モブ死神に憑依したみたいです   作:神話オタク

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INTRUDER OF FATE(3)

 一護が死地へと身を投じてから数時間後、懴罪宮の東半分の建物が崩壊するという形で霊圧は止んだ。

 四深牢の入り口を守護していた死神二名を一人は花太郎が、一人は天満がそれぞれ薬物と鬼道を使って昏倒させた。

 花太郎が予め盗んでおいた鍵を使い、四深牢の入り口を開けると、そこには久方振りの顔を見ることができたと天満は息を吐いた。

 

「おーい、ルキアちゃ──っ!」

「誰だ……一護の仲間か……?」

「ぼくですルキアさん!」

「お前、花太郎! それに天満まで! どうしてここに」

「話は後ですさぁ……岩鷲さん? 天満さんもどうしたんですか?」

 

 花太郎はその岩鷲のただならぬ様子に、そして天満の判っていたけれど起こってしまったことへの深い後悔を眉間に刻む様子に声を潜める。無理もないことだった、なにせ彼女は幼い岩鷲の前に現れたことがある。

 ──兄の、志波海燕の亡骸を引きずって。

 

「天満……貴様、黙って此奴をここまで連れてきたというのか」

「てめぇもまさか……知ってて!」

「……ああ、俺は十三番隊だ。入隊した頃にはもう空位になってたとはいえ()()()()()()の名前くらいは知ってる」

「じゃあお前は兄貴の死因を知ってたってことか!」

「が、岩鷲さん! さっきからどうしたんですか!」

「どうもこうもねぇ、そいつは……俺の兄貴を殺した死神だ」

「ルキアさんがそんな……ね、天満さん!」

「……良いのだ花太郎、其奴は正しい。志波海燕は私が殺した……それが真実だろう、天満」

「……ええ、その通りです」

 

 そこで岩鷲はルキアに飛びかかろうとして天満によって阻まれるが、天満をも殺しかねない表情で睨みつけていた。志波岩鷲にとって一護が助けたいと必死になる虜囚とそれを手伝う得体の知れない死神だった二人の印象が一瞬で兄貴の仇とそれを知っていて自分をここに導いた信用ならない奴に変えてしまっていた。

 

「好きにしろ、お前になら……殺されても文句は言うまい」

「──俺は文句を言わせてもらう。岩鷲くんにも、朽木さんにもね」

「貴様……」

 

 揉め始めてしまったところを花太郎ははっとして止めようとしたその時だった。

 ──その場のすべてを威圧するような、殺意ではない圧が場を支配する。牢の外にいるのは、六番隊隊長、朽木白哉。朽木ルキアの義理の兄であり、四大貴族の当主。岩鷲は肝心の助ける相手が兄の仇であることも合わさり、諦観が表情に出てしまっていた。いっそのこと、命乞いでもとそんな思考も走ったところで、入り口を出ていく存在がいた。

 

「花太郎さん、俺に任せてくれ」

「お前……どうして」

「どうしてもこうしても、斬魄刀を持ってないしそもそも戦闘向きじゃない花太郎さんも、死神でもない岩鷲くんも、あの人と戦ったら確実に殺される。朽木隊長に命乞いなんて無駄だからね」

「……天満の言う通りだ。兄様は命乞いをされて見逃すほど優しくはない」

「おかしなことを言うな……まるで(けい)が戦えば全員生き残るとでも言っているように聞こえたが」

「て、天満さん……!」

「一護くんが命を懸けて剣八に立ち向かったように、今度は俺が二人に朽木さんを託す番だ」

 

 天満は斬魄刀を抜き放ち、四深牢への一本道で対峙する。

 朽木白哉の戦法はまず先手必勝、回転を掛けた特殊な瞬歩で背後を取り、鎖結と魄睡を刺突で破壊する。これを目で追いきれる死神がそもそもほぼ居ることがない。

 

「明け灯すは棚引く煙羅、昏く浮かぶは手招く桂雲──炎輝天麟!」

「ざ、斬魄刀が……二本に増えた……!?」

「成る程、兄が尸魂界全土に三振りしかない二刀一対の斬魄刀を持つ死神……十三番隊第十席、稲火狩天満というわけか」

「お初にお目にかかります、朽木隊長……!」

 

