モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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VANARGAND(3)-HARMFUL BIRDS-

 地上の聖兵が殲滅され尽くし、戦争が始まって尸魂界に二度目の夜がやってきた。すっかり静寂が戻ったように感じられる瀞霊廷も、隊士達の帰還は未だ叶わない状態である。

 そんな静寂の瀞霊廷に残った天満たちが警戒をしているのは後一人の星十字騎士団の墜落だった。

 

「神の力を弾くなどと全く……罪深いな」

 

 その頃、真世界城の城下では「神の裁き(ジリエル)」の第二形態とも言える状態となっていたリジェ・バロが「神の喇叭(トロンペーテ)」を伊勢家の宝剣である「神剣・八鏡剣」によって自らの身体に返され、そして無数の羽となって地上へと堕ちていく。彼らはそれを勝利だと確信し、傷深いため腰を落としたが、天満たちにとってはそれこそが始まりだった。

 落ちたリジェの羽は光となり遮魂膜を破壊しながら瀞霊廷へと落下していた。

 

「……やれやれ、総隊長になったというのに何をやっているんだ」

 

 藍染はその様子に嘆息する。戦いに勝利しようとも、それが原因で瀞霊廷を破壊してしまうのでは意味がないだろうという嘆息、そしてその光の霊圧一つ一つが、隊長格に類する程の力を持っているということに対して、稲火狩天満の言う本来の時間軸だったならば相当な被害が出ているという嘆息だった。

 

光輪(ハイリゲンシャイン)がない……天から堕ちて光輪を失うなんて、まるで僕が罪深いかのようじゃないか」

 

 地上に堕ちたのはそのほとんどの力を失った天使、神に近しいものと化したリジェの()()だった。

 彼は京楽春水への怒りで周囲に光弾をばらまき、瀞霊廷の建物を破壊していく。彼への報復のように、尸魂界を泥になるまで踏み躙ろうと企むその神の力無きリジェは、後ろからの斥力を伴った一撃によって首を切断され、自らの光で爆裂した。

 

「ギィイイイ!」

「殺した、殺したなッ!」

 

 鳴き喚く鳥類の姿をしたリジェに対して、本筋の吉良イヅルに代わり彼らの殺戮をするのは、稲火狩天満の役割だった。

 一刀で理解したが、神の力を失ったリジェは「万物貫通」の力もなければ、光を放つだけで知性すらも少し下がっているような感覚さえした。

 そして、重要拠点である技術開発局は奇しくもあの魔王が鎮座している。藍染惣右介なら、これが百体迫ろうが霊圧だけで殺せるだろう。そしてもう一つの重要拠点、四番隊の救護詰所周辺には、業平と市丸が待機していた。

 

「けたたましい鳥やなァ」

「市丸さん、討ちもらしと後衛頼みます」

「ん、ソイツら一匹一匹脆いけど、霊圧自体は副隊長以上はあるからな……気ィつけ」

「承知済みですッ!」

 

 そして天満と穂華は遊撃としてリジェの分裂体を蹴散らしていく。防御力はないに等しいが、攻撃力が非常に厄介だった。光弾の弾速は天満の引力よりも速く、そしてかすりでもすれば身体を削り取っていくだろう威力だ。分裂体となっても先程までの聖兵とは格が違う強さに、穂華は焦りの表情を浮かべていた。

 

「五色、燕凰──!」

「ギィイイイィ!」

「こ、この鳥……想像以上に強い……!」

「焦るな穂華、動きは奇っ怪だが単調だ。予備動作を見逃すなよ」

「はいっ!」

 

 背中を合わせて、穂華は舞う。光弾を防御しようとすればそのまま斬魄刀ごと貫かれるが、その威力を放つには溜める必要がある。そして溜めている間は無防備かつ、それを破壊すれば自壊し、致命傷に出来る。その性質を見抜き、穂華は攻撃動作に入った個体から丁寧に処理していく。

 

「親衛隊とやらも、こうなってしまっては文字通り烏合の衆か」

 

 藍染もまた、光弾を完全に霊圧によって消し飛ばし、そして向かってきた個体をその霊圧と鬼道で圧殺していく。京楽春水の護ろうとした瀞霊廷、尸魂界の破壊を成すまでもなく、リジェ・バロの羽だった彼らは数を急激に減らしていた。

 そこには、天満たちも関与していない使い手の姿もあった。

 

「一護のヤツへの義理を返そうと思ったのに、コイツらも滅却師なのか?」

「さあ? ただ、死神ではないみたいだけど」

 

