モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
そうして幾週かが経ち、ルキアと恋次の式はつつがなく執り行われた。その後、朽木家祭祀殿から移動し、恋次の行きつけである居酒屋「だるま屋」を貸し切り、祝宴が催されていた。天満と業平、穂華はルキアの部下兼友人枠としてその祝宴に参加されることを許可されていたものの、ルキア達の周囲はやはり副隊長や三席など、席次の高い死神が多く、天満はやや離れたところで参加していた。
「ム……天満さん」
「茶渡くん、久しぶりだね」
「ああ」
とはいえ祝宴の場に集まったのは何も死神だけでなく、現世でルキアや恋次と縁を結んだ死神代行組も参加していた。一護や、織姫、石田は思い思いに過ごしており、天満と茶渡は一ヶ月程ではあるが恋次と共に浦原商店の地下勉強部屋で鍛錬をした仲ということもあり、死神代行組の中では最も砕けて会話が出来る一人となっている。
「望実から聞いたよ、プロボクサーになったって」
「いや、まだプロになったわけじゃないんだ。誘われているだけで」
「そうだったか」
天満はだがその言葉に苦笑いをした。能力を覚醒させる前から優れた体格に恵まれた肉体──具体的には鉄骨が空から落下してきても平気で、オートバイと正面衝突して運転手が大怪我を負ったため病院まで担いでから登校するという恵まれたを通り越し、もはや人間かを疑いたくなるレベルの肉体を持つ茶渡だ。プロになれば間違いなく一瞬でスターダムを駆け上がることは想像に難くない。
「天満さんは中央へ行かないのか?」
「いや、あそこ副隊長隊長ばっかりで一緒に居ると肩凝るんだよね」
「まだ五席……だったか」
「そのうち、そのうち俺だって昇進してみせるさ」
「そうだな」
茶渡は旅禍事件の際、戦った中で明確に印象があるのは八番隊三席の円乗寺辰房とその二つ上、当時八番隊隊長だった京楽春水の二人、その中で京楽とは戦ったと言えるレベルではないのだが、その時に彼は階級がたった二つ上がるだけで此処まで違うのかと驚愕した記憶があった。
その後、恋次と一緒にやってきた十席と名乗る天満の存在はそれなりに彼を混乱させていた。その十席があろうことか卍解を扱い、そして圧倒的な質量で茶渡に襲いかかったのだから。
「あんたのお陰で、あの十刃とも戦えたんだ……感謝してる」
「それは前に聞いたよ、もしかして酔ってる?」
「そんなことは……ない」
ノイトラ・ジルガとの戦いの際、原作ならば一瞬にして倒されてしまった茶渡だが、天満との戦いをウルキオラに横取りされた彼と茶渡はそこそこの時間戦っていたというのは天満も後から聞かされていた。
結局はノイトラを帰刃状態にすることが出来ずに敗北してしまった茶渡だったが間違いなくそこまで強くなれたのは天満と恋次のお陰だとずっと感謝していた。
「天満さん、此処に居たんですね!」
「穂華」
「先程の副隊長、とってもお綺麗でしたねえ……」
「そうだな」
先程まで望実や織姫、清音と共に談笑をしていた穂華が茶渡がいなくなったタイミングでやってくる。復興という忙しさ、そして失ったものへの悲しみが何処か周囲を包んでいた尸魂界だったが、今日ばかりは祝いの雰囲気、明るい雰囲気が場を賑やかに彩っていた。天満の隣にいた彼女は、どうやら母が用意していたもののようで、暗めの紺色のチャイナドレスに身を包んでいた。来賓の服装は死覇装に洋装和装と入り乱れているため、変に目立つ訳ではないが、天満は自分が卸したてとはいえ死覇装のため、気持ち的にやや距離を置いた。
「こんなんなら、袴でも買っておくべきだったかな」
「死覇装での参加の人も沢山いらっしゃるじゃないですか」
「そうだけどな」
一角や日番谷は死覇装のまま参列していたし、自分もそれがマナー違反だとは微塵にも思っていないが、と無色透明な冷酒を一気に飲み干していく。いつもはキレのある味わいを好むが故か、祝いということでほんのりと柔らかく甘さのあるその口当たりが、天満の調子を狂わせているような気がしていた。
「今日は、歯切れが悪いですね」
「そういう日もある」
「そういえば阿久津さんは祝宴には参加されていないんですか?」
「いいや、あそこで一護くんたちとしゃべってる」
「行かないんですか?」
「……此処がちょうどいい」
穂華は天満から天満の視線の先へと顔を向けて、彼の1.5倍は飲んでいるグラスを傾けた。視線の先にはルキアと恋次が沢山の仲間たちに囲まれて、笑顔に囲まれて過ごしており、その前から参加し始めた総隊長である京楽もすっかりその場に馴染んだように酒に舌鼓を打っていた。普段と同じ桜色の派手な女物を羽織っているのはどうかなと天満は感じたが、それもまた京楽春水という男なのだろう。
「平和になると、殊更、俺が如何に只の死神としてではない道を歩んできたのかって振り返る機会が増えたんだよ」
