モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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REBELLIOUS CLEATURES(4)

 天満は常に行動の念頭に「原作(BLEACH)」とそれを変化させたことによる「修正力」の影響を置く。これは天満が「ラプラスの悪魔」に相当する存在となっているからである。

 ラプラスの悪魔は過去、そして未来に起こる全てを記録、記憶している存在のことであり、一見すると過去と未来全てを見通した霊王がそれに該当していると思われるが、霊王の能力は未来を予知する能力ではなく未来を改変する能力というのがその力を取り込んだユーハバッハの能力から解る。

 未来を変えることが出来るのは未来を視ることが出来るものの特権だ。変わったことを認識できないものに「未来が変わった」なんて言葉を使うことは不可能だ。

 だが天満は未来を予知して改変しているのではない。()()()()()()()()()()()()()()()というだけだ。それは予知能力よりも遥かに厄介なパラドックスと運命の崩壊を辿ることになるのではないかと恐怖していた。だがこれは「多次元宇宙論」に似た何かを用いることで解消できるパラドックスだが。

 ──だからこそ、天満は大筋では流れに逆らうべきでないと思ってきていた。市丸を生かしたのもエゴならば原作を改変しすぎるべきでないという気持ちもまたエゴ以外の何物でもないが、そう考えていた。尤も、その臆病さが今の状況に隊長たちを追い込んだとあれば天満は豹変するが。

 

「京楽隊長は卯ノ花隊長の援護を」

「……天満くん一人でやる気かい?」

「その方が確実です。ここから全員で生きて帰るにはそれしかないでしょう」

「……解った。なるべく早く戻ってくるよ」

「ええ、頼みました」

 

 天満の本質、天満と魂魄と人格を融合させ、新しく稲火狩天満として生まれ変わった彼の精神性は、彼自身も気づいていることではないが、流れに身を任せる主義でありどこか零番隊の「真名呼和尚」に似通った視座を持っている。大局を見て動きを考え、刀を抜く。神の視座を持っているが故の、識るが故の動きの鈍さ。だがそれは一人の戦士として刀を抜けば変化は劇的だ。

 生かすと決めた相手は生かす、逆に殺すと決めた相手は殺す。それが天満の精神性の全てだ。

 

「どいてください浮竹隊長」

「……俺を霊骸だと知っていて、それでもそう呼ぶか、天満」

「あんたに罪はない。俺が殺すのは因幡影狼佐だ。()()()()()

「ならば俺は、それを止めなくちゃならん」

「もう一度言います……退け」

「できない」

「……炎輝天麟!」

「双魚理!」

 

 天満が振りかぶり、浮竹は受け止める。浮竹の斬魄刀「双魚理」に迂闊な鬼道は放てない。あらゆる技の霊圧を吸収しそれを僅かに狂わせて返す。その吸収は天満の「炎輝天麟」の能力も例外ではないだろう。斥力を伴った斬撃を吸収され放たれるのはよくない。

 ──自分の斥力と引力のぶつかり合いは自分も意図しない破壊を生み出すことを彼は知っていた。だからこそ、因幡が相手であっても攻めきれずにいた。それだけ、自分の能力と能力のぶつかり合いは危険だということを理解していた。

 

「よっと、霊骸だからですか? 随分とお体は元気そうですね!」

「いや、俺はあくまで原種の全てをコピーしている。だから突如として吐血する可能性はあるさ」

「……じゃあ、浮竹隊長の体調がいいってことか」

「そういうことだ!」

 

 天満の問答の意味は大きく、それは同時に一つの、そしてとんでもない可能性を導き出していた。浮竹の霊骸は浮竹の全てをコピーしているとするならば浮竹に宿った霊王の右腕はどうだろうか。コピーされているのならそれは別の意味での問題を生むし、天満が全てコピーされているとするならそれは因幡影狼佐側にも全てを識るものが味方となっているという危険性が生まれる。

 尤もそれは現世に出現した天満の霊骸が否定しているが、天満が焦るには充分な要素だった。

 

「俺も穿界門付近で本人と衝突してる。もしかしたら手遅れか?」

「どうした! 考えごとか!」

「ええまぁ、世界平和について」

「そうか、いいことだ!」

「──因幡……いえ由嶌欧許の目的は、尸魂界の破壊ですけどね」

「……なに?」

 

 浮竹の霊骸が一瞬動きを止める。だがこれは天満が何故知っているのかという疑問だった。浮竹たちはそれを知っている。知っていて、その暴走を止めるために尸魂界の隊長たちと成り代わろうとしていた。改造魂魄の暴走を止めるのはまた同じく創られた命である改造魂魄の役目であり矜持だと。