 瀞霊廷内の集合ポイントへと移動しようとする彼らを阻んだ個体は全て死体となり消えていく。

 杭はきちんと機能していたようで、黒腔への空間が開けていき、かつての仲間たちが待つ場所へと一瞥もせずに去っていったのを誰も気づかなかったわけではなかった。

 

「今のは……」

「どうかしましたか、天満さん」

「いや、別の味方の霊圧があっただけだ。白道門付近はもう全滅してる……よし、こっちだ穂華」

「了解しました!」

 

 人間のような、それでいて異質で虚の匂いも僅かに混じった霊圧、茶渡や織姫に近いその霊圧は完現術者のものだろうと判断した。特にそのリーダーとも言える銀城の霊圧は死神も混じっているため彼らが霊王宮へと上がるために侵入してきたのだと確信できた。ならば拒絶する理由もないとまだ討伐されていないであろう霊圧の出処へと移動していく。

 

「完現術者……やはり集まっていくな──ユーハバッハが霊王となったからか」

 

 藍染はその霊圧を感じ、徐々にではあるが確実に霊王の遺骸、そしてその力を吸収したユーハバッハの元へ「霊王の欠片」たちが集まり始めていることを感じ取っていた。一護や織姫や茶渡といったものたちも、他の完現術者たちも、浮竹に宿っていた右腕も、そして滅却師として意思を持っていた欠片たちも、皆一様に上へと集まっていく。かつて霊王の力を恐れ、封印を破ることを恐れた一人の臆病者と、その賛同者たちが切り分けていった霊王の欠片、それらがゆっくりと引き寄せ合うように霊王宮を目指している。

 

「やはりあの残滓を全て打ち砕かねば天には立てないということか」

 

 稲火狩天満もまた、藍染惣右介と同じことを考えていた。ユーハバッハとして意思を表層に出したことで、彼らは()()、或いは共鳴しているのではないかと。天満にとってみればそれでも、最後は遺骸になることを識っているため危機感は抱いていないが、それがもし、もしも天満の考察が真実だとするならば、おぞましいなという嫌悪感を抱くなという方が不可能だが。

 

「ギィッ!」

「──重斥突」

「睨越!」

「ギギィイイイィィイ!」

「……よし、今ので何匹目だ?」

「数えてません!」

「そうか」

 

 そういう天満も具体的にどれくらいの数いるのかなど知る由もないため、周囲の霊圧で探索する。リジェの個体群に霊圧を消すという高度な知能が無ければ今ので打ち止めかと天満は安堵する。建物の被害は甚大だが、未だヒトの残る場所には攻撃の手は加わらずに済んだ。技術開発局の防衛に使ったことを後で藍染になんと言われるかという懸念は残っているが。

 ともかく、夜明け頃になり漸くリジェは完全に消滅した。この大戦に於ける最後の夜明け、そして最終決戦までは秒読みといったところだ。

 

「それじゃあ、皆でユーハバッハとも戦いましょう!」

「穂華」

「大丈夫です、藍染さんに市丸さん、十席がいれば黒崎さんがいなくたって──」

「──穂華!」

「ど、どうしたんですか天満さん」

「……お前は救護詰所に戻って治療を受けろ」

 

 パッと天満へと目線を向けた穂華は、ほぼ無意識に右腕を身体の後ろへと隠そうとしていたが、それを天満が見逃す筈もなくその手首を掴んだ。

 引っ張られたことで痛みが走ったのか、顔を歪めた穂華は袖の下にあったまるで前腕部の一部がくり抜かれたような傷が天満に晒されたことが一番痛いと感じていた。

 

「天満さん……でも私まだ、まだ戦えます!」

「駄目だ」

「天満さん!」

「上官命令だ丹塗矢十三席……此処は戦場で、お前は兵士だ……上官に従え」

「……ッ!」

「返事は」

「り、了解しました……稲火狩五席」

 

 置いていかれたくないという感情は天満も理解していないわけではない。彼女はその恐怖から戦士であることをやめ、そして卍解を会得さえしてみせた。稲火狩天満の傍に立ち続ける、それが穂華の刀を握る理由なのだから最後まで傍にいることを選ぼうとするのは当然とも言える──それが決して浅くない傷を負っていたとしても。

 

「心配するな、穂華……なんせ雷に三度打たれても戻って来たんだからな」

「は、はい……キャンディス・キャットニップはいつか必ず殺します」

「もういいから、業平にも万が一のことを考えて待機しておいてくれって伝えといてくれ」

「りょ、了解致しました……市丸さんは?」

「あの人は俺の指示とか部下じゃないからとか言って無視するに決まってる」

 