酔いが回ってしまったのか、場の雰囲気がそうさせるのか、天満の口は静かに緩んでいく。元から口は軽い方ではあるが、それはあくまでも普段のことに対してであって、天満が内心で考えないようにしていた感情はいつも厳重に蓋をしている。その口を最初に緩めたのは因幡影狼佐であったのは、孤独を信条としていた彼に対する皮肉となるが。
「俺は、死神の命を救うとか言っといて、沢山の悲しみを生んでる。生命の選択を最初にしたその時から」
「……最初に、選択したのは?」
「十二番隊の隊士達を見殺しにしたこと、かな」
旅禍事件の際、爆弾を埋め込まれた十二番隊の若い隊士たち。彼らにだって当然家族がいただろうし、その訃報を聞いて怒りを、悲しみを感じた人がいたのだろう。だが天満はそんな彼らを見捨てた。仕方がないと最初に犠牲になった死神について考えたのはこれが最初だった。
「でも、天満さんは死神を殺すために刀を振るったりなんて」
「──やめようか、この話、少なくとも祝いの場ですることじゃあなかったな」
「あ……天満さん」
穂華の言葉に思い起こされたのは、一人の死神だった。いや、正確にはその死神の名前どころか顔も声も、男か女かすらも天満には解らない一人の死神のことだった。
地下下水道で、彼は完全催眠下にあって市丸だと誤認したままその死神を殺した。心臓を一突きし、死ぬという運命を無理矢理手繰り寄せて。
──天満は今更怖くなってしまった。元来の天満なら殺す前にはもう怖がって、殺した後もずっと怖がっていただろうが、今の天満は平和になり、孤独ではなくなったが故に夢に見るのだった。
「穂華……ってどうした!?」
「あ、望実ちゃん……」
「……天満か、あいつ、こうなったら私が──」
「大丈夫!」
命の選択は、本来只の一個人で背負えるものをとうに越えている。それを平気な顔でこなしていける筈などなかったのである。一般的なああすれば死ななかったのに、という仮定と、どうにかすれば死ななかったかも知れないという確定した未来の改変、その二つの感情は大きな隔たりがあるのだから。少なくとも穂華には天満が後者の時に感じていた痛みを理解出来ない。出来る存在は、もはや物言わぬ王のみなのだから。
「何が大丈夫だ、たわけ!」
「ふ、副隊長……!」
「伺っていれば、天満のヤツは後で恋次が殴るとして」
「俺がかよ……」
「今のは一割、否五分……三分くらいは貴様にも悪いところはある!」
「どんどん減っててるよ朽木さん」
「まぁ天満が悪いのは同意する」
談笑中に視界の端で二人きりになったということで様子を見守っていたルキアと織姫、そして恋次が穂華と望実の前にやってくる。実に3%の過失を認められた穂華は、花嫁になろうとも変わらないルキアの、否何処か吹っ切れたような気さえする彼女の説教を聞き入れた。
残りの97%の過失と恋次に殴られることが決定した天満の態度は穂華に対する裏切りであり、それは、誰も擁護するものはいない。無論勝手に殴ることを強いられた恋次もであった。
「そもそも穂華さ、天満が穂華の気持ちに気付いていないとか思ってる?」
「……はい?」
「そこからか……」
望実の溜息に、織姫が「えっ」と驚きの声を上げたが、ルキアの生暖かい視線が向けられただけでその場では何も起きない。直情的な穂華はこれでも、感情を隠している方であり、自分が秘めた想いを抱いて傍にいるという自己評価を持っているのだ。
だが天満は確実に穂華の好意に気付いた上で逃げているということをルキアも望実も恋次も、この場にはいない業平も気付いている。ルキアは気付いていないと思っていることが1%の過失だと語った。
「私……そんなに嫌われて、いたんでしょうか」
「そう思うか?」
「……解りません」
その表情は嫌われていないという否定よりも、そうであってほしくないという願望が前面に出ているものだった。故に、解らないという言葉、即ち、穂華自身も一歩進む勇気がなかったということでもあった。そしてそれこそが残りの2%の過失だとルキアは彼女へと向けてまっすぐに指を差した。
「私からは多くを語ることはしない、それは無粋というものだ……だが穂華」
「は、はい」
「言葉を尽くさずして諦めるな! 諦めるなら、納得して諦めろ!」
「……はいっ!」
ルキアの力強い言葉に一瞬だけ恋次は苦い顔をした。諦めるなら納得して諦めろ、とは文字通り何十年もどっちつかずだった恋次にとっても耳の痛いアドバイスだ。だが今は、こうして自分のように勝手に諦めようとしている誰かに行ってこいと言葉を掛けられる。
──自分の心を、諦めそうだった関係を全て変えてくれた、あの時の仲間のように。
「辛気臭い顔だな、天満」
「業平……そうだな、ルキアさんと阿散井副隊長の結婚を祝う席なのにな」
穂華が彼を探しに走りだす少し前、「だるま屋」の前にある大きな池の傍にある長椅子に腰掛けた天満の隣にはやはりと言うべきか、業平が座ってくる。
