モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
尸魂界は目まぐるしく変わっていく、そして時は過ぎていく。
霊王護神大戦から三年が過ぎた頃、隊長の空席は残る十三番隊のみとなっていた。
副隊長であったルキアが隊長代行として業務に励み、今までは三席の仙太郎と清音がそれを支えていたが、虎徹勇音が代行ではなく隊長へと昇進したことで副隊長として清音を選出、四番隊へ異動となった。そして四席が先の大戦で五番隊へと異動し空位になってしまっており、皺寄せが来るのは当然、三席の下にいる男だった。
「すまん……業平、いつも」
「いいってことよ、文官の才能は昔っから俺の方が上だったからな」
「だな、全くその通りだ」
「が、頑張ってください天満さん!」
「お前は手伝いに来たんじゃないのか穂華」
「勿論お手伝いを……!」
「穂華、お前はいらん」
「阿久津さん!?」
貴族として一通りの読み書きなどの教養を高い水準で受けてきた業平は、達筆で速筆という特徴もあり天満が最も苦手とする書類仕事を手伝っていた。復興の際の手が足らず技術開発局、そして浦原喜助によって配備が進められている電子化、パソコンの配備は天満としても望まれるところだが、如何せんコストが未だ膨大というデメリットを抱えていた。
「……こういう時だけは技術開発局が羨ましい」
「ぱそこん、天満さんは扱えるのですか?」
「むしろ手書きよりそっちのが早い」
「天満は悪筆でもあるからな、活字になってくれる部分もありがたいな」
「うるさい」
事情を誤解した人からは異界の神だとか上位存在だとか言われる天満の前世と言える記憶の中の自分は基本的にデスクワーク、その上流行り病による行動制限や感染防止の観点から自宅での就労を推奨されていた。そのため天満はアパートの自室でひたすらにその電子機器を扱い続けたのだ。色褪せぬ前世の記憶というものがあるため、今でも触れれば問題なく扱うことが出来る。
「戦士としてではない天満さんってどのような特技を持っているんですか?」
「お前、邪魔しに来たのか?」
「う……すみません」
「いいよ、穂華との雑談くらいなら作業しながらしてみせる」
「業平……俺は無理だからな」
大丈夫と言われて、そもそもなんで自分の特技やパーソナルデータなのに業平が答えるんだよというツッコミをしそこねたことに気付いたのはもう遅かった。
彼は目の前の書類を必死に目を通さねばならず、話を半分も聴く余裕がないのだから。
「天満は文学、そして芸術に秀でているよ」
「芸術、郛外区出身者で芸術は珍しいですね」
「特に天満は流魂街生まれだからな、特に文学は悪筆だが情緒と風情が感じられる」
「そういえば阿久津さんも文学は嗜まれてますよね」
「女を口説くのは態度と言葉、顔は第一印象でしかないからな」
「……あ、そういえばこういう人でしたね」
「急に冷めてやるな」
天満が一段落しつつ一言添えていく。あれだけしっかり受け答えしているのに天満よりも処理が上というのは非常に納得できないことだったが、おかげで応援というか邪魔な予感しかしていない穂華が大人しくなっているのでまぁいいかと天満は再び書類に目を通し始める。その集中して遠くなっていく雑談はやはり天満の話が中心となっていく。
「後は天満の特技といえば読心術だな」
「戦闘でも応用されていましたね」
「これは元々才覚があったのだが、これに俺が女の反応と心理を叩き込むことで霊術院中に習得したものだ」
「……阿久津さんってもしかして私の好感度下げてますか?」
「高くなられても困るな」
「そうですか」
「その際に道行く女を誘う術も叩き込んだんだがな、天満は一度たりとも成功しなかったな」
「一応、天満さんって業平さんと世代の二大優等生だったとお聴きしていましたが……?」
飛び級をする程の飛び抜けた天才もいなかったが、順調に六年で卒業し、一度は二人揃って試験を落ちているものの将来有望で、五十年もすれば上位席官入りも望めると教師からの太鼓判もあった天満と業平、だがその二人の学生生活は、特に業平は決して優等生と呼ばれるものではなかった。それは、天満が一番よく解っていた。
「そういえば業平、最近貴族の女性と会ってるらしいな」
「ええっ、そうなんですか!?」
「あ、ああ……実は護廷隊は勿論続けるつもりだが、阿久津家の男として妻を娶らぬのは良くないと兄に言われてな」
「まぁ、あの家はそうだろうな」
