モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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今回から、尸魂界編に突入!
結構準拠してるので退屈になるかも……?


INTRUDER OF FATE(1)

 八月の初旬、朽木ルキアの処刑まで残り十五日となったその日、瀞霊廷に警戒令が発令された。

 西方郛外区──慣れ親しんだ語句を使うなら西流魂街地区で歪面反応が確認された。死神の導きなしでの穿界門が開いたことが原因である。

 

「なんだ!?」

「一体何が起こってるんだ!」

 

 突然の警報に慌ただしくなる瀞霊廷の中で、天満は立ち止まってゆっくりと西の空を見上げた。

 遂に、この時が来た。指折り数えてその日を待っていた男は、目を細めて尸魂界──否、三界全てを救うことになる英雄が仲間と共に七日の時間を遡って落ちてくる。

 やがて現在彼と共に休息を取っていた阿久津業平もまた、落ち着いた様子で斬魄刀を手に戻ってくる。

 

「天満、警戒令だ」

「すぐ行く」

「稲火狩十席、指示を!」

「よし、まずは虎徹三席と合流する」

「了解!」

 

 そうして清音と合流したタイミングで西に光の筋が落ちていく。そして僅かな後、空から壁が降って来る。

 ──平時は空高くに存在する霊王宮を取り囲んでいる瀞霊壁は、旅禍等の有事の際、天空から降り注ぎ瀞霊廷を取り囲み高濃度の霊子の膜、遮魂膜を形成する。轟音と共に降り立つ壁と門に隊士たちは安堵の声を上げる。

 

「旅禍は……壁の外みたいだね」

「それなら安心ですね!」

 

 四大瀞霊門、西門の番人──兕丹坊。四つある門のうち彼が番人となってから約三百年、一度たりともその門から人を通したことはないという傑物だった。

 約250年前の痣城の乱心は、記録も全て握りつぶされ、また本人にも何が起こっているのかが不明なため有耶無耶ではあるのだが。

 轟音、金属の撃ち合う音、何かが砕ける音、そんな瀞霊廷にすら響き渡りそうな戦闘の気配を聞いてもまだやや気の抜けた様子で白道門付近で待機していた隊士たちだった。

 

「……天満?」

「は、如何かしましたか虎徹三席」

「いや、すごく……なんというか、ねぇ」

「旅禍の目的を考えていました」

「目的、目的って……もしかして、いやでもまさか」

 

 清音はまっすぐに門を見つめる天満の言葉に動揺する。もしかしたら自分たちの大事な人であり仲間であった朽木ルキアの処刑、それを知ってわざわざ現世から無茶な渡航をしてきたのではないか。天満の思案は有り得ないと断じ切れないものだった。だが現実として判決から十日で準備をして、こうして兕丹坊と戦闘をしてでも押し通ろうとする程の価値が、たった数ヶ月の繋がりに命を懸けるのか。清音の迷いは尽きなかった。

 

「──っ!」

「この霊圧は……!?」

「市丸隊長ですね」

「な、なんで三番隊の隊長が……!?」

 

 門が開いたと思ったら市丸ギンの迎撃によって再び門が閉まる。それを知って兕丹坊がやられた、というざわめきと同じようにこれで旅禍も死んだのだという安堵が背中から聞こえたのに天満は息を吐く。

 普通に考えればそうだ。隊長が斬魄刀を解放して旅禍の一人や二人どころか四、五人いても殺せないわけがない。ましてやそれが入隊試験一発合格で十年経たずに五番隊の三席へ、そして死神になって百年未満で隊長まで上り詰めた天才市丸ギンならば尚更のことだった。

 

「旅禍は死亡したと思われるがしばらくは三番隊、五番隊、九番隊によって白道門付近の警戒に当たるそうだ」

「俺たちは詰所で待機か」

「ああ」

 

 久方振りとなる旅禍の騒動は、なんとも気の抜けた終わり方をした。

 そのまま一晩が明け、ルキアは懴罪宮四深牢へと移送された。処刑まで後二週間となればルキアと関わってきたものたちは暗い表情をせざるを得ない。清音は天満が言っていたようで旅禍がルキアを救出してくれるならいっそそれでもいい、市丸から奇跡的に生き延びて連れ出してくれても、そんな思考を巡らせてしまうほど、四十六室の決定は異常だった。だが、すぐに旅禍は生きていること、市丸の行動についての隊首会が執り行われることとなり、清音の迷いは大きくなる一方だった。

