にこんな力を与えて、何を企む? キミには興味が尽きない。この虚も死神も超越した存在となっても、いや成ったからこそ、キミの行動が読めない」
「あんたは、神じゃない」
「……なに?」
「確かに今のあんたは神の如き力を持ってる。正直言って零番隊でも止められないでしょうね。けど、あんたの役割は神じゃない──魔王だ」
「魔王……?」
「古今東西、魔王を討伐するのは戦士の役目でも、祭祀の役目でもない……勇者の役目だ」
「
しゃべるだけで、相対するだけで魂魄が悲鳴を上げそうな程の圧力を感じる。市丸すらも全身に汗を掻くほどの霊圧に、けれど膝を折ることなく、天満は語り部としての
──だからこそ、天満は英雄の登場を予感して最後の言葉を告げた。
「全力を出して戦うといい……あんた自身が創り、描いた。あんたにとって最高の敵である英雄と!」
「ならばキミたちは、その英雄が刀を振るうに足りる犠牲となるがいい──!」
藍染が、右腕と完全に融合した刀を振り上げようとしたその時、天満たちの前に誰もが待ち望んだ男が立ちはだかった。
僅かに伸びた身長、長い期間放置したような髪、そして右腕に巻き付いた天鎖斬月の鎖。その姿に、その彼から感じるはずの力を感じない藍染は、訝しげに見た。
「ありがとな……親父」
「あ、あれ……一護、だよな?」
「……一護くん」
「たつき、ケイゴ、水色、本匠……観音寺──イモ山さん」
「誰だ!?」
「それに、二人も……そのままじっとしていてくれ」
「キミは……本当に黒崎一護か?」
「場所を変えようぜ藍染、
そして、藍染が何かを言う前に、一護は藍染の顔を掴み、そのまま流魂街の郊外へと連れていく。その力は天満には理解すらできない。今の一護がどれほどの高みにいるのか、何一切感じることが出来なかった。だが、それこそ一護が強くなった証だと、天満はほっと息を吐いた。
「強い瞳になっとったね」
「ええ……もう俺たちが出来ることは……約束通り、ですね」
「……怒る、よなぁ」
「当たり前じゃないですか、何発か殴られる覚悟はしておいてくださいよ」
「はは……そしたら、そやな、現世でも巡ってのんびりしよかな」
「……隊長に復帰されないんですか?」
「出来る訳ないやろ」
続けて何かを言おうとして、当然かと思い直した。幾ら藍染を殺すためとはいえ市丸はこれまで瀞霊廷を脅かすような犯罪を多数しでかしている。恩赦は罷り通るはずもない。総隊長が指揮系統のトップだった一ヶ月前までならよかったものの、再編された四十六室がそんなことを容認するはずがない。
──思考しながら一護たちの戦いの余波から時折腕で身を護っていると、一護の友人の一人、浅野圭吾が市丸に話しかけていく。
「な、なんであんた……さっきのやつと一緒にいたのに」
「あァ、ボク? ボクは天満クンの友達や……な?」
「友達て……」
「天満サン……それと市丸サン」
「浦原さん」
文句を言おうとするとそこに浦原がやってくる。
天満の目的は言っていなかったはずだが特に何かを言うわけではない浦原に対して、市丸もそれを察して薄く笑った。
圭吾や水色、たつきにとっては見知った顔に少しだけ安堵したような顔をしており、浦原はそれをチラリと見た後、再び天満に話しかけていく。
「これでひとまずはお終い……ッスね」
「そうですね、後は……影からの侵略者を、どう叩くか……いやどこまで視られてるか、ですね」
「……天満クン、ボクも仲間に入れてくれへん?」
「ああ、すみません。今から俺の本当の目的を話します──浦原さんにはお伝えしましたけど」
こうして完全に原作という軛から外れた市丸には全てを伝えていく。自分が表現するならば神々の世界からやってきた魂魄と混じりあってはいるが二つの魂を有していること。その世界でこの事件、黒崎一護が死神の力を有してから、三界全てを揺るがそうとする敵と戦い勝利するまでの歴史を視ているということ。
そして、この先に何が待っているのかということまで。
