モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
空間凍結された無人の空座町のほんの一角に宇宙空間が広がっていた。空間内では同一人物による異なる卍解が激突している。
方や宇宙空間を創り出し星を操る。方や地の底から這い出る炎を鬼神の姿に変化させ纏う。技術による策が一切通用しなくなったなと原種である天満は冷静に相手の卍解を考察する。
「はっ!」
「灼き斬れ、
「……元の能力は残ってるか」
流星を幾つか飛ばして先制攻撃をするが揺らめく業火が形づくる六本の腕全ての武器がフランベルジュに変化し星を全て両断していく。能力が不明な以上、安易にブラックホールを創ってしまうのは悪手になり兼ねない。防がれた場合に不利になるのは天満の方なのだから。そして恐らく炎を纏っている現状、もう一つの大技である恒星を創る技は通用しない可能性が高いのも観察に徹している一因でもあった。
「来ないならこっちから行かせてもらう!」
「……次は弓矢」
六つの剣が形を失い、弓とそれを番える矢となった。三つの弓、そしてそれぞれに三本ずつの矢、その白く輝くようにすら見える炎は星すらも貫くだろう程の霊圧が籠められていることは容易に想像できる。
ならばと天満が使うのは高速回転している光背から三つの黒い星を生み出し、発射された巨大な火の矢を全て天満から逸らしていく。
「黒い、引力の星で逸らしたか!」
「──っく、なんて威力してんだ」
だが矢が叩き込まれた星はその威力に耐えきれず爆散してしまう。星ひとつで矢三つを防ぐのがやっとという状態ではあったが天満の中で霊骸の卍解である「夜摩泰山王」の能力の全貌が明らかになりつつあった。
確信を引き出すため、天満は月のような、霊骸どころか炎で出来た鬼神すらも覆って押しつぶしてしまうような大きさの星を二つ創り、左右から同時にぶつける。
本来なら大爆発を起こし周囲を光で覆い尽くすような衝撃が起きるはずだが衝突することなく六本の炎の腕がそれを抑えていた。だが天満はそれを予期しており、全く同じ星を今度は上下に二つ創って衝突させる。
「……流石は俺だな。凄まじい防御性能だ」
「はぁ……はぁ……」
「けど、お陰で大凡の能力は把握したよ」
──霊骸天満の卍解「煙気夜摩泰山王」は炎の化身を呼び出すのが第一の前提としての能力。狛村左陣の「黒縄天譴明王」と似ているが非なるのはあくまで揺らめく獄炎でしかないため破壊という概念がないことだ。破壊されようとも再生していくしフィードバックもない。そして炎は霊骸天満の霊圧によって実体化する性質を持つ。もしくは炎を物質化させる卍解のいずれかであることがその防御力に現れていた。
「解ったところで……俺の防御を崩せなければ一緒だ!」
「そうだな」
物理的な防御を崩すには白星を直接ぶつけるか、白星刀で斬るか、もしくは理不尽な程の重力、ブラックホールで圧し潰すかという選択肢である。だが三つ目は霊力の消耗とまだ能力を隠しているかもしれないという点から安易には使用できない。天満は逡巡したが二番目のプランが現実的だと黒星刀を光背に戻し、白星刀のみを構えた。
「その炎ごと、圧し斬らせてもらう!」
「その前にこの空間ごと灼き斬らせてもらう!」
四刀のフランベルジュと左右二つの盾を構えた三面の鬼の骸骨を背にした霊骸も迎え撃つ。原種天満は左手で星を操り外から流星で牽制を入れつつ、斬りかかる。フランベルジュで受け止めようとした霊骸はその炎が文字通り触れる前に斥力によって粉々になったことに目を見開き素早く回転斬りで斬り払おうとする。
──だが光背から白い星が一つ飛び出て、防御体勢に入った天満の意思とは別にその業火を弾き飛ばした。
「なに!?」
『お手伝い申し上げます』
「助かるよ炎輝……重斥突!」
「鏡盾を、だけどこの距離で地獄の業火を受け止めて無事で済むと思うなよ!」
「悪いけど、不定形でいてくれた方が防御しやすくてね」
