モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
凄まじい衝撃波が起こり、ユーハバッハとハッシュヴァルト、そして雨竜は霊王宮へと侵攻していった。
それに伴い、星十字騎士団は事実上の壊滅となった。ジジは少し前に破面のシャルロッテ・クールホーンによって斃され、血を吸収して回復をしなければならず離脱、キャンディスも治療のために一時撤退という形でミニーニャとリルトットも戦場から離脱していた。現在戦闘している星十字騎士団はバズビーとナナナだけだった。
「ロバート・アキュトロン」
「あなた方は稲火狩天満の一団……そして藍染惣右介」
「あらら纏められてしもたね」
「アンタの信じる陛下は上に行ったよ」
「……やはり、我々は終わりというわけか」
「まるで憐れな人形だな滅却師、それを知っていながら
藍染の侮蔑もアキュトロンには届かなかった。それでも千年前、敗北した滅却師を助けたのも、二百年前の殲滅から助けたのも、九年前の「聖別」で弱ったものの力を失わなかった滅却師を助けたのもユーハバッハなのだ。それが何を意味するのかが解らない程、彼は蒙昧でも新参でもない。だがそれでも、信じていたかった。だがそれを指して藍染は憐れだと評した。
「あれはキミたちの救世を担うような男ではない。どこまでも残虐に、残酷に己の目的のために他者を利用する。そういう男だ」
「……アンタに言われたくはないと思いますよ」
「だが陛下の御力があれば霊王など終わりだ! 死神は一人残さず、存在することも許されない!」
それが最期の言葉となり、ロバート・アキュトロンは「聖別」の餌食となった。眼の前で肉体も全てを奪いつくされる彼を天満は藍染とは別の意味で哀れんでいた。彼は恐らくそこで死ぬことを選んだんだろう。捨てられようとも、その生命を吸われようとも、陛下のためならばと。
「おかしなことを言う、霊王は百万年も前に既に終わっているというのに」
「そんなことを言ってるんじゃあないでしょう」
「おや、哀悼か……キミらしいがそれを斬り捨てて死神のための英雄になろうと救う手にすら刃を携えるキミらしくもない」
「ロバート・アキュトロンは自分で死を選んだ、そこに同情はせずとも哀悼はあって然るべきですよ、俺はヒトですから」
「そうか」
天満の言葉は穂華にはそうではないように聞こえていた。哀悼はあった、命を平然と扱うユーハバッハへの怒りも。だが彼の胸の内にあったものは
「行く直前で助かった、また無理させちまうな清龍」
「斬魄刀をあんまり酷使するなよ、卍解は使うな」
「解ってる」
「ただ、もう星十字騎士団は壊滅状態なんですね、残された聖兵たちもちょっとだけ可哀想ですね」
「……結局は瀞霊廷やボクらは霊王宮への道を一護くんが開けるために痛めつけられとったってことやね」
一護たちを見送りつつそんな話をしていたところ、浦原と京楽の連名による伝令が発令された。
──現在瀞霊廷に残っている戦闘員は大至急、技術開発局までお集まりください。そんな伝令の前に集合していた天満だったが、チラリと藍染の方に目線を向けた。
「気にすることはない、咎められるべきは四十六室を転移したのをいいことに私を外に出した京楽なのだから」
「そんなアンタを平然と連れ回してると知られるのも拙いんですよね」
「どのみち明らかになることだ、こういった隠し事の露見は早い方がいい」
「一理あり、というところだな天満」
「説明責任は浦原さんや京楽隊長に投げる、決めた」
そうして待つこと数分まずルキアと恋次、そして白哉の三人がやってくる。天満たちと合流できたことに安堵したのも束の間、その後ろにいる黒い戒められたスーツを身に纏う藍染惣右介に対してまるで──実際、事実として怨敵であるため間違えていないが、怨敵を目にしたような顔をする。
「……なんで藍染が天満と一緒にいるんだよ」
「京楽隊長が四十六室から許可はもらったそうですが」
「そういうことを訊いているのではない……何故、藍染惣右介を外に出したのかと問うているのだ」
「これでも彼らに力を貸していたのだが、随分な嫌われようだね」
「気にしてへんでしょう」
「そうだな」
不信感を顕にするルキアと恋次を制したのは、本来ならば誇りと規律を重んじる男、朽木白哉だった。堅物であり、矜持と規範のために全てを捧げてきた男は、だが聡明でもあった。
