モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
物語が、BLEACHが、始まります!
彼の決意から二十年足らず、ルキアの現世駐留任務が遂に始まった。
これで彼女は数ヶ月程消息を断つことになる。それを識っていた天満は虚討伐任務以来、関わるようにしてきた彼女にエールを送っていた。
「今日でしばらく鍛錬はナシですね」
「ああ」
「……気を付けてくださいね、本当に一人で虚に突っ込むとか、一般人に向けて鬼道使うとか、変な帽子被った男を完全に信用するとかしないでくださいよ?」
「ま、また……貴様はやけに具体的なことを」
「なら戸惑いついでにもう一個」
「まだあるのか」
「──この任務は朽木さんにとって一生大事なものになりますよ」
「……そうか、なら安心して行ってくる」
手を振り別れたところでがっしりした大木のような腕が天満の肩を抱いてくる。特徴的な捩鉢巻と髭、それに良く通る声、副隊長が空位の中、虎徹清音と共に隊長補佐に就いている小椿仙太郎がなにやら言いたげな表情で顔を近づけていた。
天満はそれを払いのけるようにして彼の言葉を先に制した。
「違いますよ、小椿三席」
「まだ何も言ってないが、そう言うってことはそれなりの理由があるな!?」
「ええ、三席が言いそうなことはだいたい読めますんで」
「そっちか!」
そうして、何やら大声で言葉を続ける小椿を無視し、天満は静かに立ち上がった。見送りには行かなくていい。
彼女がどうなるか、どういう道筋で一護の雨を止ませるための一歩を踏むのか、彼にはわかっている。ここからが始まりとなるだろう、天満は浮竹隊長から許可をもらい、かつて海燕とルキアも修行に使ったという西流魂街三区にある鯉伏山に向かった。
「はぁー、はぁー……クソ」
始解する許可までわざわざ承認してもらい、彼は二つの刀を振るっていた。右腕の長刀を振り下ろし持ち上げる前に、左手の小太刀を素早く逆手に変えて横に薙ぐ。一通り鍛錬をすれば次は刃禅、自身の斬魄刀に啖呵を切ったものの、二十年で未だ具象化の兆し程しか成せていない状態であるため、焦りが自身への悪態として汗と唾とともに吐き出された。
「頑張っとるみたいやな、天満クン」
「……市丸隊長、また来たんですか?」
「そない邪険にせんとってよ、キミとボクの仲やない」
「まぁいいですよ……」
市丸ギンの襲来でもう夜も遅くなっていたが休憩をしていた天満は彼に集中力を割いていく。市丸に問いたいこと、言いたいこと、山ほどあるがそれは両者にとって完全な不利益でしかない。そもそも全ての死神は極秘裏に十二番隊隊長及び技術開発局二代目局長涅マユリによって監視されている。下手しなくても会話も筒抜けになっている恐れまである。そんな監視網をかいくぐり百年以上もの間暗躍し続けた藍染ら三名の隊長は驚嘆に値するが、推論するならば藍染の斬魄刀、鏡花水月による完全催眠なのだろうと天満は予測を立てていた。
──そしてもう四十六室は全滅しているだろうか。ルキアを現世に送り込んだ時点で四十六室は藍染という等式に置き換えることもできる。故に藍染にもマユリにも気取られずに市丸に自分は全てを識っているというのを伝えるのは至難の業だった。
「で、もしかしなくても卍解の修練しとるん?」
「ええまぁ、具象化すらできてませんが」
「あんなぁ、卍解は」
「──死神として頂点を極めたものに許され、四大貴族ですら至れるのは数世代に一人、だから習得者は尸魂界に永遠に名前が刻まれる、でしたっけ?」
「丸暗記やん」
「読み込んだんで」
漫画を、とは言わないが。だがこんな文言が教科書に記されているわけでもない。これは黒崎一護が卍解の兆候を見せた時の朽木白哉が驚きと共に思考した言葉たちだった。だが、市丸にはこれが
