モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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REAPER OF REAPER(5)

 綱彌代時灘は天満の予想通り彼が識るよりも多くの斬魄刀を扱った。その中でも彼自身の「炎輝天麟」と「鏡花水月」の組み合わせは死神のみならず全員を苦しめてきたが、檜佐木と平子、そして京楽の機転により彼の斬魄刀を奪い、無力化することに成功した。

 そして彦禰を止めるための戦いが始まり、そして終わろうとする頃、天満は穂華と業平と共に浦原に頼み、とある座標へと転移をした。

 

「クハ、クハハハ……! 永く生きれば、時にはこのような事もあるか」

 

 綱彌代本邸、その奥座敷に一人逃れた綱彌代時灘がいた。死神たちとの戦いで深い傷を負ったものの叫谷から尸魂界への転界結柱を発動させ、そこまで逃げおおせていたのだった。

 血痕を引きずりながら、それでも奥へと進んでいた彼は当主室の扉へ向かう。

 

「まあ、良い経験になった追い詰めれば窮鼠の群れも虎を殺すか。手札はまだいくらでもあるが、傷を癒やすまで、暫し身を隠すと……」

「──是非お聞かせ願いたいですね、その手札とやら、何があるのか非常に興味がありますよ」

「何者だ? 綱彌代の屋敷に足を踏み入れるとは、些か無礼ではないか?」

 

 本来なら誰も侵入出来ないはずの部屋に誰かが居る。その事実があってもやはり時灘は笑ってみせた。

 己を試す意味であり、彼の悪い癖が鎌首をもたげ、その声、おおよそ自分が思い浮かべた人物のそのどれでもない男の声へと向かって問いかけた。

 

「これは失礼致しました、綱彌代時灘様」

「貴様は……」

「無礼で綱彌代様に敬意の欠片もない無粋な科学者なら先程興味が無くなったと言って帰られましたよ」

「確か……稲火狩天満、だったな」

 

 暗がりから声を返し、その前に姿を現したのは稲火狩天満、涅マユリが本をあらかた読み漁り去っていってしまったため天満だけがここに残されていた。

 他に誰もいないことを確証した時灘は敢えて天満が嫌がる言葉を向けていく。

 

「人の斬魄刀の能力使って暴れ散らかしておいて、その科白は傷つきますね」

「……京楽の指示で来たとは思えないな」

「ええ、独断です」

「何が目的だ、力を失いし異界の神がわざわざ」

「それは前世の話です。今の俺は只の権力に怯える一人の死神ですよ」

 

 力を失いし異界の神、その名の如く綱彌代時灘は天満をそう評していた。故に彼も釣れるかと思い一護達に虚をけしかけ、ルキアや恋次すらも空座町の外へと引きずり出したが、天満は全くの無反応だった上、半年もの間、準備期間中にも一切干渉してくる様子がなかったためこの件には触れてこないと考えていたのだった。

 

「というか……異界の神って認識ならもうちょっとその不遜な態度を改める気にならないの?」

「クハハ、冗談を……我々は死神故、そして貴様もたった今一人の死神と申したばかりではないか」

「それもそうですね、重ね重ね失礼致しました、綱彌代様」

「それで、どうする? 一人の死神ならば、尸魂界の罪深さを知り、貴様はどう考える?」

「……アンタらの御先祖様が罪を犯して世界を創った、だから自分もやっていいだなんて、大人では考えられない思考回路だな」

「ああ、否定はすまい!」

 

 時灘の原点であり、天満がわざわざこうして顔を出した理由はそこにある。赤信号皆で渡れば怖くないの如く、アイツがやってるんだから、よそがいいって言ったから──そんな我儘と道楽で世界を回そうとしている。

 天満はゆらりと立ち上がり、綱彌代へと向かっていく。

 

「どうする? 先程手札に興味があると抜かしたな……私と組むか? それとも此処で殺し合うか?」

「俺は命を大事にする主義なんですよ、死神の命を護るために死神やってるんだから」

「瑞獣どもを手懐けて、力失っても神気取りか! 滑稽だな、それとも応龍の眼を抉れば貴様は神の顔を見せるのか? 鳳凰の羽根を引きちぎり外も中も犯し尽くせばいいのか? 霊亀の前であの女を藍染惣右介のように害すれば──」

「お前を断罪するのは天から堕ちて後頭部を強打した神でも、ましてや死神でもないよ」

 