 その特異な斬魄刀に岩鷲は驚きを隠せずにいた。ただの十席、ここまで出会ってきて、戦ってきた死神はみな、上位席官ばかりで一般隊士は自分でもなぎ倒せるほどの実力だった。

 それと同等の席次の男が、三人しかいない二刀一対の斬魄刀を持つもので、こうして強い霊圧を放っていることがまだ信じられないでいた。

 

「兄は勘違いをしている──特異な斬魄刀を手にし、それでよもや私に勝てると舞い上がっているのではあるまいな」

「……胸をお借りしたいだけですよ」

「──そうか」

「消え……っ!」

 

 誰の目にも消えたようにしか見えない程の卓越した瞬歩、そして必殺の一撃になるはずだったその刺突は、一撃目を左手の小太刀に受け止められていた。

 無論、そこは鎖結ではない。白哉は鎖結を突こうとしたはずが、気づけば全く別に構えられていた小太刀に受け取られているという予想だにしない結果に驚く。

 

「……何をした」

「何も──ただ引き寄せたんですよ、俺の斬魄刀、炎輝天麟がね」

 

 瞬間、再び瞬歩で彼の後ろを取ろうとするが、今度は真正面に引き寄せられ、今度は()()()()に受け止められてしまう。

 白哉は観察し、思考する。引き寄せたという文言、そして二度の攻撃の際にどちらも狙っていない場所に刀が触れ合ったという事実、それが何なのかを白哉は看破した。

 

「兄の斬魄刀──重力を、引力を操っているな」

「たった二回でもう読み切りますか……流石」

「だがもう間合いも読み切った──三度目はない」

「に、逃げろ天満!」

「散れ──千本桜」

 

 刀身が消え、美しい花びらのような刃が風に乗って吹き抜けていく。それを受けて天満は()()()()()と右の長刀を腕で回転させる。白い星を創り出す炎輝天麟の二つの最強の能力のうちの一つ、炎輝白星をこのタイミングで放つために、わざと二度目を一度左で引き寄せ、右で受けた。

 白い星は天満以外の全てを吹き飛ばす。その風圧に岩鷲や花太郎たちも、そして白哉が放った千本桜も天満に近づけずに吹き飛ばされていく。

 

「貴様……斥力も操れたか……!」

「ええ……これが俺の炎輝天麟の本当の能力です」

「も、もうお止めください兄様!」

 

 怒りに染まる白哉が後ろの三人が圧し潰されそうな程の霊圧を放ちながら再び刀を振り上げた。ルキアは必死に声を出すが兄にはその声は届くことなく振り下ろされようとして、そしてそれを別の男の手が止める。

 ──天満はそれに僅かに息を吐いた。なんとか時間稼ぎが出来たか、という安堵の息だった。

 

「ふぅ、やれやれ……物騒だな。うちの部下が済まなかったな、朽木隊長」

「う、浮竹隊長!?」

「おーす、朽木に天満も!」

「……どうも」

「……何のつもりだ浮竹」

「オイオイ、それはこっちの科白だ、旅禍を追い払うためとはいえこんなところで斬魄刀解放なんて、どういうつもりだ?」

「戦時特例だ、許可されている」

「戦時特例!? 旅禍の侵入がそんな大事になってるのか!?」

 

 信じられない、という顔で既に刀を納めた天満を見る。彼もまた、難しい顔で頷いた。

 その時、大きな霊圧が近づいてくることに気づく。浮竹は隊長クラスの霊圧だという驚きに、天満は数時間前に別れたはずなのにもうこれほどまでに強くなったのか、と眩そうに目を細め、空を見上げた。

 

「大丈夫か二人とも……って気絶しちまってるのか。けど天満さんが助けてくれたんだな」

「……勝ったか」

「ああ、天満さんもありがとうな……ルキア、助けに来たぜ」

 

 明らかにボロボロでもしっかりした瞳でルキアを見つめ、そして前を向く。その後ろ姿は、振り返った姿はルキアの目には懐かしい上官のものによく似ていた。

 ──()もきっと、同じようなことを言うのだろう。そう感じていた。

 

「……白哉、あれは誰だ」

 