正直漫画の読者からすれば隊長格以上の戦いが延々と続くためかなり誇張した表現だろうと思わなくはない。実際に現状で護廷十三隊の中で卍解を習得している死神は現在更木剣八以外の隊長全員、そして雀部長次郎と十一番隊三席の斑目一角だ。やがて阿散井恋次や朽木ルキア、松本乱菊、檜佐木修兵、射場鉄左衛門、虎徹勇音、果ては更木剣八も、相当な卍解習得者がいることになる。
それが戦乱によるからだと言われれば、天満も口を噤むしかないのだが。だが逆を言えば、戦う為には必要である。覚悟ができていれば習得できるという判断もできることから、彼も我武者羅ではあるが修練に励んでいたのだった。
「なんでそない……ってこんなん野暮やな」
「護廷の為に必要だからです」
「……やっぱ、キミは視えとるんやな」
「観たことがある、と言った方が正しいですけど、まぁ些事です」
「それは……神の目ぇを持ってるってことでええん?」
「いえ、空に目があっただけです。ここから
回りくどい会話、だがそれ故に言葉の応酬をしている二人以外の誰も気づくこともできない会話たち。それは彼が斬魄刀に誓った
──ボク、悲しい話嫌いやねん。回廊操作でルキアと
ならば俺だって悲しい話は嫌いだ。遺さず逝くなんて許すわけがない。それは天満が読者として物語の美しさよりも目で見てきて、語らった相手への敬意であると考えていた。
「それに神の目なんて持ってて只の死神なんてできるわけないじゃないですか」
「はは、それもそやな」
「はい」
万が一にも天満が神の目を持ち合わせているのなら自分が目覚めた時点で空から天柱輦が降ってくる可能性だって考えられる。そもそも本当の意味で
「どや、修行──手伝ったろか?」
「ウソ、というなら乗りませんよ」
「キミに言ったところで揶揄い甲斐も無いやろ」
「……まさか本気とは思っていませんでした。塩を送っていいんですか?」
いずれこの尸魂界を脅かすことになる市丸に対して、
そして、スラリという効果音ではなく、ぬらりと表現すべき、妖しさを感じる仕草で市丸ギンは自分の斬魄刀を抜いた。
「……まさか本気とは思っていませんでしたよ、市丸隊長」
「ボクはいつだって本気や、本気でキミを買っとる」
「俺なんて不良品を急いで買わなくても数ヶ月もすれば託せる相手に出逢えますよ」
「ほんなら、ここでうっかり殺しても大丈夫ってことや」
まるで蛇の様に、市丸は斬りかかってくる。平時に別隊の十席相手に始解をしようものならその瞬間に霊圧を察知され隊首会からの四十六室召集のコンボが待ってる。後、数ヶ月で全てが始まるこの場面でそんな阿呆なことはしないと天満は確信しつつ、それでも必ず彼の脇差くらいの刃渡りをした斬魄刀の切っ先を見極め続ける。
「く、ちょ、これどんくらいマジで振ってきてるんですか!?」
「キミがしゃべる余裕があるくらい──やっ!」
「俺が隊長に始解したら即除隊モノですからね!」
「じゃあ解放せずに戦わなアカンなぁ」
「無茶振りがすぎる!」
市丸は霊術院始まって以来の天才だ。彼は飛び級制度を取り入れてるとはいえ六年制の真央霊術院を
「はい、おーしまい」
「……寸止めしていただきまして、有難う御座います」
「天満クンは、斬魄刀のクセが強いせいか左右で持ち替えて戦うのはええけど、
「え……えっ?」
「なんで二度見したん?」
「めっちゃ普通に指導して下さっているので驚きました」
「自分で訊いたやん。塩を送ってええんですかってな?」
「まぁ、はい」
天満のクセ、斬魄刀の能力とも関係のあるそのクセを市丸はたったの数合斬り結んだだけで把握し、刀を弾き飛ばして言葉にした。あまりに具体的な高みの出現に天満は目眩すらしそうだったが、彼の言葉を反芻する。
左が受け身で繊細、右が攻め気が強すぎて大雑把、優れた読みと戦術眼を持つならこのクセを突いてくる。今の市丸のように。
