モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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REAPER OF REAPER(2)

 霊王護神大戦から半年が過ぎ、瀞霊廷復興の為の臨時法が幾つか整備され始め、戦争とは別の慌ただしさに包まれた頃、稲火狩天満は業平や穂華と共に実に半年振りとなる休暇を得て現世の義骸に身を包んでいた。戦後の事情として本来ならば同じ席官である二人と休みを被らせるなどありえる話ではないが、現在隊長代行をしているルキアの指示が下っていた。

 

「休みで現世に?」

「ええ、望実と霊王宮突入前に話したっきりですし、その辺の消化をと思いまして」

「なら穂華と業平、せめて穂華を連れていけ」

「えっ……そんなことして大丈夫なんです?」

「そんなわけないだろうたわけ! だが浮竹隊長の遺言なのだ、仕方あるまい」

「浮竹隊長の?」

「ああ、お前は単独行動させると必ず何かを企てるからな」

 

 そんなことないです、とは言えなかった。そもそも浦原の助力を頼んだのも先遣隊という立場を使っての単独行動であり、戦争前は業平まで巻き込んで暗躍をしていた。特に影狼佐との戦いの際に彼の動きを間近で見た浮竹は彼が現世に向かう際は必ず、彼が気兼ねなく話ができ、かつ制御が出来る二人を同行させよとルキアに言い遺していた。そんなルキアも、一護達に何かトラブルがあったとかで数日間空けているのだが。

 

「任務という形で付いていきます!」

「なら義骸など使わず一定の距離を保ってくれると助かるな、十三席殿」

「やめておけ天満、本気にしたら面倒だろう?」

「……空座町は虚の出現率が高いのは承知済みだろうから、義骸でも気は抜かないように」

「──承知しました!」

 

 なんで監視役なのに俺の命令待ちなんだよと天満は苦笑いをする。現世には行木竜ノ介や斑目志乃といった同じ十三番隊の隊士たちが駐在任務についているものの、彼らでは巨大虚は厳しいだろうという率直な感想を抱いていた。

 現世にやってきて、まず最初に向かったのはルキアに報告した通り、九条望実の家だった。

 

「あ……なんだ、天満か」

「なんだって傷つく言い方だな」

「何の用だ」

「いや、尸魂界じゃロクに話すことも出来なかったからな」

「……そんなことか」

 

 望実は溜息を吐いて、それから入り口に居る二人の霊圧に気付く。

 どうやら天満が一人で来たわけでないのなら仕事か何かしらの任務か、それともあの胡散臭いゲタ帽子の使いっ走りをさせられているのかという誤解をしたまま、皮肉を籠めた。

 

「お前、五席にもなって一人で現世にも来れないのか」

「そんな五歳にもなって、みたいなテンションで言うなよ……仕方ないだろ」

「ふん、用があるなら手短な方がいいだろ」

 

 そんな望実の誤解など知らず天満は困ったような顔をしながらも言い訳をした。自分でも今は精神性が危うい状態だという危機感はあった。天満が自分の内在世界が荒れ始めていることを知ったのは数ヶ月前のことだった。

 彼の内在世界にある幻と湯煙に覆われた満天の星空に彩られた温泉街、そこの湯が一つ残らず枯れていたのだった。

 

「これは……一体?」

『あなたの嫌悪でございます』

『あなたが失望なされたようなものです』

「……嫌悪、失望」

 

 この戦争の意義、そして結果に天満の心は人知れず荒れていた。狛村、卯ノ花、元柳斎、雀部──なにより恩人を見殺しにしたこと、そこまでしておいてユーハバッハの遺骸以上の最善手が見つからなかったこと、藍染とのやり取りで思い知らされた過去のこと、東仙のこと。そして敵と断じて殺してきたものたち、仕方がないと見殺しにしてきたものたちがいるということ。

 

利己主義(エゴイスト)が随分人間らしくなったもんだな」

『何故だかあなたはこれまでよりも生命を考えたのでしょう』

『あなたは沢山の人生に触れ、生命という尊さを今一度ヒトの視座で確認していますから』

 