 それはまた、対峙していた浮竹にとっても同じだった。かつて自分が隊長を任せようと考えた副隊長を、オレンジの髪をした死神から感じ取っていた。

 驚きに染まる浮竹に、白哉は無関係だと断じた。彼はただの旅禍でしかないと。そして再び、天満に向けていた霊圧を噴き出す。一度霊力を全て奪ったはずの男を、もう一度、今度は確実に終わらせるため、再び『閃花』を繰り出す。

 

「──っ!」

「見えてるぜ、朽木白哉……!」

 

 その瞬間を見ていた天満はぶるりと武者震いがした。

 恐らく、だが確実に更木剣八と戦う前の一護と戦っても勝てた。天満はそう感じていた。

 だが目の前で白哉の刀を受け止めた彼は、もう既に自分と戦っても遜色ない強さを持っている。卍解を習得すれば自分を越えてしまうのでは、そう評価した。

 

「三日じゃ、三日で此奴をおぬしより強くする、追いたければ追ってくるがよい──瞬神夜一、まだまだおぬしら如きに捕まりはせぬ」

 

 ──だが傷の癒えきっていなかった一護は割って入ってきた四楓院夜一によって連れ帰られ、白哉もまた興が冷めたと帰っていく。遺されたのは霊圧を受け続けて弛緩したルキアと立てないままの岩鷲と花太郎、そして、戦意の喪失した天満だった。

 そんな彼を浮竹は厳しい目つきで見つめる。

 

「稲火狩──護廷十三隊十三番隊第十席、稲火狩天満」

「……はい」

「仙太郎! 清音! 出てきてくれ!」

「お呼びでありますか、隊長!」

「やっぱりついてきたのか……仙太郎」

「……天満は、非常警戒令が出た夜、隊首室前で確かに」

「事実か?」

「……はい、ですから私が、俺がここに居るんです」

 

 頭を掻き、長い長い息を吐く。天満がルキアと親しくしていたのは把握していた。だが、まさか己の地位と正義すらも投げ打つとは考えてもいなかった。不服として四十六室に進言しようと考えていた浮竹は彼もその中の一人として連れていくつもりだった。

 天満の行動はそんな浮竹を悲しませ、失望させるものだった。

 

「なんで……いや、それは牢の中で訊く」

「ええ……そうしていただけると」

「仙太郎、朽木をもう一度牢に入れてやってくれ」

「……はい」

 

 天満はそれを止めることなく、花太郎を揺り起こす。岩鷲は白星の時のぶつかりあいで完全に気絶していたが、花太郎には意識があったことに気づいていた彼は自ら花太郎や岩鷲たちと牢に入るために浮竹に斬魄刀を渡した。それもまた、けじめの一つであるからだった。

 ──その行動は花太郎にとっても、浮竹にとっても不可解であった。

 

「天満……お前は何処を、いや何を見ている?」

「……俺の役割はここまで、というだけです」

「まさか……天満さんは、ここまでの流れを読んで……?」

「上級救護班のお世話になる、ということは読み違えましたけどね」

 

 それは命を賭して浮竹と一護がやってくる時間を稼いでいたという言葉に他ならなかった。彼が白哉との戦いを選んだのは、ここで戦って牢に入れば、タイムテーブル上の問題で東仙要と交戦する可能性は限りなくゼロになった。故に彼らと共に懴罪宮へと向かい、共に歩くことで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今夜が一番危ない時間ではあるが、ここまで引っ張れれば舞台役者としては充分踊った方だとも感じていた。

 

「さ、虎徹三席、花太郎さん。行きましょうか……っしょっと」

「う、浮竹隊長……!」

「彼らを連行してくれ清音。藍染をやった犯人がわからない以上、そこで倒れてる彼が重要情報を持っている可能性は充分にある」

「藍染……って、五番隊の?」

「ああ……天満」

「はい」

「手段は最悪だが……朽木を助けようとしてくれて、ありがとうな」

「いえ……俺では救えませんでしたから」

 

 岩鷲を抱え、清音に連行という形で天満は花太郎とは別々に牢に入ることになる。花太郎は今回の問題行動を四番隊隊長卯ノ花烈に報告するために清音と仙太郎に連れられ彼女の元へと向かった。