 ──そしてその晩、隊首会の最中に警鐘が瀞霊廷中に鳴り響く。廷中に侵入者アリ。非常警戒態勢。そんな報の最中、天満は十三番隊隊首室である雨乾堂に足を運んでいた。

 

「おお天満! 残念ながら隊長は寝てるから──」

「構いません小椿三席」

 

 虎徹清音と交代で体調の悪化した浮竹の警護にあたっていた小椿仙太郎は天満の眼に気圧されていた。何かを決意した眼、そして迷うことのない足取り、ルキアの処刑に多かれ少なかれ浮足立っている十三番隊の中でこの表情をしている彼は、少なくとも小椿にとっては安心よりも逆に不安が勝るものだった。

 

「……浮竹隊長、俺は、隊長とは違う方法で彼女を助けます。そのけじめのために、お眠りのところを邪魔して申し訳ありません」

 

 返事はない。今は容態自体は落ち着いているが眠っている。だがそれでもいいのだ。大事なのはそれを隊長の前で宣言したということ、そして何より浮竹本人が京楽に打ち明ける形で憂慮していたことでもあった。それは天満も知らないことではあったが、ルキアの帰りを待っていた天満は、時に豪胆なことをしでかすと予見されていた。

 

「お前、本気か……!」

「はい、ではどうされますか小椿三席……俺を斬りますか?」

 

 答えは判っていた。そもそも現在では隊首室に斬魄刀を持ち込むことが許されるはずもない。仙太郎も天満も今は丸腰だった。

 そして何より仙太郎の感情が斬りたくない。彼の背中を押して、なんなら彼よりも前を歩いてそれを手伝いに行きたいと叫んでいた。だが自分が護るべきは何よりも病床に伏している隊長の警護、ついていけるはずもなかった。

 

「冗談ですよ、ではまた……良い夜を」

「て、天満!」

 

 非常警戒中だというのに良い夜はおかしな言葉だったが、天満にとって勝負となるのは明け方なのだから、今日はじっくり休んでしまおう。信頼できる親友である阿久津業平に全てを託して、言い含めておき、稲火狩天満は職務放棄という形で姿を消した。

 ──俺は朽木さんを助けに行く。なるべく斬り合いにならないように手加減してくれると嬉しい、というのが業平に向けて、仲間たちに残した最後の言葉だった。

 

「天満、気をつけろよ」

「お前もな業平──死ぬなよ」

「はは、今から護廷十三隊を裏切る奴の科白じゃないな」

「旅禍たちは手加減してくれるだろうから、その辺は安心してるけどな」

「なんだそれ」

「次は拘禁牢で会おう」

「お前なぁ……判った」

 

 そして友人に送る最後の言葉はそれだった。何処まで視えているのか、何処まで見通しているのか、それは親友である業平には理解できる範疇を越えていたが、ただこれこそが彼にとって最善の護廷の為であることは理解できていた。

 人気のない場所から花太郎と仲良くなる過程でルート確保を行っていた地下水道に潜り、天満は警戒を解いて伸びをする。

 

「地下水道を把握していおいてよかった、これでどのタイミングかな……阿散井戦後くらいでいっか」

「ならボクも一緒にサボろかな」

「──市丸、隊長……っ! いいんですか? 藍染隊長に怒られません?」

「ええよ、もう。ボクの出番は阿散井クンがやられた後に発令される戦時特例やろ?」

「そうでしょうね」

 

 藍染、市丸、東仙の三名はこの間ずっと四十六室へと交代で潜っている。その交代のタイミングで市丸は出てきたのだろうと判断した。完全に空けていたのは二度の隊首会の時のみ、一度目は先程終わった。二度目は、阿散井恋次が一護によって倒され、戦時へと本格的に移行する時だった。

 

「というか唐突に現れないでください。一瞬でも鏡花水月を疑わないといけないんですから」

「そういえば、キミも藍染隊長の鏡花水月見とるんやったね」

「ええまぁ、真央霊術院時代に」

 

 斬魄刀の講義の際に刀には個別の名前があること、そして名前を聞き出し、解号を呼ぶことが必要とされること。その講義の最後に特別と言って天満は「鏡花水月」の解号の瞬間を目にしていた。

 故に市丸が現れても市丸かどうかわからない。それを知る術は市丸の振りをした偽物に市丸の本物が伝えていないだろう情報を開示すること、その反応でしか確かめられないのだから。

 

「あ、そういえば京楽隊長への仕込みは、恐らく完了したかと」

「へぇ、ようやったなぁ……どうやって接触したん?」

「向こうからですよ」

「成る程な、ルキアちゃんともボクとも仲良いキミは警戒されるゆうことか」

「はい……なので、あなたは俺に殺されるんですよ」

「なっ……なんで……」

「──炎輝天麟」

 

