モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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滝の流れる音は早鐘の音。
あの日抱いた、あの子の胸から溢れる清き音。


CRUSADE(2)

 某所にて、平子真子は卍解「逆様邪八方塞」を解除しつつ、そこに広がる死そのものの光景に嘆息する。

 本来ならば突然の侵攻で隊士を巻き込む可能性があった以上、使うことが出来なかった卍解だが、隊士を外に逃がしてくれたおかげで聖兵相手に思う存分その悪辣なまでの能力を生かすことが出来ていた。

 

「ふぅ、天満のおかげで味方が減って助かったわ、こういうんは俺の卍解の出番やってことも識っとるみたいやからな」

 

 雛森には卍解をすると巻き込むからと範囲外に逃がしていた。原則二人編成とのお達しは来ていたものの、平子としては雑魚殲滅の際は一人の方が有り難い。だが一度強敵と相まみえたならば誰かと組んだ方が強いというそのチグハグさにため息を吐いていた。

 だが丁度そこに近くで熱波のような霊圧の衝突を感じ、平子は死の海から瞬歩で副官の元へと移動した。

 

「……にしても、天満が識っとるってことは俺がホントに使う場面が別にあるってことでもあるっちゅうことやなァ」

 

 その独り言は誰にも届かないが、いずれまた卍解を使わければいけない程の軍勢に襲われるのは疲れると平子は愚痴を零しつつその柄を慈しむように撫でていた。

 

「……そろそろ限界のようだな」

「なんだと」

 

 一方で第一次侵攻で痛み分けとなっていた日番谷冬獅郎と蒼都は再び一対一で戦闘を続けていたが、蹴り壊した翼の隙間から見えた氷の花弁を見てそう呟いた。氷華は既に半分どころか残りが三枚になっており、それが時間制限であるという情報を耳にしていた蒼都は戦いの終わりを感じ取っていた。卍解でなければ自分の鋼鉄の身体に傷を与えることは出来ない。その力を維持出来るだけの肉体がないことが敗因だと爪を構えた。

 

「キミを殺したら、副官を捜してキミの死体と一緒に並べてあげるよ」

「共に生きたものは共に死すべし……テメェの信条だったな」

「……何故それを」

「悪いな、俺はこんなところで死んでやれねェ……アイツと共に完成させたこの卍解を見せてやるよ」

 

 そう言った瞬間に残りの花弁が二枚になった。だが日番谷に闘志は消えない、蒼都は日番谷の霊圧の高まりを感じて警戒する。捨て身の戦法があるのかも知れない。ハッタリにしてはその瞳に諦めはない。

 だが冷徹な戦士は、目の前の男が持つ斬魄刀がなんであるのかを失念していた。即ち氷輪丸は()()()()()であると。

 

『無窮瞬閧、有意義なデータとして受け取った』

「……なに?」

『同時に落胆もした。この程度ならば完聖体を使うまでもない』

 

 爆発が起きた方向と、砕蜂の霊圧が極端に弱まったことに対して、嘆息したのは業平だった。卍解を奪う奪われない関係なく相性の悪い組み合わせ、それが生きているわけではないため「雀蜂」が通用せず、また人体急所と呼べるものもないBG9と砕蜂の戦い、そしてもう一つは卍解をしようと氷の分厚さを増そうと只の炎ではなく極端に圧縮した熱線を扱うバズビーと日番谷の戦い。だが後者は起こらず、前者だけが起こっているという現状は業平にとって厄介でありつつ都合がよかった。

 

「どうやら修正力ってのは厄介なんだな」

「でしたら予定通り十席は砕蜂隊長の元へ向かってください」

「……そう言っても、バズビー相手に一対一は拙いだろう」

「大丈夫です!」

「何処がだ」

 

 業平の叱責に、だが穂華が何かを言おうとした時、その眼の前にバズビーが現れる。素早く業平が偃月刀を回転させつつ水流の刃を二発飛ばすものの、相手は氷雪系最強の氷すらも指一本で貫く程の熱を扱う。流水系の「清龍」ではどう足掻いても能力の相性が悪すぎるため「バーニング・ストンプ」一発で全て蒸発し防がれてしまった。

 

「俺の前でそいつを使ってもこの辺の湿度を上げるだけだぜ」

「行ってください……十席」

「だが」

「──私なら大丈夫です。負けるつもりはありません」

「言うじゃねーか、さっきからロクに攻撃を当てれてもねーのに」

「一人じゃ無茶だ」

「──業平の言ってることが正しいで、一人じゃ無茶や」

 

 その口論を止めたのは斬魄刀の柄に付いた輪を回転させる金髪の男、平子真子だった。

 バズビーが次から次へと、と忌々しげに腕から炎を迸らせる。だがその感覚が妙だということを感じ取っていた。陛下の情報と男の特徴を照らし合わせてその正体にはすぐに辿り着いた。

 相手の感覚を操作し、上下左右前後当たり判定を自在に逆転させる。卍解は使用履歴がないため不明。

 