 だが戦争に於いて、天満の精神性は現在、振り子のように、天秤のように揺れていた。

 ──星皇の視座を以て、自己にとって最良の未来をその刃を振るってでも掴むべき。

 ──死神の視座を以て、沢山の人の手を掴むべき。

 相反する二心は、天満が死神としての記憶と「BLEACH」という創作物を上から見つめる神としての記憶、どちらも持つが故のものだった。

 

「ならそのうち休暇でも取ってリフレッシュするよ。戦いづくめで、嫌なもの見過ぎて荒んでるんだろうな」

『ええ、それがよろしいかと』

『まぁ、それでもよろしいのではないでしょうか』

 

 こうして、天満は休暇を取ろう取ろうと隙を狙っていたら更に数ヶ月過ぎたというオチなのだが。

 彼女の部屋で幾つか近況報告をして、再度感謝の言葉を述べる。望実はジェラルドとの戦いに巻き込まれ「退紅時雨」の能力を駆使しても受け止め切れないその剛力を前に倒れたものの数日の入院と技術開発局での調整で済み、一護たちと共に現世へと戻っていた。

 

「すれ違いで色々と話しそびれてたからな」

「穂華は見舞いに来てくれたけどな」

「見舞いって、お前も腕が結構な重傷だった気がしたんだが」

「え……あはは」

「まぁいいや、刀握れなくなった、とかなら俺だって咎めてるけど」

 

 穂華はリジェの光弾がかすったことによって右腕の手首の少し下に三日月が出来る程の傷を受けた。現在は完治しているものの、その傷でユーハバッハとの戦いに挑もうとしたことはその日に咎めていたが、その後も度々天満の病室に訪れて世話を焼こうとしたのを既に二度もルキアに怒られていた。

 女子トークにも花が咲くだろうと前のように穂華を置いてくために寄ったという目的もあり、天満と業平がそっと立ち上がった瞬間、だがその袖を穂華はしっかりと掴んでいた。

 

「あ、このまま置いていこうだなんていう魂胆には乗りませんからね」

「……察しが良くなったな、穂華」

「現世で天満さんを暗躍させないためには、私がなんとかするしかないと密命を副隊長から受けていますので!」

「密命なのに明かしてよかったのか?」

「あっ」

「──お前十三番隊(ウチ)来る前に何番隊だった?」

「に……二番隊、です」

「何に所属してた?」

「お、隠密機動……」

「穂華……やっぱり向いてなかったんだね」

 

 望実の一言がトドメで穂華が落ち込む。彼女の過去はもっと重く、また今の天満が抱えている荒みと同じような系統のものなのだが、それを今は乗り越えて明るく振る舞うのではなく元来のふわりとした雰囲気を身に纏い卍解まで習得してしまった彼女の精神性は天満にとっては羨ましいものだった。

 ──その時、天満は不意に霊子のゆらぎに気付いて玄関の方へと顔を向けた。

 

「どうかした?」

「結界の類だな」

「……なんだって、穂華!」

「は、はい、確認します!」

 

 天満の言葉に即座に反応した業平の指示により、一番玄関に近かった穂華が義魂丸を呑み義骸を脱ぎ捨てた。

 そしてマンションの屋上に飛び乗り、その光景を見たまま、天満や業平たちに伝えていく。空間が区切られて、囲まれているという情報に天満は、近日中だと思ってはいたもののまさか今日だとは思わなかったなと義骸を脱ぎながら思考した。

 

「市丸さんは……どうせ旅行中だな」

「というか望実は一護くんとは一緒に行かなかったんだな」

「その時ちょうど、ひよ里達とバイトをしていたからな」

「うなぎ屋か」

「えっ、望実ちゃん今鰻屋さんでバイトしてるの?」

「食い物の鰻じゃないぞ穂華」

「……えっと?」

 

 望実は現在、何でも屋である「うなぎ屋」のアルバイトとして働いているらしくそのややこしい名称に穂華は意味が解らないといったように首を捻った。雇用主である女性の名前が「鰻屋育美」というから「うなぎ屋」なのだが。

