モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
翼で運命を飛び越えることこそが愛なんだ。
だから私は鳥になりたい。
天満が霊王宮へ上がって数日が経ったある日、穂華は業平と始解状態で鍛錬をしていた。武器のリーチと能力、そして鬼道を組み合わせた業平の技の数に穂華は苦戦を強いられる。前に進もうとしても進めない、それは助けることも出来なかった彼の背中に感じて、穂華は無茶な中央突破を仕掛けていく。
「縛道の九、崩輪」
「あ……っ!」
だが水を打ち消し視界が開けた瞬間に業平の手から光の輪が出現しそれによって拘束されてしまったことで、穂華はその場に倒れ伏してしまう。業平は鬼道を解除しながら、溜息を吐く。焦る気持ちは業平にもよく解る。だがその焦りのまま戦ったところで、感情のまま戦ったところで犬死にするだけなのは明白だった。
「穂華……今のは死んでる、確実にな」
「う……すみません」
「阿久津くんの言う通りや、今のが破道やったら殺されとったよ」
「……はい」
業平も中級鬼道、三十番台まではそれなりの威力を保ったまま詠唱破棄で放つことが出来る。もし「崩輪」ではなく「赤火砲」や「蒼火墜」だったなら、穂華はその死んでいたという事実を感じ取って自分の浅薄を酷く恥じた。
それからは頭を冷やせと市丸にまで言われ、二人が鍛錬する様子をじっと見て、それから地上では治っても死神としてどころか日常生活に支障が出る程の麻痺が残るだろうと言われていた彼に会いたいという気持ちのまま目を閉じた。
『穂華、落ち込んでいるのですね』
「五色燕凰……ここは私の」
その声にハッと顔を上げるとその景色は暗く霧に包まれ、ゴツゴツとした岩の柱が連なる渓谷の景色だった。だがその雄大な景色は今は霞の中へと消えており、穂華は周囲どころか己の斬魄刀「五色燕凰」すら姿が見えないという状態にあった。
その霧は彼女の迷いと悲しみの景色であることを知っているのは「五色燕凰」だけだが。
『最近は晴れていましたが……再びまた霧に包まれました』
「……五席は、天満さんは……あんな風になって、まだ戦うつもりなんだよね」
『そうでしょうね、あの方は運命を退けるもの、わたくしを目覚めさせてくださった太陽なのですから』
「……うん」
穂華が己の斬魄刀の始解を扱えるようになったのは天満の影響だった。それは天満も知ることのないことではあるが死神代行による旅禍事件の際、当時自身の一番上、隊長だった砕蜂の白打を防いだという話は刑軍内でも二番隊内でも話題になっていた。
それが気になって、死神代行が客として尸魂界に滞在していた時に隠密機動の技術を以て
そこには処刑される予定だったルキアと談笑をする彼の姿があり、彼が絶対的格上である護廷十三隊の隊長にも挑み向かっていったのは仲間を護るという強い光のような意思によってもたらされたものだということを知った。
『あなたの色も、わたくしの色も、光無くしてはありえない。わたくしの翼はその光を乱反射し輝くのですから』
──私も、もっと強ければ。母から受け継いだこの斬魄刀を扱えるようになれば。そんな気持ちで天満の勇気に後押しされた穂華は母と同じ斬魄刀の名を聞き届け、解放することが出来るようになった。トラウマこそ克服することは出来ずにいたものの、穂華は最初の一歩を踏み出す勇気を、天満からもらっていた。
「……穂華!」
「あ……す、すみません、十席!」
「いや、疲れたなら休むといい」
「で、でも」
「どんな鍛錬も焦っとったらうまくいかんよ」
「そうだ、闇雲じゃあ足場を見失って落ちるだけだ」
業平は、彼は卍解までもう一歩というところまで来ていた。
だというのに穂華は、落雷に打たれた天満の姿が脳裏にフラッシュバックしてうずくまってしまう。後ろを見守ることから傍を歩くようになりいつしか精神的な支柱となっていた天満がどうしているのかも解らないという暗闇の中で穂華は刀を手に取る理由すらも解らなくなってしまった。
「よっ、キャンディス」
「なんだよ芋男、生きてたのか」
「もしかしたら二度と刀を握れなくなるかもってトコまでは行ったよ」
「あんだけ雷に打たれて平気なカオされてたらこのクソビッチも笑いもんだろうぜ」
「もう既に平気なカオしてると思うの」
「じゃあやっぱりキャンディちゃんが手加減したってコトー?」
「うるせぇジジ! 最後の最後までサボってたクセに!」
ワイワイと緊張感なくおしゃべりする四人を天満はゆっくりと観察する。その視線をリルトットが気付くものの、自分とキャンディスの動きはほぼ読まれてると感じているのか、無言でジゼルとキャンディスがもめる声を無視して睨み合っていた。
