人影はゆっくりと立ち上がると、その不気味な風貌を露にした。
マネキンのような真っ白い肉体と、そこにロングコートのように絡みつく深緑の長髪。
そして目のようなものが、体の至る所に貼り付けられている。
「『ドント・レット・ミー・ダウン』……私のスタンドの名だ。このスタンドがもたらすこれからの運命に期待してそう名付けた。貴女のスタンド、名前はあるのかい?」
「だからそのスタンドって何よッ! アタシは……何も知らないって言ってるでしょうッ!!」
優子は葉一を睨みつけると、眼光の奥からギラリと何かを開放した。
その『何か』は
『ウシャルル……』
月光と街灯の明かりをすり抜け、黒く染まった人型の幾何学模様がチラチラと蠢く。
その中に、怒りを帯びた目が覗いた。
「こ……これが貴女のスタンドかッ! なるほど、美しくも恐ろしいスタンドだ。見かけ以上にパワーもあるッ! 既に私の首がへし折れそうだ……」
「アンタのせいでッ! アタシはこんなに恐ろしい思いをしなくっちゃあならなくなったのよ! 許さないわ……」
そのスタンドは
連動して、葉一もその中に飛び込む。
「アンタなんか……いなくなってしまえばいいのよッ!!」
直後、葉一の肉体は道路に投げ出される。
近くに優子の姿は見当たらない。
「何ッ、こ……ここはッ?!」
動揺している暇もなく、狙いすましたかのようにトラックが葉一目掛けて突っ込んできた。
「オイ危ねェぞォォーッ!!」
「なるほど、やはりあの男の時と同じ! この『追いやる』能力で殺しに来たかッ! 二度も経験出来て光栄の極みだ! しかし『
すんでのところで葉一はそれに掴まり、ぶら下がるような形になった。
「驚かせたな。だが気にせず走り続けてくれ。君の仕事を全うするといい」
葉一は唖然とする運転手を尻目に着地すると、おもむろにスタンドの目をもぎ取り、自らの目に貼り付けた。
「先程彼女の視覚をコピーしておいて正解だった。どれだけ離れていようが、彼女が今どこを見ているのか? それが私にも分かる。これが私のスタンド……『
景色は早送りのように、次々と移り動いていく。
おそらくは彼女が全力で走っているせいであろう。
「しかし随分と遠くへ逃げたようだな……幽霊屋敷を通って……アンジェロ岩の方まで行ったかッ! まさに逃げるにはうってつけの能力というわけだ。名づけるなら『バンド・オン・ザ・ラン』といったところか」
能力を解除して周囲の様子を確認し終えると、葉一は慌てて走り始めた。
「カメユー近辺まで飛ばされたか……なら彼女はおそらく人通りの少ない田園地帯を目指しているだろうから、サンマート側から回り込んでやるッ!」
予想通り、彼女はサンマートを通り過ぎ、麦畑の方へと急いでいた。
「居たッ! まだ彼女のスタンドには山ほど知りたいことがあるからな……逃げられては困る!」
言うなり、葉一は転がっていた小石を思い切り優子に向けてブン投げた。
彼女の後頭部に当たるかというところで、あのスタンドがまた現れる。
「なるほど! 彼女の意思とは関係なく、あのスタンドが脅威に反応して自動的に彼女を『逃がして』いるのかッ! そして、今私が投げた石を取り込んだ! さぁ、その石はどこへ――」
ドゴリ!
