モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
REAPER OF REAPER(1)
後に「霊王護神大戦」と皮肉な名を付けられる戦争の終結から数日後、天満と市丸は一番隊舎に集められていた。
目的は当然、藍染惣右介の再度収監、天満はそれを見送る役割を担っていた。他には京楽、そして有事に備え散開している隊長たちだった。
「それじゃ、なにか言い残すことはあるかい?」
「稲火狩天満」
「俺はありませんよ、言っておくことなんて」
「嘘が下手だな……それもいいだろう」
彼が言葉を残す価値があるものという事実そのものが不幸、と京楽は原作で語っていたが本当にその通りだなと天満は自身の境遇の不幸を呪っていた。言いたいことなんて山程ある。一番言いたいのは二万年と言わず百万年は出てこなくていいよという程度のことだったが、天満はそれではなく藍染からの言葉を待った。
「キミの世界が完成した頃にまた会おう」
「俺は神に成るつもりなんてないですって」
「フ、キミはそうでも世界はそうではないのかも知れない。或いはキミの言う運命、重力とやらがね」
「そのために俺は降臨したと……六日かかるんで来週でいいです?」
敢えて挑発するような物言いを笑みで受け流す藍染に対して、急いでやってきた檜佐木は、恩人である東仙要を殺した男と軽口を交わす稲火狩天満という存在に混乱していた。神だとか、なんだとか、意味の解らないことを言っており、そして京楽からしても今の藍染惣右介は随分と口数が多く感じる。言葉を残す価値ある存在であるからこその、危険なやり取りだった。
「天満クン、そこまでにしてもらえるかな?」
「ああ、すみません……」
「酷いじゃないか京楽春水、それとも私との会話が彼に変節を及ぼすことを恐れているのか?
「巫山戯るな!」
天満は藍染が余計なことを言う前に口を挟もうとして市丸に止められていた。彼は天満から予め聞かされていた会話の中にこれが存在する意味があると判断していた。檜佐木の心に火を灯すのは、そしてゆくゆくは大きな事件を解決することになる彼の気持ちの原点は、紛れもなく藍染惣右介の言葉になると、それで未来が確定するのだと。
──怒声を上げたのは檜佐木修兵、今回の事件のキーマンであり、東仙要を尊敬し敬愛する死神であり、またそれを殺した男の収監をこの目でみたいという私怨によって直前に駆けつけた男だった。
「東仙隊長が……お前の言葉なんかで信念を曲げたって言いたいのかよ……」
「妙な物言いをするな、檜佐木修兵……ならば同じく私の部下をしていたギンや、東仙要が死した原因すらよく知っているであろう稲火狩天満に訊ねてみるといい。彼がどうして死神達を裏切ったのか、そして私がどうして慈悲として彼を殺したのか」
「……俺や市丸さんに投げないでくださいって言いたいですけど、もうしゃべんない方がいいですよ」
「そのようだね」
「……なんだって?」
「檜佐木副隊長」
「退け稲火狩! コイツは今、東仙隊長のことを虚仮にしたんだぞ!」
「やれやれ、ならば何故、彼が東仙要を救わなかった? 出来たはずだ、稲火狩天満になら彼を救い、そして苦しめることが──」
「──黙ってろ、藍染」
今度は檜佐木の言葉だけの、感情では湧くもののブレーキの掛かった怒りではなく、純粋な殺意ともとれる天満の霊圧が藍染の霊圧とぶつかり合う。檜佐木はその霊圧に、驚くことすらも出来ない。
──だが、それで理解した。一護や藍染と共闘したとされる天満ですら、こうして刀を抜きかねない藍染に対する怒りを宿せる。だというのに、勝てるわけがないと諦め、そしてただ噛みつくことしか出来ない自分の無力さを。
「……フ、解っただろう? キミは死神達に埋もれるには、あまりに物事を識り過ぎている。たったこれだけで破綻するほどに」
「京楽隊長、とっとと収監した方がいいですよ。これ以上はしゃべらすのも害です」
「……やれやれ、やっぱり市丸クンだけじゃなくて他の二人も連れてこなくちゃ駄目みたいだねえ」