「五番隊の隊長サンかよ」

「そのイカした髪型に灼熱、バズビーやな」

「なんだよ、ダセェオカッパの癖に良く解ってんじゃねーか」

「……お前みたいな暑苦しいやつ、ホンマは苦手なんやけどな」

「平子隊長」

「業平、此処は俺に任せとき、相性も悪いんやからな」

「有り難う御座います」

 

 軽く頭を下げて業平は瞬歩で消えていく。そして改めて穂華と平子はバズビーに向き合う。見た目として上下と左右は反転していない。ならば前後か、見えてる方向と攻撃している方向かとバズビーは考えていた。バンビエッタのように全体攻撃をすれば「逆撫」の影響は受けないかも知れない。だが、今回の場合はメインアタッカーは穂華だ。穂華の鉄扇は扇ぐことで周囲の熱と風を支配する。浅はかな攻撃ではカウンターを受けると警戒していた。

 

「すみません私の我儘に付き合っていただいてしまって」

「ええて、一人で戦わせて死なせでもしたら天満にドヤされてまうしなァ」

「……天満さんは近づいてきています。解るんです……五色燕凰がずっと、あのヒトを呼んでるから」

「ほんなら、天満来るまで頑張れるな?」

「はい!」

「オーッ! まだ熱くなれるのかよ!」

 

 天満の霊圧をざわめく「五色燕凰」を通してずっと感じ取っていた穂華はそのざわめきを鎮めていく。同時に自分の身体の奥から力が湧き上がるのを感じる度、自分はやはり暗殺者にも隠密機動にも戦士にもなれないと実感した。市丸との修練で彼女は天満のために戦士や暗殺者になる覚悟を捨てた。それは、結局のところ自分の本当の願いではないのだから。

 

「貴様は……稲火狩天満の!」

「え、え……誰っすか?」

「十三番隊第十席、阿久津業平です……お見知り置きを大前田副隊長」

「あ、阿久津って……()()?」

「ええ、あの腐食の一族、阿久津家です」

『……データが照合できない。十席と言ったな』

 

 腐食、腐敗、赤錆、そんな負のイメージがつきまとう阿久津の名前を背負う気は業平にはなかった。只貴族として気ままに過ごし、その才能を没落させるだけの男の筈だった。

 だがそんな彼にも友が出来た。いつだって自分の前を歩いてきた友は、いつだって自分を友だと言って手を差し伸べてくれた。

 

「俺の家、阿久津家は、腐敗の一族って呼ばれている」

「腐敗? 上級貴族がそんな蔑称で?」

「ああ、それはこの血に流れる業が故だ。阿久津の男は、それは恋多き男になるらしい」

「……お前は既にそうだよ」

「最近は女の乳よりも刀の柄の感触を思い出すことが多いがな」

 

 阿久津家の男は恋多き男であると同時に女性を堕落させると揶揄された。男系の一族であり恋多き、そして女性を恋に堕とす一族。それが阿久津家の()()だと業平は霊術院時代、天満に語った。

 女は阿久津家の男のアプローチに酔い、愛欲と恋慕がその心身を侵食し、やがて死すらも厭わなくなる。そんな眉唾のような噂めいた言葉にため息を吐く。

 

「そんな病めいた迷信が万が一真実だったとして……お前は確かに一回生、二回生の半ばまで寮の部屋に何度も女を連れ込んでいた、だがその一人は今度三番隊の二十席になるらしい」

「……詳しいな、天満」

「噂話というのは耳に入りやすい」

「然りだな……それで?」

「もしそんな呪いがあるのなら、お前が意図せずとも女史の体表を赤錆で埋め尽くすなら……俺は塩基となろう」

「塩基?」

「座学で現世の物理法則をやっただろう? 赤錆は酸化反応、それを中和する役割を持つのが塩基だと」

「……勉学にも励んでいるな、俺が女体を学んでいる間に」

「学ぶところあるのか……じゃあなくて、呪いなんてバカバカしい。怖がりな俺でも友をそうやって貶めることはしないというだけだ」

「そうか……お前は勇気に満ちているな」

「俺の話、実は聞いていないだろ」

 

 懐かしい過去の会話、あれがあったから赤錆の一族なんて呼ばれても、自分は違うと思って此処までやってこれた。女遊びはやめ、こうして今では席官として敵と対峙できるまでの、本当の意味での男になった。

 ──だが、それだけでは天満には届きえない。自分は天満の後を付いていくだけの、腰巾着だ。それを指摘したのは市丸だった。

 

「阿久津クン、キミは自分と向き合わなアカン……目ェ背けたい過去や事実と、向き合わな、その清龍は屈服できんよ」

「向き合う……俺の」

 

