モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
霊骸の天満がまず目覚めて──これは因幡も驚くことだったが、彼には二十年以上の記憶がまるまる抜け落ちていた。彼の中での自分は十三番隊に配属されて十年になろうかという頃、まだ一般隊士だった頃のままなのだ。己の斬魄刀の名も知らない、友の業平と共に平和な瀞霊廷で鍛錬を続けていた彼、だが彼は同時に覚えていることもあった。
「あの、あの夜の見廻りの日だ!」
「……あの日か!」
「あの日から俺は俺じゃなくなったんだ! 」
覚えているのは自分の中に別の誰かが入り込む感覚、言っても伝わらないがそう形容するしかない感覚に襲われたことだけを強く覚えていた。それが霊骸の天満が持つ最後の記憶だった。
──故に霊骸の抱く望みは唯一つ、
「だから、だから退いてくれ業平、俺の友よ! 俺が俺である為に!」
「……できない!」
振り下ろされた煙に紛れる薄刃の長刀を業平は水流を纏った偃月刀で弾く。動揺はした、困惑も未だしている。何が何なのかわからないことが多すぎる。だがその中で一つだけはっきりしていることがある。
目の前の天満は確かにかつての稲火狩天満の人格を有している。緊張と恐怖で血が滲むのではないかと思う程に強く柄を握り込み、踏み込みの際も雑念が多い。技術では勝ると言われた天満が一度たりとも木刀で業平に勝てなかったかつての天満だった。
「けどな……護廷十三隊十三番隊第十席、稲火狩天満は
「くっ、どうして……!」
「──行くぜ、清龍」
「これが、業平の……!」
「そうだよな、二十年前で時が止まったお前は俺の斬魄刀の能力も知らないんだったな」
渦を巻く。指を使い優美な回転をする毎に業平の清龍の刃が水の流れを創り出す。それは雨上がりの河のように、無慈悲に花も岩も砕く自然が生み出した怪物の如く。
ルキアが見ればそれはかつて、同じ十三番隊の副隊長として戦い、そして死んだ志波海燕を想起させるだろう。海燕の斬魄刀「捩花」が海から襲いかかる波濤だとするならば、業平の「清龍」は氾濫し山から下る激流だ。
「受けてみろ!」
「くっ……うあ!」
「もう一発!」
遠心力と重力の乗った上からの振り下ろしを受けてなんとか弾いた霊骸は、その弾かれた勢いのままに下から巻き上がってくる刃に弾かれて仰け反る。その瞬間を見逃さずに業平は回転を加えて跳躍からの振り下ろしで斬り裂こうとしたところで、天満の持つ「煙気」の刀身から溢れた白い蒸気に視界を奪われた。
「蒸気……これ、湯気か!」
「そう、これが俺の斬魄刀……そうだよな、二十年前に全部が変わったことも気にしないお前は俺の斬魄刀の能力も知らないんだったな」
「……ああ」
戦闘が長引いてきたせいか霊骸特有の獰猛さが見え隠れしてきた天満に対して業平は目を細めた。霊圧の上昇に伴って蒸気が刀から噴き出し、十二月初旬の空気を熱していた。
そして居合の要領で霊骸が振り抜く、業平は咄嗟に背を逸して回避するが、後ろの街灯が焼け焦げたような音が一瞬したかと思い飛び上がりながら、街灯があっさりと斬れたことを確認した。
──切断面が赤熱しているところから、業平は天満の斬魄刀を考察する。その後も紙一重で回避していくと刀身が熱を帯びていることも何度目からの回避で理解した。
「成る程な、薄い刀身と熱で防御を無視して斬り裂く斬魄刀ってわけか」
「そういうことだ。だからなるべく抵抗してくれるな友よ!」
「無理な相談だ!」
業平は素早く偃月刀を下から上へと斬り払うと纏っていた水流が刀身の形のまま地を這い、天満へと向かってくる。アスファルトであることをものともせず地面を水中を泳ぐ鮫のヒレのように迫る。
それが自身の「煙気」同様、鉄すらも斬る龍の爪だと判断した天満は片方を回避し、
「はは、熱で切断と水流で切断か……俺たちはやっぱり気が合うな」
「そうだな」
「けど、お前は霊骸だ。俺が一緒に過ごした天満は、やはりお前じゃない」
「……そうか、それが、お前の答えか阿久津業平」
「ああ、来いよ
単純な霊圧では天満の方が上だ。記憶がどうあれ今の天満はもう既に隊長格と比べても遜色ない。平隊士である業平はそれを真正面から打ち合うのではなく、逸らすことで対応していく。こんなことが出来るのは、天満が相手だからこそだった。藍染の乱が終わってからここのところ、ずっと二刀の天満と相手をし続けていたからこそだった。
