モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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REBELLIOUS CLEATURES(2)

 天満が穿界門の守護に当たっていた霊骸を全て倒し、肩で息をしているとそこに誰かの影が現れていた。

 研究所(ラボ)がここの地下にあることは知っていた。そのため、出てくるかも知れないとは思ったものの、隊長四人を相手に後のことまで考えられなかった天満は汗を拭いながら、その相手と対峙した。

 

「随分お疲れのようですね、稲火狩十席殿?」

「わざわざ黒幕自ら登場とは、余裕ですね因幡七席殿」

「……成る程、日番谷隊長の霊骸があれほど警戒する意味が漸く解りましたよ」

「既に警戒してる癖によく言う」

「フッ……余裕、確か貴方は先程仰った、余裕ですねと」

「そう言いましたね」

「それは間違いです。大半の戦力を穿界門に注いで、それを全て跳ね除けられたのです。これは余裕ではなく私自ら手を下さねばと考えたまでですよ」

「……そりゃどうも、炎輝天麟」

「狂え、來空」

 

 杖が双頭の薙刀へと変化する。天満はその形状を見て、因幡影狼佐の戦い方、そして能力をおさらいしていく。

「來空」は因幡から見て時計回りに回転させることで空間を切取(カット)し、反時計回りで回転させることで直前に切取(カット)した空間をその場に貼付(ペースト)する。尸魂界の知識では説明が面倒なものの、現代の知識を流用すれば現世で過ごす人間の方が理解が早いだろう。それが「來空」の能力だ。

 そして因幡は斬術の他に鬼道もそれなりに扱え、何より驚嘆すべきは隊長格にも引けを取らない瞬歩の技術だ。双頭の薙刀の読みにくい回転を伴う斬撃に、瞬歩、不用意に攻撃すれば複写と貼付によって手痛い一撃を受けることになるだろう。しかも恐らく、直前に複写している空間は断界だ。迂闊に突っ込めばまず間違いなく死ぬ。

 

「さて、()()()()()()、仲良くやりましょうよ因幡七席」

「貴様……」

「そこ!」

「甘い!」

 

 斬魄刀が触れ合う金属音が夜明けの近づく瀞霊廷に響く。驚きの隙に瞬歩で近づくも、即座に対応され、天満はやりにくいと汗を流し、そして口許に弧を作った。

 手元を回転させようとすると、因幡は瞬歩で近づき連撃を仕掛ける。警戒されているようで、その行動は天満に黒星か白星を創らせるための挑発でもあった。

 

「赤火砲!」

「因果天引」

「何、チッ!」

「させねぇよ──縛道の四、這縄!」

 

 赤火砲を小太刀の引力によって軌道を逸らされ、自身のいる空間を切り取り瞬間移動を試みようとした因幡の手が「這縄」によって止められる。

 天満も因幡も手の内を知るもの同士、だが現状斬術がほぼ互角、因幡の方が鬼道、瞬歩が上回っているため、天満は徐々に追い詰められていく。

 

「クク、卍解の影響か、霊圧が落ちていますよ!」

「よくわかってますね」

「そんな状態でこの私に勝てるとでも?」

「忠告どうも!」

「おっと」

 

 瞬歩を繰り返し、離脱しようとするが距離は取らせずに天満は立ち回る。断界を出現させられるだけなら、まだ回避のしようはあるが他のものを切り取られているとするともうどうしようもない。天満が出来る立ち回りは残った霊力で因幡の「來空」を自分に向けられないようにすることだった。

 

「稲火狩十席、あなたがどうして私の侵軍と計画に気づいたのかには興味はありませんが、邪魔をするならご退場願いましょう」

「……護廷十三隊を、藍染相手に命を懸けて戦った連中をナメすぎだよ、あんたは」

「それは自分を含めてということですかな? だとすると些か傲慢な物言いだ」

「それ、貴方が言うんですか」

「何が言いたい」

「慇懃なしゃべり方で誤魔化してるつもりかもしれないけどさ、上から目線なのバレてるからな」

 

 因幡はギリっと奥歯を噛みしめる。彼からすれば自分は傲慢なのではなく真実として護廷十三隊のほぼ全戦力である隊長格を出し抜きつつある。つまりは自分にはそれだけの能力があるのだ。それを少し出来るだけの十席に「傲慢だ」と評された因幡の胸の内には溶岩のような怒りが煮えたぎっていた。

 だが、怒りに呑まれては天満の思うつぼだと因幡は己の心を自制するために「來空」を杖に戻していった。

 

「……もうすっかり夜明けですか、残念ですが、この辺りにしておきましょうか」

「そりゃありがたいね」

「いずれ貴方は私の真の力を以て、叩き潰してあげましょう」

 

 ──瞬歩で消えた因幡を見送り、天満は長い長い溜息を吐いた。あのままやり合っていたらどちらが勝っていたか、天満には京楽と浮竹の救援が見込めるといっても、相手の技が解っていても厄介ということで天満は彼の怒りを誘ったが、それもうまくはハマらなかったと次の作戦を考えることにした。

 

