モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
浦原との話を終えて業平と市丸と合流した天満は尸魂界側であったことを説明する。結局黒崎一護の霊子サンプルは破棄されたのか見つからなかったこと、そして時間稼ぎを含めて天満や総隊長を現世に逃がすために隊長をほぼ全員犠牲にしたこと。それを全て聞いた市丸はズバリと一言はなった。
「珍しく動きが遅いなァ」
「それはそもそも初動が遅くなったので……後手後手状態で」
「後手ってわけじゃないだろ。実際リスクはあるとはいえ、虚化っていう結論を先に引き出してるわけだしな」
「けど、ここまで縺れ込んどるのも事実や」
「本当に……というか業平、市丸さんといつの間に仲良く?」
そこで業平が今度は現世側であったことをザックリとではあるが説明する。望実は最初、自身を封印しようとしたが失敗、そこをなんとか石田と茶渡の二人が助け出したものの、隊長の霊骸を含む多数の霊骸に襲われ、ルキアと射場、ネム、大前田が負傷する事態となった。幸い乱菊は自身の霊骸と吉良の霊骸に襲われたところを市丸が救っているが。
その際に業平は天満の霊骸と交戦したこと、そしてその斬魄刀は別物であったし人格が似ているとは言い難かったことも。
「けどやっぱり霊威自体はお前と同等かそれ以上だったからな、危ないところを市丸さんに助けていただいたんだ」
「ボクは
「シレッと怖いこと言いましたね」
間違いなく「神鎗」の伸縮による暗殺が決まり手だと判断し天満は顔を歪めた。そして俺で遊ばないでほしいと愉悦に口角を上げる市丸はやっぱり敵なのではと思い始める。
ともあれ最初は警戒をしていた業平も義骸で吉良と乱菊と共に連れ回されていくうちに、本当はもう少し暖かいヒトなんだと思うようになっていた。
「……俺が大先輩方と色々している間に」
「断界の歪みのせいでこっちの方が時間が早くなってる状態だからな」
「まぁいい……で、九条望実の状態は?」
「今は、死神の力に目覚めた九条さんの頼みで、斬魄刀の名前を思い出す修行中だ」
「やっぱりか……すると時間がないな」
既に望実は力を失ったとはいえ死神代行一派の手ほどきを受けて斬魄刀の名前を思い出す段階に移行している。尸魂界崩壊のタイミング的には充分間に合ったという計算ではあるが、これが望実を助けるという段階ではかなりシビアなタイミングだと天満は今後の動きを考えていく。確実なのは望実を攫うために出てきた影狼佐を卍解して殺すこと。だがこれは制御の外れた霊骸の隊長も襲撃してくるため難しい。最悪の場合、外側から卍解した隊長とそれに匹敵する更木剣八の霊圧を受けて卍解そのものが爆散する恐れがある。そうなれば卍解の能力自体が半減するため影狼佐に勝てる公算が減る。
「仮面の軍勢がなぁ……」
「ま、難しいやろね」
仮面の軍勢が加勢してくれたなら隊長クラスが四名増え、残りもかつて副隊長と副鬼道長だった人物たちだ。虚化も相まって形成は逆転するだろう。当然、そんな上手くいくわけもなく、頼みに行っても猿柿ひよ里あたりに「死神のゴタゴタにウチらが手ェ貸すわけないやろハゲ!」と罵られるのが関の山だ。
「ならボクも一緒に頭下げに行こか?」
「
ひよ里は一時生死の境を彷徨った。その直接の原因が頭を下げても納得するわけがない。
そんな風に散歩中の雑談のように三人で街を歩いていると、そこに見知ったオレンジ色のツンツン頭の男が少しだけ息を荒くして三人の、天満の前に立ちふさがった。
「……天満さん」
「一護くん」
「正直、アンタと話したいと思ってたんだ」
「九条さんの修行は手伝ってないんだ?」
「……俺が行って、どうにかできるわけじゃねェだろ」
「そう、俺はキミと話すことはないよ」
「ふざけんな……!」
目線で業平は天満に「お前、
──かつて護廷十三隊を裏切り旅禍に付き、そして護廷十三隊として十刃との戦いに挑み、また護廷十三隊を裏切り一護と戦った。稲火狩天満という男が一護には解らなくなってしまっていた。
「解った。今から答える言葉に嘘はない、なんでも訊いてくれて構わないよ」
「……アンタは、この世界をどうしたいんだ」
「
「アンタは尸魂界にとって、現世にとって敵なのか、味方なのか」
「
「じゃあ……業平さんや市丸と敵対することもあるのかよ……?」
「
質問には天満としては嘘偽りなく、包み隠すことなく答えたつもりだが、一護はますます困惑してしまう。本当なら世界を憎んでいるのか、一護が遠回しに問いかけたい言葉はそれだったが、その答えは天満の言葉では測れなくなってしまった。かと言って直接それを問うて否定された場合、一護はそれこそどうしたらいいのか解らない。ただ一つだけ解っていることはあった。
