モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
浮竹の身体を両三席に任せ、天満は地上へと出た。そこには藍染惣右介が椅子に座った状態で再び戒められていたが、そんなことを気にした風もなく静かに戦闘準備を始める天満を観察し、再び天へと伸びた霊王の右腕を見つめ、成る程と一言だけ呟いた。そのしたり顔に声を掛けたのは意外にも丹塗矢穂華である。
「藍染さん、あの……よろしければ私に今何が起こっていて、これからどうなるから天満さんが地上に出たとか、教えてくれたりしませんか?」
「浮竹から出たものがまもなく消滅し、敵が降りてくる──とだけ言っておこう」
「な、成る程……だからもう臨戦体勢に」
「穂華」
「はい、すみません天満さん!」
「別に怒ってはないんだけど……解放して構えておけ」
「りょ、了解しました──五色燕凰!」
「清龍!」
「……炎輝天麟」
その四人の様子に浦原も何が起こるのかと困惑する。そもそも「神掛」という儀式も知らず、また霊王が死ぬともその代わりとして浮竹の臓腑に宿った「霊王の右腕」がどの程度世界を維持出来るのかも解らない状態の中で、自分に出来ることは再び霊王宮への門を造ることだと信じて続けようとしたところだった。
「隊長!」
「隊長ッ!」
浮竹から霊王の右腕が剥がされていく。そして代わりに黒がその空を覆い、天蓋を造り出した。星ひとつない真っ黒な蓋をされ、砕蜂が天満たちがこれすらも見通していたのかと若干の不信感を懐きながら地上に出たところだった。
天満がその
「登り清龍!」
「肆舞・刻燕!」
「──雷哮炮」
それぞれの技が繰り出されるも、やはり異形たちはキリなく落ちてくる。その空から降りてくるという特性上、天満の卍解でも意味をなさない。言い方は腹が立つものの藍染の言葉は正しいのだと天満はまさにちまちまと刀で払いながら自分が助力を頼っている男が如何に危険かを思い知っていた。
「滑稽だな稲火狩天満」
「そう思うんなら手伝ってくださいよ」
「いいだろう……元よりその約束で地上に出ているのだからね」
「ひゃあ、藍染隊長がやる気になったわ」
「逃げますよ、市丸さん!」
「──破道の九十、黒棺」
地下の研究室に全員が避難し、そのまま地上が更地になる程の威力で「黒棺」が放たれた。霊王の力の奔流が全て消し飛び、それどころか尸魂界を覆っていた天蓋にすら罅を入れていく。崩玉で得た力は消失しているはずだが、その威力は離反寸前に見せたものとは桁が違う。或いは完全詠唱すれば虚と死神を超越していた時に放ったものとおそらく威力も遜色ないかそれ以上の恐れまであるというのだから、やはり藍染惣右介という男は魔王だと天満は感じていた。
「天蓋、俺が壊しましょうか?」
「フ、高密度の霊子体だ……キミが霊圧を使うまでもなく、私の霊圧で衝撃を与えるだけで自壊する」
「や、やめろ藍染……このままでは門のために集めた霊圧までもが……!」
「霊王宮に用があるというなら私が撃ち落としてやろう……!」
そこから先の流れは天満も識る通り、拘束具によって霊圧を留めておいてあるという話、そして藍染が売り言葉に買い言葉とばかりに霊圧を再び全開にしようとした瞬間に、ナナナ・ナジャクープの「
「バズビー……テメェ……!?」
「……どういうことだい?」
「手を貸すぜ」
そこに居たのはバズビー、リルトット、ジゼル、そしてミニーニャとキャンディスの五人、先程死んだナナナを含めれば地上にいた星十字騎士団の全ての生き残りである。
天満はキャンディスに睨まれ、殺気立つ穂華を手で制しつつ何故かジゼルもまた天満を今にも殺すかゾンビにしそうな勢いで見つめてくることに気づかない振りをした。
「なんだ、生きてたのか姉ちゃん」