藍染が彼を害することなく瀞霊廷を歩いているという事実、そして彼の未来予知を鑑みて、たった一つの問いかけをした。
「……稲火狩天満」
「はい」
「
「勿論です……俺の最善、この尸魂界の命を護るには、藍染の不死の肉体が必要でした」
「ならばこれ以上は何も訊かぬ……だが
「……はい」
「護廷十三隊に所属するものなら……正義を違えるな」
その言葉に天満は頷くものの、藍染は侮蔑の表情を浮かべていた。正義などという言葉は天才すらも凡愚に変える。実際に本当の世界にとっての正義は黒崎一護のように奔放で、時に稲火狩天満のように悪辣でなくてはならない。正義を語るというのなら、悪を挫くためには悪すらも利用できるようにならねばならない。
──その藍染の胸の裡にある理論は奇しくも、零番隊の掲げる正義や京楽の語る護廷と同種のものであった。
「それじゃあ、これまでは自由にしてたけど、また椅子に座っといてもらえるかい?」
「いいだろう、元々与えられる自由にさしたる興味もない」
「……まァ、天満が抑えとるんやったら俺はなんも言わんけどな、桃には近づけさせへんで」
「起こったことにアレコレ言うのはアートじゃないね」
「だが納得しきれねェのは事実だ」
「護廷にとっては恥ずべきことだ……京楽然り、浦原然り、貴様もな稲火狩」
「藍染は殺したいって気持ちどころじゃねぇが……俺は天満を信じる」
集まったメンバーで今行動できる戦闘員は天満の尽力で随分と増えていた。
現在活動できる隊長格は一番隊、二番隊、三番隊、五番隊、六番隊、九番隊、十番隊、十二番隊がいずれも隊長も副隊長も両名戦線に参加でき、十三番隊副隊長のルキア、十一番隊の一角と弓親が傷は負っているが軽傷、剣八が重傷で治療中、それを担当しているのが虎徹勇音、そして補助として山田花太郎、浮竹十四郎、虎徹清音がついている。
「ほぼ欠けてへんね」
「尚更申し訳ないですね、狛村隊長に」
隊長たちは大なり小なり応急処置を施されてはいるが、狛村と卯ノ花を除き無事にここに姿を見せている。
それは天満が情報を渡し、限りなく戦争を有利に持ち込んだからだった。だがここから先は原作通りの総力戦となる。
死者こそ出ないため天満としても介入はせずに置いているが、それでも多少の影響があることは充分に予想していた。天満がいつでも記憶から引っ張り出すことが出来るため浦原の説明を全てスルーして考え事をしていると、更に見知った顔が現れた。
「天満」
「望実……置いてかれたのか」
「……先に言う事がそれかッ」
「す、すんません」
「お前! 望実はな、エロ店主の指示でそこの仮面の軍勢とか言うのと一緒にいたせいで乗り遅れたんだぜ!」
「余計なことは言うな!」
現世にいた仮面の軍勢、そしてその四人と世界の歪みに発生していた物質の精製を手伝わされていた望実、そしてそんな彼女に付いていったため尸魂界にすらいなかったコンも付いてきていた。本来なら技術開発局に囚われて割りと悲惨な目に遭うため、天満は生暖かい眼でその改造魂魄組のコントを見守っていた。そして、これだけはと治療を終えた浮竹の元へと向かった。
「浮竹隊長」
「天満か、色々と無茶をやってるみたいだな」
「……いえ、これも俺が無力故です」
「いいや、俺はお前を誇らしく思っている……最初は無謀な男だった。けど今は無茶はするがきちんと部下を慮れる死神へと成長した」
「それも全て、浮竹隊長のお力添えあってのことです……友や仲間と研鑽してこれたのも、案じることも案じてもらうこともある部下を持てたのも、全て貴方の部下だったからです」
「ああ……なら天満、来るべき時、お前が朽木を支えてやってくれ」
「──ッ、それでは」
「アイツが隊長になる時、副隊長はお前だ」
「……はい!」
浮竹も、彼がわざわざその言葉を発したことで、その感謝を伝えられたことで自分の運命を覚悟した。もとよりそれを見越しての「神掛」だったが、そこで命果てることこそが自身の使命であり宿命であり、そして役割なのだという理解を示した。
その死する浮竹を見送るということが、後々、十数年後に新たな厄災の引き金になることを知っていながら、それを止めない天満を浮竹はそれでも恨みはしないだろう。
「浮竹隊長」
「阿久津、丹塗矢……それに市丸も」