「……なんでアンタの刀から流れてきた俺を視る目は、そんなに高いんだ」
「高い? すまない、単純に質問が理解できなかった」
「ほとんど刀を合わせることはなかったけど、アンタはこの世界を外から見てた。そして、変えてやるって気持ちが伝わってきた」
一護が頭の中にイメージするのは地球、この世界というものを手の中に収め眺める天満の姿、だがそこには何かを変えてやるという決意に漲っていた。それを、一護は最初、世界だと感じた。戦闘の中でも言っていたように天満は世界を変えるために藍染と手を組んでいたのかと一護は考えていた。
「アンタは、世界を憎んでて、変えたいのか?」
「いいや、そんなものに興味はないよ」
「じゃあ本当は何を変えたいんだ?」
「運命、いずれ訪れる無慈悲な死の運命を変える」
理解はできなかった。だがその時に天満が後ろにいる二人を見たような気がして、その運命を変えるという行為が全てにおいて優先されるから護廷十三隊でありながら未来への布石の為に様々な立場を取るのではないかと。一護と敵対したのも、それが運命を変えるために必要だったからと考られるのかも知れない、一護はそう考えていた。
「なぁ一護くん」
「……なんだよ」
「また共に戦える時を、俺は楽しみだとすら思っているよ」
「皮肉かよ……俺はもうユーレイすら見えねーってのに」
だが天満の穏やかな表情に一護は彼の言葉に嘘がないことを信じられるには充分だった。そして力がなくて苦しんでいる自分だからこそできることがあるんじゃないかと再び望実が修行する山の公園へと向かった一護の背中を見送り、声が聞こえなくなったタイミングで業平が声を掛けた。
「一護のこと、えらく気に入ってるんだな」
「世界を救う英雄だからな、憧憬くらい持たせてくれよ」
「んな繊細な気持ち持っとる?
「いや、憧れる気持ちは本当にありますよ……全部を護るって考える前に動けるところはね」
天満の言葉と同時に霊圧が荒れ狂う。隊長の霊骸が出現したことを知らせるには充分なプレッシャーの中、市丸が天満をさっと視た。
霊圧知覚は市丸と天満は似たり寄ったりの性能を持っているが正確な場所を天満なら既に識っているはずだと市丸は判断し、そして期待通りに天満は答える。
「堤防の辺りだと思います。狛村隊長が」
「……ほな、行ってくるわ」
「業平は俺に付いて来てくれ、日番谷隊長……いや、反応が
戦闘準備に入って間もなく、天満はその霊骸が混じっていることに驚きを抱いた。業平からすると以前よりも獰猛に圧を掛けてくる、そしてその目から放たれる光量の増加に戸惑っていたが、天満は極めて冷静に、そして冷徹に自分と同じ顔をした別人に話しかけた。
「見つけた……偽物野郎が」
「霊骸の癖に原種じゃなくて偽物呼びか」
「黙れ! 俺の振りをするのはもうやめろ!」
瞑目、天満は喚き吠えるその霊骸の自分に僅かな苛立ちと同情を抱いた。
──彼が本来の稲火狩天満であり、刀を持つことすら恐れ、斬魄刀を識ることすら恐れ、結果として恐れていた戦争の果てに減ってしまった護廷十三隊の半数の方に入ってしまった男。名乗ることすらなく滅却師にとっては単なる
「悪い業平、やっぱ離れててくれ」
「解った、俺は九条さんたちのところに行ってる……天満」
「事情はゆっくり話すよ。影狼佐を斃した後でな」
空中を蹴って進んでいく業平を霊骸の天満も無視して刀を抜き放つ。霊骸としての凶暴性、そして制御を外したことによるその攻撃性を加味しても自分よりも素早く斬魄刀を抜いたということに少しだけ驚いて、天満は解放することなく構える。
それが気に入らなかったのか霊骸天満は眉を顰めた。
「解放しないのか、
「随分余裕がないな
「……今の俺はお前より全ての能力が上だ、勝てるわけないだろ」
「勝てる勝てないじゃない。お前には余裕がなくて、俺にはある──それだけだよ」
「殺してやる、お前が原種だろうが偽物だろうが、どうだっていい、殺す、殺してやる!」
「ハッ、つくづく
「灼き斬れ、煙気!」
抜きつつの解号を省略しての一太刀を天満は解放することなく身体を逸らすだけで回避する。殺意と敵意に彩られたとても隊長格の霊威があるとは思えないその太刀筋に天満は息を吐いた。霊圧だけなら間違いなく脅威足り得るが、こんな
「俺は、お前を殺すため、それだけの為に影狼佐の指示に従ってる!」
「そうか、影狼佐が利用したかったのは俺への敵意か」