上級貴族である阿久津家は男系であり恋多き一族である。故にその阿久津家の健康な男子が適齢期にも関わらず妻の一人もいないのはおかしいと親戚筋からも後ろ指を差されてしまうのだった。本来なら絶縁されてでも反抗しようとしていた業平ではあったが、自分の本質に触れ、考えを改めてこの戦乱も落ち着いた昨年からこれも阿久津家では珍しい話だが縁談を組んでいたのだった。
「正直な話、赤錆の阿久津家の名前で縁談出来るのか?」
「まぁ難しいな」
「けど、お前がいい男なのは親友である俺が保証するからな……きっとうまくいくよ」
「ありがたい言葉だな、実際今の子とは少し打ち解けてきているんだ」
その魅了を使えば恐らく本気で業平を拒める女性はいないだろう。だがそうではないということが言葉からにじみ出ており、穂華は上司であり同志でもある彼のラブロマンスに少し想いを馳せているのだった。
それはすなわち、平和になったということでもある。天満はそんな日常が愛おしかった。
「天満に、阿久津……それに穂華まで此処に居たか」
「副隊長!」
「五席殿の補佐をしておりました」
「ほぼ任せてしまいました」
天満のその正直な申告にルキアは嘆息した。もう五年程になるこの三人の光景も随分馴染んでいるなと、そして穏やかで朗らかな天満への安堵のようなものを抱きつつ、ちょうどいいとルキアは天満たちを探していたことを明かした。
小椿仙太郎や他の隊士達にはあらかた伝えることが出来、残るは半日ここに籠もっていた三人だった。
「それで、お前達にも言っておかねばならないことがあってな……」
「……副隊長?」
首を傾げた穂華に対して、天満は読心術と記憶の両方によってああそういえばという反応であり、業平もまたその天満の反応とルキアの反応を見比べて何が報告されるのかを察した。
頬を染め、何度か報告したものの慣れないものだとルキアは咳払いをしてから言い切った。
「この度、恋次とけっ、結婚、することになった……!」
「え──えええぇ!?」
「おめでとうございます、ルキアさん」
「おめでとうございます」
「……って、お二人は全然驚かれていませんね!?」
「此奴らはそういうヤツだ」
「お察しの通りですね」
阿散井恋次との入籍の報告という一大イベントが、もうすぐそこまでやってきているのかと天満は窓の外を眺めた。天満としては既知の未来ではあるが、戦闘ならいざしらずプライベートなことまで周知させる必要はない。そしてこれも運命に拠るものなどという二人の足跡を否定するような言葉は必要なかった。
「……料亭は在るかもと期待しましたが、まぁいいでしょう」
「天満、それは良くない」
「そうですよ天満さん!」
「失言でした」
「貴様のその失言でした、は正直聞き飽きてるのだがな……」
「初対面の時もそうでしたね」
「つまり二十年変わっていないということだな……貴様は!」
そう言いつつも、同じ十三番隊という以上に付き合いが長くなったなと天満はルキアとの思い出を、決して物語の運命とは関係のない彼自身の記憶の中にあるルキアと過ごした時間を思い出していた。同様にルキアもまた、初対面の時の言葉を思い出して、その記憶を振り返っていた。
「正直さ」
「うん?」
「最初は副隊長の……ルキアさんのこと狙ってるのかとか思っていたよ」
「ないない……狙うだけでも阿散井副隊長に申し訳が立たないよ」
まだあまり色々と決まっていないということを伝えて、やはりまだ恥ずかしかったのか足早に去っていくルキアを見送ってから、業平はそう声を掛けた。天満としては十席になったばかりの頃にルキアの傍にいたのは単純に時間を測るためだった。ルキアの現世駐在任務は十三番隊にいれば容易に気付くことは出来るだろうが、もっと確実にその前兆を予知するためにルキアからその辞令の存在を打ち明けてもらえるほどに打ち解けねばならなかったというだけ。そう考えると今に比べて自分は
「……俺は、二十年でちゃんと死神に成れたのかな」
「どうだろうな、俺たちはまだまだ三十、四十年の若輩だ。それで死神に成れたかなんてせっかちが過ぎるだろうよ」
「そうだったな……まだまだ先は永いんだもんな」
「副隊長が結婚かぁ……」
穂華が漸く自分の世界から半分程帰ってきたようで、天満と業平が顔を見合わせて苦笑する。席官、隊長格の──その上副隊長同士の結婚というのはかなり珍しいケースでもあった。隊内で席官同士というのは無い話ではないのだが、黒崎一護による旅禍事件以前はあまり他隊が他隊と関わるということも同期であるとかでなければなかったことだった。副隊長でも