「ボクはまた現世でのんびりさせてもらうだけや」
「はは、それでいいさ。キミも天満のことをよろしく頼む」
「有り難うございました」
「あ、有り難う……ございます!」
怖がりだった友を助けるため、そして自身の制御をしてくれるのは天満しかいないとして浮竹が一緒の隊に配属してくれたおかげで死神になることができた。砕蜂の申し出を受け、同じ苦しみがあったと天満と引合せてくれたのは誰でもない浮竹だった。ルキアも、十三番隊は皆、浮竹の暖かさに救われ、そして浮竹を暖かさで支えてきたものたちばかりだった。
──だからせめて、識るものだけでも突然の別れでなくしたかった。それが天満の我儘の一つだ。
「始まるな」
「……はい」
最初は僅かな振動だった。だがそれは突如として微弱なはずが建物を倒壊させていく。建物が、土地が、大地が、世界が、音を立てて軋み崩れ落ちんとする。
その現象を浦原は驚愕と共に口にした。それは天満が隠していた
「霊王が死んだのか……!」
「な、なんでや! 零番隊は、天満……! お前はこれ、知っとったんやないんか!」
「天満サン……?」
平子と浦原の視線の先へと自然と顔が向いていく。そこにいるのは浮竹の隣に立つ隊長でも副隊長でもない男、だが常に彼らが有利になるように情報を与えていた男、稲火狩天満。
他の隊長たちの大体の顔に浮かぶ疑問はどういうことなのか理解できていない、だが天満が知っているとはどういうことなのかということ。そして平子はこれが予期できていたのか、できていたのなら対応策はあるのかということ、浦原はこれは原作にあったのか否かという疑問だった。
「零番隊は全滅……一護くんたちは間に合わなかった。それが真実です」
「でもこのままじゃあ、尸魂界は疎か、虚圏も現世も、消えてなくなるんスよ!?」
「な……なんだと!?」
「ど、どうしたらいいんだよ……何かやることはねぇのかよ!」
「──これを止めるのは俺だ」
「う、浮竹サン……その姿は?」
「いいんだな、天満」
「ええ、お願いします」
天満が一歩退がり、逆に浮竹が前に出る。
彼の肺に巣食った「
それは小椿仙太郎、虎徹清音には伝えられていたことだった。天満はそれを事前に知っていた。そして天満は業平と市丸しか知らない予測に基づく事実を隠していた。
「ユーハバッハは霊王と一体化すべきだと思う」
「……どういうことだ?」
「なんと言ったらいいんだろうな。霊王には意思があって、その意思が一本の線を生み出しているし、俺がちょっと行動して未来を変えようとしてもその道へと軌道修正がかかる……これは話したよな」
「天満クンの言う修正力やね」
「ええ、確信しているわけではないんですが……恐らく霊王を取り込むとその意思に呑まれてる、というか取り込まれることが霊王の意思……そんな気がするんです」
取り込まれることで死しても尚、三界の楔に成る。それが霊王の意思であり、事実として一護を楔という運命から救う手段でもある。
それは同時に浮竹を殺すという選択なのだが、一護の力を奪わせ、次代の霊王の器足らせるにはやはり右腕を吸収させ、聖別により心臓を取り込ませる必要があると天満は原作こそが一護を楔から救う手段だと考えていた。
「零番隊のやり方は戦争が長引く……それだけは避けたいんだ」
「例え十三番隊長さん……キミにとっての恩人を見殺しにしてでも」
「……市丸さんの言う通りです。こんなやり方は間違っている……こんな方法でしか世界を救えないのは間違っているんです」
天満は既に覚悟を決めてきた。一護はこの先に必要だと。それはこの先の未来が、原作が完結しており天満にすら未知だったとしても一護の力と意思、なにより護るという心は現世に置いておくべきだ。
なればこそ、上司を地獄に堕としてでも天満は生命の救済のために動く。それが、天満の正義だからだ。
「……今まで有り難うございました浮竹隊長……俺は十三番隊でいられて、幸せでした」
浮竹の身体から黒い腕が伸びていき、振動は止まった。
その姿を藍染惣右介は地上で興味がなさそうに、だがこれで稲火狩天満にとって大きな制御装置であった右腕が消えたことに対しては頬笑みを浮かべていた。もとより地上でも好き勝手に意思を持ち、世界の維持のためにへばりつく霊王の欠片のことはあまり良い印象を持たぬ藍染にとっては等しく消えるべきものではあるのだが。
さらば浮竹十四郎