「ホンマですよ、制御装置いうんは形だけやないですから」
そうして言葉を残す価値のある死神がいたためか元よりも遥かに問答は短く、だが確実に様々な感情を死神達に残し、刑軍によって地下へと連れて行かれる。
だが、その最後の言葉は結局残すと決めていたようで死神達へと忠告とも、試すともとれる言葉を送った。
「真実を見通したければ、自らの血肉と魂を贄として足掻く事だ──少なくとも、私に本物の苛立ちをぶつけた男はそうしているよ」
余計な一言を付け加えられ、天満は本当にもう二度と会いたくないなと地下へ続く道を凝視していた。
藍染惣右介は天満へと、今のまま死神と迎合することが決して是ではないと伝えた。或いは死神、世界全てに復讐を望んだ東仙要が安寧の日々という偽りを薪にしていたように、長い時間と護廷十三隊という組織は天満の「救世」の毒でしかないと。
「余計なお世話って言うんだよ、藍染」
そしてその藍染の余計なお世話によって、幾人かの隊長は再び天満の得体の知れなさを警戒する。それをしないのはこの大戦で嫌というほど天満のスタンスを理解した平子真子、霊王宮で共に鍛錬したことで大凡の彼の正体を掴みかけている朽木白哉、そして彼との鍛錬を繰り返してきていた日番谷冬獅郎、そして総隊長であり遂にその正体を知った京楽春水くらいのものであった。
「……さっきは済まなかった、稲火狩」
「いえ、檜佐木副隊長の気持ちは隊長たちもみんな理解していると思います」
「なぁ……稲火狩、藍染の言葉……お前は東仙隊長を救えたって」
「無理です、俺にあのヒトは救えないですよ」
「……それは?」
「狛村隊長も、卯ノ花隊長も、浮竹隊長も……きっと山本前総隊長も、生かすことが救いではないんですよ」
檜佐木にそれはあまりに毒足り得る一言だった。檜佐木はこの十三番隊第五席のことをよく知っているわけではない。だが浮竹や京楽のような、二刀一対とされる斬魄刀に目覚め、急速に力を付けた死神。当時十席という立場でありながら瀞霊廷そのものを裏切り、日番谷先遣隊の一員として活動し、そしてルキアや恋次と共に一護たちと虚圏へと侵攻し、市丸を密かに助け、霊骸事件で活躍し、五席になってすぐ霊王護神大戦の功労者となった。
──何よりそんな彼が死んでいった隊長達を、生かすよりも救いであるなどという巫山戯た言葉を放ったことが理解できなかった。
「東仙隊長もそうだったって言いたいのかよ」
「……受け容れろとはいいません。ですが、その怒りを俺にぶつけてる時点で真実からは遠いんですよ」
怒りをぶつけるべきは、原因は他にいる。檜佐木が知る由もないが、これから知っていくのだからまぁいいかと天満は檜佐木なんて最初からいなかったかのように市丸と雑談をしつつ十三番隊舎へと歩いていく。
副隊長らしい副隊長という自虐に似た言葉すらも五席である天満の前には意味をなさない。檜佐木は、自分が如何に東仙要を知らないのかということを思い知らされる結果となってしまっていた。
「そういえば、市丸さんはこれからどうするんです? この功績があれば瀞霊廷に残ることも出来るでしょう?」
「そうやね、あと十年くらい現世を旅してから、戻ろかな」
「良い年数ですね、わざとですか?」
「勿論、復興したら教えてな」
「その頃には俺は副隊長ですからね、きっと」
「なんかやらかして、五席のまんまやったりしてな」
「……ありそうなこと言わないでください」
少なくともまだまだやらかしそうな案件は半年後にあるのだから。浮竹の遺言であるルキアを隊長に据えて、天満を副隊長にというものが有効かどうかは十年後、ルキアの隊長就任時に決まることだ。原作の通りなら小椿仙太郎が収まるはずのポジションだが。
それでもかつては憧れた隊長格という立場を原作がそうだからと手放すつもりはない。残念なことに藍染の言葉のせいで隊首羽織に袖を通すことはなさそうではあるなと天満は苦い顔をする。
「ま、もし、万が一隊長になるんやったら」
「……念押ししましたね?」
「副隊長はちゃんと二人任命しとき」
