モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
「救う」とは「殺す」と同じ意味を持つのだろう。
差し伸べる手は無くとも、振り下ろす刃は持っている。
──業平の卍解「天星濁龍御射軍神」が雨を降らせる少し前、霊圧の増大は近くにいた隊長たちに届いており屈服させたことを知る市丸と穂華は業平が卍解したことも察知した。
そして穂華はあの日、彼が「清龍」を屈服させた時のことを思い出していた。
「い、市丸さん! このままじゃ十席が、阿久津さんが……!」
「大丈夫や……見とき」
「でも……」
そう不安になった穂華だが、その透明なまでの美しい水球に変化が訪れたことに気付いた。
業平に入っていった水を再び業平が吐き出している。その色が血の色を伴っていた。最初は吐血したのかと驚き涙を浮かべた穂華もその
「阿久津……十席?」
穂華はそれが何故だか途轍もなく不快で仕方なかった。彼を、天満の無二の親友である業平を穂華はこれまで只の一度も不快だと思ったことがなかった。それどころか最初は
「天満クンから聞いたんやけどな……阿久津クンの家は貴族やけど、男系で女が生まれにくいんやって」
「そ、そうなんですか」
そういう家があることは穂華も耳には入れたことがあった。現在は一番隊の副隊長を努めている元八番隊副隊長、伊勢七緒の出自である伊勢家が女系で婿を取っていたと。その逆といえば納得もできた。
だが天満は業平も無意識のうちに隠していた、呪いだなどと笑い飛ばし、質の悪い噂話としていた体質のことを識っていた。
「やから阿久津家の男は恋多き、まァ軟派な子が多いんや……そんで、不思議なことに女の子もそんな阿久津の男に引っかかってしまう」
「……え?」
「天満クンは西洋の淫魔なんかにある魅了って表現しとったわ」
「み、りょう……」
ストンと腑に落ちた感覚がした。まさに、初対面で業平に穂華が抱いた感情は魅了、魅惑されていたということになる。幸いなことに業平にそのつもりがない為、初対面で済んでいるし個人差によって効きやすい、効きにくいが存在する。だが業平はそんな阿久津家の血を色濃く受け継ぎ過ぎていた。
「阿久津クンが霊術院入ったきっかけはな、他の上級貴族の奥さんを誑し込んだからなんや」
「そんなことを」
「別嬪さん見ると我慢が出来んかった……って言い訳にはならん」
同じ上級貴族であるため処刑は免れたがそれによりほぼ破門状態、ならばと才能があった霊術院へ送り、その呪いによって破滅するならそれで良し、ならなければそれはそれで良しとした。
そんな会話をしている中で、業平は水球のほぼ全てを赤色にしていた。もう彼は見えない。だがもう穂華は助けるという選択肢を失っていた。
「彼はその家と体質を毛嫌いしとった。天満クンに会うたからやろね、貴族として流魂街の男に遅れを取るんはプライドを傷つけられたことがきっかけで、彼は漸く自分の悪癖から抜け出せたんや」
「だから……親友なんですね」
酸性と塩基性の関係のように、天満と競い、切磋琢磨することで業平はその悪癖と折り合いをつけ、護廷十三隊の一人の隊士として今日までやってきた。
だが、それでは自分の奥底にある血から逃げていることに変わりはない。そして業平は今日、その血と向き合い腐敗の一族と呼ばれた阿久津家であることを受け入れ、吐き出し、表に出した。
全てが赤く染まった瞬間、水球が弾け、中から解放前の斬魄刀を手に持ち、それを地面に刺しつつ膝を突く業平の姿があった。
「はぁ……はぁ……!」
「──屈服、出来たみたいやね」
「あ、阿久津……さん」
「出来た……これで、これでやっと……俺は!」
床に寝転び、刀を天に向ける。それは友へ送るやってやったという達成感故の行動だった。その動作に、言動に、穂華もほっと息を吐いた。変わらない業平だった、心配することはなかった。もう嫌悪感もなく、彼女にとって天満の友人であり共に彼を支えるための柱であることを誓い合った男であることを再確認した。
「しっかし……卍解出来たとして勝算あるんか?」
「天満さんの情報の中にあった滅却師の中に、己の意思を持った機械人形というのがいました、砕蜂隊長と戦っていたのがソレです」
「そういやロボットおったな……っと!」
「なんだよ、BG9んとこ向かったのかあの男、情報にゃ精密機械だから水が効くとか書いてあったか?」
「いえ……そもそも十席の卍解は人体にすら有毒ですので」
穂華のその言葉に平子も漸く意味が理解できた。
人体も含み続けたら有毒ななんらかの汚染水、とするなら精密機械たるBG9にはより顕著に被害が現れる。例えば
『接続が鈍くなっている?』
「自分の身体をよく見てみるといい」
『……なんだ、これは!?』
