艦隊これくしょん短編集   作:タクヤカスミ

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Door in the Sea

 扉を通り抜けるのが好きだった。

 扉のこっちと向こうでは、世界がまったく違うような気がしたから。四角い枠を通れば、わたしはちがう世界にひとっ飛びってわけ。

 扉ならなんでもよかった。大事なのは気持ちなのよ、キ・モ・チ。まあいちおう好みみたいなものはあって、枠は四角いほうが気分がよかった。ふつうのドア、引き戸、窓ガラス、防火扉、あとは……そうだね、そういう観点では倉庫のシャッターとかも扉の範疇に入るかもしれない。四角いから。

 枠が丸い扉は……なんか、ダメだった。たぶん、四角いほうが『切り取ってる』感が強いからだと思う。目に見えている現実世界、その世界を扉の枠が切り取っている。『あっち』と『こっち』に世界を分けていて、扉はその通り道ってワケ。

 ま、言ってもだれも賛同してくれなかったけどね、こんなこと。昔はこんなおとぎ話みたいなことを他人に言いまくってたんだよ。もちろん今は言わなくなった。子供じゃなくなったんだね。

 でも内心では毎回ワクワクしてたんだ。初見の扉を通り抜けたら、先にはどんな世界が待ってるんだろうかって。そしていつか……『その時』が来るんじゃないかって。

 思うだけならタダだからね。タダで世界が楽しくなるのなら、期待しないのはソンだよ。

 そうして私は今日も生きていく。『その時』が来るのを願って、生きていく。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 潜水艦が進むには、海面の上に顔を出して進むよりも水中を進んでしまうほうが断然楽ちんだ。だから私は鎮守府を出発したらすぐに潜ってしまう。かつての私たちは海の中に潜りっぱなしで進むことはできなかったみたいだけど、今の私たちにはできる。どういう原理かはわからないけどね。

 鎮守府の近海は遠浅の海だから太陽の光がよく届く。海面の乱反射をかいくぐっていた陽光が、幾筋もの光となって海中に降り注ぐ。無数のスポットライトに照らされているようだった。私はそんな海の中を、お気楽に進んだ。

 ま、海としてはそんなに綺麗じゃないんだけどね。鎮守府はわりかし北のほうにあるから、海はとても濃い色をしている。南国みたいな透き通る海ではない。でも、そんな海でも光が差せば明るくなる。日陰者である潜水艦娘が海に祝福されているような気分になって、すっごくハッピーになれる。

 海は好き。潜るのも好き。でも戦いは好きじゃない。けどまあ、艦娘である以上、戦いは避けられないよね。それに潜水艦娘であるからこそ海に潜れるわけだしね。文句を言っちゃいけないね。

 そんな大好きな海だけど、ひとつだけ不満があった。

 それは、扉がないこと。

 海なんだからそんなの当たり前なんだけど、でも、そこにワクワクが絶対に存在しないってわかりきっている事実は、私をげんなりさせた。

 どっかに扉、ないかなぁ。

 ないよね。あるわけない。

 でも、あったらいいなぁ。

 なんて考えながら潜ってたら、あった。私の目の前に扉が現れた。

 んなバカな。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 その扉は海底に横たわっていた。

 鎮守府から目と鼻の先。深さは20メートルもないと思う。陽の光は十分に海底に注がれていて、そこにある扉は間違いなく扉であると視認できた。

 それは木製の大きな扉だった。焦げ茶色をしていて、それはニスの色か素材の色かはわからないけれど、海の底でも落ち着きがあって威厳もあって……すこし厳しいおじいちゃん、というような雰囲気の扉だった。よく見ると表面に浮き彫りの装飾があった。細かい模様は判別できないけれど、とても手が込んでいた。

 近づいて観察していると、なんと枠と蝶番があるのに気が付いた。これはすごい。扉として完全な形で海底で眠っていたんだ。

 でも……なんで、ここに?

 周囲を見てみると、扉の他に箪笥や化粧台が転がっていた。船から落ちたのか、あるいは陸にあったものが川に流されてきたのかもしれない。

 ま、なんでもいいや。私にとって最も重要なのは、来歴ではなくそこにあるっていう事実。そして私がこれからしなければならないことは、その扉を通れるか否かを確認すること。

 通れなければそれは扉ではなくて、ただの板だから。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 私は扉の近くの海底に足を落ち着かせ、扉を観察した。木材に欠けや裂けがなく、触れても怪我しそうなのを確認して、手を伸ばした。

 触れて、持ち上げる。

 いや、持ち上がらなかった。立派な見た目にふさわしい重みが私の手に返ってきた。

 海底の砂を踏みしめてふんばってみたけど、海底からわずかに浮き上がる程度だった。

 どうする? 鎮守府に戻ってだれか呼んでくる?

 いや、だめだ。目を離したら、この扉はどこかにいってしまうような気がする。

 じゃあ、どうする?

 決まってる。私ひとりでなんとかするしかない。なんとかして、通り抜けるんだ。

 扉ひとつも起こせないで、なにが艦娘だ! 気合だ! 爆雷を避けるのに比べれば百倍ラクだろう! 潜水艦の誇りを見せろ! 根性だ!

 私の中の鬼教官が檄を飛ばす。ちなみにモデルとなった人はいないよ。本当だよ?

 素足の指で海底を掴む。お相撲さんが土俵を掴むように、自分の身体をがっちりと地面に固定する。枠の角を両手で掴んで、腰を入れて、歯を食いしばって、背筋を全力で稼働させる。

 いち、にの……さんっ! おりゃっ!

