モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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INTRUDER OF FATE(2)

 地下水道に声が響いている。大きな声ではないが、聞き慣れた声がしている方へと天満は近づいていく。

 声の主は二人、一人は周辺警戒をしている志波岩鷲、そしてもう一人は四番隊第七席、山田花太郎だった。

 花太郎は阿散井恋次を倒したものの、ひどい怪我を負って意識を失っている黒崎一護に手をかざし、霊力を使って傷を直していた。四番隊が持つ治癒能力を行使し、集中しているところに、岩鷲の緊張した声が響いた。

 

「テメー、なんでここが……!」

「安心してくれ、俺は敵じゃあない」

「信じられるかよ……!」

「そ、その声……もしかして天満さん!?」

 

 岩鷲が血涙玉を構え、天満がどうしようかと困っているタイミングで花太郎の声がして顔を覗かせてくる。

 天満はほっとした表情で驚きつつも一護への手当ては忘れない花太郎へと声を掛けた。当然、途中で岩鷲に花火を投げつけられる可能性も考慮しつつ。

 

「どうも花太郎さん、ここにいらっしゃると思ってましたよ」

「おい花……知り合いか?」

「はい……彼は十三番隊の」

「いいですよ、立場は捨てるつもりで此処に居ますから……十三番隊の稲火狩天満です。よろしく志波岩鷲くん」

「……俺の名前まで」

 

 警戒は止めないものの、どうやら攻撃の意思がないことだけは理解し、岩鷲は腕を下ろす。そんな彼へと天満は見張りを交代する旨を伝えた。彼の姿も一護程ではないがボロボロであり、花太郎は体力が尽きるところまででいいから彼も回復させようと決めていたのだった。

 

「俺は……まだアンタを信用しちゃいない」

「けど、事実キミは綾瀬川五席との戦いで充分ボロボロだ、違う?」

「……どこから俺たちを見てやがった」

「ずっとだよ、そこで倒れてる彼が斑目三席と、キミが綾瀬川五席と戦ってる時からずっと」

 

 実際はその目で見たわけではなくずっと水路に引きこもっていたのだが、天満はその情報を明かすことで警戒されてはいるものの、信用されてはいないものの、敵ではないということを伝えた。そうでなければ一護や岩鷲がギリギリ勝利した瞬間を狙って殺すこともできた。特に一護は相当な怪我を負っていたのだから。

 

「やっぱりこの混乱に乗じるつもりだったんですね」

「でも、彼らの目的も俺と同じでしたから、手を貸そうかと」

「ありがたいですが……本当にいいんですか?」

「それは花太郎さんだって同じですよ」

 

 花太郎は、あははと力なく笑う。特に二人には名乗っていないが花太郎は四番隊の第七席、充分に立場のある死神でありこの規律違反どころか明確な反逆でもある今の行動は一般隊士とは比べ物にならないほどの問題行動だ。

 それは天満も同じであるために、彼もまた緊張感のない笑みを浮かべていた。

 

「斬魄刀、どうしたんですか?」

「あ、あはは……実は、隊舎に置いてきちゃったみたいで」

「こいつ、最初から持ってなかったぜ」

「だから、こんなに時間掛けて直してるんですね」

「は、はい……瓠丸さえあれば」

 

 瓠丸は斬った相手の傷を吸い取る斬魄刀だ。天満はそれを花太郎を十一番隊から助けた際に教えてもらっていた。教えてもらっていたが故にそれを訊ねる。何故か持っていなかった理由は最初から知っていたものの、なんとかして花太郎の斬魄刀を持って来たほうがよかったかなと後悔していた天満に、花太郎は恐る恐る訊ね返した。

 

「ぼくがどうして此処にいるって……いやそもそもなんで一護さんを治しているって判ったんですか?」

「実はさ、明け方から此処に引きこもってたんだよ、そうしたら偶々」

「……そうですか」

「……ごめん嘘です。実は花太郎さんなら此処に来てくれる気がしてました」

 