「残念ながら」
「まァいい、今はヤり合う気はねーからな」
「アタシは今ここでヤッてもいいけど」
「おいクソビッチ、話をややこしくすんな」
「あのクソモブくらいは殺してもいいでしょ?」
「協力するって言ったのに殺しちゃだめだと思うの」
そこそこ真面目なリルトットとリルトットだけならおとなしいジゼルだけならばシリアスだが、やはり四人に増えると姦しい上にシリアスが続かないなと天満は苦い顔をしていた。共に霊王宮へと突入するための戦力の増強、それでも未来が変わることはないだろうが、天満はこれでいいだろうと共通の敵を追いかける彼らを横目で見つつ藍染と京楽の元へと向かう。
「おんや、天満クンは手伝わなくていいの?」
「俺如きの霊圧なんて、あってもなくても変わりませんよ」
「……そうかい」
「ふう……」
「もう動けるのかい」
「動けると言うと語弊があるな、殺すなら今だぞ」
「だってさ、天満クン」
「不死たるアンタに殺すだなんて言葉を使う気にもなりませんよ」
天満の言葉に、藍染は微笑みそして空を見上げた。かつて藍染が乗り込み、今のユーハバッハのように霊王へと成り代わり世界を造り変えようとしたその王宮へと、今一護の敵を追うため、人間も滅却師も死神もそして──虚も。全ての力がその場に結集しようとしている。その事実に藍染は僅かな苛立ちを籠めた。
「成り代わらないんですか? それこそ世界を掌握するなら今を於いて他はないですが」
「零番隊を全て堕とさねば意味はない」
「成る程、あれらに傀儡にされるのがまっぴら、というのは共感しましょう」
「そう考えるキミのような男こそ、私の零番隊に相応しい」
「寝首を掻いていいなら」
「それはいい」
「剣呑な話をしてるねえ」
黒崎一護はそのままでも霊王の代替品としての資格を有している。藍染惣右介が崩玉の力によって彼の力を奪い尽くすことでその役割を得ようとしたことからも解る通り。だがそれを阻止した男が霊王宮に立ち入り、世界の在りようを懸けて戦っているということ、そこに自分が関与できないという現実が、藍染には我慢ならなかった。
「キミはどうするつもりだ稲火狩天満」
「どうもしません。ただ地上に残ってる聖兵を片付けて、隊長方のいらっしゃらない瀞霊廷を護る、それだけです」
「そうか」
「アンタも留守番だから、そこで大人しくしといてください」
「ならば私も来る戦いに備え、座して待つとしよう」
「それじゃあ、瀞霊廷は頼んだよ、稲火狩五席」
「お任せください、総隊長」
彼らが門を造り、霊王宮へと突入する頃にはあの王宮は「
天満はそうして、見えざる帝国の建物が宙を浮き、剥がされていくのを見上げていた。
「やっと見慣れた景色に戻ってくれたな」
「あの滅却師の街は何処へ行ってしまったんですか?」
「霊王宮を創り変えたのさ」
「そんなこと出来るようなバケモン相手に、藍染隊長と一護くんが挑むんやね」
瀞霊廷侵攻のため残った聖兵たちは困惑しつつも、それでも陛下の御為と瀞霊廷の外への進軍を画策していた。星十字騎士団の聖文字持ちもいなくなったというのに、その歩みは留まることはない。
それを押し留めるため天満が西の白道門、市丸が北の黒隆門、業平が東の青流門、穂華が南の朱洼門の直線上を護る。
「向かって来るんやったら──命はいらんってコトでええね?」
「やれ!」
「射殺せ──神鎗」
「怯むな、陛下の敵を殲滅せよ──!」
「キミらの信じる陛下はもうおらん……それにボクの射程はきっと、キミらの弓より長いと思うよ──卍解、死せ神殺鎗」
その掛け声と共に、始解とは比べ物にならない程の速度で、比べ物にならない距離を貫く。既に彼は命乞いを聞き届けるつもりなどない。その証拠に一直線の道に向かって彼は「神殺鎗」を切っ先を向け、胸の前で構えるのだから。