 そんな言葉に苦笑いをして、穂華はせめて一緒に四番隊舎までと押切り、猶予があるのかどうなのか解らない夜明け頃の瀞霊廷を走る。救護詰所には元四番隊の伊江村八十千和が不安そうな顔で待機しており、そこにはボロボロになった射場も運ばれていた。どうやら彼は狛村を最後まで守りきり、聖兵を蹴散らした後、疲労で倒れ、それを狛村が運ぶ途中にリジェに襲われたらしい。

 

「こまむ……その狼は?」

「何処かへ行ってしまったらしい。副隊長の意思を尊重してくれてるんだろうな」

「獣になってもうても七番隊長サンは変わらんってことやな」

 

 そして激闘は終わったという天満の報告を受けても此処に残った救護隊や、技術開発局の職員が不安になるのは当然だ。

 外に隊士がいるとはいえ、護廷十三隊の主力は軒並み真世界城へと向かってしまって、浦原の言葉によれば帰ってくる保証すらもないという状態なのだ。もし帰ってくるまでに数年、数十年、或いは永久に帰ってこないとするならば瀞霊廷は壊滅したも同然だからだ。

 

「安心しろ、なんて言っても無駄ですからね」

「安心させるんには、帰ってくる場所を確保せんとね」

「という訳で業平、穂華を抑えといてくれ」

「任された」

 

 天満の予想通り部下ちゃうし怪我もしてへんよと無理やり付いてきた市丸は藍染惣右介の元へと移動する。この世界を全て一つにしようとする大魔王は世界を己の思うままに破壊しようとする魔王の元へと門を開く。懸念点として市丸も天満も藍染の「鏡花水月」の催眠にかかってしまうという点だが、原作では藍染一人で対応していた相手だからといって現状が平気という確信はない。ユーハバッハが最初から「鏡花水月」を見破る可能性だってないわけではないのだから。

 

「市丸さん、なるべく卍解は使わないように……折れたら取り返しがつかないですから」

「ま、藍染隊長がフォローしてくれるんを祈るとしよか」

「あの人、きっとワクワクして待ってますよ」

 

 その言葉に市丸も口角を上げた。

 乱菊を傷つけたこと、その魂を削り取ったことを許しているわけではない。それが元に戻らないと知った時の喪失感、虚しさはきっとこれから何万回、藍染の胸を穿ったところで晴れるものではない。

 だが不思議と藍染との共闘は受け容れられるものだった。それはきっと、彼女と日常を過ごせるように自分の目的を理解し、未来を識っているからということ無しに全力でぶつかってくれた彼がいるからなのだろう。

 

「な、天満クン」

「……なんですか?」

「ボク、これでも感謝しとるよ」

「知ってますよ、そんなこと」

「それでも、言いたいんや」

 

 天満にとっても、市丸は未来を変えるという覚悟と指針であった存在だ。迷い、本当に変えてより良い未来は訪れるのだろうか、原作が一番幸福な未来なのではないのだろうかと何度も柄から手を放そうとした。だが、彼との出逢いが、語らいが、陰謀が、彼の道だった。天満が歩んでいるこの違う未来も、彼を追いかけたことで生まれた道なのだから。

 

「……俺も、言いたいことあったんでした」

「何?」

「あの時、声を掛けていただき有り難うございました──市丸隊長」

「懐かしいなァ」

 

 干し芋に舌鼓を打っていた天満に対して声を掛けたのが全ての始まりだった。あの頃の天満は迂闊な動きを繰り返しており、市丸も瀞霊廷内を何やら探ってる男がいるとして、天満に声を掛けていた。

 その出逢いがまさか、全ての未来を変えるきっかけだったとは、今こうして共に敵と戦うために駆ける仲間になるとは天満ですら想像しなかったことだ。

 

「──そろそろ来る頃だと思ったよ」

「……何?」

「ようこそ、私の尸魂界へ」

 

 その頃、空間から穴が空き、ユーハバッハが地上へと降りてきた。そうしてそれをやはり泰然自若の態度で出迎える藍染惣右介、その言葉にユーハバッハは笑みを浮かべていく。

 ──最終決戦の引き金は引かれた。ここから始まる戦い、それは未来を懸けた戦いであり、稲火狩天満にとっては全ての生命を護るための戦いが終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




害鳥駆除完了☆

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