モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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始解したいよな――藍染、動きます。


BREAKING DAWN(2)

 瀞霊廷、某所にて。涅マユリの監視網の届かぬ秘密の研究施設では九番隊隊長の東仙要がコンソールを叩いていた。

 その表情に僅かながら疑念──というには余りに些細な、コンマ数秒にも満たない迷いがあったのを市丸ギンは横目で捉えている。それに気づいているため、東仙もまた努めて表情を変えることはない。

 

「どうだい要?」

「準備は出来ています」

「ならば、始めよう」

 

 後ろから現れた男のその言葉に東仙は頷き再びコンソールを操作するとそこには一人の死神が映し出されていた。特徴を感じない若い男性の風貌、特に死覇装も改造しているところが見られない。そんな隊長格ですらない男、稲火狩天満こそが今回の藍染の実験対象であった。

 彼に虚をけしかけるという言葉に市丸は()()()()()()()()()()()()()()を投げかけた。

 

「にしても、なんで今更?」

「──黒崎一護が朽木ルキアと接触した」

「では、遂に計画が」

「ああ、最終段階だ」

 

 そもそも朽木ルキアを現世に送るよう四十六室の命令を出したのも藍染だった。全ては黒崎一護を成長させ、その力を覚醒させてその力を全て取り込み崩玉の力によって藍染惣右介は死神だけでなく虚、滅却師、人間の力と共に一護が持つ、かつては松本乱菊が有しており、試作虚(ホワイト)の転移によって母である黒崎真咲に渡り彼を生む際に遺伝させた「霊王の爪」を全て取り込むことで彼は意思を持つ神に成ろうとしていた。

 そのために彼は尸魂界と敵対させ、虚圏を支配し十刃(エスパーダ)と戦わせ、その成長を手助けしようと目論んでいる。その段階の中で一つ、藍染は決めかねていた部分があった。

 

「稲火狩を?」

「ああ、彼を何処かのタイミングでぶつけるのもいいかと思ってね、少し彼の実力が見たい」

「彼は十席です、現状の計画では──」

()()()()()。幸い研究で廃棄予定だった虚もある、処分も出来て一石二鳥だ」

 

 稲火狩天満を黒崎一護が成長途中の相応しいタイミングで衝突させる。元々阿散井恋次と戦った後に卍解を習得してもらい朽木白哉を虚化への足がかりにしてもらうつもりだったのだが、些か恋次と白哉では実力差が開きすぎている。幸いにして緩衝材に最も適した人材とも言えるのが、本来ならば初代護廷十三隊隊長にも引けを取らない戦闘力を持つ更木剣八は戦いを愉しむために己の力に制約を付けていた。相手の力量に対して限々(ぎりぎり)勝つくらいの手加減が出来るのだから急激に力を伸ばした一護の成長についていけず敗北してくれるだろうと藍染は考えていた。

 だが更木剣八が藍染の想定を超えてくる可能性は十二分にある。ある意味では此処が一種の賭けでもあった。だがこの穴を天満が埋めるのであれば都合がいい。確実に一護は彼との戦いで具象化、そして卍解への兆しを見せてくれるだろうと藍染は微笑んだ。

 ──惜しむらくは稲火狩天満にその勝負と勝敗が全て筒抜けであるという点であるが。

 

「ギン、彼の修練を見学に行ったようだね」

「まぁ、ボクはあの子気に入ってるんで」

()()()()()?」

「……具象化はおそらくできとります。けどまぁ卍解まではもうちょい時間掛かるかと」

「良し──ならば、見せてもらうとしようか」

 

 市丸の言葉に嘘はなかった。彼のことをよく知らない東仙だけは終始訝しげではあったが、市丸だけでなく藍染も気に掛ける何かが、二刀一対の斬魄刀を持つ以上の何かがあるのだと疑うことはなかった。