 花太郎がルキアがまだ六番隊の隊舎牢にいた際に清掃係をしたことを天満にも伝えていた。そこでの話も、ある程度は伝えられていたからこそ天満も識っていただけでなく黒崎一護の名前を、オレンジ色の髪の毛に身の丈程の斬魄刀を背負った死神の名前を知っていた。花太郎はその一護という名前を聞いた時に直感的に、天満が待っているのはその男なのだと感じていた。

 

「実は偶然、人質に取られちゃって……それで流れ的に」

「成る程、それで……彼の傷は?」

「一護さんは阿散井副隊長と戦って、勝利をしました……こんな風にボロボロですけど」

「──副隊長に」

 

 流れは識っている。彼が勝利するのは運命によって決まっている。だが、それでも十席という立場を持って様々な死神と接してきた天満はそこに改めて驚きの息を吐いた。もし自分が全力で恋次と戦ったなら、結果はどうなるのだろうか。もし一護ではなく自分がルキアを救うために立ちはだかった副隊長に剣を向けたとしたら、どうなっただろうか。

 

「ただ……気になることが」

「どうしました?」

「その……これが一護さんの肩の致命傷を防いだみたいです」

「……仮面」

「はい……虚の仮面に、似ているのは気の所為なんでしょうか」

 

 一護の中にある虚の力は、黒崎一護の命の危機を救うための防衛本能のようなものだ。恋次の攻撃を受ける際に彼の中にいる「斬月」が咄嗟に出現させたのだろう。もちろん天満はそんなことを言うつもりもなく、不思議な質感のそれを見つめていると一護の眉根が寄った。

 

「ん……」

「あ、一護さん……」

「……花太郎」

「動かないでくださいね、まだ傷、塞がってませんから」

「そうか……俺、恋次と戦って──!」

「一護さん!?」

 

 目が覚めた一護はすぐさま起き上がりルキアを一刻も早く処刑から助けようとする、だが傷が痛むのか汗を掻きながら立ち上がった彼の前に、天満は立ちはだかる。眼の前にいる見知らぬ死神に対して一護は驚きの表情と共に斬月を手にする。その目は強く勇ましく、これが主人公の、神に選ばれた英雄の目かと天満は目を細めた。

 

「俺たちを殺しにきたのか……!」

「状況を見ろ、岩鷲くんが座ってる時点で敵じゃあないことくらい判別できる筈だろ」

「……一護さん、彼は、天満さんは味方です」

「自己紹介は治ったらしてやる。今は寝てろ」

「退けよ……!」

 

 止められても、それでも一歩進もうとした一護を止めるために初級の破道でも使うか、そう構えた瞬間に一護の頬に岩鷲のストレートが見事に決まり、一護は再び意識を失った。

 ほっと息を吐き、腕を下ろした天満だったが、愚痴を零す花太郎に返事をしつつ腕を振るった岩鷲に横目で睨みつけられてしまい口を閉じた。

 

「あんた今、鬼道を使おうとしただろ……」

「使おうとしたのは破道の一番だよ。キミの拳よりは優しい」

「どうだかな」

「信用しろ……というのは難しいか」

 

 睨みつけられ、天満はため息を零しながら花太郎に見回りでもしてくると伝えてその場から立ち去った。

 岩鷲くんは俺が近くに居たら眠れもしないだろう。先はまだ長く険しいため旅禍たる彼らにはまだ力尽きられては困ると天満は岩鷲の気張りを無駄にしないために離れて休んでいく。

 実際は警戒するには値しない時間だが、どうしても警戒すべきはここで藍染惣右介本人が接触してくる可能性があることだ。しかし、考えても仕方ないことだろうと頭を切替える。ここからは誰に出会っても刀を抜く覚悟を持っていた。喩えそれが本物の志波岩鷲で、更に信頼を損なうことになったとしても。

 

