モブ死神に憑依したみたいです 作:神話オタク
天満とルキアが炎輝天麟によって創られた宇宙空間に閉じ込められ、融合した彼女達と対峙していた。
法衣を身に纏い、後光差す赤と青紫のオッドアイを持つ炎輝天麟の霊圧に対して、天満は本気なのだという確信を抱いていた。
本気で、天満を害そうとする。その目的までは推し量ることは出来ないが、殺気のようなヒリついた霊圧はルキアにも感じられた。
『巻き込んだことは謝罪しましょう、朽木ルキア……私達の目的は主唯一人ですので、できれば離れていただけると助かります』
「お主らは村正に騙されておらぬのだろう? ならば何故、未だ共に歩んだ持ち主を害そうとする!」
『──本能』
「なに?」
『主たる稲火狩天満様を
「……そんなことをしたら、お前達も」
『承知の上です……足を落とせば、腕を切り落とせば、二度と貴方様は私達を握らなくなる』
「それが、お前達の本能だって……?」
『そうだと言っています』
「……解った。ならばお前達も俺の敵だ、俺の救世を阻む……敵だ」
死神でなくなる、そして斬魄刀を返還し戦いから退くこと、それが炎輝天麟の本能だと語ったことで天満の表情から驚きが消えた。この宇宙空間に於いて、炎輝天麟が絶対的に有利なことは天満が一番よく知っている。彼女達の創る星は速度も破壊力も、その全てが一撃必殺級の威力を保持した、創世にして破壊の権化──だが、今回はそれが足枷であることも一番理解しているのは天満だった。
「天満、此処は私も手を貸そう」
「はい、アイツの言葉通りなら……嘘がないなら、使える技は限られています」
「そうか」
幸運だったことはルキアが傍にいたこと、彼女がいなければ極小の星を身体に当てるという技が存在するが、手の動きとルキアの位置を完璧に把握できれば回避も出来る。元より大技は殺すという意図がなければ使えない。そうすれば一番確実な手は光背から打ち出される白星と黒星、そしてそれを刀にした状態による直接攻撃だ。防戦する手段は幾らでもある。
「問題は攻撃ですね」
「何だ」
「強力な重力渦を常時纏っているため、生半可な攻撃は届くことなく弾かれます……破道の三十一、赤火砲」
手のひらから火炎弾を放つがまるで見えない道に沿うかのように炎輝天麟の周囲を滑りあらぬ方向へと吹き飛ばされた。更に運命歪曲という能力まで有しているため防御に関しては鉄壁を越えているとも言える。必要なのは処理の追いつかない程の物量で重力渦を貫通出来る攻撃ということになる。
「具体的には?」
「市丸……は解らないですよね、朽木隊長の一咬……もないから、殲景の刃が一遍に襲ってくるくらいの物量なら」
「鬼道では再現できそうにはないな……」
「そうですね、九十番台を扱えたら話は変わりますが」
破道の中でも格別の威力を持つ「黒棺」や「千手皎天汰炮」ならばどちらも条件を満たしてはいるだろうが、それこそ藍染惣右介クラスの霊圧と鬼道のセンスを持っているか、浦原喜助のように使うことを想定し準備をしていなければいけない。今の天満では詠唱して放っても「斬華輪」が精一杯、ルキアも九十番台を放つことは出来ない。
「天満の星をぶつけた上に二人で同時に最大威力の鬼道をぶつけてどうかというところか」
「……そうなりますね」
『覚悟は決まりましたか』
「ひとまず、固まって回避と防御をしましょう」
「ああ!」
黒星と白星を刀にして両手に持った炎輝天麟はふわりと空中を飛ぶようにして斬りかかってくる。引力を放つ「黒星刀」は回避しようとすると引き寄せられて攻撃が当たってしまうためギリギリで防御をし、逆に斥力を放つ「白星刀」の斬撃は受け止めようとするとその斥力に弾かれダメージを負ってしまうため回避という方法でなんとか応戦していく。
「耐えてくださいルキアさん……耐えれば、勝機は見えます」
「信じるぞ、お前の言葉! 縛道の六十一、六杖光牢!」
『無意味なことを……』
「破道の三十三、蒼火墜!」
『その程度で私達の守護を突破するのは不可能です』
「くそ……」