 天満の逆鱗たる言葉を吐き出し、挑発するが天満は結局涅マユリの語った通りに尸魂界の宿業とやらを断ち切ることを選んだ。この手で断罪してもよかった、誰かに手を汚してもらう必要はなかった。

 ──それでも、天満の振るう刃ではこの男の首を刎ねるのは大仰なギロチンとなってしまう。

 

「……何者、だ……?」

「お前を殺すのは、感傷、だよ……さようなら、綱彌代時灘」

「みんなの……仇……! 綱彌代時灘……! お前が……! 家族のみんなを……!」

 

 去っていく。これ以上の言葉を訊く価値も、その惨劇を見つめる趣味もない。

 ただ天満が綱彌代時灘を場合によってはこの手で殺すと決めた時の気持ちを、彼に向けて刃を突き立てる少女の方が解りやすく伝えてくれるというだけだ。

 

「言っただろう、俺は()()()()()()()()()()()()()()──ってね」

「親の……仇……」

「そう、殺しただろうアンタは命を無駄にした……アンタが死ぬ理由なんて、()()()()()だよ」

 

 それが最後の言葉となり、湿った音が幾度となく響いている部屋から天満は退出した。綱彌代家の邸宅前には業平と穂華が待機しており、天満がやってきた頃合いを見計らって瞬歩で移動していった。

 そして何食わぬ顔で三人で並んで歩いていく。

 

「血の匂い、ついてる?」

「どうでしょう……ん、ちょっと匂います」

「返り血は浴びてないと思うけど、仕方ないな」

「これで一件落着ってやつか?」

「そうだね……はぁ、とんだ休暇になったよ本当に」

「ほとんど何もしてませんけどね」

「いいんだよ、俺が個人的にムカつくってだけだから」

 

 天満も綱彌代のことが理解出来る部分はただ一つだけ、それは彼が徹底した利己主義、エゴイストという部分だ。エゴの為に世界を動かそうとする。無理を通して道理を斬り落とすやり方は、褒められたものではないが同時にあんまりやっていることに違いがないという部分で責めることは出来ないのだから。

 だが、その利己というものが綱彌代には自分に利するという意味ではないのが問題だった。自分にとって特に利ではないけれど面白そうだから、愉しそうだから世界を動かす。そんな野心と子どもの癇癪に権力を持たせるなど間違っていると天満は考えていた。

 

「要するに、なんですか?」

「天満の邪魔だってことだよ」

「俺の利己を害するから、消そうと思った。それだけ」

 

 今回の件で天満は自分のことを見つめ直すきっかけになったのもまた事実だった。檜佐木の戦いをただ読むのではなくその目で視て、生き様を心に刻みつけた結果、天満は見事に自分がなんのために未来を変えたのかということを振り返ることが出来ていた。

 ──藍染を生かしたのも、ルピを殺したのも、市丸を生かしたのも、自分の傍にいてくれる彼らを生かしたのも、一つの理由から来ていた。それは、自分にとって有益だから。利己的であるからというものだ。

 

「最近、なんか色んなことに引っ張られて世界って規模で考えること多くなってたんだよな」

「だな」

「でもそれって俺の役割じゃないんだよ、俺が考えるのはあくまで周囲の人たち、通りすがりに挨拶をしてくれる誰かが理不尽に死んでくのが嫌だってだけだ」

 

 市丸を救い、そして乱菊や吉良、日番谷といった一度は死んでしまったり、屍人になってしまったりすることに対して対抗するための作戦を考えていたら、世界を護る話になってしまったというだけ。本来ならば、天満が目指していた救世であり「太陽」とは、大きな目標なだけであって、それは周囲の人から広がってゆくゆくは、というだけ。たった二十年や三十年で叶うような目標ではない。

 

「ひとまず、大きな脅威は去った……後はゆっくり、永い時間を掛けて只の死神として俺の救世を果たすよ」

「そうだな、それにお前の救世はお前だけのものじゃあないからな」

「は、はい! 私も、それに市丸さんもきっと……同じ考えを持っているはずです!」

「そうだな」

 

 一つ、初心に戻った気分になった天満は晴れやかな気分で日常の雑踏に紛れていく。休暇中とはいえ空座町の事件に巻き込まれて連絡が取れなかったことを心配した虎徹清音と小椿仙太郎からは連絡が遅いと小言を向けられることになったものの、それもまた日常のような気がして、天満たちは顔を見合わせて笑った。

 ──そして、事後処理が終わった一週間後のこと、天満は一番隊舎の部屋にある椅子に腰を降ろしていた。

 