『信頼というのは難しいことです』

「……そうだな、ましてや俺は花太郎さんとは違って無害そうではないしな」

『ふふ……そうでございますね』

 

 独りになったところで天満の傍に着物の女性が立つ。花太郎のように戦争や、この血なまぐささすらある死神という集団から逸脱したほどに緊張感がなければまだいいのだが、天満はこれから起こる戦いのために常に刃を振るってきた。そして目的のためについ十数時間前には同じ護廷のために戦っていくはずの死神を手に掛けた。藍染のため捨て石になった男を弔うこともせず、名前も顔も知らぬまま勝手に水に流してしまった。

 

『主様が気に掛かられるのは致し方ないことではありますが』

『多少気にされた方が良いのかもしれませんが』

『あの方の正義は主様の正義とは相反します』

「……判ってるさ」

 

 命は簡単には救えない。天満がそれを実感したのは数ヶ月前のことだった。

 本来の世界で十二番隊長涅マユリは井上織姫、石田雨竜を殺すための策として肉爆弾を用いた。無論、今年入隊したばかりの彼らには無断で埋め込まれたものである。

 

「放られた爆弾は……手元に戻ってくるもんじゃあない」

 

 涅マユリはその言葉と共に爆弾と化した隊士たちを成否問わず爆殺する。自分の斬魄刀ならそんな彼らの爆弾を取り除けるのではないか、そう考えた。だが現実として天満は此処で彼らに何の対策も立てずに座っている。

 完全に彼らの魂魄と爆弾は繋がっていて、本当の意味で爆弾が内部に埋め込まれているのではなく、彼ら自身が爆弾となってしまっているようなものだと結論付けた。

 十二番隊隊士の四名、そして恐らく五番隊であろう彼、もう五人だ。救えない、だがせめて一人でも多く。改めて決意をして、殺した男を悼み、これから死に征くものたちを悼み、天満はもう眠っただろう岩鷲たちの元へと戻った。

 ──するとそこにはすっかり治ったらしい一護が花太郎と岩鷲を護るように立っていた。

 

「……あんたは」

「俺は十三番隊の稲火狩天満だ、よろしく黒崎一護くん」

「そうか、あんたが……ルキアの言ってた」

「朽木さんが?」

「ああ、後輩で上官なのに、なんかやけに懐いてきた男って」

「……そんな風に思われてたのか俺は」

「けど、一緒に鍛錬するのは居心地がよかったって……その時だけは、あいつの顔、優しかったんだよ」

 

 まさか自分が語られていたとは、と天満は驚いた。

 海燕の死後、自分を傷つけるばかりだったルキアにとって天満という存在は不思議ではあったが不快な存在ではなかった。霊圧消失につき行方不明になっているだろうなと考えていた頃にルキアが思い浮かべたのは兄の白哉や二人の三席、隊長の浮竹、そして共に剣を合わせていた天満の顔だった。

 

「ルキアを助けるの、協力してくれるんだよな?」

「もちろん、そうじゃなきゃ今頃みんな殺してるよ」

「ところで、あんたは何席なんだ?」

「十席だ」

「……十か」

「お前、今すげービミョーとか思っただろ」

「いや、まぁ……ビミョーじゃないのかよ?」

「ちなみに席官は二十までだ」

「真ん中じゃねぇか!」

 

 一護はたしかにあんまり強そうには見えねぇしなとこれまで戦った二人の男と比べて天満をそう評していた。

 だが同時にこうも評していた。その飄々としたようにも見える態度の中に絶対的な自信を抱えている。それは此処で何があってもルキアを救えると信じているような、揺らぐことのない大樹のような自信。

 人は見かけによらない。浦原喜助がそうだったように彼もまた十席でありながら自信の源となる何かを隠しているのかもしれないと一護はしばらく彼と語らい、再び懴罪宮を目指して進んでいく。

 

「──っ!」

「な、何がいやがるんだ……!」

 