切っ先に斥力の集まった刺突によって左の盾があっさりと砕かれる。驚いたものの霊骸はならばと炎を操って原種を襲わせるが天満の周囲に常に張り巡らされている重力渦によって溢れ出す獄炎を全て受け流す。
そして霊骸の肩を捉えるかというところで獄炎が霊骸天満の手の中で三叉槍へと変化し、運命歪曲によって出現した黒星を破壊し二人を同時に別々の方向へと吹き飛ばしてしまった。
「やっぱ、手に武器として収められるか……ちゃんとコントロールしてるな」
「はぁ……はぁ……面倒な能力だな、その星を創る力……!」
「けどやっぱり俺は俺なんだな……燃費悪そうだ」
「黙れ……」
霊骸は能力を強化されているという特性を天満も例外なく受けていた。彼は本来は到底操りきれるはずもない、屈服した記憶すらもない斬魄刀の卍解とそれを制御するための霊圧のコントロールができるように。本来ならばその卍解に目覚めても数十年の鍛錬を必要とする卍解を完全に制御することが出来るようになっていた。
それで漸く互角、天満はそう思っていた。だが、霊骸の天満はその予測を嗤った。
「は、上位互換である霊骸が、互角だなんて冗談、あるわけないだろ……!」
「さぁな、能力が違うから能力の差とか解んないしな」
「その余裕、剥がしてやる……」
「……何をするつもりだ?」
怒りの表情と目の輝き、そして霊圧の増大とは裏腹に獄炎が全て光輝くただの斬魄刀に集約されていく。天満はそれを「残火の太刀」や「殲景・千本桜景義」に類する圧縮された卍解だと判断した。それをコントロールしきれているのならそれこそ百年単位で掛かるだろう鍛錬の過程をすっ飛ばしているという焦りに天満は汗を掻く。霊骸はそれを獣のような咆哮と共に己の肚に突き刺した。
──肚から獄炎が溢れる。その焔は先程のような紅蓮ではなくまるで血のような、深紅の彩を伴い、そして霊骸の手の中に焔がそのまま刀となったものフランベルジュが握られた。身体はところどころが燃えており、その霊圧の異様さは、先程の方が変化が大きかったのにも関わらず、今の方が死神と称していいのかすら躊躇われた。
「これが、俺の卍解の……最強の形態──深層・
「それが……それがお前の心ってわけか」
「そうだ、俺が卍解に至った時、その時にあった気持ちはお前という存在そのものの否定だ!」
だからこその獄炎、だからこその深層なんだなと天満は黒と白の刀を構えた。
霊骸の心は理解できた。そしてそれが自分の本質ではないのだと安堵を抱いた。霊骸の天満こそが本物の気持ちを持っているのではないかと全く考えなかったかと言えば嘘になる。自分は異物が混ざり込んでおり、それは斬魄刀の「煙気」が「炎輝天麟」へと変化していることからも解る通りだ。
──だが稲火狩天満という人格が消えたわけでもないということを天満は斬魄刀が二つの名前が混ざっていることから直感していた。
それは「斬月」が一護にとって「滅却師としての力」でもあり「虚としての力」でもあるのとどこか似ている気がした。
「……俺はお前を否定しない。けど俺は護廷十三隊十三番隊第十席、稲火狩天満だ。恨まれる理由がわかってはいそうですかと腕を広げるわけにはいかない。俺は……命を照らす恒星として尸魂界に生きる魂魄を護り救う為に刀を振るう」
「その尸魂界は影狼佐に破壊されようとしてるのにか!」
「
「俺の顔で、救世主を僭称するなァ!」
振り下ろされた剣を回避するが、その熱なのか、能力なのか天満の重力渦が灼き斬られた感覚がした。全ての否定、灼き斬る能力、単純にして無敵に近い能力だと苦笑したくなる気持ちを抑えて天満はやはり「縮退恒星」を撃たなくてよかったと考察する。あれならブラックホールすらも灼き斬ってしまうだろう。
「けどその形態、防御は下がってるよな」
「ぐ、チッ……小石を飛ばすだけか!」
「そんな言い方するなよ──流塵星群」
一護との戦いでは全ての黒星と白星を使って「大地転踊」で瓦礫を巻き上げないと使用できなかった大技だが、宇宙空間を形成できている現在の完全な状態なら手を振るうだけで同じくらいの大きさの星ならば降らせ続けることが出来る。予め創っておいた小惑星群と混ぜ合わせて打ち出すその数の暴力に先程までの防御を捨てた攻撃形態である霊骸は大きい星こそ灼き斬ってしまうものの小さな星には対応が遅れ、傷を作っていく。