 

「解っているなら、剣を引け天満。そして願わくば、現世でその時を待っていてくれ!」

「因幡影狼佐を止めるのは霊骸(おまえたち)の役割じゃない。護廷十三隊(おれたち)の役割だ」

「何故だ……我々を偽物とするからか?」

「浮竹隊長の記憶を持ってるなら解る筈だ。護廷十三隊は──尸魂界を護るために在る」

 

 その言葉に霊骸の浮竹は攻撃の手を止める。天満の言葉はきっと、自分が原種ならば迷うことなく発したはずの言葉だと理解できた。

 天満としても敬愛する上司と同じ姿をした男をなるべくならば斬りたくない。だからこそ、殺すでも斬るでもなく退けと言った。そんな天満の命を尊び慈しむ心も、浮竹は浮竹であるが故に理解できていた。

 

「……解った、今日のところは退こう」

「有難うございます」

「だが一つ、訊ねておこう天満……何故お前は完全に改造魂魄として精製できない?」

「俺は、不完全でしたか」

「ああ……俺でさえこうして完全に再現されているのに」

「それは俺にも解りかねます……けど、その話を聞いて、気になってたことが解決しました」

「そうか」

「予測でいいなら、俺はある時期から二つの記憶と人格を混ぜ合わせて俺という人格が形成されています、それが原因かと」

「二つの記憶と人格か……」

「あ、一応他言無用でお願いしますね……と言っても、守ってくれるとは思ってませんが」

「はは、俺がそんな約束を破るような男に見えるか?」

 

 天満はいいえと首を横に振って、瞬歩で消えていく霊骸を見送った。どうやら砕蜂と京楽の霊骸もまた撤退したようだ。天満は既に結界を作り浮竹を治療し始めている卯ノ花の元へやってきてほっと息を吐いた。京楽もまた、安心したように壁にもたれかかっていた。

 ──汗を掻き、痛みに呻く上司を見て浮竹の霊骸との会話で冷めかけていた殺意(いかり)が再び天満の圧を強めていく。だがそんな天満の肩に京楽の暖かい手が置かれる。

 

「天満くん」

「……京楽隊長」

「あんまり肩肘張らないの」

「はい」

「キミは感情が昂ぶると護りたいと思った命以外の全てを犠牲にしかねないからね、お節介させてもらうよ」

「……俺、そんな風に思われてるんですね」

 

 だがそれを否定できないのは、以前に日番谷からも似たような評価を下されたことがあったからだった。実際に怒りに呑まれた場合に自分が何をするのか、それはまだ自分には解らないが。

 ともあれ成果なしの上、浮竹負傷のため卯ノ花と共に離脱という状況になってしまった以上はもう後がない。原作通りに四人の隊長たちが乗り込んでこない可能性もある。だが、一つ明らかなこともわかっていた。

 

「これで卯ノ花隊長の改造魂魄を作ったなら、明日にでも影狼佐は総隊長を襲撃するでしょう」

「山じいを!? 幾ら霊骸でも山じいは無理でしょ」

「ええ、でも浮竹隊長と京楽隊長二人がかりでなら、一太刀は浴びせられるでしょう?」

 

 京楽は唸った後で、相打ち覚悟ならなんとかと正確な予測を弾き出した。そう、霊骸でも死ぬ気で挑んで一太刀がせいぜい、そのくらい山本元柳斎重國という死神は強いのだ。片腕になっても、甘いと言われても、老いたと言われても、星十字騎士団ではなく首魁であるユーハバッハが剣を抜く価値がある男だ。

 

「……成る程ね、それで卯ノ花隊長ってわけだ」

「ええ、無限回復すれば……山本総隊長を追い詰めることができる、現世に追い出し、戦闘不能にまで追い込むことも可能でしょう」

「それで実効支配は完了……ってことか」

 

 ただし安堵すべきは山本元柳斎の霊骸は作らないということだろうか。因幡自身の、由嶌欧許自身の力を大きく逸脱しすぎている総隊長の改造魂魄なんて作ろうものならいざという時にどうにもならなくなる。ましてや自分は尸魂界の支配と宣っておいてその実、尸魂界の破壊が目的なのだから。

 

「全員追い出したら、その九条望実って子が捕まってない以上現世が戦場になっちゃうね……」

「ですね、阻止すべきでしょう」

 

 ここからは賭けでしかない。天満は修正力との兼ね合いを考察に入れ、因幡が有利になりつつある盤面を想像した。ポイントとしては恐らく未だ姿を現さない涅マユリの霊骸が既に原種と入れ替わっているというところだろう。後は四人の隊長、そして修正力によって夜一がやってきて全面対決を図るだろうということ。