「はぁ……はぁ……どうして、何故お前が」
「はぁ、はぁ……何故って?」
「霊威は圧倒的に俺の方が上の筈だ! なのにどうして、お前は俺と対等に、それ以上に戦える!」
「友、だからだ」
「……業平ッ!」
「まさか……いや当たり前か」
「ああ、本当は使いたくなかったよ──卍か……っ!?」
お互いに息が上がり、切り傷を作った戦いを締めくくったのは、霊圧を上昇させたその言葉と言い終わる前に地面を転がり、煙へと消えた霊骸の首だった。
伸ばされた刀がするするとその手元へと戻っていく。
白髪に糸目、そして蛇のような冷たい
「あんたは……市丸ギン」
「キミは確か、天満クンの友達やったね」
「……今、空座町にいないんじゃ」
「旅行なら急遽おしまいにしたわ、なんや大変なことになっとるみたいやし」
飄々と言ってのける市丸に、業平はやはりこのヒトはどうしても──例え天満が信頼する味方だと頭では解っていても本能的に警戒心を抱いてしまうと肩を強張らせた。だが当の市丸は浦原から大凡の話を伝えられたとはいえ、自分と殺し合いをした天満とは似ても似つかない霊骸の消滅した後を眺めてから、少しだけつまらなさそうな表情をした。
「そうだ、朽木さんたちは……!」
「……今、怪我して浦原商店に運び込まれたとこ」
「そんな……」
「……思てたより、大変なことになっとるなァ」
これを、無間にいる藍染惣右介はどう感じているのだろうか。愉快だと嗤っているのか、それとも不甲斐ないと蔑んでいるのだろうか。市丸はついぞ理解できなかったかつての上官のことを考えていた。
多数の隊士が霊骸と戦い負傷、望実の捜索に当たっていた現世組も怪我をした。一護はその報告に悔しそうに拳を握りしめていることしかできなかった。
「……うーん、やっぱりダメだね」
「ダメですか」
「ああ、卯ノ花隊長の方も?」
「ええ……どうやら、採取できないと考えた方が自然かもしれません」
一方、尸魂界では十二番隊隊舎でもある技術開発局にて、天満の語った「最終手段」が存在するかどうかの捜索が行われていた。
無論、無断侵入であるが、浮竹、卯ノ花、京楽といった隊長たちの協力を得て速やかな職員の霊骸の無力化、そして結界による隠密によって捜索が進められた。
──だが状況は芳しくない。何処を捜しても「最終手段」たるとあるデータが何処にも存在しないのだった。
「一護くんの霊子サンプル……どこにも残ってないみたいだねェ」
「それがあれば、後は浦原さんか涅隊長辺りに操作してもらって一護くんの霊力を一時的に回復させられるんですがね」
「涅隊長は協力してくれるかどうかは定かではありませんが……虚の力を持つ黒崎さんが因幡影狼佐……いえ、由嶌欧許を打倒する切り札に成り得る……ですか」
「
「いんや……天満くんそれ、いい案かもしれないよ?」
京楽の言葉に天満が首を傾げると、京楽がこれはそもそもまだ未決定な内容なんだけど、と前置きをした上で空白だった三番隊、五番隊、九番隊の新隊長に百年前、隊長を努めた平子真子、
「京楽……極秘事項だろう!」
「極秘って言ったってどうせ天満くんにとっては既知のことだよ」
「……そんなわけないじゃないですか、って言っても信じませんよね」
「勿論」
笠を少し上げて見つめられ、天満は苦い顔をする。どれだけ世界に詳しいかまでは恐らくバレていることはないだろうが、新隊長に前述の三名が復帰すること、そしてその三名がかつて「仮面の軍勢」と呼ばれ、虚化という特殊な──外法とも呼ぶべき力を有していることを知っている。未だ直接言葉を交わしたことはないが。
「しかし、彼らが素直に協力するとは限りませんよ、京楽隊長」
「卯ノ花隊長の言う通りだ。それに天満も最終手段として虚化した死神なら対抗できることを現世にいる彼らに伝えてはいないだろう?」
「……はい、残念ながら」
「今の穿界門は迂闊に使えるもんじゃない、今は──なんだ?」
「この霊圧……砕蜂隊長の」
「──まずい!」
浮竹が叫んだその瞬間、京楽と天満が斬魄刀を解放し、天満ができる全力の黒星を上空に飛ばした。轟音と閃光が技術開発局に直撃し、建物を吹き飛ばす。
──それを見下ろすように、屋根の瓦をなぎ倒しながら後退したであろう跡を前方に残した霊骸の砕蜂は「雀蜂雷公鞭」を解除した。
「消し飛んだか……?」
「確認してきます」
「ああ」
傍にやってきた大柄な男、死覇装を派手に装飾している筋肉質な男は瞬歩で技術開発局の残骸へと歩んでいく。