 それはさておき、そこまで焦るようなことでもないといえばないが、こうして見事に天満たち三人は空座町に隔離されてしまったということになる。

 

「これ、鬼道でもないし……虚、でもないですよね?」

「……画面外の侵略者(デジタル・ラジアル・インヴェイダーズ)だ」

「でじ……?」

「一護達が現世で戦った完現術者の一人の能力だったか」

「俺は業平の記憶力が羨ましいよ」

 

 そう言った瞬間に、複数のガスマスクを付けた黒服の男女に天満たちは囲まれた。彼らは警棒のようなものを手に持っており、こちらを攻撃するという意思に満ちていた。

 天満はそんな緊急事態に戸惑うことなく──そもそも穂華の記憶では戸惑い指示が遅れる天満など一度だって見たことがないが、冷静な声で二人の上官として声を出す。

 

「殺さない程度に対応しろ、ただし刀だろうとなんだろうと直接触れるなよ」

「了解しました──五色燕凰!」

「千早振れ、清龍!」

「望実は鬼道で対処してくれ──炎輝天麟」

「解った!」

 

 この時点で既に尸魂界と連絡は取れなくなっていると判断した天満は、ひとまずの抵抗として黒服たちの鎮圧を試みる。

 彼らの持つ特殊警棒に触れると霊圧を乱される。それは斬魄刀であっても身体であっても同じで、また縛道もその警棒に触れれば形を失ってしまうという厄介な代物だった。

 

「触れられない系の相手は、引力が使えなくて面倒臭いな、本当に!」

「俺の技も警棒には無効化されるか……」

「しかも並の霊圧知覚を越えてます、これは一体……?」

「このままあしらいながら浦原商店まで撤退する!」

「了解!」

 

 後から後から湧いて出てくる黒服たちの攻撃をかいくぐり、天満たちは()()である浦原商店へと向かう。

 斥力で弾き飛ばしても、後から後からラグと共にやってくる。その数は減るどころか増えているようにさえ感じていたのだが幸い速度はそこまで出せないようで、撤退と決めて瞬歩で移動すればあっという間に追いつけなくなって、数を減らしていく。

 

「……ッ、な、なにあれ……!」

「──ほんの一瞬だけ、十席の卍解かと思いました」

「馬鹿言うな、アレ程大きいものは流石の俺でも創れないな」

 

 穂華と望実が驚くその光景は、荒れ狂う水龍の如き海水と沸き立つ火龍の如き溶岩が絡み合うという、おおよそ現世ではありえない光景だった。しかも望実はそれが浦原商店の真上で行われていることにも気付いていた。その龍と、おそらく使役者と戦っているのは浦原喜助本人だ。

 

「天満、どうなってるの?」

「あそこには浦原さんと……随分と霊圧が乱れてるけど檜佐木副隊長がいるよ」

「なら、助けに行かないと!」

「大丈夫だ望実……あの人は元十二番隊隊長及び技術開発局初代局長浦原喜助……あの人の手段は、未来視のユーハバッハに於いても脅威とされた男だ」

 

 その言葉に再び望実が顔を上げると、そこには天空から降臨する荒れ狂う龍の姿があった。

 それを業平と穂華は以前も同じものを遠くから見ていたことを、そして鬼道に精通している望実はその正体を瞬時に看破した。

 ──破道の九十九、五龍転滅。霊脈のエネルギーから生み出された龍が大地を割り砕き、その暴れ狂う五本の頭で全てを呑み込むという危険な技が空を割り、降り注いでいた。

 

「圧巻だな」

「……少し話を、というか弁明をしたかったけど、間に合わなさそうだ」

「天満……?」

 

 浦原が出した奥の手であろう技を見た天満のリアクションを傍に聞いた望実が疑問を抱く。

 彼は元々、浦原商店で浦原と話をするつもりだった。半年前に市丸と最後に話をした際に黒幕が四大貴族、という話はしたものの具体的にどういう事件なのかは話していかなかった。そうしなくても浦原は結局色々な準備をするだろうし、彼にも半年前の時点で綱彌代時灘を殺すことは絶対に出来ないという確信があったからだった。