 ──場合によっては総隊長は切るべきだ。犠牲(サクリファイス)としては持ち駒の中では重たい選択ではあるが、如何せん動きが鈍重に過ぎると天満は判断した。

 

「天満くんは将棋とか得意そうだね」

「いやいや、めっちゃ弱いですよ俺」

「そうかい?」

「取られる前提で駒動かすの苦手なんで」

「成る程ね」

 

 今回のようであれば総隊長は死ぬことはないと思っているからこそこの動きが出来る。本当の意味で誰かを死なせて勝ちを得るくらいなら天満が行う戦術は台をひっくり返して相手を殴り殺す。盤面内では負けてもそれで勝ちだというような精神を持ち合わせていた。

 京楽はそれを、何処か好ましいとさえ感じていたが。

 

「どうだい、浮竹のところで昇進なかったら八番隊(ウチ)の三席なんて」

「お断りします、円乗寺三席に申し訳ないので」

「隊長も断ったみたいだけど、どうしてだい?」

「いや、十席からいきなり隊長は……せめて五席あたりから経由していきたいなと」

 

 どう考えても十席からの隊長昇進は一足に飛びすぎている。しかも空いている隊の隊風にどう頑張っても合わないのだ。市丸ギンの後継も、書類仕事が大量に積まれる五番隊も、瀞霊廷通信の発行や取材をやらされるだろう九番隊も。

 かと言って、なら昇進意欲がないかと問われればないわけじゃない。故に天満は十三番隊から異動しない範囲で上がれるところまで上がろうとしていた。

 

「ま、今はまだドタバタしてるけど、キミは出来るだけしかるべき立場に上げるべきっていうのが隊首会で出たんだ」

「……そうだったんですか」

「こんな状況だけどね」

 

 ありがたい話が聞けたと天満は京楽に頭を下げる。向こうの戦力が集中している以上は天満は単騎で迂闊に飛び込むわけにもいかない。先を識っていても待つことしかできない状況に天満は悔しさを滲ませていた。

 ──そして京楽は天満の言葉を受けて、雑談を交わしつつ、京楽もまた天満と因幡の敷いた盤面を俯瞰する。状況は最悪に近いが相手が傲慢な性格であるが故に隙はある。ならば有効な作戦もまた、奇襲を有効打と考えるべきだと。

 

「幸い天満くんの卍解を警戒してくれてるからあちらさんも派手な動きはしてこないと思うけど」

 

 問題は砕蜂の霊骸によって隠密機動を、そして因幡本人と涅マユリの霊骸によって技術開発局が敵に回っていることだった。相手の監視網は正直に言って完璧と言っていいほどである。勿論、穴はあるだろう。だがその穴を開けることが出来るのは尸魂界側では無理だということが歯がゆかった。

 

「卯ノ花……隊長」

「まだ動いてはいけませんよ浮竹隊長」

「……す、すみません。ですが……天満は」

「天満さんなら無事ですよ、それに今は京楽隊長と作戦を練っているところです」

「……そうか、いや京楽がついてるなら安心だ」

 

 同刻、浮竹は気を失う寸前に天満の怒りを霊圧で感じていた。天満は怒りを溜め込み冷ややかになっていくタイプであるが故に必然、霊圧も怒ると増大するが荒れ狂うのではなく重く冷たい重圧を増やしていく。その怒りを感じ、冷静であるが故に部下が単身で因幡の元へ向かうことを懸念していた。

 

「アイツは、仲間想いの奴です」

「ええ」

「そして頭が切れて、仲間の為に怒れる……いや怒りすぎちまう」

「そうですね」

「だから、アイツを宥め、諫める奴が付いて回らなきゃならない。阿久津と朽木を、アイツから引き離したのは……失敗だった」

 

 浮竹は天満にはブレーキが必要だと考えていた。以前はブレーキが利きすぎており、盤面をじっくりと眺めて考えることの出来る男ではあったが、今は極限まで追い詰められた場合に盤面ごと全てを破壊してでも自分の仲間の為に戦う男だ。彼の本質は英雄ではあるかもしれないが善人ではない。それは何処か京楽にも感じていることではあるが。

 

「大丈夫ですよ、浮竹隊長」

「……卯ノ花隊長」

「既に彼は先を見据えているようです」

「そうですか」

 

 ほっと息を吐き、浮竹はそのまま眠った。

 卯ノ花は天満の怒りはもう波打っておらず、今は冷静に三手先を読んでいることを感じていた。

 同時に、卯ノ花は自分が前線に出ることもあるかも知れないと実感するのだった。

 


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