「余裕ぶってもこれが、躱せるか!」
怒涛の連撃を天満は全て体捌きだけで回避する。霊骸天満の記憶、経験が原種より大幅に劣っていることが原因だった。本人なりに修羅場を潜り、悔しい想いをしつつ死なないためから沢山の理不尽な死から尸魂界に生きる魂魄を護るために己を律した天満にとってみれば、十年何もなくただ漠然とした恐怖の中で生きてきた霊骸の動きは素人同然だった。
「破道の十二、伏火!」
「熱を伝える気か」
「やれ煙気!」
「甘いんだよ! 破道の十一、綴雷電」
ならばと霊骸天満は鬼道による導火線を原種の身体にくっつけ、斬魄刀を地面に突き刺し霊圧を込めることで灼き殺す作戦へと移行するが、天満は「伏火」を掴んでそこから逆に電流を流した。軽く掌は火傷を負うが、霊骸は刀を突き刺していたことで身体にまで電流を受け、苦悶の声を上げる。その隙を見逃さず導火線を斬魄刀で切り落とした天満が飛び回し蹴りで霊骸を街路樹へと叩きつけた。
「まさかその程度の鍛え方でお前の得意技でもある先読みを上回れるとか思ってんのか?」
「読心術……俺の得意技を、戦闘で?」
「そこから……かよ!」
「くっ!?」
瞬歩で後ろに回り込み、斬りかかるが霊骸天満は間一髪回避する。だが天満は追撃の手を緩めることなく詠唱破棄した「廃炎」を斬魄刀から放つ。それを瞬歩で飛び上がって回避した霊骸天満は「百歩欄干」を使って縫い止めようとするが瞬歩で避けられ、蹴りを入れられ地面に叩きつけられた。
「ガハッ……この」
「卍解しろよ……出来るんだろ?」
「何……!?」
「影狼佐を斃す上でお前は避けては通れないってことは解ってた。俺がこうやってわざわざ煽ってるのも、少しはお前のことが識りたいんだよ。ワケが解らないまま俺は俺であって、でも正確に、100%俺じゃなくなって……だから俺はお前を受け止める義務がある。まぁ過去を屈服させるみたいなもんだな」
天満にとって、霊骸が自分とは違うと知った時からこうしようと考えていた。
自分にとって天満としての過去も、転生者としての過去も、結局は具象化した「炎輝天麟」が保持しているものでしかない。
だからこそ、天満にとって本来の自分というのは乗り越えなくちゃいけない試練だ、と考えていた。
「後悔するなよ……卍解!」
斬魄刀を地面に突き刺す。そこから地面を砕き地の底から炎が業火が溢れ出す。それは霊骸天満の身体を覆い、やがてその立ち上る炎が三面六臂、顔が三つに六本の腕を持つ上半身の骸骨の姿を象っていく。
腕には
「──
「これが、稲火狩天満本来の卍解か」
天満が呟くがこれが有り得ない卍解であることも理解している。本来の稲火狩天満は十三番隊の一般隊士として殺される運命にある。その際に卍解どころか始解すら出来ない状態で死んでいくのだから、このような卍解に至ることもできない。だが霊骸天満は原種天満が卍解を習得していたため、こうして有り得ない筈の卍解を見せていた。
「俺も、見せてやるよ……」
始解し、それを水平に構える。そして融合した輪が宇宙を吐き出し、二人の天満を完全に外界から隔離していった。
輝く輪を背負い、それが光背のように天満そのものを神々しく映し出す。無重力のように宙に浮き自分を見下ろす仏神の如き原種を地獄の鬼と業火に包まれた閻魔と化した霊骸が睨めつける。
「炎輝天麟星皇創世ノ嘶」
「随分派手な卍解だな」
「そっちこそ」
お互いに言葉はそれまでだった。星皇が黒星と白星を刀の形状にして手に持ち、閻魔が鬼を象った業火に霊圧を注ぐ。
──二人の天満による卍解の衝突は空間を揺るがす程の衝撃となって空に伝わっていく。
能力はネタバレになっちゃうんで次回。代わりに小咄として裏設定でも。長くなるんで興味無い方は飛ばしてください。
「炎輝天麟」は作中でも具象化二人の名前が半分になってる。そのうち「炎輝」部分が記憶を司っているように元の天満の斬魄刀。
元の斬魄刀である「煙気」は「炎輝天麟」の解号にもある「煙羅」の名前の通り「煙々羅(もしくは煙羅煙羅)」という妖怪からイメージしている。湯気や煙に顔が見えるという妖怪で音から「閻羅」→「閻魔」になり地獄の業火という解釈もできる。
なので「煙気」は「炎気」であり「閻鬼」とも取れる。なので卍解の名称に閻魔のインド信仰である「夜摩天」と中華では並ぶ冥府の王であり仏教では眷属ともされる「泰山府君」の文字をもらって「煙気夜摩泰山王」になりましたとさ。
今の天満くんの斬魄刀の「炎輝」はメソポタミア神話の「エンキ」と、それに同一視されるバビロニア神話の「エア」を元にしているのでまた違う解釈。