 藍染の興味深いという微笑みに隠れて、市丸は嗤う。まさか事件の黒幕として神に成ろうとする藍染の計画を全て詳らかに言葉に出来る死神が下位席官に居るなど、想像だにしていないのだから。

 

「止まれ、業平」

「お、おう……!」

 

 そしてそれから一刻半が経過した頃、天満は阿久津業平を連れて現世にやってきていた。

 調整者(バランサー)とも呼び習わされる死神、その主な仕事は現世や尸魂界の(プラス)の魂魄のバランスを保つこと、故に基本的には魂を昇華させる魂葬や普通の人間への記憶処理など後始末が殆どだ。逆に(マイナス)である虚と戦うことはかなり稀、むしろ虚が出現すること自体が本来はそう有ることではないのだ。重霊地である朽木ルキアが現世駐留任務へと向かった空座町が異常なだけであり、その他の町では平隊士一名もしくは二名の駐在で事足りる。

 

「──はずなんだけどなぁ」

「にしてもなんで俺とお前なんだろうな、天満」

「いや俺は席官以外の隊士一名を連絡係として虚討伐に向かえって命令受けただけなんだよ」

「変な命令だな」

「……ああ、()()()気をつけろよ。志波一心さんや朽木さんのようなことも起こりうるからな」

「失踪した前の十番隊長か……それに朽木さんも」

 

 時期は六月に差し掛かり、雨が降り続いていた。彼が記憶を呼び起こせば丁度今、空座町ではグランドフィッシャーとの戦いの前ということになる。現在朽木ルキアは突如の霊圧消失によって、技術開発局によって捜索が続けられている。

 会いに行きたい気持ちはある。だが生憎と何が起こるかはわかっても地理、特に現世の地理はほぼ不明であるため、空座町という地名を見つけたとしてクロサキ医院を捜すのがどれだけ難しいかもわからない。よって天満は頭を切り替える。

 

「いや、こりゃ当たりだな」

「……何がだ?」

 

 霊圧知覚を頼りに幾ばくか捜索し、彼は空に立った状態で目の前を指差す。

 そこは住宅街から少し離れた雑木林を持つ小高い、高さは地上から百メートルもない山というよりは丘のような場所だった。その奥からザラリとした虚特有の霊圧を感じ、天満は口許に笑みを湛える五番隊の隊長を思い浮かべた。

 

(やっこ)さんの霊圧的には周囲に一般人がいない私有地の山ん中ってところだ」

「成る程……作為的だ」

「隠す気がないな、本当に雑な罠だ」

「何の為に?」

 

 その答えも黒幕が判れば、推理できる。グランドフィッシャーの時期ということは後二ヶ月で最下級大虚(ギリアン)と衝突から六番隊隊長副隊長による朽木ルキアの捕縛連行、そして時空のズレによって十日後には尸魂界に旅禍がやってくる。

 つまりは藍染も虚圏に拠点を移すということでもある。そうすれば試作品の失敗作虚達も処分しなければならないだろう。隊長三名、瞬殺と言っても自分に掃除をさせれば、未だに始解で真面(まとも)な戦闘をしたことがない俺の実力を測ることもできる、という利点を持つと読んだ。

 

「まぁ乗ってやるか……()の思惑にさ」

「き、気をつけろよ天満」

「いや、気をつけるのは業平の方だ。絶対にお前を連れて来させた意味がある筈だ」

「……不味いな」

「ああ……だがこういう奴だ、敵っていうのは」

 

 縛道で身を隠すことも提案しようとしたが、相手は霊圧遮断に光学迷彩機能まで盛り込んだ超便利外套を持っている。それでちょっかいを掛けてきて、業平を殺すことで俺に何かを促すのだとしたならば、それは非常に厄介なことになる。

 そして敵はよりにもよって瀞霊廷にいる。一人帰すのも正直に言えばしたくない。

 

「まぁぐだぐだやってドン・観音寺に寄ってこられるのも面倒だし、とっとと片付ける」

「誰、いや何だって?」

「何でもねぇ」

 