「成る程ねぇ……教えてくれてありがとう天満クン」

「いえ、むしろ今まで言えずに申し訳ありませんでした」

「ううん、いいのいいの。こんなこと、終わってからじゃなきゃ信じられないからね」

 

 京楽春水に呼び出された天満は事の詳細、それを語らなかった理由、そして何故そこまでの予知を行えるかを京楽に明かしていた。京楽としては眉唾過ぎると片隅に留めておいた予想が的中したことに若干の苦笑いをしつつ、綱彌代の事件についても振り返っていく。結局のところ天満は霊王創造については関与しておらず、むしろ綱彌代が失敗することを知っていたため、出てくることもなかったという言葉を京楽は信用した。

 

「まぁ炎輝天麟を使われた時は、卍解してブラックホールでぺしゃんこにしてやろうかと逡巡しましたが」

「挑発のつもりだったんじゃないかな」

「でしょうね」

「……天満クンは、なんというかやっと解放されたって感じだねえ」

「実際、解放されたんですよ……俺の識る未来ではなくなりましたが、これで俺の()()()()()()は終わりということです」

「ん、キミはそれでいいんだろうね……それで、なんだけど」

「はい」

 

 改まった物言いに天満も少しだけ背筋を伸ばした。こんな雑談をするために就業時間中に天満を呼び出したわけではないとは思っていたが、一体何が待っているのかと身構えていると、京楽は浮竹から預かっているものがあると少しさみしげな表情を浮かべつつもそう打ち明けた。大切なものを預けて勝手に皆逝ってしまう、そんな哀愁、一緒に逝ってはくれぬ寂寥、京楽の悲しみを知りつつ天満はそれを言い当ててみせた。

 

「ルキアさんの隊首羽織ですね」

「……なんだ、役割は終わりとかこれ以上はないとか言いつつ知ってるじゃないの」

「後日談的に少々」

「でも、ボクが迷ってることまでは知らないんじゃない?」

「迷ってる、とは?」

「キミを副隊長にって遺言は、浮竹からも直接聞いてると思うけどね……ボクはキミに八番隊の隊長、つまりはボクの後任を打診したくてね」

「──八番隊隊長!?」

 

 驚きの声、天満としても寝耳に水の話だった。勿論、規則にのっとって試験は行われるが、総隊長含む隊長三名以上の合格が天満に取れないとは京楽は考えていなかった。天満がその京楽の感情を知れば間違いなく人格に問題あると思いますがねと反論していただろうが。天満に八番隊への異動、及び隊首試験を受けることを京楽は天満に打診したのだった。

 

「先の大戦で人がいなくなっちゃったのは知ってるでしょ?」

「ええ、隊士1,583名がこの大戦で亡くなられたと」

「うん……その中には沢山の席官もいる。正直に言って卍解を扱えるキミを五席のまま遊ばせておく余裕はないんだ」

「……ですが、円乗寺三席は……?」

「彼、まだ卍解習得出来てないみたいなのよ」

 

 何をやってるんだという言葉が喉から出るところだが寸でのところで留まった。同時に天満は本来の歴史で紡がれる新たな八番隊隊長、少なくとも三年後には隊長をやっている女性がいるだろうことに辿り着いた。もっと記憶を辿れば、彼女が三年後の物語の一幕で「隊長になって半年」という文言があることに気付いた。つまり大戦集結から二年半、既に現在は半年が過ぎているため二年後、そうすれば恐らく時期的に言えば一月に矢胴丸リサは八番隊の隊長となったということになる。

 

「あの……他に候補がいらっしゃるような気もしますが」

「成る程ね、事情を知ってればキミの考えは結構解りやすい……リサちゃんが本当は隊長になってるんだねえ」

「……わざとですね」

「ん? いやキミを遊ばせておく余裕がないのはそうだけど、流石に()()()()()八番隊っていうのはちょっとね」

「矢胴丸さんが隊長打診ということに対してどういう反応するか解らないから、俺のリアクションで試そうとした、そういうことですか」

「おっと、そういえばキミは読心術が得意だったね」

 

 確かに彼女が隊長なんていう職に食いつくとは思えない。だが本音を言えばリサか夜一辺りに任せるのが無難という京楽の考えを天満は見通した。その上で、天満は条件があればやってくれると思いますよと立ち上がった。

 天満が怒ったような動きではあるが京楽が、なるべく浮竹の遺言になぞってあげたいという友人の心を感じ取っているため、天満はさり際に有り難うございますと口にするのだった。

 

 


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