機械の身体に赤い、赤銅色の何かが付着しているのを見て驚愕する。それは次第に身体を広がっていき、その度に身体機能が低下し始める。既にスピードは先程の半分も出せず、業平の偃月刀を静血装で受け止めるが、そこからじわりとまた赤い何かが付着する。その成分を解析し、BG9は再び驚愕し、自分が何に犯されているのかを悟った。
『これは……錆!?』
「そう、赤錆だ。俺の卍解の大きな違いは水が赤く見える程の酸性を含んでいるということだ、その雨に降られたお前の身体はよほどの腐食耐性がない限りは──鉄屑同然だ」
『馬鹿な、この身体は耐腐加工も施されている!』
「内部まで?」
『……ッ!』
──絶望、それは正しく絶望そのものだった。BG9に眼の前の男を斃すためのスペックはもう担保されていない。だがこのまま立ち尽くしていても、逃げても、平等に終わりの時は訪れる。
最初に雨を受けた時点で、既にBG9は終わっていた。
「このまま待っていても終わるが……情けだ」
回転していく。赤錆の濁流がその勢いをどんどんと増していく。嵐の日の河川のように、その川幅などに収まらない九頭の暴れ龍が水球の姿を解き再び業平の後ろから顔を出す。その飛沫を受けるだけでBG9は赤く軋んだ鉄屑へと姿を変えていく。聖文字も、完聖体も、それどころか神聖弓を精製することすら叶わなくなりもはや身一つしか捧げるものを失った滅却師に業平はその荒れ狂う赤龍の爪を突き立てた。
「……さらばだ、命無き滅却師」
全てを己の色に染め上げ、その身体を全て支配する卍解「天星濁龍御射軍神」の初陣ではあったが傷を負うこともない大勝利と言えるものだった。だが未だ扱いの難しいことに違いはなく、普通の刀の姿になった斬魄刀の表面に錆が浮いてくる。長く卍解をするとそれだけ自身の斬魄刀が機能不全に陥る。業平はボロボロと崩れていく刀身を捨て、僅かとなった刃を鞘に収め、膝を突いた。
「はぁ、はぁ……なんだ?」
空から四つの光が降り注いでいく。それが霊王宮からの帰還だということに気付いたものは何人かいた。
ハッシュヴァルトの驚きに空を見上げ京楽は笑み、藍染は目をゆっくりと閉じて再び開いた。シャズが沈んでいったのを見送った市丸も空を見上げ、柔らかな表情をする。そして穂華はその霊圧を感じ取っていた。
「はぁ……さて、休憩してる場合じゃない……穂華を」
「ゲッゲッゲッ、折角のチャンスなのに行かせるわけないデショッ♡」
「……お前は」
その杖を持った褐色にサングラスの、老人のような男の顔を見て業平はすぐさま情報を一致させる。
天満が侵攻の際、ゲリラ戦に於いて注意する人物を挙げていた。バズビーもその一人だが、彼の能力は非常に厄介で危険だと特筆していた。その能力は
「──ぺぺ、ぺぺ・ワキャブラーダ!」
「あら、ミーのこと識ってるのネッ♡」
「とても印象的だったからな」
星十字騎士団“L”「
本来ならば再び卍解して挑みたいが、業平の斬魄刀は既に錆でボロボロになってしまっている。ロクに戦うことも出来ない。そんな彼のことを知ってか知らずか「ラヴ・キッス」を放ち愛の奴隷にしようとした。
──だがそれは突如業平とぺぺの間に現れた火焔の紋を持った長刀によって別の方向へと弾かれてしまった。一拍遅れてその刀の柄を瞬歩でやってきた男が右手で掴む。
「……はは、遅かったじゃないか友よ」
「悪いな……待たせたよ親友!」
「キミは……空から降ってきた……?」
「ああ、稲火狩天満だ……覚えなくていいよぺぺ」
ルキア、白哉、恋次、そして天満が帰ってきた。原作でルキア達が帰ってくるまでよりも数時間早く、夜が来る前に地上に降りたことに少し安堵した表情で、業平が無茶な力を使ったということを察知した天満はゆっくりと刀を回転させつつぺぺへと歩み寄っていく。敵味方関係なく、無差別に潰し合わせようとする迷惑極まりない敵、天満はぺぺに対して冷たい霊圧を溢れさせていく。
「さて、私は行くとしよう」
「その椅子で移動はちょっと重たいでしょう」
「おや、戒めを解く気になってくれたか」
「……天満くんなら呼んであげるからもうちょっとだけ待っててよ」
「どうやら本当に稲火狩天満らがやってきたようですね」
戦況を読み解き、結局二人二人で近いところへ着地したものの天満がまっ先に業平の元へと向かったため、恋次はもう一つの大きな霊圧を持つ敵の元へと向かう。そして恋次が向かった先では檜佐木修兵と久南白がマスク・ド・マスキュリンによって疲弊していた。
何度倒れようとも民衆の声によって力を増すマスキュリンは虚化をした白をも圧倒していた。
「砕蜂隊長は?」
「お、俺が……なんとかBG9を斃したよ、今は四番隊舎で治療中の筈だ」
「……狛村隊長は?」
「解らないが恐らく……」