 ──そして隊舎牢にて。天満は市丸ギンと会話をしていた。今度こそ本物であろうことは確実、そもそも身を隠した時点で鏡花水月は解くことも掛けることもできないため、天満は安心して市丸と格子越しに会話を続けていた。

 

「隊長ってのはやっぱ化け物ですね、無理でした」

「わかっとったクセに」

「まぁ俺の実力じゃまだまだ……」

「で、彼の方は()()()()()?」

「成長度がハンパないですね、俺なんてあっという間に抜かれましたよ」

 

 彼、とは市丸も一度目で見て、刃を交えた黒崎一護のことだった。素直に彼の成長度を称賛した天満に、市丸はどこか楽しそうに頷いた。藍染に、というよりも究極的には運命(カミ)に選ばれた英雄である一護、そんな男に抜かれたことを素直に認め、悔しがることのできる天満は、やはり()()()()()()と思わせるには充分だった。

 

「それにしても、まさか市丸隊長とは、意外でした」

「キミを殺しに来たんとちゃうよ……ほら、斬魄刀いるやろ、()()

「あざす……東仙隊長は?」

「七番隊長さんとずぅっと一緒やから、そんな自由にできてへんみたいやで」

 

 斬魄刀まで持ち出されており、断るのも無駄だと判断した天満はそれを受け取る。

 時系列的には彼は自分と同じように、拘禁されている副隊長の吉良イヅルを連れ出し、日番谷をおびき出す前、ということだろうか。

 自分を殺しに来る刺客としては、発動中のエリアさえ気づかれなければ卍解の能力が不意打ちと暗殺に向いている東仙要が来ると予想を立てていたのだが、白哉との戦いを粘ったことが功を奏したと息を吐いた。

 

「じゃあ俺には別人に見えてることもなさそうですね、一応地下水道に引っ込んだタイミングに隊長全員を目視で把握してるんで」

「ああ、そういや殺したんやったなぁ、ボクを」

「言い方悪いですって」

 

 緊張感のない会話だが、天満は市丸が何かを企んでることに気づいた。

 蛇が身体を這うような視線、気に入った死神は他隊だろうとちょっかいをかけたがる典型的な好きな子には意地悪をしたがる童子のような行動を繰り返してきた市丸ギンは、ゆっくりと天満に向けて口角を上げた。

 

「で、本題なんやけど……ボクと一緒にワルモノやってみたいとか、思ってくれへんの?」

「……今夜の日番谷隊長との戦闘に巻き込むんですか」

「なんなら味方側でもええよ、五番副隊長さんを護った戦士でも」

「それをするのは誰なのかくらい、予想ついてるでしょ」

「だからや」

「……わかりましたよ、斬魄刀のお礼はこれでチャラってことで」

 

 日番谷に雛森をけしかけて殺させる。これは藍染が紡いだ優しくも残酷な慈悲であり、それを日番谷が最後まで出来ないのは市丸には明白だった。それならばそれで後で自分の手で殺せばいいと藍染は考えていたため、特に作戦に変更はなかったのだが、市丸には一つの懸念があった。十番隊隊長が出張る、ということはその傍には副官がいるのは当然、その副官がもし、自分と日番谷冬獅郎の戦いに割って入ったら、雛森を狙った際にそれを護るために身体を張ったら、乱菊を傷つけてしまう、怪我をさせることになる。

 ──それをさせないために天満の斬魄刀を隊舎から奪い、彼に届けたのだった。

 

「では、俺は三番隊舎付近で待機しておきますので」

「じゃ、ボクも手加減できひんやろから──止めるなら本気でな」

「もちろんですよ」

「なんなら一緒に虚圏に着いてきてくれてもええんよ?」

「遠慮しときます。あくまで俺は護廷十三隊として、死神として自分の為せることを成しますので」

「……なら、これが最後の会話になりそうやね」

「ええ、そうなるでしょうね」

「じゃ、ご免な」

「それで許してくれる人、誰もいませんよ」

 

 市丸の謝罪とそれに籠められた意味を天満は吐き捨てつつ瞬歩でその場を立ち去った。

 遺言ならせめてもう少しまともなものを遺せ、市丸ギンという死神が存在したという記録が存在し続ける限り、何も遺らないなんてことはないんだからと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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