「さて最悪の想定もしとかないと……虚の力がない俺の力で墨月暈をどう対処するか」

 

 真の力という名の通り由嶌欧許の斬魄刀である「墨月暈」の対応を天満は考えていく。ただでさえ隊長格をも上回る能力を得ているのに能力は更に厄介というのだから、そもそも九条望実をなんとしてでも見つけ出さなければならない。

 天満は、ルキアや業平たちに託し、一旦は浮竹の元へと戻っていった。

 

「そうッスか、それが今回の事件の真相なんスね」

「ああ」

「結論から言いましょう……九条サンという改造魂魄なら、心当たりがあります」

 

 その頃、浦原商店は尸魂界へと戻れなくなった死神たちの駆け込み寺といった有様に。浦原はこれを天満が予期していなかった事件であり、これこそが天満がかいつまんで語っていた改造魂魄による侵略だと察知していた。だが肝心の天満とは断界の溝のせいで連絡がつかず、夜一とも同じ状況だったため身動きが取れずにいた。

 

「なんと……どこかで見かけたのか?」

「いえ、彼女は現在、黒崎サンの家にいます。コンさんと黒崎サンが先日そのことで尸魂界で何かあったのかと訊ねてきました」

「……そうか、一護が」

 

 ルキアは死神の力を無くし、霊を見ることすらできなくなった彼の姿を思い出した。そして霊力が無くなっても、誰かを護るために走り回れる男なのだとルキアは一護を回想する。

 状況は思っていた以上に芳しくない。浦原は現状をそう解釈していた。相手は断界内の時間操作をして拘突に襲わせることが可能だ。

 

「頼む、天満も、貴方なら何かしらの対策を立てられると思ってこうやって俺たちに託してるんだ」

「そうッスね……ただ、天満サンが頼りにしてる()()()()は絶賛、旅行中でして」

「旅行……いいのか、尸魂界から監視をしろと言われていたような」

「いいんスよォ、一応連絡はしておきますけど……いや、きっと来るでしょうね」

 

 それは天満の為ではない。天満だけのピンチならばきっと動くことはないだろうが、浦原商店には()()がいる。それを知ればきっと動き出すだろうことは容易に想像できた。

 業平としては、浦原という男を未だ計りかねているため警戒心を緩めることができずにいたが。

 

「最悪の想定は、黒崎サンも天満サンも嫌う手がありますが」

「融合することが目的ならば片方を殺せばいい、ということか」

「ええ」

「天満はそういうの嫌がりますからね、命は命、そういうコトを言うでしょう」

 

 確信めいた言葉に、ルキアも浦原も頷いた。

 ──それから少し睡眠を取り、業平は義骸に身を包んだ。器子の世界はよく知る瀞霊廷の町並みとは違い、彼は慣れない景色に顔を左右に動かした。

 

「阿久津っつったか? あんまりキョロキョロしてると、変な風に思われるぜ?」

「阿散井副隊長、すみません気をつけます」

「恋次も似たようなものだっただろう」

「そんなことねぇよ!」

「まぁ天満もキョロキョロしていたな」

「そうなんですか」

 

 天満がキョロキョロとしていたのは懐かしさ故であり、物珍しさ、目新しさとはまるで対極の感情だったが、彼が興味深そうに左右を眺める姿が目に浮かぶようだと苦笑する。

 そして、ルキアと恋次の紹介によって業平は現世で死神代行と共に戦った面々と邂逅した。

 

「アンタ天満さんの友達なのか」

「ん、天満とは霊術院時代からの友なんだ」

「……そうか」

 

 業平は首を傾げるが、一護はあの一件──本気の殺意と「世界への嫌悪」を刃に乗せた天満と戦って以降、一護は天満の真実が読めなくなっていた。浦原とはまた違う、ひたすらに深淵を見つめるような、自分のことを見ているとは到底思えない黒の瞳も、隕石で攻撃された時の顔も、何が本当の稲火狩天満なのか一護にはわからなくなっていた。

 

「その、天満さんは……どうしてるんだ?」

「天満は俺たちを助けるために一人、霊骸を足止めしてくれたんだ」

「それは……天満さんは大丈夫なのか?」

 

 そう前のめりになったのは一ヶ月、恋次と共に天満が鍛錬を手伝った茶渡泰虎だった。言葉を交わした回数より圧倒的に戦った回数の方が多いが、茶渡にとっては恋次もそうだが、従属官であるディ・ロイですら一方的に殺されるところだった弱い自分を、負けてしまったとはいえ、そして解放前とはいえ()()()()()()()()()にまで強くしてくれたのだ。それは一護がどう思おうと感謝している部分でもあり、また天満の強さを信じている男でもあった。

 

「大丈夫だ、天満を信じよう……あやつはあんなところで死ぬような男ではない」

「ああ……朽木さんの言う通りだな」

「チャド……」

 

 仲間を信じる。その彼らにとっては当然とも言える光景を九条望実は腕を抱きながら不思議そうに眺めていた。

 ──自分の中にあるものは孤独、異物感、そんな感覚だけ。同時に仲間なんて信じるな。独りで生きていけることに意味があると頭の何処かで叫ぶ声が聞こえてくる気がした。望実の記憶に、仲間と呼べる存在はいない。だから、隊長四人を同時に相手をした仲間が生きてると信じているということが不思議で仕方がなかった。

