走る。
ただ走る。
体育の授業で、体力測定の時にやった50m走。
ちょっとカッコつけようと本気で走ったあの時の、おおよそ2倍の速さは出ている。
東方仗助、人生最大の全力疾走。
向かう先は待ち合わせスポットのアンジェロ岩。
見やれば、もう既に優子がポツンと立っている。
「おーい! お待たせしましたァッ! 東方仗助、只今参りましたッ!」
仗助の声は、息切れと照れに持ち上げられ若干うわずっている。
「待ってなんかいないわッ! こんな変な岩昔からあったかしらって、じっと眺めてたら時間なんてあっという間よ」
本当は「オレが作ったんだけど」なんて言ってやりたかったが、そんなことを言ったところで信じてもらえるはずがない。
「ところで、その……返事は決まったかしら」
「あッ! へ、返事……ッスね……。その、ぶっちゃけ大歓迎、なんスけど……」
仗助が言葉を続けようとしたのを待たず、優子は手をきつく握る。
「嬉しいッ! 勇気を出して声をかけて良かったわッ! あの時、あのクソッたれ探偵にいじめられていた時……。もうダメだと思ったのッ! でも、アナタが来てくれて……アタシ、本当に感謝しているんです!」
女性に手をがっちりと握られる感覚。
まだまだチェリーボーイの仗助には、激しすぎる感覚である。
おかげで、心の中にまだほんのちょっとだけ残っている
「ア、アノ……その、おれ……」
「あぁ、言わなくても分かるわッ! アナタがアタシを愛している気持ちッ! ひしひしと感じるわーッ!!」
「えッと……ハイ、ハイ……。ありゃっ、アリガトウゴザイマス……」
*
「ブアッハッハッハーッ!! 可笑しい、フフ、ンハハハ! 手が真っ赤じゃあないか仗助クン! 聴覚もペーストすればほら! こーんなに緊張で震えた声も聞こえるぞッ! 『ありゃっ』、『ありゃっ』だって? アッハッハッハ! ハラ痛い……!」
そんな様子を、感覚を通して盗聴していた葉一たち。
あまりの仗助の挙動不審ぶりに、葉一の腹筋は限界を迎えていた。
「葉一さん……ちょっと笑いすぎじゃあないですか? ぼくだって、女の子に告白されたらこれぐらいなりますって……ブフッ」
「しかし……本当にオレたちも向かわなくていいのか? あの女は普通じゃあねぇ、このままじゃマズいんじゃあねぇのか」
なんだかんだ笑いをこらえ切れていない康一をよそに、承太郎は冷静に動向を見守っていた。
「あー笑った、笑った……。なぁに、心配ないさ。私ですら乗り切れた相手を、あの男がさばききれないとは思わん。さて仗助、その女が怖いのはここからだぞ。君はどう乗り越えるんだ? ぜひ観せてくれ」
葉一は再び、その景色の中にのめり込んだ。
*
「えっとですね、そのォ……。つ、付き合う前にイッコだけ聞いておきたいことがあって……」
「なぁに?」
少女マンガでもそうそう見ないような瞳に襲われ、仗助の喉が詰まる。
「そ、その……大変失礼なんスけど――ご、ご年齢は……? おれ一応未成年なんで、あんまり年上ってのは、チョット」
「27よ。何か問題あるの?」
「にっ……?!」
想定よりかなり上の年齢に、仗助は思わず怯む。
葉一は資料を手に持ちながら、ニヤリと笑んだ。
「ま、当然の反応だ。つまり30手前の万羽優子が、高校1ネンセーのお前に声をかけてきた時点でまず! 怪しいとかいう次元の話じゃあなかったわけだな」
「でも、かなりの美人ですよ……。ぼくでも、年齢を言わずに迫られたら、カン違いしちゃうかもなァ~ッ」
仗助はショックから、足の力がすっかり抜けてしまった。
へたりと座り込むと、弱弱しい声で優子に尋ねる。
「な……何考えてんスか……? じゅ、十個も上じゃあないですか……」
期待の風船が、あっという間にしぼんでいく。
かつて康一に感じたそれを、今度は自分が体験する羽目になってしまったのだ。
「……」
一方の優子は、何も言わなかった。
あまりに沈黙を貫き通すので、流石に仗助もしびれを切らして怒鳴った。
「ちょっと! 何か言ってくれてもいいんじゃあないッスか!? おれが高校生だって、制服みりゃあスグにわかったはず……」
その時だった。
涙ながらに振り上げた視線の先に、信じがたいものが映った。
優子は、カッターナイフを自分の喉に突き刺そうとしていたのだ。
「出たぞ……これが彼女の『ヤバさ』だ」
