モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
DECLARATION WAR(1)
詳しい日付は解らなかったが、前兆としては充分に派手な事件が立て続けに起こる。
黒崎一護が死神の力を取り戻し、そして銀城空吾の遺体を現世に持ち帰った比較的すぐ後のこと、車谷善之助が戻ってくることとなった。重霊地であり虚が日常的に発生する上、巨大虚なんてものも頻発するという状況から駐在任務の頭数を増やすよう四十六室からの命が下っていた。
「それで比較的新人の行木竜ノ介くんと斑目志乃さんが選ばれたみたいです」
「空座町、大変だろうけど一護くんいるからね」
四十六室としてはその黒崎一護に極力頼らないようにと念押しされていることを識りつつ、天満はそう流した。同時にこの話が耳に入ったら現世への渡航許可を浮竹から貰いに行くことを決めていた。日付は駐在任務から一日遅れ、藍染動乱前よりも随分と渡航の条件が緩くなったものの、浦原商店利用と市丸に会いにと言えば比較的楽にとはいえ許可の必要な立場なんだよなと天満は五席という責任をしみじみと感じていた。
「……穂華は、付いてくるか?」
「十席は当たり前のように一緒なのに、私には訊ねるなんて、もしかしてお二人は……?」
「いらん誤解をしないでくれ……ただ、いや」
「巻き込ませてください、天満さん」
「……解った」
一年も共に過ごしていれば穂華も業平と天満が市丸、浦原と共に何かを画策しているということは勘付き始めていた。そして訊ね方からすると今回は決定的に穂華を巻き込む形で何かがあると直感し、それでも天満の部下であると決めていた。
──喩えその行動が護廷の道に背くとしても。
「
「は、はい!」
「俺は恐らく独断で動くことが多くなると思う。だから俺がいない場合は阿久津十席の指示を仰げ、いいね?」
「解りました」
穂華は理解した。この二名の空座町行きをきっかけとして、戦乱が巻き起こるのだと。今度の敵は仲間を護るために最小限の被害で突き進むのではなく、座して構えるのでもなく、沢山の命を奪いに来るのだと。
そしてそのために来たるべき戦乱のために天満はひたすらに己を鍛えていたのだと。
「……解った。許可しよう……京楽の言っていたことは、本当だったのだな」
「お話できなくてすみません……ですが、この尸魂界を脅かすことは致しません」
「ああ……解ってるさ。お前がなんの為に戦うかなんて、嫌というほどな」
浮竹はそう言って天満たちを送り出し、京楽にそのことを伝えた。
そして京楽は卯ノ花へ、浮竹はまた日番谷にも。平子は事前に伝えられていたためローズや拳西へ。蝶の羽ばたきはやがて大きなうねりへと変化する。天満の小さな行動が、いつの間にか護廷十三隊全体が戦乱への準備をし始めていることを天満はまだ知らずにいた。
「各自、明日に備えるように」
「りょ、了解しました!」
「穂華、肩肘張り過ぎだぞ」
「すみません」
「厳密な任務じゃないんだ。今日はゆっくり観光気分で」
穿界門を通過した天満たちは義骸に入り、何をしたのかは知らないが一年の稼ぎで得たマンションで宿泊することを家主である市丸ギンに許可してもらっていた。穂華は天満に付いて現世に来ること自体は何度かあり、その際に交友関係のある望実に銭湯へと連れていってもらうことになり、それを見送った業平と天満は浦原商店へと向かった。
「どォ〜も〜、お待ちしてました〜」
「例のものは?」
「出来てますよ、完成品が」
「……正直、メダリオンを奪取して完成かと思っていました」
「到達点が解ってますから、そこから逆算していっただけッスよ」
天満はその丸薬の袋を受け取る。取り出し触れると魂魄に浸透し卍解を一瞬だけ虚化させることができる「侵影薬」、一年半程前には未完成品だったそれを、浦原は
「──ボクも尸魂界に戻るで」
「ええ、お願いします。それと、侵影薬も持っていってください」
「ん、イヅルが死ぬんは嫌やからな」
「ええ、もうここからは流れとかなんでもいい……もう二万八千人もの人を殺してるんだ。それだけで殺す理由は充分すぎる」