『その上、怪我明けで袖白雪を失った貴女と既に二刀を振るうことすら儘ならない主も……脅威足り得ない』
その言葉に天満は無意識に左手で右手を庇った。深々と刃を突き立てられた右手は思うように動く筈もなく、故に天満は始解をしても満足に戦える状態ではなかった。ルキアが居てくれたという幸運は、そもそも選択肢を狭める動きを長い間天満本人がこなせないということも理由に含まれていた。
「確かに私は、私の力が至らなかったが故に袖白雪を失ってしまった……だが、そうだとしても仲間の危機に刀を向けられぬような腰抜けになた憶えなど、死神の誇りまで失った憶えなどない!」
「……ルキアさん」
『その勇敢さが、誇りが、死神の命を奪うのです』
「……なんだと?」
『この戦いで、斬魄刀の叛乱によって、どれだけの命が奪われたのでしょう、どれだけその誇りの為に散っていったのでしょう』
「やめろ……」
『己の斬魄刀に刃を向けられ、時には隊長格の無比なる力の前に踏み潰された……その死体の山が死神の誇りという訳ですか』
「やめろって言ってるんだ炎輝天麟!」
「よせ天満!」
激昂し左手に持った刀を振り下ろすが黒い刀に吸われたことにより、軌道は逸れ、逆に隙だらけになってしまったその瞳めがけて白い刀の切っ先が迫っていく。
ルキアが咄嗟に後ろから襟を引っ張ることで間一髪、彼の眉上に縦の切り傷が走るだけで済んだが、その斥力によりルキアも天満も吹き飛ばされてしまった。
「落ち着け、あれが挑発だと解らぬ貴様ではないだろう!」
「……すみません」
それがもし滅却師に言われたのであれば、頭はむしろ冷え、冷徹に相手を追い詰めようとするだろう、藍染惣右介に言われたのであれば挑発であると判断しその口に嘲笑を浮かべたであろう。
──だが天満は激昂した。何よりもその生命を護るために共に戦った斬魄刀から出た言葉であると、天満も信じたくはなかった。
「誰であろうと……この尸魂界で穏やかに暮らす生命を冒涜するものは敵です……それが、俺の信念です」
「そう言って矢鱈に飛び出して、その左目を奪われるところだったのだぞ、たわけ」
「有難うございました」
「気持ちは解る……私とて、兄様の意図が解らず無闇に飛び出してしまった。その私だから言う、落ち着け天満」
「……はい」
上下していた肩がゆっくりと収まり、天満は上空に鎮座する炎輝天麟を睨み付ける。
何か方法はないか、どうにかして一撃を与えることは出来ないか、思考していた天満に対して炎輝天麟は更に挑発をしていく。ルキアが抑えているため効果は半減していてもお構いなしに。
『貴方様はその生命の救済という利己のため、沢山の命を奪いました、死神代行のように手を差し伸べるのではなく……
「……ああ」
『結果として聖兵は壊滅、死神の犠牲者は半減しました……ですが聖兵と死神に違いはあったのでしょうか』
「その問答ならとっくの昔に自己解決してるよ」
『いえ、自己解決した気になっているだけでしょう? 貴方様は……そこにいる朽木ルキアを救うためと称して
「……何を、言っている……? 天満、此奴とお前は……何のことを言っている?」
ルキアには聞き覚えのない単語とまるで大きな戦争が既に終結したかのような言葉に不審な表情をする。今までのような未来を識っているような、という妄言じみた言葉では足らない、未来から来たかのような言葉、
「無為……だって?」
『そうでしょう? 貴方様が干渉しなくても彼女は救えた、それが定められた運命なのですから。それを貴方様は利己のため、隊長格に近づくという目論見を抱き干渉し、そして一人を殺した』
「何……?」
『貴方様は日番谷冬獅郎と京楽春水にその目的を明かしたことで二人が働きかけ有耶無耶になってはいますが……五番隊の隊士が一名、行方不明になっているのです』
天満が逃げ続ける過去、そして向き合うべき過去を突如として突きつけられ、天満は無意識に左手で胸を押さえていた。尋常じゃない汗を掻き始めたことで、ルキアも焦りの表情に変わる。自分が囚えられた際に救出に来た一護達、そして死神達の戦いは尸魂界中を揺るがす大事件であり怪我人が多く出たが