 業平の奥底に現れる幻想的な秋の景色を思わせる九頭の瀧壺と湖上の神宮、その中央に位置する巨大な水球こそが業平の斬魄刀「清龍」の本体だった。

 それを呼び出せはしたものの、その水球は業平を弾き、水の刃や棘で傷つけてくる。一向に屈服まで辿り着けていなかった。本来ならばそこから最短でも一年かかる。卍解は無理だと市丸も穂華もそう感じていた。

 

「阿久津クン?」

「そうか……俺は、俺はどう抗っても阿久津だ。天満に中和されているだけで、俺の名字が変わるという道理ではない」

「十席!? 危ない……い、市丸さん?」

 

 巨大な水球に近づいていく。その水がどんなに澄み渡っているように見えても川から流れ出る清流も鉄を浸せば錆が浮く。瀧は石を侵食し、その全てを水に浸していく。停滞すれば流れは淀み、やがて毒となる。

 ──業平はその水球に腕を入れる。そのまま身体を顔を、やがて全身を浸していく。空気の代わりに水が肺を侵し、業平を埋め尽くしていく。その空気のない世界で業平は己を受け入れた。阿久津業平、自分は腐食の一族の五男、触れる女を腐らせ、その人格すら破壊する水滴る一族の男だと。

 

『……なんだ、この霊圧は』

「貴様……まさか!」

「見せてやるよ機械人形……これが俺の、友と肩を並べるための力だ」

「まさか、この短期間に身に付けたというのか……!」

 

 砕蜂の驚きをそのまま背に受けつつ頭の上で偃月刀を回転させていく。激流、瀑布、水流を纏った刀を業平は振り下ろす。地面に突き刺さりその偃月刀全てが水となり石畳の中へ溶けていく。

 同時に地面が揺れ、業平の後方の地面から血のような赤い水流が噴き出し、それが九本の頭を持つ龍を象り、更に融合し赤黒い玉を上空に浮かべた。

 

「卍解……! 血はや降れ……天星(てんせい)濁龍(だくりゅう)御射軍神(みしゃぐじ)!」

『……データにない、卍解……ッ!』

「それは当たり前だな、習得できたのは一度目の侵攻の後だ」

 

 天満に追いつくため、天満と肩を並べるために今一度家という呪いを受け入れた卍解に一瞬驚いたBG9だったがすぐさま神聖弓であるガトリングガンを構え放っていく。だが業平はそれを瞬歩で回避することなく超高速で水球が龍の姿へと戻り地面に潜り下から上への激流を放ち勢いを削いでいく。

 

『……(はや)いが……ならばこれならどうだ』

「ま、まずいって、あれってさっきの爆発するやつじゃ……!」

「大前田副隊長……俺の水に触れないように四番隊舎まで退避願います……巻き込みます」

「お、おお!」

『質問する。水に触れると何がある』

「さあどうだろうな」

『回答拒絶か、残念だ』

 

 身体に装填されたミサイルを放つBG9だがそれが爆発する前に水によって圧殺されるのを目撃する。獰猛な水龍の顎に食いちぎられた後、今度は本体であるBG9を襲う。周囲にヒトがいなくなった影響か水球の変化が予測を遥かに上回る速度だった。だがそれは上回っても瞬閧状態の砕蜂を越える速度を持つオートマトンには届かない。

 

『この程度か……』

「……機械人形では、この喩えは無駄だな」

『何が言いたい?』

「いいや、子どもの頃、雨を避けようと思ったことがあるかと問おうと思っただけのことだ」

『無意味な問いだ、物理的に考えて雨を避けるなど……ッ!』

「有り難う答えてくれて……そう、雨を除けるには傘が必要だ」

 

 水球が上空へと移動しそれが──弾けた。

 回避しようのない広範囲に赤い血の雨が降る。それを甜める味覚があればBG9にもこの能力の正体に気づくことが出来ただろう。周囲には隊士はいなかったが聖兵たちがいた。彼らはその異様な雨に汚れ、白が赤黒い色へと変色していく。侵食していく。

 

「さて、始めよう──尤も、直ぐに終わってしまうだろうけど」

 

 広範囲に血の雨を降らせた業平は水球から始解と同じ姿の偃月刀を取り出し、回転させる。普段は清き流れを生み出す筈のその動きから生み出される水流もまた、赤黒く濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初登場卍解なのでちょっと後書きが長くなります。

当たり前ですが当初業平は卍解などする予定はなくて初期設定にも「卍解」はありませんでした。というか名前も適当だし。
それが天満と一緒にいつの間にか強くなって、色々なヒトと関わってこうしてキャラクターを深掘りすることができました。

業平の元ネタはほぼ全てが歌人「在原業平」から取られています。
千早ぶる 神代もきかず 龍田川
からくれなゐに 水くくるとは

清龍、千早振る、ほぼ全てがこの歌から取られていますが、卍解は赤色(唐紅)以外はキャラの深掘りと別から取られています。

能力解説は次回ですが答えは既に作中に明記され、赤色、血の色、御射軍神様と同一視された諏訪大神、つまりは水の名を持つ神様の逸話になぞらえています。

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