「それはどういう……?」
まだ戦う前だが被害は出ている。それは先の滅却師たちによる撒き餌を使用した現世での同時多発的な虚の滅却による境界侵度の悪化、それに伴う調整のため十二番隊は無許可で流魂街の民たちを消滅させている。それは十二番隊が悪辣なのではない──そうするように仕向けた滅却師たちに怒ることだ。
「まずは、宣戦布告をしにきた滅却師です……市丸さん」
「俺と穂華は避難誘導と二人の
「アタシは、黒崎サンの引率ッスね」
「頼みます」
識る者たちは暗躍する。未来を視る目を持つものに対抗するため、無惨なまでの死を振りまく白衣の軍服を己の正義の名の下に殺戮するために。一人でも多く、早く殺すために。
護廷のためではない。殺されないための殺戮、それは無論として正しいとは天満も思ってすらいない。だが廷内を血で染めようとするものたちと正しさで語る言葉など、この世界で死神として過ごしてきた天満には持ち合わせてはいない。
「そうか……戦いが始まるんだな」
「うん、望実ちゃんは……」
「私も戦う、一護たちの力になるために……天満の悲しみがちょっとでも減るように」
同刻、望実と穂華もまた戦いに至ることへの決意を言葉にしていた。命を奪い合うというのは望実としても本意ではない。きっと勝っても負けても痛い戦いになる。どちらにも正義がないことなど千年前から解っていることだった。
だからこそ、仲間を護るという悪に手を染める。一護や天満が流す涙が一つでも少なくなるように戦う、それが望実の願いであり戦う理由でもあった。
「完現術者との戦いじゃ私は一護の敵になってたから……次こそ」
望実は現世での戦いで完現術者の月島秀九郎の能力「ブック・オブ・ジ・エンド」に斬られ、織姫や茶渡と共に月島を恩人だという過去に改変されていた。そのため折角一年間、一護の分まで戦うという決意をして、強くなったというのに逆に一護を悲しませてしまったという負い目と後悔もその中には含まれていた。
「私はね、本当は……怖い」
「穂華……」
「前に話したと思うんだけど、私のお母さん、元は二番隊の席官でね……刑軍の中でもちょっとだけ偉い役職にいたの」
その伝手もありまた本人も優秀であったために霊術院を飛び級で卒業し、二番隊及び刑軍へと配属された。能力としては斬鬼走打全てが扱える将来の席官としても期待された文字通りの才女であった。
だが、そうはならなかった。巨大虚に襲われ、捕まった上官を助けるために放った鬼道が最後に上官ごと虚を貫いた。
「帰ってきたら、砕蜂隊長に直々によくやったって言われてさ……私、人を、仲間だった人を殺して褒められちゃって」
──そのトラウマが彼女を立てなくした。特に鬼道の使用は当時の記憶をフラッシュバックさせるもので最早「赤火砲」ですら彼女は扱いを誤るまでになってしまった。砕蜂としてはそれは隠密機動の矜持に於いては是とするべきものだ。だからこそ敢えて褒めた。それがいけなかったと後悔と弱音を夜一に吐き出し、除隊勧告をするべきかというところまで悩んだ末に夜一の提案で他隊、特に戦闘に於ける実働部隊の少ない十三番隊への転属を浮竹へと持ち掛けた。
「浮竹隊長からは、天満さんも最初は戦うのが怖かったって聞いて」
「……天満が?」
「ね、想像出来ないでしょ? だから訊いたの、どうしたら怖くなくなりますかって」
天満はその真剣そのものの眼差しに少しだけ戸惑いつつも「殺さなきゃ護れない命があるから」と穏やかに答えた。内容と言葉の口調があまりに違い過ぎるため穂華はしばらく放心してしまったのだが、その言葉の意味は充分に理解できた。
あの巨大虚を自分が殺さなければ、どれだけの浮遊霊が、そして刑軍の仲間があの虚の腹の中へと消えていたのだろう。天満の言葉を噛み砕いていると、ふと上官の最期の言葉もまた「よくやった」だったことを、それを聞き取っていたことを唐突に思い出した。
「一護は、なんというか一緒にいて安心する。暖かい陽だまりのような奴だ」
「そっか」