『貴方様は奪うことしか出来ないのです……その救世も、命を救う太陽たる正義も、奪うことでしか成せない奇跡……貴方様に与えることは出来ない』
「お、俺は……」
「──そんなこと、ありません!」
煩く鳴る心臓を押さえ、何かを言おうとすることすら叶わない天満への言葉を否定したのは、彼本人でも、ルキアでもない別の人物だった。拳を振り下ろし「黒星刀」を叩き折りながら炎輝天麟の頬に拳を叩き込み吹き飛ばしたのは既に卍解した丹塗矢穂華だった。天満が信じていた一発逆転の光明であり、天満が唯一手放しで絶対に勝てないと感じている相手でもある。
「ほ、穂華……その姿は?」
「え、ふ、副隊長……じゃなくてルキアさん!? どうして、この中に!?」
「理由は後で説明する、私もお前がどうやってここに来たのかやその姿については問わん……頼めるか!」
「勿論ですッ!」
『来ましたね、丹塗矢穂華……主が抱く、希望』
小さな星を創り出しそこに着地していた炎輝天麟がふわりと浮き上がり、同じように翼を広げ浮いている穂華と同じ目線で止まる。
その瞳が一瞬柔らかな色を帯びたような感覚がして穂華は僅かに首を傾げるが、それは気の所為だったかのように冷徹な表情と霊圧を放ちながら対峙する。
『貴女が来たということは、清龍は失敗したようですね』
「ええ、日番谷隊長が増援に来ましたよ」
『……あの子も詰めが甘い』
「じゃなくて、日番谷隊長が居て、戦える状態であることを識っていて敢えて清龍を焚き付けたんでしょう?」
『そうでなければ暴走した清龍の卍解で四番隊舎は壊滅状態でしたからね』
あっさりと明かした情報に穂華は業平の危惧した通りだと警戒した。彼女は天満が抱いていた何かを手放させるために、重荷を乱暴な形で降ろさせるために敵対しているのだと。単なる暴走とは何かが違う、そんな直感が確信に変わり穂華が真っ先に抱いたのは
「その不安が村正によるものだと理解はしていますが、それでも……私は許せません!」
『何が許せませんか? そもそも貴女に赦しを乞うつもりもないですが』
「天満さんだけでなく、副隊長まで傷つけたことです! 顔を見れば解ります!」
穂華が指を差し、そしてその手の甲を炎輝天麟に向け、母仕込の拳法の構えを取る。その霊圧に殺気はない、在るのは闘気のみ──穂華は許せないと言葉を吐きつつも、戦う意思はあれどあくまで殺し合いではなく鍛錬の時のような気楽さを感じる雰囲気に炎輝天麟の左目が僅かに細くなる。
『……なんの、つもりですか?』
「貴女達を折るつもりなんて私にはありません……私にとって貴女達もあの人ですから」
『なのに、戦闘をする意思はあると……?』
「貴女達の間違いを正す方法を、バカな私はこれしか知りません」
『間違い……と来ましたか』
「天満さんを奪うことしか出来ないと言いましたが違います。あの人は私や十席に光を見せて、そして道を照らしてくれました。私達だけじゃありません……望実ちゃんや市丸さん、他にも様々な人があの人が与えてくれたものを胸に生きています……あの人はもう二度と、独りになんてならないし──私がさせません」
『……矢張り、貴女が、主の最後の希望のようですね』
「天満さんを死神から、救世の執行者から無理矢理降ろしたいのなら、まずは私の腕を動かなくしてからにしてください」
『そのようです』
「──十三番隊十三席及び稲火狩中隊所属丹塗矢穂華、尋常に勝負を申し込みます!」
『その勝負、この炎輝天麟が受けましょう……いざ!』
「宜しくお願い致します!」
霊圧の衝突、その余波に彼女が足場や障碍物として浮かせていた星々が粉々に砕け散っていく。造物主にして星王の力を持った炎輝天麟と、本来ならば星王の使いたる穂華がお互いの本能、使命の為にぶつかり合う。
その目的は奇しくも、稲火狩天満を生かす為であった。
炎輝天麟が語ったトラウマからの解放に天満くんは三年の時を要するからね。