艦隊これくしょん短編集   作:タクヤカスミ

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燃ゆる翼とうろこ雲

秋の空ってすっごく高いよね。私、好きなんだ。そんでさ、秋になったらいつもすることがあるの。ちょっと長くなるかもしれないけど、聞いてくれる?

――そう、ありがとね。退屈だったら聞くのやめてくれてもいいから。んじゃ、話すね。

 

陸が見えないくらいに外海に出たあとに、十分に暖機をした偵察機を発艦させてすぐにスロットル全開で急上昇させるんだ。まっすぐ真上に向かってね。

やだ、本当に真上に向かって飛んでるわけじゃないわよ。例えよ、例え。そのときの視界には秋の空とうろこ雲しか映ってないんだから、真上に飛んでると言っても間違いじゃないじゃん。

 

秋は夏に比べてだいぶ空気が冷たいからね。湿度も低いし、エンジンは快調そのもの。馬力もよく出て、重い機体をどんどん持ち上げていってくれる。

それなら冬にやったほうがいいんじゃないかって? まあそうなんだけどさ、でも、冬の空って雲があんまり無いじゃない。冬の空は青くてキレイなんだけど、目指すものがないと面白くないんだよね。それでうろこ雲を目指して、だから秋ってわけ。

 

知ってる? うろこ雲の下って上昇気流があるんだよ。それもあって昇っていくのが気持ちいいんだよね。これも秋の空のいいところ。

手が届きそうに見えるうろこ雲だけど、それとは裏腹にいくら昇っても近づいている気がしなくてすっごく悔しい。だから、やっぱり秋がいいんだよ。いい目標になるんだよね。

 

エンジンをガンガンにふかして、冷たくなっていく空気を切り裂いていく。それに対して私はかっかと熱くなっていくんだ。エンジンの熱か、集中しすぎて頭に血がのぼってるのか、あるいは太陽に近づきすぎて翼が燃えてるのかもしれない。

 

大丈夫。私たちはイカロスとは違う。ジュラルミンの翼は太陽ごときに負けやしない。

うろこ雲が大きくなってきた。陸から見るとうろこのひとつひとつって小さく見えるけど、近くで見るとあいつら島か山みたいにでっかいのよ。そんなでっかいのが集まってるのが、あのうろこ雲。ううん、雲じゃなくて蓋だね。誰かが空に蓋をしてるのよ。これ以上は行かせないぞ、こっから上はおまえたちの立ち入っていい世界じゃないんだぞ、ってね。

 

エンジンが息継ぎしはじめた。つられて私も息が詰まる。上から手で押さえられてるみたいに上昇率ががくんと落ちる。Gの減少で頭が前に振り出される。計器から目が離れる。頭を持ち上げて、ちいさく横にふって意識をしゃんとして計器を見直す。うん、大丈夫。変わりはない。まだいける。

 

スロットルレバーを目一杯引く。もうすでにストッパーに当たってるけど、なおも引く。レバーがしなっているのが見なくてもわかる。折れたら一貫の終わり。でも引かずにはいられない。本能だね、きっと。

プロペラと主翼が切るべき空気がいなくなってきて、機体の頑張りが空回りしている。それでも機体は懸命に私の操作に応えようとしてくれる。私はそれがどうしようもなく愛おしく思う。

 

ふわり、宙に浮いているような感覚が私を包む。空を飛んでるんだから元から浮いてはいるんだけど、そうじゃなくて、うーん……そうねえ、水の中にいるみたいな感覚って言ったら通じるかな。

 

浮いたあとはどうなるかって? そりゃ、落ちるしかないよね。重力に従ってさ。後ろ向きに落ちていくんだよ。背中のほうにね。そう、要は失速してるのよ。やーね、失速はそりゃやばいけど、高度があれば慌てるようなことじゃない。頭をゆっくりと下に向けていけば大丈夫。ここで急いで下に向けようとしちゃダメなのよ。とっちらかっちゃうからね。機体は頭のほうが重いから、成り行きに任せるのが一番いいのよ。

 

頭を下に向けると、速度はどんどん増していく。速度が増せば揚力も増す。機体は安定する。もう大丈夫。

でもね、降下は上昇よりも気を付けなくっちゃいけないの。ほっとくとどんどん速くなっていって、なんならオーバースピードで空中分解しちゃう。急激かつ不用意な操作もだめ。きりもみするか、機体の破損か、

どちらかが待っている。慎重に、ゆっくりと操作するのよ。

 

あと、できるだけ高度が残ってるうちに自分の居場所を確認しておかないといけない。まっすぐ飛んでるつもりでも、いつの間にか風に流されてたりするからね。降りるべき場所が見つからなくて燃料切れで墜落なんてシャレにもならない。

まあ、私自身がフネだから、私は私のところに戻ればいいわけだからそれほど苦労はしない。なんとなく位置はわかるから。ま、一応用心としてね。

 

昇るのは大変なのに、降りるのはあっという間。熱くなっていたいろいろなものが一気に冷える。エンジンも、翼も、私の心も。

 

なんてことを考えていたら、私の姿が見えてきた。広大な海にぽつんと立つ私が見えてきた。自分のことが見えるってのはどういうことかって? んー、なんていうかな……自分の目とはまた別の目が偵察機についていて、頭の中にその第三の目から見てる景色が映画みたいに投影されているというか、そんなふうなの。わかる? なに、なんとなくわかるって? ま、なんとなくでいいよ。これは艦娘にしかわからない感覚だからね。あら、うらやましいって? そりゃどうも。

 

あとはもうなにもないよ。着艦して、エンジンを止めて、運んで、機体の点検をしておしまい。そんだけ。

 

……なによ、べつに偵察機を使って遊んでるわけじゃないわ。いちおう訓練なのよ、これも。発艦からすぐさま急上昇、最大上昇率と最高到達高度の確認。上昇率も到達高度も気象条件によって変わるし、気温や湿度あるいは気圧なんかでエンジンの混合気の比率や点火の角度も変わる。とにかく、同じ日は二度とないのよ。定期的に確認してるのよ。たくさんのパターンを経験して、いざというときに引き出せるようにね。ただ、それを秋の空でやるとすっごく楽しいってワケ。

 

はいおしまい。この話はおわりよ。どう、面白かった?

 

……そう、ならいいわ。え? うろこ雲には手が届いたのかって?

 

さあ……どうだろうね。それは教えられないなあ。提督が自分で飛んで確かめてみればいいんじゃない?

 

そんなショボくれた顔しないでよ。ごめんねってば、意地の悪いこと言っちゃってさ。

 

でもね、あの景色は私たちの宝物なの。運よく空に上がることのできた、私たちのね。だから、教えられない。

 

じゃあね。聞いてくれてうれしかったよ。

 

また明日ね。

 

ばいばい。

 

 

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