 浮いた。ふわりと、海底から浮いた。生まれた隙間に海水が流れ込む。海水が生み出す浮力が私を手助けする。

 ここで休まないっ! もっと!

 その隙間に身体を潜り込ませる。手だけでなく膝で押し上げる。それから腰、さらに肩で押し上げる。私の身体のすべてを使って、扉を起こす。

 あともうすこしというところで、重みが最大になった。扉を肩に乗せて、小休止。次で決める。呼吸を整えて……

 ひい、ふう……せー、のっ!

 枠の角を掴む手が、胸を越え、顔の高さも越える。ここからはもう上ではなく前に押す。押しすぎて向こう側に倒れそうになったところを慌てて引き止める。やじろべえのようにあっちこっちにふらついていたけど、辛抱強く抑えていたら扉は落ち着いてくれた。

 倒れる心配がなくなったのを見て、扉を数度揺する。枠の下辺の角を海底の砂に埋もれさせて安定しさせたかった。思惑どおり地に足つけてくれたのを確認して、枠から手を離して数歩後ろに下がった。

 私はようやく扉のあるべき姿を見ることができた。

 やっぱり立派な扉だった。背丈は私よりも高く、幅も私ふたり分は優にある。鎮守府でいうと、提督のいる執務室の扉と同じくらい立派な扉だった。あの扉も、鎮守府のトップの人がいるだけあっていい扉なんだけど……執務室には用事がないと入れないから、なかなか通れないんだよね。

 ま、提督は今はどうでもいいんだ。それよりも目の前の扉だよね。

 真鍮のドアノブを握る。肩から腕をまわして、ひねる。

 動かなかった。ダメか? いや、もういっかい。もっと力を込めて。

 かちん。回った。ノッチが動いた。ノブ内部の機構が働いた振動が私の手に伝わってきた。壊れたような、すこし危うい振動だったけど、たぶん大丈夫。根拠はないけどそう思った。

 蝶番が錆びてるのか、海水に浸ってるのだから錆びてて当然だけど、開けるのにえらい力を必要した。やすりで金属を削っているみたいな手ごたえだった。眠っていたところを起こしてしまってごめんよぅ……

 ともあれ、扉は開かれた。九十度開けば、扉は私からは長辺の断面しか見えない。うすくて見えないも同然だ。私の目に映るのは、四角い枠だけ。扉を開けた本人じゃなければ、それが扉の枠だとは思えないだろう。それは額縁にも見えた。暗くて明るい海の中で、そこだけが四角く切り取らている。その先は、そこだけは、絵画の中の世界か、あるいは別の世界であるかのような、そんな印象を受けた。

 これだ。私の求めていた扉は、これだったんだ。

 別世界に迷い込んだ魚が、私を見た。

『どうした? こっちにこいよ』

 そう言われた気がした。

 言われなくても、行ってやるよ。

 海底を歩いて、枠の前に。両足を揃えて立って、くるりと枠をひと眺め。それから視線をふたたび別世界に向けると、さっきの魚がいた。そいつは私をじっと見たあと、何も言わず、光る身体を翻して去っていった。はためく尾びれが綺麗だった。

 わかってるよ。ちょっとくらい感傷に浸ったっていいだろう?

 右脚を大きく持ち上げる太ももが海底と並行になったところで止めて、左足の裏で海底を強く蹴った。

 身体が浮いた。ふわりと、空を飛ぶように、浮いた。蹴りだした左脚を引き寄せて、右脚と同じように折りたたむ。

 コンパクトになって抵抗を減らした私の身体は、ため息よりもゆっくりとした速度で、枠を通過した。視界の端にぎりぎり見えていた枠が、とうとう消えた。

 そうして私の前に現れたのは――――

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 私は海の中をゆく。すこし急ぎ足で、海の中をゆく。

 哨戒任務の途中だったのをすっかり忘れていた。定刻に帰投しないと大騒ぎになってしまう。潜水艦とはそういうもの。

 急いでいても、手抜きはしないよ。きちんと見るべきものを見て、回ってくるべきところを回る。ショートカットなんてもってのほか。そこはきちんとしないとね。

 海の中をゆきながら、私は考えた。

 私ははたして別世界に来れたのだろうか?

 扉を通って、扉の枠が切り取っていた別世界に、私は飛び込めたのか?

 私答えた。自身の問いに自分が答えた。

『来れた』

 と。

 根拠はなにもないけど、そう断言できた。

 そうそう、扉はちゃんと閉めてきたよ。開けたものは閉める。それがマナーだものね。扉は閉めたあとも堂々と立っていたよ。それを見収めて、くるりと身を翻して泳ぎだした後は、扉のほうは振り向かなかった。私の背後で小さくなっていき、きっと見えなくなったはずだろう。

 あの扉には二度と会えないと思う。探したとしても見つからないんじゃないかな。一期一会。私とあの扉はそういう関係性なのだろう。

 それでいいのだと思う。だからこその出会いなのだろう。

 私はワクワクしていた。ドキドキもしている。ソワソワもしている。

 口の中が痒くて、舌先でいろんなところを掻く。

 なぜだか口角が上がってしまう。指で引っ張って下げても、しばらくしたらまた上がってしまう。今の私はニヤつきながら潜ってるアブないヤツだろう。

 でも……なんでもいいんだ。どう見られてもいいんだ。

 だって、私は私のいた世界とは違う世界にいるんだもの。

 それならなにがどうなってもいいはずだよね。

 私が決めた。そう決めた。

 いいよね。

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