 だが、今回の計画の根幹にある「産絹彦禰」という自由意志を持つ楔を新しく造り、それを霊王として成り立たせ三界全てを統治するという野望、その全貌を知れば浦原が関与をいの一番に疑う存在は誰か、先代の霊王を否定し、新しい世界を望んだ存在が関与しているのではないかと疑うだろうことは明白だった。

 

「……天満サンは、檜佐木サンはこの件について天満サンが関わったことはありましたか?」

「え、天満って、十三番隊の稲火狩……ですよね?」

「ハイ」

 

 ──時は遡り、浦原商店へと訪れた檜佐木がジャーナリストとして「霊王護神大戦」の回顧録の取材から話が横道に逸れ「産絹彦禰」の話を出した時、その詳細と死神の霊圧に滅却師や虚の因子が混ざってるということを聞かされた際に浦原はやはり真っ先に彼の名前を出していた。

 

「いや俺も……藍染の収監の時にちょっと話したっきりで」

 

 そして檜佐木は天満の瞳や言葉、圧力を思い返していた。

 ──生かすことが救いではないんですよ。

 ──受け容れろとは言いません。

 ──ですが、その怒りを俺にぶつけてる時点で真実からは遠いんですよ。

 あの時は怒りと失望で大して考えていなかったものの、藍染の言葉と同様、或いは彼だからこそ藍染よりも言葉の中に考えなければならないことが、檜佐木が真実を追い求める上で必要なものがあるのかも知れないと考えていた。

 

「檜佐木サン、天満サンの目的は生命の救済、尸魂界に暮らす魂魄が理不尽に命を奪われるという現状への叛逆です」

「……また随分とデカい話ですね」

「そう、デカい話なんスよ……そして、あのヒトの救うべきものに()()は含まれていない」

「は……意味が」

「簡単な話ッスよぉ……世界か死神か、選択させたら稲火狩天満は死神の存続を願います。そのために今の世界がめちゃくちゃになったとしても」

「な……ッ!?」

「気を付けてください、未だ可能性の話ですが……この件には彼が綱彌代時灘と手を組んでる、若しくは関わってる場合があります」

 

 浦原の余計な忠告、それを身に刻んだ檜佐木は乱れて動きが制限された身体で呆然と彼が拉致されたという事実に打ちひしがれた。

 そして、そんな時に現れた男は、彼の表情を暗く殺意に満ち溢れさせることも仕方のないことだった。

 天満以外の三人からすれば突然の、天満からすれば可能性として在り得た非難を顔を合わせて一番最初にされてしまう。

 

「稲火狩ッ! やっぱり現世に……何を企んでやがる!」

「……浦原喜助に何か吹き込まれましたか、檜佐木副隊長」

「テメェ、そっちの二人もグルか!」

「まぁ、共犯といえばそうだろうな、なぁ天満?」

「そうだな」

「私も共犯です! 未来永劫!」

「サラっと年数盛るな、というかややこしくなるから二人とも黙っててもらえる?」

「私も共犯かとか言われたら蹴ってたかも」

「望実、この方は護廷十三隊の副隊長サンなんだけど」

「霊骸の隊長に二対一でボロボロになってたね」

「そんなことまで憶えてあげる必要はない、忘れて差し上げろ」

 

 天満は何かを企んでるという問いかけに煽りとして「不正解(ノン・エス・エサクト)」と答えようかと逡巡し止めておいた。その場にいなかった天満がフィンドールの口癖を真似るなんてそんなことをすれば間違いなく黒幕側という誤解に信憑性を与えるだけなのだから。

 一日か二日早ければな、という天満の休暇の都合がちょうどこの日に合致したという「運命」に彼は苦い顔をしていた。それもまた霊王(ユーハバッハ)の意思ならば、アレはやはり楔とするには不適格極まりないなとも考えていたが。

 

 




天満黒幕説浮上

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