「そうか」
砕蜂が一時とはいえ戦線離脱し大前田がその付添、そして狛村はバンビエッタとの戦いに勝利したものの既に人化の術によって物言わぬ狼へと変貌してしまっていた。
天満は探索範囲を広げて戦場にいる死神たちの霊圧を探る。檜佐木と白の霊圧が消えかけているが恋次が向かっている。マユリとネムは原作通り破面軍団の最終調整をしているようで、浦原に技術開発局でのデータ処理などを押し付け、研究材料の物色をするために出撃した。ローズと拳西は原作とは違いロバート・アキュトロンと戦闘をしている。そして、京楽と共にいるのは藍染、市丸と吉良は敵を倒したことでバズビーと戦っていた穂華と平子のペアと合流していた。
「ご免なぺぺ・ワキャブラーダ」
「ン?」
「お前は正直、死神にとって内輪もめを起こしてくれる有用な存在でもあった……だけどもう要らない。
「救うって気持ちも、愛、だヨネッ♡ 愛するが故に、ミーと争っちゃうんだもんネッ♡」
「悪い業平、ちょっと手荒くなる」
「ああ……なるべく優しく頼む」
「……無茶いうな、破道の一、衝」
「お、おおお──ッ!?」
斥力を伴った「衝」を業平に飛ばし、距離を開ける。周囲に何かしらの毒で苦しんでる聖兵はいるが、味方は誰一人としていない。好都合だと天満はぺぺに向かって出し惜しみは必要ないだろうと二刀を水平に持ち、それらの回転による光輪を創り出した。
宇宙が広がっていく。世界が天満のものへと変わっていく。限られた世界の範囲ではあるが、その中で光背を煌めかせ法衣を纏ったその姿は、神々しいと表現するにふさわしかった。
「卍解──炎輝天麟星皇創世ノ嘶」
「その卍解もぜーんぶ、ミーが愛してアゲルからネッ♡」
「……ああ、是非愛してくれよ」
「余裕ダネぇ〜、その余裕を愛で引っ剥がしたら、どんな顔するのかなぁ〜? ラ──ヴ、キッス!」
手をハート型に変え、そこから触れたものを愛の奴隷にする強力極まりない光線を放つ。だがこの能力には弱点が存在する。
まずは極端に強い霊圧を持っているものはその「愛」に対抗出来る。白哉が原作ではその身に受けて耐えていた。そしてもう一つは愛の無いものには当たっても意味がないということ。
「え──あ、あーれれれレ?」
「帰って陛下の
「さっきもそうだったけど、ミーの愛を拒絶するなんて、二度も拒絶するなんて……許せない、愛がないのかなぁ〜? そんなわけないよね〜?」
「ビジュアル的に愛くるしさの対極にいるからな、お前は」
「──キミはミーの愛で殺してあげるネッ♡
完聖体へと変貌し、一張羅というとんでもない姿を晒したぺぺに対して天満は嘆息する。その口の中から神聖弓と矢を取り出してくる。その悍ましさはかの朽木白哉すらも顔を歪ませた程のインパクトだった。
だがそれが放たれる瞬間、天満は手の中に超高密度に圧縮した恒星を放ち、それを「黒星刀」で
「──エ?」
「これが俺の卍解の中で最もキミに捧げるにふさわしい愛の究極系……生命の誕生の息吹だ」
「あ、こ、こんなことしてお前も無事じゃないもんネッ! こんな愛のない、愛のない生命の誕生なんて認めな──」
「超新星爆発……残念だけど宇宙ではこれが生命の終焉と誕生の起源なんだ」
理解すら出来ない程の爆発と光のエネルギーを受けてぺぺは愛の欠片も残さず、宇宙の塵と化した。
本来の宇宙なら、彼を構成していた分子もやがて星を創るのだろうが、生憎と天満の卍解は天満が創り出した世界の中だけの出来事、星の誕生と終焉を管轄するのもまた、神たる天満が裁量する。
ぺぺはこれを愛とは認めなかった、だが天満はこの星が出来てそして死ぬことも一つの営み、愛であると認識していたのだった。
ぺぺ、瞬殺!
よかったねリル、食べなくて済むよ!
以下、卍解のあれこれ
阿久津業平の卍解「
赤錆で濁った水球を宙に浮かべる。この水は業平の意思によって超速度で形を変えて動く。また手を突っ込むことで赤黒い「清龍」と同じ偃月刀を取り出し始解の能力を扱うことも可能。濃度の高い酸性による腐食によって浴びるだけでも人体に有毒、機械や鉄は瞬く間に錆、その輝きを失う。
その強力さの代償として卍解を解除するとしばらく刀が錆びて始解すら出来なくなる。
天満が「仏教系」で穂華が「中華系」なので業平は「和系」となりました。
色々なミーニングと言葉遊びで出来ていて、「唐紅」を「赤い水の流れ」という変換をして天満(=えんき)の対比としての酸性(霊術院時代の会話の通り)という意味の赤錆、そして赤と水ということで赤い蛇、あるいは龍神であるミシャグジ様とその信仰と習合している「建御名方」をモチーフにしています。
天星、浮いた水の玉=水の星を創るのは誰かの影響。というか穂華の卍解にも多大な影響を与えています、天満は罪作り。