そしてそんな様子に声を上げたのもまたジゼルだった。
「あれー、もしかして敵が女のコしかいなくてで緊張とかしちゃってるー?」
「……ツッコミ待ちかなジゼル・ジュエル」
「──は?」
ジゼル・ジュエルは自身を男と称するものに対しては非常に攻撃的になる。そんな性格まで読まれていたら、というリルトットの冷静な考察は荒ぶる炎のような霊圧によって掻き消される。
雨の降り始めたその水分すらも蒸発させるような怒りを霊圧に乗せる死神に挑発に乗って前に出ていたジゼルが反応した。
「あ、ワンちゃんと一緒にいた女のコじゃん……この間はゾンビにしそこねちゃったけど、もしかして今度こそゾンビになってくれるのかなあ?」
「こんな……こんな奴らが五席の仇……?」
「落ち着け穂華」
「なんだこの女、おいジジ、なにしやがった」
「知らないよー、ほとんど相手できなかったし」
仇って死んでないんだよな、と一瞬だけ彼女たちの呑気な思考に引っ張られた天満は慌てて止めようとする業平とは対照的に面白そうとばかりに後ろで待機している市丸を見て、自分が霊王宮にいる間に、修行期間に何かがあったのだということを察知した。そのスイッチが入ったのだということも。
「──五色燕凰」
「解号せずに、斬魄刀解放……!?」
「な……解号言わずに斬魄刀解放ってまさか」
「なににビビってんのさリル」
「何寝ぼけてやがるクソビッチ……解号を唱えずに解放出来るやつは、
天満と同じように驚いたのはリルトット、そして彼女が焦る理由は陛下が記した情報にもこの女が卍解出来てどういう能力なのかも記載されていなかったということだ。しかも迂闊に動けば後方にいる男、市丸ギンが既に脇差のような刀を抜いて狙ってきている。その上興味深そうに更にそれを後ろから泰然自若という風に見守っているのは特記戦力の中で更木剣八に次ぐ戦闘力を持つ藍染惣右介だ。
グレミィとの戦いでボロボロになった更木剣八を狙いに来たというのに、これでは全滅も有り得るとリルトットは予測していた。
「──五色炎舞を全て習得?」
『ええ、わたくしを打ち倒すにはそれしか方法はないと知りなさい』
「……解った」
恐怖とトラウマに怯えるしかなかった彼女が怒りに震える穂華へと変貌を遂げたのは浦原から天満が残した情報が回ってきた時のことだった。その中に「
──天満が生きていようと関係ない、彼を害したという責任は取らせると。そうして具象化までこぎ着け、現実世界に現れた「五色燕凰」が屈服させる条件として突きつけたのは単純に、一騎打ちで倒せというものだった。だが、その姿は在りし日の母を想起させるものだった。
『五色炎舞、
「ッあぁ……!」
『さぁ立ちなさい穂華、春華の幻影たるわたくしを打倒出来ずして、卍解など習得出来る筈がないでしょう』
風の球体を上空に生み出し、そこに炎風を注ぎ込むことで爆ぜ、熱風の刃を周囲にばらまくという大技に穂華は倒れ伏した。修練前に穂華が扱えた「五色炎舞」は弐舞まで。母も得意とした「参舞・穿鶴」はなんとか扱えるようにはなったが──市丸はその技についてやっぱりなァと呟いていた。
「何がですか?」
「あのコクエンって技はかなり難しい鬼道みたいなもんや」
「鬼道……」
穂華が苦手とする鬼道、天満と共に鍛錬をして中級鬼道程度ならなんとか放つことが出来るようにはなったが、それより上は未だ詠唱しても暴発するか不発かの二択という状況だった。だが市丸はその技を上級鬼道が扱えないと到底無理な技、と判断していた。
乱回転する風の玉に熱を注ぎ込んで超高速の刃を飛ばす。それを扱えるようにするためにはトラウマを克服するしかないのだ。
『諦めますか?』
「……私は、私は」
『あなたは本当は戦いたくなどないことをわたくしはよく知っています、あなたは戦士にはなれない。無論、暗殺者など以ての外』
──母の陽炎に言われ、穂華は確かにそうだと肯定してしまう。命の奪い合いなんてしたくもなんともない、今の彼女にとってはあの花見のような、その以前の、任務というには余りに穏やかな廷内を回る仕事をして鍛錬をして、ルキアや外の隊士たちともコミュニケーションをとって、そうして天満の傍にいられる時間が何よりも大切だった。それを奪い去った滅却師は許せないけれど、だからといって命を奪うなんて、考えたくもない。
「……だけど」
『けれど?』
「天満さんが戦うなら、私はその隣であのヒトの死角を護りたい……もう二度と、命を護るために命を懸けてる天満さんを、殺させたりしない……戦士じゃなくていい、暗殺者じゃなくていい……私はあのヒトの、稲火狩天満さんの──彼があらゆる障碍を乗り越えるための翼でありたい!」