 霊感のあるだけの人間でありながら霊圧知覚が飛び抜けている──おそらく天満より上であろう男の名前をつい口走りつつ斬魄刀を抜き放った。雑木林には入らない、既に四十六室──つまりは藍染本人から始解の許可は下りている。

 目を閉じて修練では何度も唱え、実戦では初めてとなる解号を口にした。

 

「明け灯すは棚引く煙羅(えんら)、昏く浮かぶは手招く桂雲(けいうん)──炎輝天麟(えんきてんりん)!」

 

 諸手で握った刀が解号と共にブレ、左手は左に、右手は右へと動かすことで影のような黒い二つに分裂し、それぞれの形が変わっていく。

 右手に在るのは長刀、刃渡りだけで彼の下半身程の長さで刃紋から峰に掛けて炎と巻き上がる煙のような形の長刀に。

 左手に在るのは小太刀、荒々しい雷雲のような紋を持つ小太刀が握られていた。

 異形なのはその統一感の無さだった。鍔こそ太陽のような十六方向に均一に並んだ三角を持つという共通点があるが、その二つはまるで二人の斬魄刀を一人で持っているようなアンバランスさがあった。

 

「どうするんだ、天満」

「待ち構えてるんなら、引き出すだけだ──天麟黒星(てんりんこくせい)

 

 くるりと左手の小太刀を手首で器用に回転させるとそこには黒い星が生まれる。それを山の遥か上に放った瞬間、それが暴風を生み出した。ただ噴き出すのではなく黒い星がまるで空に穴を穿ったように星に向かって風が吹いていることに業平は気づいた。木々が揺れ、葉が星に()()()()()()()()()

 ──それを観察しているとやがて、虚もまた堪らずに山から飛び出し風に逆らおうと必死に飛び立とうとしていたが、やがて黒い星にぶつかり、まるで折りたたまれるようにグシャグシャに潰されて声も無く浄化されていった。

 

「とりあえず釣れたのは一体……まだ居るか?」

「わから──天満、下だ!」

「チ、デカい口だな!」

 

 まだ風が吹き荒れる中、天満を喰らおうと霊圧を消して下から大口を開けた蛙のような姿をした虚の口に驚いたものの彼は今度は右手の長刀をくるりと前腕部分で回す。回すことで今度は白く輝く星が彼の手の先に生まれた。

 それを虚の口の中に置いていく。

 

炎輝白星(えんきはくせい)

「ギュロ!?」

 

 短い断末魔の後、ボンと虚の躰が爆発する。

 本来ならば集団で戦うのが常の虚を一人であっという間に二体討伐したということで業平もその力に驚いている。だが使用した星を生み出す能力は相当に霊圧を食うようで天満は長い息を吐いた。

 

「ふぅー……いきなりどっちも使う羽目になるなんてな」

「今のが、天満の能力か……?」

「まぁな、本当はもっと単純でさ、左の天麟は引力を、右の炎輝は斥力を操れるんだ」

「引力……斥力……?」

「もっと簡単に言うとこっちが引き寄せでこっちが押し出し、ってか引き離し? なんだ」

「成る程な」

 

 先程の二つの技はそれぞれの刀で創り出した星を中心に強力な引力、重力と斥力を有しており物体、空間を吸収してぺしゃんこにし、口の中に生み出されたことでバラバラに躰を引き裂かれた、という原理だった。だが今度はまるで大鉈のような腕をした巨大虚(ヒュージ・ホロウ)が上から業平へと腕を振り下ろしながら降ってくる。業平はそのスピードと想像される重量に驚いたが、それはまるで途中で磁石にでも引かれたように向かう場所を変え、天満の小太刀と斬り結ぶ形となっていた。

 

「なんだよ、俺の相手してくれよっ!」

「ピギュ、ギャ──ッ!?」

 