 刀に手を掛けた右手ではなく逆手で持った左手の小太刀で市丸の姿をした誰かの首を掻き斬る。

 右手は読まれていたため抑えられていたが、分裂した刀は抑えることができずに致命傷を受けた男は焦りを顔に出してしまう。

 鏡花水月は完全催眠の斬魄刀だが、在るものを無いことに、無いものを在ることにはできない。蝿を龍に見せることも沼を花畑に見せることも可能だが、鏡花水月で偽物を立てるには誰かが代わりにいなくてはいけない。言葉も誰かが発しなければならない。

 そして彼は情報を持ち帰ることは叶わなかった。ふらりと足取りが崩れたところで天満は小太刀の切っ先を市丸に向ける。

 

「因果天引」

「カッ──かはっ」

「さようなら、俺が救うことができなかった憐れな──かつての俺(モブ)よ」

 

 小太刀の引力に引かれ、吸い込まれるように心臓を貫かれ、名前も知らない男は絶命し、水路へと落ちていく。

 ザパンと小さな水しぶきを上げて彼は二つの刀を合わせるようにして始解を解き、鞘に収めた。初めて人を殺した、その吐き気にも似た感覚を押し殺し、一筋の涙に変えながら天満は聞くことのない答えを流れていく死体に、未だ市丸にしか見えない男に向けた。

 

「あんたがミスったのは単純、()()()()()()()()()()()。そもそも市丸隊長にも俺が誰と黒崎一護が戦うかなんて知ってるとは言ってないし、()()()()()()()()()()()()()()()()()。京楽隊長に俺のスタンスを伝えたのは独断だし、そもそも俺はあの人の味方ってわけでもない。恐らく会えば殺し合いになるだろうし、俺はあっさり殺されるよ」

 

 市丸の殺意に気づいている藍染から見れば彼は市丸のとっておきの懐刀にも見えるのだろう。実際に市丸のためにしていることはあるし、彼と松本乱菊を生きてる間に引き合わせるために手を尽くしてはいる。

 ──だがそれは彼が勝手にしていることだ。本物の市丸ギンは藍染を殺すために天満をメッセンジャーとして京楽に何かしら伝えようとなどしてもいない。そもそも護廷十三隊に助けを求めることすらない。それは市丸にとって孤独な戦いでなければならないし、孤独に決着を付けなければならないものなのだから。

 

「はぁ〜やっちまった……まさか俺に対してなんかしらの相手を寄越してこないよな? 副隊長とか隊長とか勘弁しろよ」

 

 天満が想定する最悪は九番隊隊長東仙要が出張ってくることだった。彼は苛烈なまでの正義の使者であり同時に藍染の忠実な部下の一人でもある。

 幾らなんでも隊長格とやり合って無事で済む筈がない。東仙とやり合って無事で立つことができるのは一護との戦いで死にかけて、そのせいで力の枷を破った更木剣八くらいなものだろう。

 うじうじと思考を巡らせる天満だったが、やがて波が引いていくように落ち着いていく。これも自身の斬魄刀に無駄なものを渡してしまっているのかと不安にもなったが、それは無いと断定出来た。

 

「……まぁいいや、なるようになれ。最悪な運命は弾き飛ばしてやる」

 

 そうして倉庫で一眠りをし始めた頃、一向に天満捜索へ向かった部下の報告のない藍染は計画に支障はないものの、意外だと驚きの顔をすることになる。あの状態では偽物だと気づかれやすいとは思っていたが天満が自身の斬魄刀を識っているとはという驚きだった。素早く思考し、何処で暴露するような下手を打ったかと記憶を辿る。一番確実なのはやはり市丸が伝えていたことだが、そうではなかった場合の想定もしておくべきだと幾つかの想定をする。

 

「ボクが教えるわけないやないですか」

「……そうか」

 

 市丸の嘘のない言葉に相槌を打った藍染は天満への評価を見直していた。消すタイミングなど幾らでもあると思っていた。機を見て東仙が彼と仲のいい阿久津業平や十三番隊士を装って殺せばいい。障碍となるならそれで充分だと判断していた。

 ──だが鏡花水月を識っているとなると考えは変わってくる。弱点を見抜かれているかどうか、本当にあの虚を倒した力が彼の底なのか、藍染は自分でも知らず知らず、口許が弧を描いているのだった。

 

 

 

 

 

 




☆全部知られてます――

あーあ、藍染に本格的に興味持たれちゃったね〜

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