「……藍染隊長とも戦うつもりなん?」
「前に立つことになれば」
「立派やけど、絶対に死ぬで」
「でしょうね……だから強くなろうとしてるんですよ」
「それでも無理や。それに、隊長を殺すんはボクやからな」
「……わかってますよ」
それを最後に市丸は瞬歩でその場を去っていった。
きっとあの人は死ぬつもりなんだ。最初から死ぬ覚悟で、松本副隊長のために藍染の懐に潜りこんで舌を出し、毒持つ牙で首を咬み千切ろうと機を窺っている。
でも、それはあくまで
「……よしっ! とりあえず京楽隊長みたく左右の違いを無くすところからやり直すか」
「おーい、いたいた天満!」
「おお業平! なんだ、暇なのか?」
「可城丸六席に訊いたらお前が鯉伏山に籠もってるって言うからな、稽古相手になりに来てやったのよ!」
「本当か、お前……いい奴だ」
「よせよ、じゃあ早速組手を頼む」
救いたい者たちはルキアや市丸だけではない。業平も、その彼の口から発せられた可城丸秀朝もその一人であり喩え救えなくても、死ぬとわかっていたものを放置したという後悔だけは絶対にしたくないと鍛錬に打ち込む。友人として席官と平の隊士という関係を越えて傍にいてくれた業平も、彼の表情を見て戦争が起こることを疑うことすら少なくなっていった。
「十年で席官になって、三十年で卍解を習得しようとしてる。お前、実はとんでもないことしようとしてるんだよな」
「習得してから言ってくれよ」
天才と呼ばれる人物でも始解習得から卍解習得までは十余年かかるものだと黒崎一護の卍解修行の前置きとして四楓院夜一は語っていた。自分は天才ではない、少し
「なぁ具象化ってのはどれくらい進んだんだ?」
「ああ、もうほぼ……だと思う」
「なんだぁ? またえらく曖昧に言うじゃないか」
「曖昧に言うしかないんだからしょうがない」
業平が肩を竦めて、天満もまた同じように肩を竦めるしかなかった。
──彼の斬魄刀の具象化した姿は
「お前はさ、自分のこと天才じゃないって思ってるかも知らないけど……天満は、俺の友は少なくとも特別な死神だと思ってる」
「……業平」
「なんせ二刀一対だぜ! そんなもん持ったからにはその斬魄刀の派手さに見合う
「役割……か、俺の役割、俺の──」
俺の
少なくとも自分が観てきた尸魂界、護廷十三隊の死神に「稲火狩天満」という男の名前は確認できなかった。二十年を越える、人間で言えば長い年月が経った今でも何故か色褪せることのない戦いと生と死の記録たちの中に自分はいない。そして二刀一対の斬魄刀を持つ死神は尸魂界に於いてたった二名のみだったはずだが、彼もまたその特異性を持った。
黒崎一護が死神として覚醒し、戦い方を学び、仲間と共に尸魂界へと立ち、傷つき倒れながらも隊長格をなぎ倒し、そして認められ、離反した藍染と戦い、勝利を代償に力を失い、それを今度は護廷十三隊が救う。そして千年もの因縁と悲しみによって蹂躙され、立ち上がり、壊され、上書きされ、それでも刃を振るっていく。その決まっている始まりから終幕までの瞬きのような時間の中で、
「俺の役割は──あれだ」
「なんだ?」
「俺は、
「……はは、ふふ、また、大きく出たな」
「雨が降ろうと、命が眠る夜だろうと、雲に覆われようと、戦乱の火が空を覆っても──俺は照らし続けたい。この世界を、その有り様を」
その宣言を、業平は大袈裟に笑った。笑い、そして天満の肩を叩いた。
太陽は救い手としての民衆はその不朽で普遍なる輝きの前に感謝し、尊び、やがて神を、救世を見出す。
その金色の夜明けは白馬に喩えられる。その炎のような揺らめきは生命と救いの背に現れる。天満は、大それた、まさしく救世主のような宣言をし、業平と共に隊舎へと戻っていった。
次回、始解します……やっとできます