 

「不安じゃ、ないのか?」

「……不安って?」

「その、テンマって奴のこと……死んでるかもしれないのに」

「不安だよ」

「ならどうして」

「けど、天満は大丈夫って言ったんだ。強がりでもなんでもなく大丈夫ってな。だから大丈夫なんだって信じてる……友だからな」

 

 もしも、もしも自分にも隊長とサシで斬り合える自信があったなら今直ぐにでも助けに行きたい。天満の無事を確認したい、そう考えないわけがない。だが自分の役割はそこで友の為に右往左往することじゃなく、友の勝利を信じて、送り出してくれた友に報いることなのだからと業平は覚悟を決めていた。

 

「一護、すまないな……こんなことに巻き込んで」

「気にすんな、つか巻き込まれたんじゃなくて──」

「──黒崎の方から首を突っ込んだんだ。全く」

「うるせーな、今それ言おうとしたんだよ」

「フ……一護はそういう奴だ」

 

 力が無くなっても、死神でなくなっても一護は一護だ。ルキアと恋次はそれを強く感じていた。

 歯がゆいと思わないわけではない。代行証を握り、死覇装と大刀を手に持てたらどんなにいいだろうと拳を握りしめたくなる気持ちはある。けど、そんな自分より前のめりに望実を護ろうとするコンの姿に、一護は励まされてきていた。

 

「あれが英雄、黒崎一護か……」

「本人は否定するだろうがな」

「いや、前に天満が言ってたんですよ。一護くんに比べたら自分の目標がちっぽけに見えてくるって」

 

 その晩、死覇装を纏った業平はルキアにそんなことを言った。消えていく命を護りたいと叫ぶ。天満にとって一護は自分の上位互換だと捉えていた。助ける命はそれが破面だろうと死神だろうと人間だろうと滅却師だろうと関係ない。命には平等の価値があって、捨てていい命なんてあっていいはずがない。黒崎一護はそういう男だ。天満は既に尸魂界の外を諦めている。一護が命を尊ぶ本物の救世の英雄だとするのなら、天満はあくまで尸魂界にとっての英雄にしかなれないと考えていた。

 

「望実がいなくなったのか……わかった」

「じゃあ俺、川の方行きます」

「ああ、気をつけろよ」

 

 日が暮れた頃、九条望実がいなくなったというコンの連絡によって捜索隊が組まれることとなり業平もまた単独で捜索をしていた。そのタイミングで空間が開き、誰かがやってくるのを業平は察知した。

 そしてその男の姿に業平は目を見開いた。

 ──やってきたのは天満だった。驚いたのは一瞬ですぐに業平は警戒をする。もしかすると霊骸の可能性がある以上、まずは疑ってかかる。

 

「な、業平……」

「……天満、いや……霊骸だな」

「なんで、斬魄刀なんて構えて……」

「……なんだ?」

 

 その言動、もっと言うと所作に業平は違和感を覚えた。霊骸は好戦的であることを除けば霊圧、容姿、性格、全てが原種と同じなのだ。だが業平の眼の前に現れた天満はどう考えても業平の知る天満とは別人のような表情をする。不安、焦燥、困惑、そんな感情を読み取った業平は霊骸だとバレて斬魄刀を抜く天満に問うた。

 

「お前、性格模倣する気あるのか、偽物なんだろ?」

「……俺が、偽物? お前が言ってる天満(おれ)こそが偽物だ」

「そういう奴か、会話は無駄だったな」

「違う! 俺が、俺が天満だ!」

「もういい、しゃべるな──千早振(ちはやぶ)れ、清瀧(せいりゅう)

 

 業平の紅葉(もみじ)のような鍔の斬魄刀が水のような、けれど紅の模様を持った偃月刀へと変化していく。迷いなく斬魄刀を解放されたことがショックだったのか、業平が殺気と呼ぶに相応しい、戦う覚悟を持って自分に切っ先を向けたことがショックだったのか天満は、普段の彼からは考えられないくらいの動揺と共に叫んだ。

 

「そっちがそのつもりなら……()()()煙気(えんき)!」

「……どういうことだ、これは?」

 

 天満の霊骸の解号に、そして聞き慣れたものの半分の音しか持たない斬魄刀に驚愕する。斬魄刀の変化そのものも、業平のよく見知ったものではなく白い湯気のようなゆらめく刀身を持つ長刀へと変化しただけだった。

 ──霊骸の持つ斬魄刀は本人の霊子から形作られるため、同じになるはずだ。卍解を習得しているのならそれも反映される。だが、天満の霊骸が持つ斬魄刀は、似ているが全く別物だったのだ。

 

「どういうこともない、これが……俺の斬魄刀、煙気だ」

「……なにが起こってる」

「わからないのか業平……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 霊骸の言葉に業平は今度こそ動揺し、困惑に目を見開く。

 同時にその様子を眺めていた浦原は成る程、と小さくつぶやいていた。

 


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