『ならばどうするか、あなたはもう解っているはずです』
「越えます! 母すら至れなかった卍解を習得するのに、母を憧れのままにしているんじゃあいつまで経ったって越えられない──越えさせていただきます、お母様!」
『それで良いのです、穂華』
「はい! 丹塗矢穂華──参ります!」
その日、見上げるだけでしかなかった存在に追いつくと決めた、なぞるだけでしかなかった動きを越えようと誓った。そしてそれこそが彼女が「五色燕凰」を屈服させる一つ目の条件だったことを、穂華は遂に母の陽炎を打倒した時に知るのだった。天満の盾であり矛であり翼、太陽の光を五色に弾き輝く、それが丹塗矢穂華の本質なのだから。
「五色炎舞、
「チッ、コイツに触れるな!」
「触れても触れなくても同じです!」
風の球体が炎の紅にそして更に、黒くなったように見えた瞬間にそれが無数の黒い刃となって四人を同時に襲う。全員瞬時に神聖矢で対抗するが、押し返され、静血装で防御したことで刻まれることはなかったが建物に激突する。
その力強さに、かつての穂華の弱さはなく、天満はその背中が頼もしいと感じていた。
「安心しろ天満、穂華は強くなった……まぁけど」
「苦労しそうやとはずぅっと阿久津クンとしゃべっとったよ」
「はいはい……よし、先陣切られたけど、穂華一人に任せてらんないからな、俺らも行くぞ!」
「おうとも!」
「市丸さんは更木隊長の救護を頼みます!」
市丸は頷き、瞬歩で消える。ジジが吹き飛んだ先に、どうやら涅マユリがいたようで丁度三対三という状況へと変化していく。
業平がミニーニャと、天満がリルトットと、そして穂華がキャンディスとの戦いを始めようとしていた。瓦礫をあっさりと持ち上げる膂力を持つミニーニャ、冷静な表情で瓦礫の下から出てくるリルトット、それに対し落雷で瓦礫を全て破壊し怒りのままにキャンディスは声を上げた。
「お前の女、結構イカれてんな」
「ただの部下なんだよ、一応」
「余計イカれてるぜ」
「まぁね」
「……殺気がねえな」
「キミたちにはまだ役割があるからね、殺すわけにはいかない」
「ってことはあそこで喚いてるクソビッチにもか?」
「そうなるね」
「だとしたら……途中で止めに入んねーとな、アイツら、どっちかが死ぬまでやり合うだろうよ」
リルトットの言葉に天満は苦笑いで否定をせずに刀を構えた。そして役割、という言葉にリルトットは天満が「情報」を陛下にとって予測できない程持っており、その彼の周囲の人間が相次いで陛下も予想できなかった卍解の習得という領域に至っているということから、彼は情報収集能力に優れているのではないのではという警戒をしていた。
「アタシを埃塗れにしたこと、後悔させてやる!」
「あなたの方こそ、後悔させてあげますよ」
「……はぁ?」
「天満さんを黒焦げにしたこと……あなたの焦げた亡骸を踏み砕くことで、私の気持ちは晴れるでしょうから」
「ブッ殺す!」
「意見が合いますね……あなただけは十三番隊稲火狩中隊所属、丹塗矢穂華の名に懸けて、必ず殺します──卍解」
その言葉と同時に風が吹き荒れていく。そして雨が止んでいく。
天相従臨、既に夜が明けていた尸魂界に雨上がりの虹がかかっていった。その中で莫大な霊圧を解放した彼女はその名前に万感の想いを籠めて謳うように名を告げた。
「──
キャンディスはその姿を見て、煌々とした中に本能的な恐怖と当時に何処か自分たちの完聖体に似ていると感じていた。それは後頭部にある彼女の頭部より一回りくらい大きな金色に輝く輪と十二枚の黒と白で構成された翼がそう思わせるのかもしれない。
死覇装も変化しており紅と蒼がまざりあったチャイナドレスのような、そして背と両肩の布がないのは刑軍の装束にも酷似している。
色彩艶やか、だがその輝きと光は敵対者に畏怖を刻みつける。無慈悲な神の使いがそこには降臨していた。
今回も卍解秘話というか元ネタ解説します。飛ばしてくださって構いません。
といっても「極煌聖凰飛翼ノ熾臣」は端的に言えば穂華の天満への愛の告白みたいなもんです。
イメージとしては鳳凰+天使です。天使の意匠があるので滅却師的には親近感ですね。
極煌は五色の強化みたいなイメージで五色から「極みの煌めき」であり「
聖凰はまんま誰かさんの「星皇」と同じ音であり続く飛翼の頭を繋げて漢字を変えれば「星皇妃」となります笑
飛翼は過去回想の翼でありたいという言葉の現れみたいなもので熾臣は天満への想いと天満のための卍解であるという表現でもあります。重たい。