「結婚といえば、身内の恋愛話も気になるよなぁ」
「……っ! そう、そうですよね阿久津さん!」
「食いつき凄いな……でもまぁ、俺も確かに気にはなるな」
「天満さん……も、もしかして……」
「ああ天満が思い浮かべたの、松本副隊長だろう?」
「──えっ?」
「そうなんだよ、忙しくてお会い出来てなくてな、話がしたいんだが」
「……え、と、て、天満さん……が、松本副隊長を……?」
当たり前だろうと天満は腕を組んで頷いた。綱彌代の騒動が終わって数日してから顔を出して少し話した程度で、そのまま二年半もの間直接顔を合わせていないのだから、その
「……ん? 松本副隊長って……市丸さんのことでしたか」
「当たり前だろう」
「紛らわしい言い方をしましたね、十席」
「さぁ?」
穂華が何を言っているのか、というのは知らないフリを決め込み、業平が肩を竦める。
だがこれは業平本人から言われた話だが、これから平和になっていくに連れて彼は阿久津家としての責務も果たそうとするため縁談として逢瀬を重ねる日々もあり、そのまま入籍することもあればこの三人がいつでも揃うことはなくなる。そして天満がいずれは副隊長へと昇進するのなら、またそれでも単独の任務が増やされることになる。勿論、ルキアも浮竹の遺言には従い天満への制御装置たる二人を遠ざけることは絶対にしないだろうが。
「その前にちゃんと応えてやれ、それがどういう形であっても、納得するだろうよ」
「……女遊びの激しいお前に真面目なことを言われるのは癪だな」
「おい」
「いや……忠告、聞き入れたよ親友」
丹塗矢穂華のこと、人の感情を察知することを戦闘にまで応用する天満が気づかない筈がない。穂華本人からすれば気づかれていないのかもとその想いを募らせてはいるものの、こうして浮いた話を耳にするとそわそわと天満の方を見つめるものだから、もはや十三番隊内のみならず「稲火狩隊」の三人と関わりのある席官や隊士もそのベクトルを生暖かい目で見守っているのだから。
「それで、貴様は如何するつもりなのだ、天満」
「急に先輩風ですね、ルキアさん」
「当たり前だ、私はもうすぐ夫婦となる……のだからな」
「語尾小さくするくらい恥ずかしいなら言わなきゃいいんですよ」
「……話を逸らすな」
「解ってますって、業平にも虎徹副隊長にも平子隊長にも、なんなら阿散井副隊長にも綾瀬川三席にも……果ては日番谷隊長にまで言われましたから」
「日番谷隊長を果ては……と言うのは私はどうかと思うがな」
数日後、久しぶりにルキアと道場で木刀を交わらせ、汗を拭きながらそんな話をする。
恐らく最近話をしていない乱菊にも同様のことを言われることは間違いなく、天満はそんな沢山の人から声を掛けられているのだなと自分の手のひらを見つめた。
「浦原から色々聞いた」
「……あのゲタ帽子、何か言ってたんですか?」
「天満は自分がいつか第二の藍染になるのではという不安を常に抱えているとな」
「そんな」
「まぁお前の知識、予知めいたその高位の視座とやらは確かに、お前を只の死神にはさせようとはしないだろう」
「そうですね」
「だが天満、貴様は神ではない。一護が只の死神代行であるように、天満は只の死神だ……誰もお前を畏れたりはしない、穂華も、阿久津も……無論私もな」
その言葉は天満の胸を打つ気持ちだった。この三年でルキアは隊長代行としてだけでなく気持ちが、その魂魄が隊長という立場と責任を負える程に強くなっていると感じていた。そして、天満はその無造作に置かれた手のひらが、差し込む陽の光で暖かくなっているのにもまた気づいて、それがルキアの言葉のようだと笑った。
「お時間取っていただき、有り難う御座いました、ルキアさん」
「……代行の任から解かれ、もし、もし私が隊長になった時は……頼むぞ、天満」
「……勿論ですよ、任ぜられたからには全うしてみせます」
ルキアの差し出された手を握り、天満はその手に浮竹十四郎の、そして志波海燕の魂を感じた。二人の魂はルキアの中で生きている。
二人の十三番隊を背負った魂は、ルキアに預けられている。
──ならばと天満は、この隊の隊長を支える隊士たちのことを照らせるようになろうと決意をした。自分はルキアに教えるだけでいい。迷った時に隊士達が示す道を光で照らせばいい。それが、稲火狩天満の新しい死神としての目標でもあった。
思ったより長くなったので二話になりました。馴れ初めとかはないですが、ルキアと恋次の結婚を機に二人の関係が変わろうとしています。