超速度で悲鳴を上げる間もなく聖兵たちは刺し貫かれ、絶命し、死体の山を形成し始めていた。
「がッ」
「ひ、コイツ……つ、強い!」
「言っただろう、その線を越えたやつは……俺の清龍の爪によって刻まれるとな!」
激流を纏った優美ながら力強いその一太刀は静血装をものともせずに斬り落としていく。勇気あるものから死んでいくというこの現状にあっても、足を踏み込むものは後を絶たない。
彼はそれを心苦しく思いながらも冷徹に一人、また一人と聖兵の身体を両断していた。
「投降すれば命までは奪いません、ですから!」
「このォ!」
「あのお方の仇!」
「……どうしてッ!」
穂華は、苦しみの表情で滅却師の身体を鉄扇で斬り裂く。それが引き金となって、聖兵の怒りが、憎しみが穂華を呑み込もうとしていた。眼の前の死神を殺し、そして流魂街を、そこにいるであろう多数の死神たちも、市民も全て殺すのだと。
その血で濡れた感情を前に穂華は、結論を下した。彼女は戦士でも暗殺者でもない。彼らと本質は同じく、崇める神の使いであるが故に。苦しみの表情が冷徹に、その眼の色が金色に輝いた。
「退かぬというならば貴方達の運命は此処までです。せめて聖火を以てその魂を炙りましょう──卍解、極煌聖凰飛翼ノ熾臣」
「馬鹿な……卍解だと……!?」
「さようなら、名も知られぬ聖兵たちよ……五色炎舞、
手を振り、彼女にとっての唯一絶対なる主と同じ色の翼が起こす炎と風が巨大な渦を巻き、周囲全てを巻き込み灼熱の刃で斬り裂いていく。かつて彼女の母が編み出したものの終ぞ扱うことができなかった主君への敬愛の為に生み出された最後の炎舞、それは主君の前に立つ障碍を尽く打ち払うための「五色燕凰」と己の霊圧を織り交ぜた究極の一撃となって聖兵を、怒りや憎しみを灼き払っていく。
「これでもまだ、此処を通ると言うのか、聖兵」
「退くな、これは陛下の道を拓くための戦いなのだ!」
「既にユーハバッハの道は、未来は閉ざされてる……この世界を構築する霊子となり、それを知れ」
神聖矢を全て左手の小太刀に吸い寄せ弾き返し、右の長刀による斥力で圧殺することで第一陣を全て屠った天満がそう問いかけるが答えはその一言だった。瞬歩で敵陣の真ん中へと切り込み、引力に引っ張られた腕や首を無慈悲に斬り落としていく。その瞳に、命に対する慈悲は消えていた。ただ、
「天麟黒星」
「グガッ」
「あ、ガ、た、助け……」
「──炎輝白星」
黒星で吸引したところで白星をぶつけていく。複雑に絡めば瓦礫を集め星とすることが出来るそれを、天満はただただ純粋にぶつけ合っていく。強力な引力を宿した星と強力な斥力を宿した星、二つの力がお互いの力を破壊し合い、周囲を無へと消し飛ばしていく。
一つでも破壊されれば大きな爆発を起こすその星を二つぶつけて破壊させたその威力は、二倍ではなく二乗──その周囲の建物も全て光に呑まれて消えた。
「さようなら、滅却師」
断末魔を聞き届け、天満は死した命を想って右目から涙を零した。その涙は偽善であり正義を懸けて戦ってきた滅却師への侮辱とも取れる。だが、それでも天満は止まらない涙を拭い、ゆっくりと聖兵たちを追い詰めるため中心部へと移動していく。この命を奪う行為によって、天満とその部下たち、そして彼が呼び込んだ市丸はこの「霊王護神大戦」と皮肉なのか
「まだ出てくるか……仕方ないな」
天満は二刀を構え、聖兵を迎え討つ。穂華も市丸も業平も、一騎当千の猛者の如く、滅却師の一団を一人残すことなく鏖殺していく。
この行為に正義はない。少なくとも黒崎一護はそう叫ぶだろう。そして天満自身もこの行いは悪だと疑いもなく理解していた。だがその血風の先にこそ、正しい未来があるのだと信じて。
千年血戦篇も次の次くらいで終わるかもしれません。