「天満もそういうところは似てる気がするけど……ちょっと遠い感じはする」
「解るかも」
望実は一護は例えるなら窓から差し込む暖かい太陽光のように優しくて暖かい存在、手を差し出すとそのぬくもりに触れることが出来る、心に触れることが出来る身近さを感じるが、天満は同じように仲間たちを照らす存在ではあるがその距離が何処か遠く彼方にあるような感覚がすると語った。地上に届く光そのものである一護と、太陽そのものである天満、そんな話に穂華も食いついていき女子の秘密めいた話は夜を駆ける。
『だから穂華、こっちに泊まるって』
「解った……本人から連絡ないのはどういうことなんだよ、一応仕事なんだけど」
『私に言われても知るか』
「すいません、じゃあ穂華のこと頼むよ」
それだけ言って伝令神機を耳から離し、業平にも穂華の様子を伝えた。天満たちは市丸の部屋で寝泊まりすることになってはいたが紅一点であることもあり正直なところ、穂華は最初から望実のところへ泊まることを勧める予定であったため業平に宥められたことで不問にするかと息を吐く。
それをニヤニヤと見つめていたのは市丸だった。
「……なんですか」
「いやぁ、思っとったよりちゃんと上官っぽいことしとるわ思てな」
「市丸さんに出来るなら出来ますよ」
「ボクはちゃんとしとったよ?」
「尊敬というより畏怖の対象だったと伺っていますが」
「それもちゃんとしとる範囲、や」
「そうですか」
「一護のところ行くか?」
「いや、竜ノ介と志乃がいるはずだからな、ややこしくなるし」
今行けば間違いなく失態の責任を取らされると思いかねないため、黒崎家へ向かうのは断っておく。
流れを無視して一護を連れていくのは本来としてやるべきことかも知れないが、一護には狩猟部隊のキルゲとの戦闘も大事な仕事であると感じていた。なによりここまで準備をしてきて結局一護が来てくれる、一護が来てくれれば安心、というのはあまりにも護廷十三隊としても情けなさ過ぎるという気持ちがあるのも事実だった。
「それより、俺たちが最初に相手にする男、恐らく先手を打てば卍解なしでも対応できる筈だ」
そう言って浦原が開発した記憶の中にある顔写真を撮る念写装置を使用し写し出した人物を机に置く。この装置そのものが天満の記憶にあるであろう敵を視覚化させるために開発されたもので、間違いなく尸魂界にバレたらまた四十六室のお世話になること間違いなしの危険装置でもあった。
「コイツの名前はドリスコール、星十字騎士団”O”
「どういう能力なん?」
「敵でも味方でも獣でも殺せば殺す程強くなる……と本人が言っていました」
「ナルホド、確かに早めに殺っといた方がええんは確かやね」
この人物一人に宣戦布告時に隊士が百十六名、その後の一時侵攻でも本人曰く百名殺している。なにより一番隊副隊長雀部長次郎の卍解を奪い、殺している。
天満が彼を先んじて殺すべきとしているのはその被害者数もそうだが、
「三分で百人以上を……か」
「
「それが……BからZまでだから、ええと」
「二十五と
「他にも……説明がめんどくさいけど、いるんだよな。まぁいいやそれは」
シャズ・ドミノやグエナエル・リーといったグレミィの想像によって存在しているメンバーはややこしいため省くが、一応シャズは正式なメンバーであるため幹部格が二十六名といった状況だった。
そうして天満たちは翌日の朝には穿界門の前にいた。浦原と望実が見送りで、行きに市丸を加えた四人が門を背にしていた。
「それじゃあ……お気をつけて」
「ええ、そちらは……言ったことを気をつけてくだされば」
「ハイ」
「天満」
「どうした?」
「……独りで死ぬなよ」
「解ってるよ」
独りの怖さを識っている。独りで死なれた悲しさを識っている。だからこその言葉に天満は頷き手を振った。
その背中に死はまとわりつくことはなく、遠く、触れることのないその背中は眩ささえ感じ、望実はそっと目を細めた。
──小さな変化はこの時、この戦争のため。修正力でも戻りきれなくなったこの戦いに自分の求める救世があると、天満はその表情を引き締めて走り出した。