天満は彼が全て知っていると知った上で、色々な前提の話をすっ飛ばし、話し始める。
「……夢に見るんだ」
「悪夢か?」
「ああ……初めて、そしてたった二人だけしかいない、俺がこの手で死神を殺した日の夢だ」
「市丸さんに見えた敵を殺したんだったな」
「……ああ」
彼が死神を自分の手に掛けたのはたった二人、一人は因幡影狼佐、そしてもう一人は「鏡花水月」によって市丸に見えていた誰か。
天満はその夢を視てしまった。平和になったことで、彼の全ての始まりを、戻れなくなった道の最初を後悔していることをその夢で思い知ってしまった。
「馬鹿げた夢だよ……あの日のように心臓を突き刺して、市丸さんの姿だった……けど次の瞬間」
「──穂華に変わった、か」
天満は苦しそうに頷いた。殺した死神は「BLEACH」に於いては名前も顔も登場することのないモブだ。だがそれは本来なら天満も、業平も、穂華も同じことだ。何かが違えばあの心臓を貫かれていたのは業平だったかも知れない、穂華だったかもしれない。藍染惣右介に唆され、敵を闇討ちしようとしたのは自分だったかもしれない。そんなトラウマを夢でフラッシュバックしてしまった。元から、自分が正しいことをしていると陶酔するつもりはない。だが、自分を孤独という恐怖から救い、その刃を両の手に握る上で大切な存在であり理由でもあった仲間すらも何かがズレていたら、仕方がないと殺していたかもしれないという恐怖が急に足許から全身を覆い尽くした。
「エス・ノトの棘を受けた朽木隊長やルキアさんは、こんな恐怖を抱えても刀を振るったんだよな」
天満本人とは戦うことも出逢うこともなかった「
そしてその恐怖を打ち明けられた業平は、息をゆっくりと吐き出し、かつて親友が語ってくれた言葉を思い返しながら言葉を紡いだ。
「塩基性ってのはさ、洗剤とかに使われてるもんで、汚れを綺麗にしてくれる性質があるだろ」
「……どうした急に」
「けど、濃度が高すぎる塩基性は人体すらも溶かす強力な毒に成り得る、お前の正義は、そういう類のもんだ──だから、俺が居るんだろう、親友」
「中和……か」
「おう、俺の腐食の性質も、お前の腐食の性質も、二人なら中和出来るって寸法だな」
「俺の
たったこれだけの、簡単な言葉であり、かつて天満が業平へと紡いだ言葉を真似た言葉だった筈なのに、まるで本当に塩基性が酸性で中和されるように、自分の中でざわついていた気持ちが収まっていくのを感じた。
少し明るい顔をした天満へ、業平はその肩を叩く。
「同じ死神を殺したことを、正しいなんて戯けることはしない。だが天満……お前のお陰で、俺は自分を受け止められたし、穂華はお前のお陰で飛べるようになった。それだけは忘れるなよ」
「……ああ、有り難う業平」
手を振り、再び「だるま屋」へと戻っていく業平に精一杯の感謝の気持ちを籠めてから、ゆっくりと三日月を眺めていると、やがてそんな静かで風流な雰囲気とはまるで真反対のような、慌てて、今にも泣きそうな程に顔を歪めた穂華が入れ替わり、というにはやや時間が過ぎてからやってきた。
「よ、よかった……まだお帰りになってなくて……!」
「遅かったな、穂華」
「……ふふ、ちょっと副隊長からお説教されまして」
「そうか、副隊長殿のお説教は、そりゃ怖いな」
「本当です、五席は慣れていらっしゃるかも知れませんが」
「そんな訳あるか」
「と言いつつ、この前も怒られていたじゃないですか」
「鍛錬場の破壊ならお前も加担しただろう」
「上司なんですから、ちゃんとお前が怒られるべきだーって仰っていましたよ副隊長は」
先程の気まずい雰囲気はもうなく、天満と穂華は微笑みを浮かべる。
その微笑みの中に恐怖はもうなかった。その心臓に自分の斬魄刀が深々と刺さる幻覚は、もう視ていない。
その微笑みの中に不安はもうなかった。澄んだ瞳には迷いの霧はあらず、ただ己の進む道が月明かりに照らされていた。
「天満さん」
「ご免な、逃げてて」
「本当です……そういうところばかり、市丸さんと似なくていいんですよ」
「市丸さんに失礼だろう、多分」
「いいんです、松本副隊長も愚痴を零されていたので!」
「ならいいか」
「それで、天満さんはどうなんですか?」
穂華のまっすぐな瞳の中には、星が瞬いていた。思えば、穂華は直情的ではあるが、こうしてきちんと至近距離で目を視たことはなかったなと天満はその美しいばかりの、満天の星空の瞳をじっくりと眺めてそうだなと笑った。
──その十数分後、並んで戻ってきた二人に向かって乱菊や織姫、清音などの女性陣がこぞって二人の周囲に集まったことは言うまでもないことだった。
市丸と同じと扱われ、逃げないのならどうなんですかと問われた天満さんがどういう風に答えたのか、そしてどういう十数分を過ごしたのか、それはご想像にお任せします。