「その前に二人も別の隊長ってパターンもありますがね」
「それもそか、なんなら天満クンより早いんやない?」
「……ありそうなことばっかり言う」
天満の二度目の文句に市丸は肩を竦める。
そんな呑気な会話をしている彼によってもたらされた変化はもはや小さいものではなくなった。犠牲者は第一次侵攻の時のものがほとんどであり、第二次侵攻の際の犠牲は事実上は狛村と浮竹の二名、半数とそれ以上に霊術院の学生や教師、四十六室や貴族といった非戦闘員の犠牲が出なかったことが大きかった。
「とはいえ、千五百人近くが戦死、席官も相当な空席ができちゃったね」
「ですが、稲火狩五席の情報が無ければ」
「……ン、彼の言葉通り半数が死んでた……概算を半分に減らせたんだねぇ」
霊王護神大戦開始時の護廷十三番隊の隊士登録人数は約六千名、天満はこのままではそのうちの三千人が死ぬとしていた。だが被害結果はその半数に留まったという功績、そして非戦闘員を護ったということは数字以上の価値がある行為だった。
とはいえ、護廷十三隊全軍のうちの四分の一を失うという痛手には変わらないため改革は必要になってくるが。
「本当に、あの人は……何者なんですか?」
本来なら功績をおおっぴらに、大々的に取り上げ英雄とするべきものだが、そうならない理由は天満の得体の知れなさにあった。
彼の行動はどこか、まだ張り詰めているように感じる。それは京楽も既知のことではあった。だがこの戦争のように身構えることが近々起きるということもどうにも信じられないというのも事実だった。
「おかえりなさい、天満さん!」
「はい、まだ業務中」
「──は、申し訳ありませんでした五席!」
「よろしい」
「市丸さん、五席殿のご様子は如何でしたか?」
「如何もなんも、キミの言う通りキレてもうたよ」
「やっぱり天満だったか、あの霊圧」
業平の苦笑いに対して、元々そこまで我慢強いタイプじゃないんだよなと天満は唇を尖らせた。その様子に穂華はまだ終わりではないけれど、ひとまずの平穏が得られたということを悟った。気を緩めてはいないものの、すぐには戦闘になるということもない。復興は大変だが、それもまた平和への道なのだと思えることが彼女にとっては嬉しいことだった。
そのまま彼らは市丸を見送るため穿界門を通り、現世で話をしていた。浦原商店の内部ならば秘する会話もしやすいというものだ。
「今直ぐにでも襲撃を掛けて未然に防げれば、それで終わりだけどな」
「次の黒幕なァ、たしかにそれは難しいわ」
「受け身になるのは好きじゃないな……仕方ないとはいえ、死人が出る」
「……ってことは上級貴族の方の内乱とか、藍染さんみたいな裏切り者……?」
「惜しいな──四大貴族だ」
「よ、四大貴族って……
それが黒幕というならば、確かに何もしていないものを暗殺というにはリスクが重すぎると穂華も納得する。
未然に防ぐには殺さねばならない、だが殺せば天満だけではなく、関係者とその家族、一族にすら被害が出る。明らかに
「半年後、多分そんなもんだ」
「なら冬までどっか遠出でもしとくわ、急に襲われへんようにな」
「俺らも移動中は気を付けようか、巻き込んで悪いけど、おそらく相手は俺のことも認知してるだろうし」
「了解しました」
「まぁ、三人固まってれば、よほどのことがなきゃ大丈夫だろうけどな」
黒幕の仕込みが完了するまで半年の猶予がある。相手が四大貴族である以上は誰かにリークしても無駄ではあるし、そもそも二枚屋王悦の報告によって零番隊からすれば既に何かことを起こそうとしている存在が誰なのかも判明している。
その上黒幕は黒幕と仮に名前を濁してはいるが神を立て、己の思うがままに悪意を以て世界を改変しようとする存在だ。いずれ黙っていても天満の耳にも届く程に喧伝をしようとするだろう。ならば殺すのはその後でなくてはならない。
「でもまぁ……この事件を真に解決するのは、俺なんかよりよっぽど
その言葉が檜佐木修兵を差していることを知っていたのは手を振る市丸と業平だけだったが、穂華はそんな