 小太刀で下から掬い上げるように弾き、その動きに連動して右の長刀を左下から斬り上げる──否、左下から斥力によって押し潰した。刀が触れる前に刀身から斥力を発し、躰が受ける力に耐えきれずにベキベキと音を立てて折れ曲がる。更に二刀同時の振り下ろしを受けてしまえば滅茶苦茶になった重力によって虚は肉体を崩壊させるしかなくなってしまう。

 

「す、凄ぇ……」

「積木崩し」

「ガ、ガガ……!」

 

 長刀の切っ先にまっすぐの斥力を纏わせながら突くことでピンポイントに躰が刀に触れることなく押し出される。それを別の箇所に何度も突き刺し、いや圧し当てようとするだけで躰が欠けていく。

 相手からの攻撃は引力の左で受け、右の斥力で防御不可の攻撃を繰り出す。これが基本的な始解をした天満の戦い方であり、また市丸に指摘された左右の攻防の意識の差を生み出している原因でもあった。

 

「ふぃー終わり、でよさそうだな」

「……巨大虚含め、虚を五体あっという間に」

「あっという間ではない、まぁ一応? 捜索もしますか」

「了解であります十席殿」

「……ぷっ、はは」

 

 彼はメタスタシアのような躰の部位に触れたら斬魄刀が消滅する等の対死神に特化した能力を持つ虚がいなくて本当によかったと安堵した。例に挙げたメタスタシアは志波都三席を含む部隊全員を殺してみせた。そんな虚がいたら幾らなんでも勝てるわけがないため極力()()()()()()()()()。尤も藍染が本気で殺すような虚を差し向けてもこないだろうという確信も持ってはいたが。

 

「如何致しますか? あの男を、稲火狩天満を黒崎一護に?」

「……いいや、止めておこう。彼の能力は黒崎一護の成長には役立てないだろうね」

 

 ──藍染は今の戦いを見て、やはり更木剣八をあてがうことにしようと決めた。左に攻撃を集めて右の防御不可能の交叉法による戦法、そして星を生み出す技は一護を卍解へと至らせるには余りに不適切だと断じた。真正面から斬り合ってくれる更木の方がまだマシだと藍染は思考する。

 無論、それは更木剣八より天満の方が強いというわけではない。二人が戦えばまず間違いなく天満は手も足も出ずに殺される。それは火を見るよりも明らかだ。

 引力と斥力とは言っていたものの、彼が虚閃(セロ)やそれに近しい技や霊圧すらも引き寄せ、弾き出せたなら、彼がそれが可能かどうか気づいていたら。

 黒崎一護は負ける。相性の問題ではあるが良くも悪くも卍解を習得していない一護では勝つことが難しい能力であった。

 

「消しますか?」

「いいよ、消す機会は今後あるさ」

 

 そう笑うと藍染は研究施設から去っていく。それを見送った市丸もまた嗤っていた。

 いつでも全てを見通すような慧眼と洞察力、思考能力に強さまで兼ね備えた無敵とも言える男、藍染惣右介。彼がただの一般隊士(モブ)でしかなかった筈の彼のことをこうも尽く読み違うことがあるのかと痛快に思っていたのだった。

 

 

 

 

 

 




市丸、お前楽しそうだな。

天満くんの斬魄刀が遂に明かされたので一応まとめ、読み飛ばしてもろても構いません。

炎輝天麟(えんきてんりん)
(明け灯すは棚引く煙羅、昏く浮かぶは手招く桂雲ー)

一話から大仰だのなんだの言っていた通りめちゃくちゃ大仰な名前。モブが持つものじゃない。そもそも二刀一対の時点でね。
能力は左が引力で右が斥力を刀身から放てる。基本戦法は左手の小太刀で相手の攻撃を引き寄せ受け、右の長刀で防御不可の攻撃をする。
攻撃を防ぐという運命を左が引き寄せ、攻撃を防がれるという運命を右が弾き飛ばす能力(スタンド風)

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