原種よりも性格どころか骨格レベルで別人である霊骸の大前田稀千代は慎重に周囲を探索しており、いよいよ四人が潜伏していたとある部屋にやってきた瞬間にあることに気づいた。
「おかしい……
「おんや、キミは……見ない顔だけど、霊骸には変わりなさそうだね」
「……ぐ、きょ、京楽、隊長……!」
──だが気づいた瞬間、大前田の胸には深々と「花天狂骨」の刀身が突き刺さっていた。だが、気力だけで耐えきったのか、胸を押さえながら刀を抜き、解放する。
モーニングスターと呼ばれる鎖付き鉄球へと変貌したその刀に京楽が別の意味で驚いた。
「ぶっ潰せ、五形頭!」
「五形頭!? 」
「そうさ、俺こそが大前田日光──!」
「フルネーム名乗ろうとするのやめてください」
「な、名乗り、くらい……させて……くれよ……」
「いやキミ、隠密機動でしょう」
振りかぶった隙を狙われて天満の長刀によって切り裂かれた上に京楽のツッコミを受けて、大前田の身体は煙となって消滅した。
その頃、卯ノ花と浮竹は砕蜂と戦闘を繰り広げていた。卯ノ花の苛烈なまでの剣戟をなんとか受け止め回避し、浮竹の刺突を身体を捻りながら「双魚理」の峰に手をかけカウンターを繰り出そうとするが、卯ノ花に狙われ瞬歩でなんとか回避する。
「流石の身のこなしですね」
「百年を越える古株が二人がかりとは、随分と余裕がないことだ」
「不意を打ったのはそっちだろう、砕蜂隊長」
とはいえ、砕蜂は焦りを感じていた。自分の矜持に反するとはいえ、一撃必殺の卍解「雀蜂雷公鞭」による不意打ちをしているというのに二人が無傷という状況、そして大前田の霊圧が消失したという状況は非常に拙いと言うべきものだった。
しかも敵は卍解を用いずとも圧倒的な力を振るう隊長三人と、危険人物と呼ぶに足る稲火狩天満なのだ。
「仕方ない……まだ未完成だが、これで行かせてもらう──瞬閧!」
「浮竹隊長!」
「ああ、縛道の六十三──!?」
「遅い!」
「破道の七十八、斬華輪」
「京楽!」
動きを止めようとしたところで格段に速度の上がった瞬歩に後ろを取られるが、鬼道の刃の気配を察知し砕蜂は距離を取る。その刃を放った京楽に対して砕蜂は眉を寄せ、その目が青白い雷のような発光をする。
京楽にも傷はない。ということはここに出てこないもう一人、稲火狩天満が何かしらの策を練っているかもしれないと警戒していたがとあることに気づき、笑みを浮かべた。
「下は片付いたのか、天満は?」
「天満くん……? あぁ彼なら」
「──っ!? なん……お前、まさか」
「浮竹隊長!」
浮竹は振り返った京楽によって切り裂かれる。空中からぐらりとバランスを崩し、落下する浮竹を追おうとするものの砕蜂と京楽がそれを阻んでいく。
──京楽の腕には制御の腕輪が付いており、目からは青白い雷が迸った。最初に行動していた京楽は間違いなく本物だった、故に一瞬でも判断するのが遅れてしまった。
「形勢逆転だねェ」
「……どういうことでしょうか?」
「いや、ボクの原種と天満くんも、今頃は浮竹の襲撃を受けた頃だろうと思ってね」
「──っ!」
──まさか全てが、この技術開発局にやってくることすらも織り込み済みの罠だったのか。卯ノ花はそんな己の迂闊さを呪いつつ二人を振り払おうとするが、波状攻撃を掻い潜ることはできないでいた。
そしてそれは天満と京楽にとっても同じことだった。
「参ったねぇ、どうも」
「拙いですね」
「多少は何かあるとは思ってたけれど……いつの間にボクと浮竹の霊骸まで……」
「大人しくしてくれ、二人とも。俺はお前たちを殺すつもりはない」
天満は唇を噛む勢いで怒りの感情を自分にぶつける。だがその激情は一方で頭の中で別の冷たい感情の増幅を促していた。
これ以上、茶番に付き合う気はない。偽物と本物の争いだとか、九条望実の今後だとか、そういう雑多な思考が消えていき、天満の中に恐ろしい程にシンプルな、単純で明快な一つの道筋を浮かび上がらせていた。
オリジナル斬魄刀ざっくり解説
・清龍:解号は《千早振れ──》、阿久津業平の流水系の斬魄刀。偃月刀になり、刀身に水を纏って斬撃の斬れ味を増すことができる。水は清龍を回転させることで水量を増す。
・煙気:解号は《棚引け──》、霊骸天満が使用する炎熱系の斬魄刀。形状は原種天満が右手に持つ長刀と同じだがコチラは刀身が薄くほぼ透明。常に刀身から熱を発しており煙が出てる。熱は霊圧によって出力を増し、対象を灼き斬る。