「クソ、
「形態変化できるのか」
フランベルジュが三叉槍へと変化し、流星に突き込むとそれが溶けるように燃え尽きた。状況は変わらないように思えるが霊骸がそれを分裂させ上段で振りかぶった瞬間に、全てを察知した。
──槍を
「縮退恒星」
「関係ないんだよ──灼き尽せ、煙気!」
「いいや……終わりだ」
天満の予想通り全てを灼き尽す血のような炎は莫大な霊圧を纏っており、ブラックホールに近づいても圧し折られることもなくその中央に辿り着いた。崩壊した核と重力の中心部分に突き刺さり、それが
「何──!?」
「そうだよな、阿散井副隊長も言ってたし
ブラックホールに大きなエネルギーが衝突することでそこから高密度のエネルギーを放出する。それは宇宙空間を走る光の帯となって霊骸の天満に襲いかかる。無論、そのエネルギーの余波は本人である天満にも襲いかかるが、もう一つの小さなブラックホールを創ることでそのエネルギーを吸い取っていく。
「ちょっと理屈は違うけど……星の前じゃ俺たちの普段使ってる単位なんてちっぽけなもんなんだよな」
その言葉と同時に卍解を解除する。宇宙空間が光背の輪の中に吸いこまれ、それが再び一つの斬魄刀に戻る。
結局ほとんど霊力を使い果たす死闘に近くなってしまったなと天満は息を大きく吐き出すが、心の何処かで抱えていた迷いを一つ吹っ切ったと影狼佐が居るであろう望実の元へ天満は駆け出していった。
「時間食いすぎたな……頼むからまだ捕まっててくれるなよ九条さん……!」
そう呟いたものの天満は忘れていたことがあった。自分の卍解が多かれ少なかれ何に影響を及ぼすものなのかを、そして自分が何をしようとして今まで頑張ってきたのかを。
──その頃、影狼佐は荒い息を吐いていた。四人の隊長と天満の霊骸の他にも浮竹、京楽、卯ノ花の霊骸を呼び出し余裕の戦いだと疑わなかったはずが、どうしてこうなったのか、影狼佐は顔を怒りに歪めた。
「まさか共闘するとは思わんかったわ……市丸」
「奇遇ですね、ボクもや……平子隊長?」
「ムカつくやっちゃな……けど、どうやら最後の味方サンもやられたみたいやで」
「……仮面の軍勢、まさか尸魂界のイザコザに手を出してくるとは思いませんでしたよ」
「アホ、俺かて思っとらんかったわ」
影狼佐に対峙するのは市丸と平子、奇しくも百年前は同じ五番隊の隊長と三席として名を連ねた二人だった。
霊骸の隊長は、既に半分以上が欠けていた。狛村は乱菊の救援に向かった市丸が、日番谷は解放した九条望実の「退紅時雨」によって、白哉は拳西と白が、剣八は卯ノ花が。現在京楽と浮竹のコンビと鉢玄、リサ、ひよ里が戦い、卯ノ花と
「ケドま、喜助と一護の頼みをあれこれ理由付けるのはカッコつかへんやろ?」
「仲間だから……とでも言いたいのですか?」
「なんや、友達作りは苦手か?」
「……この程度で、優位に立ったとは思わないことだ」
じわじわと削り、有利な盤面が完成したというところで思いもしない盤外からの駒の登場に、そして影狼佐にとっては最悪に近い援軍に、苛立ちは募っていくのだった。
この場面を描くためだけに始めたような侵軍篇です。
色々解説はまた読み飛ばして頂いて構いません。
霊骸天満と原種天満は対比でいっぱいです。
原種は救世のイメージから「太陽+仏神」を卍解の中に覗かせ、「嘶」の名前に在って「麒麟」の一部にもなっている「天馬」の要素もまた太陽のイメージの後押しとなっています。
逆に霊骸は天満が唱える救世の否定ということで「獄炎+波旬」が卍解に組み込まれます。
奇しくも「織田信長」の逸話に登場する「麒麟」と「波旬」は同時に「天馬」と「天魔」として二人の視座を象徴させています。
なんだかかつて別作品を書いていた頃の神話解説みたいになってしまいましたが、言葉遊びはやっていてすごく楽しかったです。