葉月葉一は、不機嫌であった。
「あのォ~~、その、ぼくが見張ってるんですからねッ! 勝手なことしちゃあダメですからねッ!」
(……)
葉月葉一は、たいそう不機嫌であった。
「ち……、小さいからってナメないで下さいよッ! ぼくだってスタンド使いなんですからねッ!?」
(…………)
葉月葉一は、とてつもなく不機嫌であった。
「なぁ……広瀬康一くん、だったか。依頼内容、再度確認してもいいだろうか」
ずっしりと重たい声が、足元を歩く小柄な青年にのしかかる。
「は……え~~、っと……」
「いいかな?」
葉一の眼光はますます鋭くなっていく。
「も、もちろんです……」
(こ、怖いーッ!! 仗助くん、『アブねーやつだがこの間の件を調べてくれそうなやつを見つけた、見張りも兼ねて同行してくれ』なんて……調べてくれるのは嬉しいけど、結構ムチャ言うよなあ~ッ)
小さな青年――広瀬康一は、額に汗をにじませながら、事の顛末を話し始めた。
「二日前、登校中に通りがかったサンジェルメンで、なにやら店員たちが噂話をしているのを小耳にはさんだんです。ぼくのスタンド……『エコーズ』は離れた場所まで飛ばせるから、気になってちょっとだけ盗み聞きしちゃって……。そしたら『ここ数日、毎日のようにサンドイッチが万引きされている』って言ってたんですよ! あの人気で、人目の多いサンジェルメンで万引きですよ? それも毎日! ちょっと変じゃあないかって思ったんです。それから毎日通うたびに見張ってみてるんですが……どうしても犯人が見つけられなくて。ぼくのエコーズ、探りを入れるのは得意なハズなんだけどな~ッ」
葉一は聞きながら頭を抱えた。
「なるほどな、どおりで……ケッ、あのクソガキが依頼したわけだ。そんな万引き事件、犯人捜索に必死になっているならとっくのとうに警察が動いているだろう。それでなお、あの大人気パン屋で万引きなんてすぐバレないほうがおかしい。だからスタンド使いの仕業じゃあないかと、そう言いたいのだね?」
「そう、その通りですッ」
遮断機が下りる。
すでにサンジェルメンまでは、ここから1分もあれば着く距離だ。
「だがな、この世には万引きの天才だっている。そもそも、混雑する店内でバレないように万引きするほうが、人の少ない店舗で盗むよりも上手くいくことが多い。何より一番気に食わんのが、『
言葉の端々に見え隠れしている苛立ちが、だんだんと明瞭になってきた。
事実を噛み締めれば噛み締めるほど、不機嫌は加速の一途を辿る。
とはいえここで依頼を反故にし、仗助たちを再び敵に回せば、後々の自分の仕事に影響を及ぼす可能性が非常に高い。
「信用を得る」ことは、どちらかといえばその点において重要なのであった。
そして、そのことは葉一本人が一番よく分かっている。
だからこそ、余計に不満が募るのだ。
昨日突然喧嘩を吹っ掛けられた相手の信用を得るために、タダでしょぼくれた依頼を受けなければならない。
しかも、戦いで負ったケガを
(私はスタンドの謎を『自分で見極め、看破する』ことに喜びを感じている。それなのにあのガキ、私の性格を知ったとたん、敢えてベラベラと喋りやがって……。 人の性質を見抜く力に長けているのは実に結構だが、それを嫌がらせに使う神経が理解できんッ!)