葉一は、さぞ楽しそうに呟く。
「な……何してんスかーッ!!」
仗助が手を伸ばすより一手早く、切っ先が彼女の喉に触れる。
すると突然、握りしめられていたはずのカッターナイフが消え去った。
「がッ――」
その異常現象を認識するよりも先に。
その切っ先は、仗助の首元に食い込んでいた。
「これが彼女の能力だ、仗助……。これが彼女の『バンド・オン・ザ・ラン』だ」
*
「万羽優子。調査を始めた時はただのストーカー被害者だとばかり思っていたんだが、こいつが中々面白い女だった」
時間は少し巻き戻り、葉一が資料を並べていたところへと着地する。
「年齢は27歳。結婚歴はなし。かつて彼氏と一軒家に住んでいたが、火災で全焼したことにより彼氏は死亡、独り身になる。その後、アパートにて一人暮らしを始める。新しく彼氏も作るが、ストーカー被害にあう。以降は、以前話した通りだな」
「なんか、ちょっと気の毒ですね……。報われて欲しいって思います。でも、ちょっと待ってください? 27歳って……仗助くんより十個以上年上じゃあないですかッ!」
康一の反応が毎回いいので、葉一は嬉しそうに笑った。
その横で、承太郎が鋭く睨む。
「つまり……仗助に接触してきた時点で、ハナからクロだったと。お前、気づいていて敢えて仗助をけしかけたな?」
「まっとうに警告したところで、どのみち止められなかっただろうよ。それより康一くん。君、この女に対して
「え……は、ハイ」
葉一はさらに資料を取り出すと、自分たちの目の前に勢いよく置いた。
「実は私にとっても、盲点だったことがあってね。探偵ってのは基本地味な役回りが多い仕事で、その中には『浮気調査』ってのがある。人のスカートの中どころか、パンツだって引っぺがして中をまさぐるような仕事だよ。私は、人間関係のいざこざを見るのは好きだったがね。そして数か月前、私がこの町に来たばかりの時。一人の男が、浮気調査を頼んできたんだ」
「で……それがどうかしたんですか?」
康一には、まだ話のつながりがよく分からなかった。
「なんでも、『コンドームしてたのに恋人の腹がでっかくなってた』んだと言うんだ。そして案の定、恋人の女は絶賛浮気中。腹の中の子も、浮気相手のものだった」
「うえぇ……」
「当然、恋人も浮気相手も呼び出して、証拠もろとも突き付けてやったらしい。だが、その日の夜――」
葉一は黒い笑いを浮かべて、ゆっくりと真実を告げた。
「その男の家は火事になった」
「――まさか」
「その家からは、男二人と、胎児の焼死体が見つかったそうだ。その恋人は――万羽優子は、彼ら全員を『自身への脅威』だと認識したのさ! だから彼女のスタンド能力『バンド・オン・ザ・ラン』は、彼ら全員を始末したのだッ! 彼女に罪悪感はない……むしろ自分の事を、どこまでも
*
「く、クレイジー・
首の血管が裂かれる直前、カッターナイフが地面へ叩きつけられる。
「アンタもアタシを裏切るのねッ! みんなどうしてアタシをいじめるのッ! アタシはッ! ただ幸せになりたいだけなのいィィィーッ!! 死んでやる……死んでやるわぁーッ!!」
「お、落ち着けッて! 何もアンタをいじめるつもりはねェよ! 死ぬなんて、そんな滅多なこと言うもんじゃあねぇ!」
目の前の女から醸し出される異様な気配に、仗助は気圧されていた。
山岸由花子とは、また違った形で厄介な相手である。
(どーしておれの周りにはこー……プッツンした女が多いんだッ!? ちくしょー、おれの青春がはかなく散っていくぜ……。こんなことなら……)
悔し涙を流す仗助の脳裏に、数々の警告がよぎる。
『それによ、万が一にもまた山岸由花子みたいなプッツン女だったらよ……笑い話にもできねぇぜ』
『そもそもスタンド使いだということも、それを用いて殺人をしたことも話したはずだッ!』
「ち……ちっくしょーッ! おれの大馬鹿野郎! ああ言われて飛び出した手前、今更『タスケテ』なんて言えるわけが無ェじゃあねーかッ! やるしかねぇ……おれ一人で、切り抜けるしかねーッ!!」
正月パワーで、連日投稿です。
これで、12月末に投稿できなかったのはチャラってことで……。
いつも通り、感想と評価お待ちしております。
一個あるだけで、ドえらいパワーに繋がります。
次回、「万羽優子は東方仗助が好き!? その3」
お楽しみに。