「滅却師……霊王の目を受け継いだ始祖……いきなり話がデカくなるなァ」
「天満サンはそこで亡くなる命を憂いたわけッス」
「どんくらい被害でるの?」
「約半数、護廷十三隊の半数が死に、鬼道衆や隠密機動もかなりの痛手を、そして四十六室や真央霊術院も」
「……とんでもない事態やな」
「吉良副隊長は戦死、松本副隊長も一回死にます」
「……一回って、どゆこと?」
市丸の目つきが険しくなったことでどうやらチョイスをミスったなとかいつまんで説明していく。死ぬといっても吉良イヅルは死にたてのところを涅マユリによってゾンビとして復帰、その後も三番隊の副隊長を続けており、松本乱菊は正確に言うと死ぬ前に敵によってゾンビになったことで、これまた涅マユリの技術によって寿命を削ることにはなったが蘇生に成功している。
納得はできないだろうけど、それが自分の視た未来だと天満は告げた。
「まぁとりあえず、詳しい話はまた天満サンが現世に来た時、というコトで!」
「ほな、浦原サンはボクの義骸とか提供してくれるってコトでええ?」
「ハイ! 備える手が多ければ多いほど、天満サンの言う生命の救済に繋がりますんで!」
「……さて、もう終わりそうですね」
天満が空を見上げると眼の前が黒に覆われた。一護が至った最後の月牙天衝、その究極技である「無月」が藍染に放たれた証拠だった。もはやあの技を直に視ても、天満にはただ空が筆か何かで塗りつぶされたようにしか感じない。それほどまでに隔絶した、超越者としての技なのだから。だが、天満は浦原を促し、黒の波動が収まったのを見計らって浦原と天満は瞬歩でその場に移動した。
「──漸く発動したみたいっスね」
「……浦原喜助、貴様の仕業か!」
「はい……その鬼道はあなたが完全な変貌を遂げる前、最も油断していた時に別の鬼道に乗せて打ち込みました」
「……あの時か」
「それは封印っス、あなたは既に崩玉と融合していると聞いた瞬間から、殺すことは不可能だと考えて創った新しい鬼道っス」
「──聞いた、だと? 誰に?」
「俺に決まってるじゃないですか、藍染さん」
「稲火狩天満……!」
浦原にあんまり手札を持たせて歩かせるのも可哀想だろうと思い、一ヶ月前のイールフォルトとの戦いの後に洗いざらいしゃべっていた。藍染が崩玉と融合していること、そこで殺せるかという問に関しての返答、そしてその場合は黒崎一護に最後の月牙天衝を使わせなければいけないということも。
「……わ、私の手にした力が……消えていく……!?」
「よかったですね、藍染さん。崩玉はあなたの意思を尊重してくれるそうですよ」
「何を……バカな……!」
「一護くんとの戦いを繰り返して咀嚼してください、俺の言葉の意味を理解できるはずですから」
その言葉を否定しようとしても、藍染の身体には封印が広がっていく。既に半身を埋め尽くしたそれに抗うことは無理だと判断した藍染は自分を越える頭脳を持つ浦原喜助と、最後の最後まで自分の行動を読み切った上でなお世界の側に立つ稲火狩天満に対して怨嗟と蔑如の声を上げた。
「何故、あんなものに従っていられるのだ!」
「俺はあんたの言う
「……霊王は楔なんス、楔が無ければ容易く崩れる世界とはそういうモノなんスよ」
「それは敗者の理論だ! 勝者とは常に、世界がどうあるかではなくどうあるべきかについて語らなければならない! 私は──!」
それは、天満にとっても何度もなぞった藍染惣右介の最期だった。浦原の「九十六京火架封滅」によって封印された。それは一護にとっては目を逸らしたくなるほどに痛ましいものだ。藍染惣右介を理解しているからこそ、理解できたからこそ。
そしてそれは天満にとっても同じだった。正しい、と後に浦原は言うけれど、それが善悪で語られるべきでないことはよくわかっていた。霊王という悍ましいシステムを識っていると知らないのでは、彼の言葉の受け取り方は天と地ほど隔たっていた。