葉一はストレス発散のためにタバコを取り出そうとしたが、横目をちらりと投げてからそれを戻した。
康一はそれに気づくと、嬉しそうに笑う。
「……まぁ、受けた以上依頼はタダだろうがキッチリこなすのがプロとしての役目だ。そういつまでもガキではいられん」
「なんだかんだ言って、結構大人なんじゃあないですか~ッ。露伴先生も見習ってほしいな……」
「そら、そうこうしているうちに着いたぞッ」
午前11時過ぎ。
もうじき、売れ筋のサンドイッチが店頭に並びだす時間だ。
「タイミングはバッチリだったな。康一くん、君の見立て通りなら犯人もそろそろ来る具合だろう。それと、いきなり見張るのは怪しまれるからサンドイッチは買わなくっちゃあな……」
「……」
康一が期待の眼差しを向ける。
「……ハァーッ、私がおごるよ! 君の分も」
「やったーッ、バンザーイ」
葉一は苦笑した。
*
二人はサンドイッチを選ぶふりをしながら、店内を注意深く監視している。
かれこれ1時間半は経ったが、特に怪しい影は見当たらない。
「葉一さん……こっちはやっぱり見つからないです。見落としてるのかな……でも、あの人がパンを取っていくのは、当然だし……」
「あぁ、そうだな……特におかしいところはないな……」
二人は変わらず監視を続けたが、結局万引き犯を見つけることはできなかった。
「13時……! 売り切れのタイムリミットだけど……全然ダメだったーッ! 素人のぼくが見つけられないならまだしも、葉一さんが見つけられなかったら……」
康一が不服そうにつぶやく。
しかし、対照的に葉一は口角を上げていた。
「康一くん……私は君に感謝しなくっちゃあいけないようだ」
「えぇ? 急にどうしたんですか」
「私のスタンド、
康一はぎょっとする。
虫の目線で店内を見張るなど、ふつうは出ない発想だ。
「そ……そこまで」
「そう、そこまでしているッ! しかしそれでも見つからないとは、この件はなかなかやっかいなものだと判断したッ! 君の直感を見直したよ……道中苛立っていてすまなかったね」
葉一は唐突にサンドイッチを投げ渡すと、自分の分を思い切りほおばった。
「まぁ、そもそもスタンドは一般人には見えない。監視者がスタンド使いでなければ、能力を使わずともこうやって盗むのは容易いだろうね」
康一は、受け取ったサンドイッチを二度見した。
少しの沈黙して考え込んだ後、破裂するかのように叫んだ。
「ちょ……ちょっと何やってるんですかーッ!! これ……盗んだんですかッ!?」
「慌てるんじゃあない。出来るのか気になったから試してみただけだ。キチンと代金はレジに突っ込んできたよ。まぁ、実際盗みも支払いもバレずにできるぐらいだというのは立証できたわけだし」
「だからって良いわけじゃあないですよッ! もー……」
不満とパンを口にする康一。
この青年も、何だかんだでちゃっかりしている。
「だからこそ、私たちが見つけられないのが問題なんだ。犯人はスタンドの能力を使いこなしているということだからね。私の目……どころかもっと重大なところを欺いているのだろう。……それにしてもここのパンはうまいなぁーッ」
「の……のんきだなーッ。確かにおいしいけど……」
「慌てるなと言ったはずだ。大丈夫、既に策は講じてある。それに、大方スタンド能力の目処もついた。明日またここに来て、犯人の顔を拝んでやろうじゃあないか」
葉一は缶コーヒーを一気飲みすると、手慣れた様子で近くのゴミ箱に投げ入れた。
「さぁ、がっかりさせてくれるなよ」
*
ドサ。
ドサリ。
バッグの中から、サンジェルメンのサンドイッチがなだれ落ちる。
ほこりがうっすら積もったフローリング。
手入れのされていないシンク。
電気もガスも止まっているのか、部屋は真っ暗なままだ。
「それにしても……ここのパンはうめぇなァァ~~ッ」
夏なのに薄ら寒いこの空間で、単調な咀嚼音が響く。
「誰も気にしないんだぜ……俺がいくら盗もうと、勝手なことをしようとなァーッ。俺のスタンド……『ヒア・カム・ザ・サン』は自由をくれるッ!」
「まったく素晴らしいスタンドだね……きみのこの部屋には、あまり長居したくないが」
ボロボロと食べかすをまき散らす男の後ろで、フードを被った何者かが佇んでいる。
この部屋の影と同化して、彼の表情は一切うかがえない。
「あんたのおかげだぜ……あんたがこの力を、その『石』でくれたんじゃあねぇか! 神様ってのはいるもんだなァ~~」
「神様……ね、フフ……。ではもっとこのわたしに見せておくれよ……。きみのスタンドの輝きを……」
彼は石を丁寧に包むと、霧散するかのように消え去った。
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次回「陽はまた昇る その2」
お楽しみに。