 懴罪宮に足を踏み入れてすぐ、その濃く、一面を塗りつぶすような霊圧を受けて一護たちは焦燥を顕にする。天満もまた識っていることとはいえ、直に受ける殺気と霊圧に驚く。これで、これでまだ本来の力からは程遠いと言うんだから驚嘆するしかない。

 むしろよくもまぁコレに今の一護が勝てると思ったな藍染は、と天満は吐き捨てたい気分になった。

 

「花太郎さん、俺に掴まってください」

「あ、は、はい……!」

「岩鷲くん、()()()の狙いは恐らく一護くんだ」

「お、お前、心当たりあんのかよ!」

「ああ、十一番隊の隊長だ」

「あいつらの……! じゃあまさか!」

 

 一護は予め斑目一角からその霊圧を放つ正体の特徴を伝えられていた。そして彼もまた黒崎一護の特徴を一角から伝えられていたため、殺気と霊圧の矛先を一護へと向けた。

 ──喧嘩上等、護廷十三隊ぶっちぎりの武闘派十一番隊の隊長、更木剣八。彼は一護と戦いを愉しむためだけにそこにいた。

 

「岩鷲くん!」

「岩鷲!」

「大丈夫だ……ちょっとそいつの霊圧にやられちまっただけだ」

「天満さん!」

「任せてくれ」

 

 既に彼の背中に乗った花太郎は気絶してしまっている。そして剣八の目的は一護、故に彼は真っ先に三人を先に行かせる選択をした。そうでないと全員生き残れない、一護は瞬時にそこまでの判断をしていた。

 だがそこで、剣八は天満の名前に反応する。興味はなかったが、その名前を彼もまた耳にしていた。

 

「天満、稲火狩天満……だったか、手前は確か、三人しかいねぇ──」

「何処見てやがる……お前は、俺と戦いに来たんだろ……!」

「ハッ、抜かしやがるぜ」

「……岩鷲くん、動けるね?」

「け、けど一護を一人にするのかよ……!」

「いいからさっさと行け!」

「……わかった」

 

 剣八も、その背中からひょっこりと顔をだした副隊長、草鹿やちるもまた追いかけることはしない。彼が懴罪宮で夜通し待っていたのは護廷のためでもなく旅禍を討つためでもない、ただ黒崎一護と戦いを愉しむため。

 尤も、彼は一護と戦いに飽きたなら追いかけ、天満と殺し合いをしようと画策していたが。理由は単純で、二刀流の相手と斬り合ったことがないからであった。

 

「な、なぜ一護さんを一人で置いていったんですか、天満さん!」

「あの状況だ、ああするしかなかったんですよ」

「……だって相手はあの剣八ですよ?」

「どういうことだよ、花太郎?」

 

 その頃、目を覚ました花太郎が一護の元に戻ろうとするのを二人で止めていた。剣八とは護廷十三隊において最も戦いを好み、そして最も敵を殺した者に与えられた通り名。幾度斬り殺されても絶対に倒れないその姿に畏怖を込めてその通り名を送った。

 更木剣八はその十一代目で、彼は意味するところ護廷十三隊の十三人の隊長の中で最も戦いを好む男だという花太郎の説明に岩鷲は思わず後ろを振り返った。

 

「けど……俺たちに出来ることは、彼を助けに戻って剣八に斬り殺されることじゃないです」

「そ、そうだぜ花! あいつは俺たちに朽木って奴を助けることを託したんだ、戻ったら一護の決意に泥を塗っちまうんだよ!」

「……天満さん、岩鷲さん」

 

 決意は固まったと花太郎は頷き、先へと進む。

 天満はそんな花太郎たちを先導しながらこの先の展開の中で一度、命を懸けなければならないことを感じていた。

 ──朽木白哉、この三人の中で六番隊の隊長に挑むのは自分であると。結果は変わらなくても、自分が戦わなければならない瞬間が来ることに拳を握りしめるのだった。

 




尸魂界編は藍染隊長と同じで下準備段階なのでサクサク進めていきましょー!

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