鈍い音と共に、葉一の首筋に石が突き刺さる。
体はアスファルトにたたきつけられ、思わずうめき声が漏れた。
「な……なるほどそうか……。私自身を脅威とみなしているから、石は私の元へと『追いやられる』のか……」
葉一の体はビリビリと麻痺し、しばらくは立ち上がれそうにない。
しかし視界の優子は少し、また少しと小さくなっていく。
「で……では実験だ。逃れられない脅威に……そのスタンドはどう動く?!」
すると視界の果てから、甲高い悲鳴が聞こえた。
「い……痛いィィーッ!! な……何が起こったのよォォォーッ!!」
「
優子は首の後ろを抑え、悶えている。
当然、葉一にも同じ痛みが走っているのだが、当人はスタンドの動向が気になってそれどころではなかった。
その時。
優子にとっても、もちろん葉一にとっても――予想外の事が起きた。
「……え?」
葉一の前に、優子が『追いやられてきた』のである。
「な、なんでアンタが、ここに……」
葉一は少し唖然とした後、はっとしたように叫んだ。
「そうかッ! 貴女に与えた痛みは、『私から逃げたから』起こったものだとそのスタンドは判断したのかッ! だからバンド・オン・ザ・ランは、痛みから逃れるために、逃げることをやめて……優子さん、貴女を差し出したのだッ! スタンドの制御ができず、自動で脅威の順序を判断し排斥する性質の弊害が出たか! 予想外だッ! 実に! 実に面白いぞッ!!」
葉一の高揚と反比例するように、優子の絶望はますます深くなっていった。
「も……もうおしまいだわ……。なんで……どうして……。どうしてアタシばかりこんな目に遭うのよォォォーッ!!」
19時半。
とっくに帰宅時間は過ぎた住宅街のはずれ。
田園地帯が目前に迫ったこの路地に女性の悲鳴がこだましても、気づくものは誰もいない。
「スタンドの限界はそこか? 私は脅威そのものだぞ? 逃げなくてよいのか? スタンドの力で私を殺さなくてよいのか? 私は私の赴くままに貴女を知ろうとしている。ならば、貴女も貴女の赴くままに逃げたまえ。早くするんだ、早くッ!!」
優子はもう声を上げることもできない。
ただ恐怖に満ち、ガタガタと震えを起こしている。
その様子を見て、葉一はひどく落胆した。
「……スタンドの力は、精神の力だ。心が折れてしまえば、スタンドも本領を発揮することはない……。ままならないな、追い詰めれば追い詰めるほどより強力に力を発するスタンドが、追い詰めたことにより再起不能になってしまうとは。しかし、私は知っている。そのスタンドはまだ動く。再び私を『何よりも優先すべき脅威』だと認識すれば――痛みのリスクを差し置いてでも私を殺しに来るだろう。私はその果てが見たいのだよ。それさえ分かれば、もういいのだ。しかしそれを得るためには妥協などできない……それが『私』だからだッ!!」
激しい風圧と共に、再び
あろうことか葉一は、その拳を思い切り握りしめた。
「襲い来る最大の脅威――『死の恐怖』。それを受けてもまだ! そのままでいられるか? 本当はここまでする気はなかったが、やむを得んッ!! くらえ、ドント・レット・ミー・ダウンッ!!」
鋭い拳が、時速288㎞で襲い掛かる。
しかし、その拳が振り下ろされることはなかった。
「何だ……?」
腕に力を込めても、反応がない。
「また『追いやられた』のか? 体がびくともしないぞッ!!」
その時、背後にぞわりとした感覚が訪れた。
葉一は初めて冷や汗をかいた。
「何してやがる、てめー。女に拳振り下ろすなんざ、ロクなヤツじゃあねぇな」
「な――」
『ドラァ!!』
振り向き終わる前に、巨大な拳が葉一の顔面に直撃する。
そのまま勢いよく殴り飛ばされると、近くの塀に思い切り激突した。
「逃げな、アンタ。あの野郎の事はおれに任せとけ」
「あ……ありがとうございますッ! このご恩は忘れませんッ!」
青年は笑顔で返すと、鬼すら飛び上がりそうな形相で葉一の方を睨みつけた。
「スタンド使いだな。お前も弓と矢でスタンド使いになったのか?」
「し……知らないな、屈辱的だが……。弓と矢? それでスタンド使いを作れるのか――」
再び、拳が放たれる。
葉一はすれすれで避けたが、先ほどのダメージで体がふらついている。
「聞きてぇことがあんなら病院のベッドの上でたっぷり聞かしてやるからよォ~~。今はとりあえず再起不能になってもらうぜ」
「冗談じゃあないな……そもそもお前は誰だ? 高校生か? ガキがフラフラ出歩く時間と場所じゃないはずだぞ……」
「いいや、出歩いて正解だったな。承太郎さんに万が一と言われたからネズミの残党を探してたがよ、グレートな偶然ってやつだぜ、こいつはァ」
青年はじわじわと距離を詰めてくる。
葉一は口に溜まった血を吹き出すと、スタンドを出して迎撃態勢に入った。
「何にせよ君もスタンド使いのようだな。彼女を逃したのは惜しいが、君にも興味がある……いいだろう、代わりに観させてもらうぞッ!!」
「やれるモンならよォ~~、やってみやがれってんだぜ。この東方仗助を、手玉にとれると思ってんならよォーッ!!」
まさかの連日投稿です。
でも、この回はどうしても早めに書いておきたかった。
とはいえ次の更新もそんなに遅くならない筈です。
次回「葉月葉一! 東方仗助に会う」
お楽しみに。